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 その頃、ユイール家の屋敷では。


「リネットが行方不明っ⁉ どういうことだっ! それはっ」

「それが……昨日リネットさんと見知らぬ男女が町はずれの教会へと歩いているのを目撃されたのを最後に行方がわからなく……。今皆に探させてはいるのですが、どこにも……」


 遠方での仕事を終え屋敷に戻ってきたファリアスは、ゴドーからの知らせに言葉を失った。


 ゴドーによればリネットは町に相談所のビラを配りにいくと言い残して、屋敷を出た。その後いつまでたっても戻らず、ノーマ家にも連絡してみたものの行方はわからないまま。嫌な予感を感じてすぐさま町へと探しに出たところ、リネットが教会へと向かったとの証言を得たらしい。


「まさかリネットに限って家出などするはずもないし……。となると何か事件にでも巻き込まれて……⁉ その男女の人相は!? 他に見た者はいないのかっ?」


 顔面を蒼白にしたファリアスの元に、相談所の宣伝係であるミゲルとハルトがやってきた。


「おーいっ‼ リネットと一緒にいたってやつを、八百屋の旦那が見たってよ! リネットにはどこに行けば会えるかってたずねて回ってたらしいんだ。身なりが立派だったし言葉に特有のなまりがあったから、多分バイランドの金持ちじゃないかって。一緒にいた女は多分メイドだろうってさ」


 ミゲルのその知らせに、ファリアスはすぐさま町へと向かった。


「うーん……、そうさなぁ……。男の方は年の頃は五十過ぎ、いやもっと上かな……。気難しそうな顔しててさ、腹の中では何を考えてんだかわかんなそうな、嫌な目をしてたよ。一緒にいた女はありゃメイドだな。髪をこう……頭のてっぺんでひとつにひっつめてさ。男の後ろにぴったりくっついて歩いてたよ」

「そのメイドは男の名前を呼んだりはしなかったか? この辺りで見覚えのある男ではなかったんだろう?」


 八百屋の主人はしばし考え込み、ゆるゆると首を振った。けれどリネットならバクの森に行けば会えると教えたところ、男が礼だといって買っていった品の支払いに使った小切手を見せてくれた。そこに記されたサインを見た瞬間、ファリアスは驚きの声を上げた。


「ラスコトール・ベリビアって……、バイランドの大富豪じゃないかっ!?」


 バイランドのべリビアといえば、べリビア製菓のことに違いない。そしてそのべリビア製菓を一代で大きくしたのが創業者であるラスコトールだった。


「なぜあのべリビア製菓の創業者が、リネットを……? 何の目的で……?」


 すると主は何かを思い出したように、声を上げた。


「あぁ、そうそう! ちらっと息子のことで急ぎの相談があるとか言ってた気がするな。だからてっきり、リネットちゃんに夢の相談かなんかで訪ねてきたんだろうって思ったんだが……。すまない……、こんなことになるなら教えなきゃよかったよ……」


 そう言って肩を落とす八百屋の主人に礼を伝え、ファリアスは考えを巡らせた。


 ということは、やはりラスコトールはリネットに依頼を持ちかけようとしてわざわざこの国にやってきたに違いない。ちょうどビラを配っていたリネットを見かけて、当人であることに気がついたのだろうか。そして依頼内容を話すために教会へと向かったのか――。


「しかしもしそうだとしても、なぜリネットは何も言わずいなくなったんだ? まさかいくらお人好しなリネットでも、家族や私に無断で隣国に行くほど馬鹿じゃないだろうし……。となるとまさか無理やりに……? でもなぜそんなこと……」


 あれほどまでに眠りを渇望していたファリアスには、眠りに悩む者の切羽詰まった思いは理解できる。けれどあのリネットに限って、まわりに心配をかけるようなやり方で仕事を引き受けるとは思えない。お人好しとは言え誰よりも家族や周囲を大切にする人間なのだから、せめて伝言ぐらいは残すはずだ。なのにそれさえなく、姿を消したということはつまり――。


 ファリアスの顔から完全に血の気が引いた。


 ラスコトールほどの金持ちならば、金にものを言わせて女性ひとりさらうことくらい朝飯前だろう。もし強引に仕事をさせようとして、有無を言わずに連れ去ったのだとしたら今頃リネットは――。


「まさかリネットは、バイランドに……??」


 その予想は見事的中した。すぐさまバイランド行きの大型客船の出航記録を調べたところ、ラスコトールとメイド、そして入国記録のない車椅子に乗せられた若い女性がともに船に乗り込んだという記録が見つかったのだった。


「そんな……、くそっ! リネット……!!」


 ファリアスの口から、悔しげな声がもれた。



 それから一時間ほどたったユイール家の屋敷は、多くの人であふれ返っていた。

 マダムとアニタはすぐさま、リネットの足取りとラスコトールの狙いを調べるべく調査に出た。そしてそれと入れ替わるようにギリアムと両親までもがやってきた。町で情報を聞き回ってくれたミゲルとハルトもいる。なぜか、初めての依頼者であるフォートンとココナの姿まで。


