表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/72

 

「ちょっと! ここ開けなさいよっ‼ こんなところに閉じ込めて外に出さないなんて、監禁じゃないのっ。立派な犯罪よっ。開けてったら!」


 まさかの結婚話に呆然としている間にラスコトールとの食事は終わり、気づけばリネットは監禁されていた。当然阻止しようとはしたのだけれどなぜか助けを呼ぼうにも声は出ず、体の自由も利かなかったのだ。結局パニックに陥ったまま、船室に放り込まれたのだった。

 そして今。


 ドンドンドンドンッ!!

 バーンッ! ガンッ!!


「はぁ……はぁ……。ゼェ……ゼェ……! 体も動くようになったし声も出るようにはなったけど……、なんで……こんなに大声で騒いでも……! 誰も……助けにきて……くれ、ない……のっ!!」


 船室の中に入った瞬間、なぜか体の拘束は取れた。よく見てみれば両足首と首に魔具のようなものがつけられており、そのせいで動きを封じられていたらしい。

 犯罪者を拘束する時などにそうした魔具が使われるのは知っていたけれど、まさか自分がその憂き目にあうとは――。


 リネットは、憎々しげに船室のドアをにらみつけた。

 先程からずっと渾身の力で何度も叩きつけ、外で見張っているであろうあのひっつめ髪のメイドに向かって声の限りに叫び続けているというのに、外はしんと静まり返っていた。


「はぁっ……! なんで……? なんで誰もきてくれないの? こんなに大きな声で叫んでるのに……。はっ! さてはラスコトールが金にものをいわせて、集まってきた人たちを帰してるんじゃ……。それかこの船ごと貸し切りとか!?」


 けれどさっき食事をしていた時には、明らかにラスコトールとは無関係そうな客たちが他にもたくさん乗船していた。ということは貸し切っているということはないだろう。ならやっぱり船員たちを金で雇って黙らせているとしか――。

 もしこのままバイランドに着いてしまったら、誰にも行き先が知れないまま見知らぬ男と結婚させられてしまう。


 絶望にかられ、頭を抱え込んだその時だった。


「……お静かになさってください。言っておきますが、騒いでも無駄です。この船室には強力な遮音魔法をかけてありますから、どんなに騒いだところで誰にも聞こえません。それにいざとなれば先ほどのようにあなたの動きを完全に封じることも、可能ですから」


 ひっつめ髪メイド――確か名前をベイラと言っただろうか、のものであろう冷たい声にリネットはぴしり、と固まった。


「遮音……魔法……⁉ それってつまり……私が泣こうがわめこうが、バイランドに着くまでどうにもならないってこと……? そんな……それじゃあ私はこのまま……。どうして……どうしてそんなひどいことを」


 ズルズルと崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。

 遮音魔法は相当に高度な術だとアニタに聞いたことがある。ということはもしやこのベイラというメイドは、相当の魔力持ちなのかもしれない。両足首と首の魔具も、きっとベイラがつけたものなのだろう。

 

「港からそのままラスコトール様のお屋敷へと直行します。あぁ、それと港に着き次第あなたには眠っていただきますので、誰かに助けを求めるのは無駄ということもお伝えしておきましょうか」


 淡々と告げるメイドに苛立ち、リネットは大声を上げた。


「あなた……確かベイラって言ったわね! 眠らせてってことはやっぱり、あの時あなたが私をどうにかして意識を失わせたんでしょ。なんでこんなことを!? あの男の息子と結婚ってどういうことなのっ?」

「……私の魔力をもってすれば、人ひとり眠らせることなどたやすいことです。もしどうしてもあなたがラスコトール様の言うことを聞かないというのなら、体の自由どころか命だって奪えるのです。それが嫌なら、おとなしくしていることですね」

「命って、あなたなんでそこまで……」


 そういえば以前アニタが言っていた。この世の中にはアニタよりもずっとずっと強大な魔力を持った人間がいて、そうした人間は国が他国に存在を知られぬよう存在自体を隠されているのだと。もしベイラがそんな魔力持ちなのだとしたら、なぜラスコトールのメイドなどしているのか。


「あなたの目的は何……? まさかあのラスコトールって男にいいようにメイドとして使われてるだけ、なんて言わないわよね? それだけの力があるんなら、わざわざただのメイドになんて……」


 けれどそれをベイラは一蹴した。


「ふっ……。くだらないことを。……私のこの力も命も……皆ラスコトール様に捧げたもの。あの方のためならば、たとえどんな後ろ暗いこともやってのける覚悟はできています。……ですから、無駄なあがきはやめることです」

