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 目を開けてみれば、眼前ではまさにベイラがアニタに向けて特大の魔力の固まりを放とうとしているところだった。

 リネットは、慌ててベイラに呼びかけた。


「やめてっ、ベイラ! もうそんなことしないでっ! あなたはただラスコトールに利用されてきただけなのよっ!!」


 大きな叫び声に、ほんの一瞬ベイラの動きが止まった。


「私、今ラスコトールの過去をのぞいてきたのっ! 全部……全部見てきたわっ! あなたがどうやってラスコトールの元で働くことになったのかも……、あなたのお母さんがどんなふうに亡くなったのかも……!!」


 ぴくり、とベイラの肩が跳ねた。


「……どうやって亡くなったか、ですって?」


 ベイラの視線がちらとリネットを向いた。それを逃さずリネットは自分が見てきたこと、聞いたことをベイラに告げたのだった。


「なぜあなたがそんなことを知っているのです……? 私がラスコトール様の元にきた経緯を知っている者などいるはずが……。そんな戯言、一体誰が信じると……」


 口ではそう言いながら、わずかにベイラの顔には戸惑いの色が浮かんでいた。


 ちらと見れば、ラスコトールは地面に片膝をつき頭を押さえうめいていた。

 おそらくは無理矢理に意識をこじ開けられたせいだろう。意識が乱れているのか、まともに体を動かすこともできないでいるらしい。

 となれば、ベイラを説得するには今しかなかった。


「それに私、あなたのお母さんの声を聞いたのっ。あなたのお母さんがあなたに言い残した言葉を……!! 『ベイラ、あなたは私の光そのものよ。だから決して何があっても、たとえひとりになっても決して幸せになることをあきらめないで。それが私のたったひとつの願いなのよ』って!」


 その瞬間、ベイラの手から放たれていた魔力の光がすぅ、っと消えた。


「……光? 光って……どうしてあなたがそれを……? 母が私に昔からよく言っていたその言葉を、どうしてあなたが……?」


 ベイラの声が揺らぐ。


「あなたのお母さんは、ラスコトールに殺されたの……。何か薬のようなものを注射されて、それで亡くなったの! あなたの名前を呼びながら、あなたを光だって言い残して……!!」

「……馬鹿な。そんなこと……あるはずが……。ラスコトール様がそんなことをするはず……」


 ベイラの声が次第に揺れていく。畳み掛けるようにリネットは告げた。


「あなたにとってもお母さんの存在は、光だったのでしょう? だからこそ自分の人生をなげうつ覚悟でラスコトールの言いなりになった。でもラスコトールは、あなたたち母娘を救ったどころかあなたたちの人生を奪ったのよ!?」

「……」

「なのにまだあなたはラスコトールを信じるの!? 私のことは信じられなくても、お母さんの言葉はあなたにとって何より信じられるものなんじゃないのっ!? 違うっ!?」


 リネットの叫びに、ベイラは微動だにせず立ち尽くしていた。

 皆が固唾をのんで、ベイラとリネットのやりとりを見つめる。


「ベイラ、目を覚まして! もう終わりにしましょう? 誰も救われないこんな悲しいことはもうやめにして! ベイラ!!」

「……」


 ベイラは黙っていた。

 突然に突きつけられた真実を、受け入れたくないのかもしれない。信じたくないのかもしれなかった。

 

「あなたのお母さんがあなたに願ったことは、こんなことじゃない……! こんなことをしてほしくて、あなたの幸せを願ったんじゃない……!! あなたに光の中にいてほしかっただけなんだから……。そんな想いを、もう無駄にしないでっ!!」

「そんな……そんなはず……。ラスコトール様がそんなむごいことをするはずが……!! 嘘……ですよね……? ラスコトール様……、こんな小娘の言うことなどすべてただの戯言……。そうですよね……!? ラスコトール様……?」


 ベイらの悲痛なつぶやきに、ラスコトールはその声に頭をゆっくりを横に振ると小さな声で笑いはじめたのだった。


「……くっくっくっくっ。……ふっふっふっふっ……。はははははっ……!」


 次第に大きくなる笑い声。どこか狂気じみたその声に、その場にいた全員の顔が険しくなる。


「……っ、ラスコトール様……?」


 ベイラの目にも、絶望の色が浮かぶ。


「ふっはっはっはっはっはっ……!! くっくっくっ……。馬鹿な女だ……。最後まで大人しく私の忠実な駒でいればいいものを……」

「……!?」


 ラスコトールはゆっくりと顔を上げベイラの顔をまっすぐに見すえた。


「くっ……ふははははっ……! 私がお前を欲したのはその魔力ゆえに決まっているだろう……? それ以外に何の利があるというのだ? あんな死にかけの母親連れの小娘など……。くくっ! もっとも死にかけだったおかげで、命を奪うのはいとも簡単だったがな? ははははっ!!」