「一体どうしてリネットさんがこんなことに……? あーっ、もうっ! なんてことっ……」

「いくら大富豪と言え、これはれっきとした犯罪だ。許せんっ……。まったく厄介な男に目をつけられたものだ……」


 不安と心配でローナが肩を震わせれば、ホランドが拳を握り締め歯噛みする。その隣ではギリアムが懐から小切手を取り出し、孫に手渡した。


「これを好きに使え。ユイール社の有り金を全部使い果たしてもかまわんから、必ずあの子を取り戻せ。……ラスコトールには以前仕事の関係で一度だけ会ったことがあるが、あの男は油断ならん……。絶対に命をかけてでも連れ戻せ! あれほどの子は他におらん‼」


 ローナとホランドも大きくうなずいた。


「そうだぞっ、ファリアス。あんな子は二度とお前の前には現れんっ。縁というものは、他に代わりのないかけがえのないものなのだからな! だから必ず連れ戻すんだ。いいな、ファリアス!」

「あの子にもし万が一のことがあれば、私は死んでも死にきれません! いいですねっ、ファリアス! 命に変えてもリネットさんを無事に連れ帰るのですよ? それまで帰ってこなくてよろしい!」

「……」


 いつになく感情を露わにしたユイール家の面々に困惑しつつも、もとよりそのつもりだとファリアスは拳をぐっと握りしめた。

 その時不意に、上着の裾が何かに引っ張られたのに気づき視線を落とせば、ココナが不安そうに瞳を揺らしながら裾をぎゅっと握りしめていた。


「リネットお姉ちゃん……。痛い目にあったりしてないといいけど……。リネットお姉ちゃんは私とおじいちゃんを助けてくれたの……。そのお返しに、私も何かしたいのに……」


 声を震わせうつむくココナの頭を、近くにいたミゲルが励ますようにぽん、となでた。


「……あいつは大丈夫だよ。お人好しだけどああ見えて案外タフだしさ。黙っていいようにやられるようなやつじゃない。……だから、泣くな! リネットのことが好きなら信じろ‼ 俺は信じてるっ」

「ウワォンッ!!」


 ミゲルのそのきっぱりとした物言いとそれに賛同するようなハルトの鳴き声に、ココナは目を瞬かせ大きくうなずいた。


「……うん。うんっ‼ 私もリネットお姉ちゃんを信じてるっ! 絶対に元気で帰ってきてくれるって‼」

「あぁ! その意気だ!」


 そんなかわいらしくも頼もしいふたりの様子に、場の空気がほんの少し和らいだ。


(そうだ。あいつを信じろ……。馬鹿がつくほどのお人好しだけど、いざとなればすりこぎ棒を手に向かっていくくらいたくましいんだ。だからきっと大丈夫だ……)


 そんな希望がファリアスの胸にもふわりと灯った。


 とは言え、すでにバイランド行きの最終便は出てしまっている。明日の朝一番の便でも、こちらがバイランドに到着するのは半日はずれ込むはずだ。しかも、バイランドまでの航路は昼間でも操舵技術を必要とする難しい航路だ。適当な船を借りて向かうにはあまりにも危険すぎたし、そんな申し出を了承してくれる船乗りはそうはいないだろう。となればこのまま朝を待つことしかできない。それがもどかしかった。


「何か……もっと早く追いつける手段はないのか……‼ リネット……! 必ず助けにいくと約束したんだ……。すぐに……すぐに行かないと……。だがその方法が……」


 そう声を震わせた時だった。


 バンッ‼


 部屋のドアが勢いよく開き、真っ黒に日に焼けた立派な体躯の男が姿を現したのだった。


「船ならあるっ! このデルゲン、今こそ命に代えて恩返しさせてもらうっ!」という威勢のいい声とともに――。


 そしてその後ろからもうひとり、小柄だがお腹まわりはなかなかにふっくらとした男が顔をのぞかせた。その姿にファリアスはガバリ、と勢いよく立ち上がった。


「あなたは……、リネットの……!!」

「……お邪魔いたしますよ。こんばんは、ファリアス様。皆様」


 それはリネットの父、オットーだった。隣には母親のマリアと弟ディルの姿もある。


「ユイール家の皆様、それからはじめましての方もいらっしゃいますな。……私はリネットの父、オットーでございます。それとこの男はデルゲンと言って、私の大切な仕事仲間で元優秀な船乗りです。この男の知り合いの船長が、今すぐにバイランドへと船を出してくれるというのでね。こうしてやってきたのですよ。……バイランドへと渡る船がご入用でしょう?」


 その申し出に、以前リネットから聞いた借金の顛末を思い出した。借金を残し疾走していたオットーの友人が、過酷な船上生活をくぐり抜け立派な海の男になって帰ってきたという話を。


「し……しかし、バイランドへの航路は危険だと聞きます! それでも船を出せると⁉」


 デルゲンはその言葉ににっこりと笑みをたたえ、どんと胸を叩いてみせた。


「かつて私が世話になった船長の船と腕があれば、バイランドへの航路などたやすい! ファリアス様、すでに港で船長が出航の用意をして待っております。今すぐ向かいましょう! リネットちゃんを救い出すために……‼ もちろん私も船員としてお供させていただきますともっ」


 その瞬間、屋敷は割れんばかりの歓喜の声に包まれた。そして皆の期待と願いを一身に背負い、ファリアスは港へと急ぎ旅立ったのだった。



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