「……」


 その声ににじむ狂気にも似た決意に、リネットは体温が一気に引いていくのを感じていた。


「あぁ、それからお屋敷では私があなた付きのメイドとしてつきますので、以後お見知りおきを……」


 それきりベイラは一言も発さず、当然誰の助けもくることもなくただ海の上で時間だけが空虚に過ぎ去っていったのだった。



 数時間後、船はバイランドへと到着した。けれどベイラの言った通り、リネットが気がついた時にはすでにラスコトールの屋敷の前へと立っていたのだった。

 目の前にそびえ立つ重苦しい濃茶の外観をした屋敷を絶望的な気持ちで見上げ、こくりと息をのむ。陰鬱な色の屋敷は、リネットの目には牢獄のように映った。足を踏み入れたが最後、二度と外へは出られないこれまでの自分の世界とすべて切り離された孤独な牢獄に――。


「これよりここがあなたの住処だ。私の息子レイナルドと結婚し、一生あの子の平穏のためにそばで生きてくださることと引き換えに、安穏な生活をお約束しましょう。……ベイラ、ではあとは頼んだぞ。私は仕事に戻る」

「はい。お任せを」


 ラスコトールが立ち去った後、呆然と息をのんだまま固まるリネットにベイラは表情ひとつ変えずに告げた。


「ではこちらへ。お部屋を案内いたします。……それからこの屋敷には何重にも強力な魔力でロックをかけてあります。自室のある棟から外へは一切出ることはできませんし、魔力のないあなたにはおそらく窓すら開けられないでしょう。まぁ換気は自動でされますので、開ける必要もありませんが……」

「ロック……? ってことは私が動けるのは自分の部屋のある階だけ……?」


 どうやら監禁というのは、文字通り一切の自由を奪い意のままに拘束するという意味らしい。その上このベイラがメイドとしてつくということは、常に監視下に置かれるということでもある。完全に籠の鳥ということなのだろう。


 ベイラは無言のまま屋敷の中へと進み、二階にある一室へと案内した。そこには豪華な調度品やなぜかリネットの体にぴったりな洋服や室内用の靴などがそろえられていた。けれど――。


(外履き用の靴も、バックも帽子もない……。つまりはこの先一生屋敷の外には出さないつもりってことね……。でもレイナルドっていう息子と結婚させたいのなら、一緒に外に出かけることくらい想定しそうなものだけど……)


 その考えを見透かしたように、ベイラが口を開いた。


「レイナルド様は幼い頃の事故で足が不自由なため、お部屋から出られることは一切ございません。一応は車椅子も用意してございますが、それはあくまでお世話する際に一時移動していただくためのものです。ですので、あなたはレイナルド様とともにこの屋敷の中のみでお暮しいただきます」

「足が不自由って……つまり、ずっと寝たきりってこと?」


 ベイラはそれに小さくうなずき、それ以上話すことは何もないとばかりに部屋を出ていった。


「……」


 リネットはひとりきりになった部屋で、脱力して絨毯の上に座り込んだ。

 部屋自体はとても豪華でとても贅沢な作りだった。屋敷の中で過ごすに当たって必要なものはすべて取り揃えてあり、衣服もどれも一級品だ。けれどまるですべての光から遮断されたように、とても寒々しい。

 リネットは急に体の震えを感じて、自分の両腕で思わずぎゅっと自分自身を抱きしめた。


(本当に私をもう二度と、一生外に出すつもりはないんだ……。じゃあ私はこのまま二度と家族にも会えないの……? お屋敷の皆にも、マダムにも、アニタにも……。それにファリアス様にも……)


 知らない国の、知らない屋敷。自分を利用するために犯罪を冒すことすら厭わないラスコトールと忠実なメイド。どう考えてもお先真っ暗だった。


「……どうしよう。私監禁されちゃった……。なんで……? なんでこんなことに……? 一体どうしたら……」


 最近やっと、ファリアスの秘書と相談所の所長の二足のわらじにも慣れてきたところだったのに。相談者だって少しずつ増えてきて、自分にも誰かの役に立てる道があるって自信がついてきたところだったのに――。

 魔力なしの自分にだって、恋をする資格くらいあるかもしれない。たとえ振られたって、ファリアスにこの気持ちを伝えたって許されるのかもしれない。やっとそう思えるようになってきたところだったのに――。


「……ファリアス様」


 その名前をつぶやいた瞬間、リネットの目からぽとり……と雫がこぼれ落ちていった。こうしてこの日から、リネットの地獄の悪夢のような監禁生活ははじまったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