「そ……そんな……! どうしてそんな……、なぜそこまでして……」

「なぜ、だと……!? そんなの決まっているだろうがっ!! 妻とレイナルドを永遠に手元に置いておくために、お前の力が必要だったのだっ!! それの何が問題だというんだっ!!」

「……!!」


 すべてが明らかになった瞬間だった。


 この場にいる全員が、すべての真実を知った。すべてがラスコトールの狂気じみた支配欲を満たすために仕組まれ、手のひらの上で踊らされてきたことを。そのためにいくつもの命が奪われ、人生を踏みにじられてきたのだと。


 アニタに向けられたままだったベイラの手が、だらり、と力なく下がった。


「そう……だったのですね……。そうとも知らず私は……母を……。母が死んだのは、私のせいも同然ということですか……。この手ももはやすっかり血に汚れて……」


 自身の手をじっと見下ろすベイラの肩は、小刻みに震えていた。そんなベイラにユリシアが叫んだ。


「ベイラ様っ! 過去に何があろうと、私はあなたの味方ですっ。一緒に逃げましょう! だってあなたは私と妹を助けてくれた優しい人だから……! だからもうこんなことは終わりにして、やり直して……!」

「……」


 ベイラは何も答えなかった。けれどゆっくりと視線をユリシアに向け、小さく微笑んだ。


「ベイラ……様……!?」


 その微笑みをみた瞬間、リネットは嫌な予感にかられた。


「ベイラ……? あなたまさかおかしなことを考えているんじゃ……!? ベイラ、今すぐこっちへきて! 私たちと一緒に逃げましょうっ。そんな男からは早く離れて……」


 リネットがそう叫ぶと同時に、ラスコトールが狂気に満ちた大声を上げた。


「ベイラ!! もはやお前の手は血に染まっているのだっ! どこにも逃げられぬっ。私と運命とともにするしかないのだっ! くくくくっ!! わかったら、さっさとこいつらを殺せっ! こうなったら全員皆殺しにしてしまええええっ! 私の手に入らぬものは、消えてしまえばいいっ!」


 ラスコトールが力を振り絞って叫ぶ。けれどそれを見つめるベイラの目には、ラスコトールへの忠誠の色などどこにもなかった。


「……」


 ベイラがゆらり、と立ち上がった。


「……ユリシア、あなたは早くお逃げなさい。あなたは何の罪も冒していない。ただ私の命に従ったまでのこと。あなたには大切な妹がいるのだから……」

「何を……!? 私はいつだってベイラ様とともにおりますっ! 私と妹を助けてくれたあの時から、私はそう決めたんですっ! あなたに一生ついていくと……。だから一緒に……!!」

「もう私に生きる目的などありません。それに……ラスコトール様が言った通り、私の両手はもう汚れてしまった……。母に顔向けもできないわ……。それに……少し……魔力を使い過ぎました……」


 ベイラのその言葉に、アニタがちっと舌打ちをした。

 アニタにももうわかっていたのだろう。ベイラの魔力がすでに尽きかけていることを。その意味するところは、残りの命はもう――。


「ふふっ……。これまでしてきたことの報いね……。仕方ないわ。……でも、その前に私にはまだなすべきことが残っています。そのためにここに残らなくては……。後のことは私がどうにかします。あなたたちはここから離れなさい」


 ベイラの目がきっとラスコトールに向いた。


「ラスコトール様、私はあなたと運命をともにいたします。すべてを決めたのは私なのだから……。それがたとえ間違いだったとしても、すべて自分で決めたこと……。ならば最後まで……」

「そうか……! ははははっ!! ならばさっさとこいつらを殺し……!? な……何だ!? 何をする気だっ。ベイラ!!」


 言葉とは裏腹に、ベイラの手がリネットたちにではなくラスコトールに向いた。その行動に、ラスコトールの顔が大きく引きつった。


「な……!? なんだと……? 何をする気だ……、ベイラ……!? まさか……」


 じりじりと怯えた顔で後ずさるラスコトールを、ベイラが冷たい眼差しで無言で見つめていた。その顔に浮かんでいるのは、強い決意だった。とても、とても悲壮な覚悟をにじませた――。


「ベイラ、やめて!! 馬鹿なことを考えるのはやめて……!! 私たちと一緒に逃げて……!!」


 リネットの叫びに、ベイラはラスコトールを強く見すえたまま静かに答えた。


「……リネット様、あなたにユリシアの身を預けます。その子は妹のために私の言うことを聞いただけで、何の罪も冒してはいません。だからその子をどうかここから逃がしてあげて……。すべての罪は私とラスコトール様にあります……。レイナルド様のことも皆、頼みます……」

「ベイラ!!」


 リネットとユリシアが、ベイラを引き留めようと手を伸ばしたその時――。


 ぶわり……!!


 ベイラの手から、まばゆいばかりの魔力が一気にあふれ出したのだった。


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