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「ふんふふーんっ! ふんふーんっ‼」


 次なる相談者を呼び込むべく、町でビラを配り歩いていたある日のこと。


「あー……もし? そこのお嬢さん。あなたはもしや夢バク相談所のリネットさんじゃないですかな?」


 その声にぱっと振り向けば、そこにはメイドらしきひっつめ髪の女性を引き連れた白髪交じりの身なりの良い紳士が立っていた。


「はい……、そうですが? 何かご相談ですか?」


 もしや新たな依頼者かとにっこり愛想よく微笑めば、紳士はその口元をわずかに緩ませた。


「それはよかった! 実はあなたに急ぎの依頼があって探しておったのですよ。よろしければ少しお時間をいただけませんかな? どうしても……今すぐに聞いていただかなくてはならんのです。人ひとりの命と人生とがかかっておりますので……」

「命と人生、ですか?」


 どこか切羽詰まったような表情の裏に何か引っかかるものを感じて、リネットは一瞬迷った。なんといえばいいのか、その紳士の目の奥に何か狂気めいたものが見えた気がして。


「どうか……、これはどうしてもあなたでなければどうにもならないこと、なのですよ」

「私でなければ……ならない??」


 紳士の強い説得に、リネットはせめて少しだけでも話を聞いてみようかと近くの教会へ向かうことにしたのだった。けれど、その決断は間違いだった。だってその数時間後、リネットはなんと大型客船に揺られていたのだから――。

 

 ザアァァァァァ……。ザパァァァァンッ……。

 クェェェッ……! クエエエエェェェェッ……!


「……」

 

見渡す限りの大海原に白波が立ち、吹き付ける潮風が髪を乱していく。


「…………」


 ザッパァァァァン……、ザアァァァァン……。

 クェッ……クェェッ……!?


 一羽の海鳥が奇妙な鳴き声を上げながら、リネットの髪の毛をついばむ。が、それが食べ物でないと分かると「……ケッ!」となんとも腹立たしい声を残し飛び去っていった。

 リネットは目の前の光景がどうにも信じられず、呆然とつぶやいた。


「なんで……? なんで私、海の上なんかに……??」


 なんとか自分の置かれた状況を理解しようとゆっくりと辺りを見回したリネットは、不意に誰かが近づく気配を感じてばっと振り向いた。するとそこには。


「おや、こんなところにおいででしたか。リネットさん」

「あなたは……! あの時私に声をかけてきた……!!」


 やはりあの時に感じた違和感は正しかったのだ。だってそこに立っていたのは、町で人命にかかわる急ぎの話があると声をかけてきたあの紳士だったのだから。そしてその瞬間思い出したのだった。なぜこんなところに自分がいるのかを――。


(ええと、確か教会へと向かって歩いていたら突然あのひっつめ髪のメイドがつかみかかってきて、口を手で覆われてなぜかおでこを押さえられて……そしたらふぅっと気が遠くなって……)


 記憶はそこで途切れていた。けれどおでこにあのひっつめ髪メイドの手が触れた途端に、急に意識が遠のいたことだけは覚えている。


(どうやったのかはわからないけど、あの時メイドが私に何かしたんだわ……! それで私は気を失って船に乗せられたに違いない。いくらのっぴきならない頼みがあるからって、こんなことまでするなんて! 許せない……!!)


 あのメイドが何の意味もなく自分を襲うわけもないから、当然それを命じたのは目の前にいるこの男、ということになる。

 リネットは男をギロリとにらみつけ、鋭く叫んだ。


「ちょっと、あなた! 一体どういうつもり!? 私をこんな船の上に勝手に乗せて!! これはれっきとした誘拐、犯罪ですからね。ただじゃおかないんだからっ!」


 けれど男はこちらの言葉などまったく意に介した様子もなく、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。


「まぁ積もる話は別の場所でいたしましょう。どうやら船酔いも問題なさそうだ。事の経緯は、食事でもしながらいたしましょうか。色々と聞きたいこともおありでしょうからな」


 そう言って、こちらの返事も待たずにさっさと甲板から船室へと入っていったのだった。



(まったくどういうつもりなの……!? こんな犯罪まで冒して人を海の上にまで連れ出して、一体何をさせようっていうのよ!!)


 海上の船の中とは到底思えない豪華なレストランに案内されたリネットは、険しい顔で男をにらみ続けていた。給仕がいくつかの料理を運び終えそばからいなくなると、男はようやく口を開いた。


「……私の名前はラスコトール・ベリビア。バイランドでベリビア製菓という製菓会社を営んでおります。実はひとり息子のことであなたの力をお借りしたく、私の屋敷へきてもらうためにこうして船に乗っていただいたというわけで」

「乗っていただいたって……、私は引き受けるなんてまだ一言も言ってません! 今すぐ町に帰してくださいっ!」


 そう声を荒げた次の瞬間、はたと気がついた。


「今……なんて?? バイランドって言った? それって海を越えたお隣の国……ですよね? え?? もしかしてこの船の行き先って……バイランド!?」


 バイランドといえば経済文化ともに栄えたお隣の大国で、べリビア製菓のお菓子はリネットも見たことがある。輸入品ということで少々お高いが、人気のある品なのだ。それを作っているべリビア製菓を営んでいるということは、つまり目の前に座るこの紳士はとんでもない大富豪で力のある実業家ということになる。


「なななな、なんでそんな有名な会社の経営者であるあなたがこんな犯罪を……!? もしこんなことが公になったら、あなたの会社の名前にも傷が……」


 驚きと困惑とで声を震わせながらそう問えば、ラスコトールはくっと口角をわずかに上げた。


「公になるなんてことはありえませんよ。そこまで迂闊な質ではありませんし、私と一緒にいたあのメイド――ベイラはとても優秀ですからな。そんなへまはいたしませんよ。なぁに、情報など少し金を使えばどうとでもなりますから」


 そう言ってラスコトールはちらと食堂の隅に視線を向けた。見ればそこにはあのひっつめ髪をしたメイドが何の感情も感じられない顔で控えていた。


「あと数時間もすればバイランドに到着する予定です。……なぁに、バイランドは非常に豊かな国ですし、あなたがこの先屋敷で過不足なく過ごせるようすっかり用意も整えてあります。ご安心ください……。ふふっ」

「この先って……どういう? まさか……」


 リネットの背中にぞくり、と冷たいものが伝った。


「あなたにはこれから、私のひとり息子であるレイナルドを救ってもらわねばなりません。あの子はもう長いこと悪夢に悩まされ、苦しんでいるのですよ……。それをなんとかできるのはリネットさん、あなたしかおりません。あなたにはこれからずっと、レイナルドのそばで救いとともに伴侶として支えとなっていただくことになります」

「……はっ!? 今……なんて!? は……伴侶?? ……ってつまり、私があなたの息子と……け、結婚するってことっ……!?」


 ラスコトールはその問いに、仄暗い笑みを浮かべこくりとうなずいたのだった。



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