【case .6】ぐるぐる迷路と恋心−3
翌日からリネットは、フランツとともにフランツが見ている悪夢の大改造をはじめた。大改造とはいっても、その方法はなんとも原始的なものである。
「いいですか? フランツさん。フランツさんが夢で見ているぐるぐる迷路の壁を、徹底的に破壊しましょう! ほら、こんなふうに目の前にそびえ立つ邪魔な壁を叩き壊すんですっ!!」
「壁を……叩き壊す??」
「そうですっ。フランツさんはもう同じところをぐるぐる堂々巡りするような生き方はやめたいんでしょう? なら壁を思いっきり叩き壊せばどんなところへだって自由に行けるじゃないですかっ!」
「は……はぁ……」
フランツは半信半疑といった顔でうなずいた。
リネットには自信があった。フランツの夢をのぞいてみて感じたこと、それは自分の意志を貫き何に対してもはっきりと主張できるような自分に変わりたい、そんな強い願いだった。気弱なフランツに火をつけたのは、きっとミリーなのだろう。ならきっとやれるはず――そう思えたから。
「大丈夫ですっ。愛があればきっとうまくいきますよっ! 私はバクの姿で壁に体当たりしますから、フランツさんは夢の中の壁をどんどん叩き壊しちゃってくださいっ。思いっきり全力でっ!」
「わ、わかりましたっ!! よ、ようし……。やるぞ!」
「その意気ですっ! フランツさんっ」
こうしてフランツとともに夢に入り込み、リネットはくる日もくる日も夢の中で目の前にそびえ立つ壁を一枚、また一枚……と叩き壊していった。
それと並行して、現実の世界では。
「さぁ、心の準備はできましたか? フランツさん」
「い……いやぁ、でももしガツンと言っても信じてもらえなかったら、今度こそ本当に首になるんじゃ……。本当に大丈夫でしょうか、リネットさん……」
今にも泣きそうな顔のフランツの背中を、リネットは励ますようにばしんっと叩いた。
「しっかりしてくださいっ! いいですかっ? フランツさんは自分の手柄を自分の手に取り戻さなきゃいけないんですっ。これまでの手柄がフランツさんが手がけた仕事だって証明する証拠だってこんなにたくさんあるんですから、これを見せたら上司だってきっとわかってくれますよ……!!」
リネットはフランツがこれまで取材先で出会った人たちから集めて回った証言がびっしりと書かれた紙の束をバサバサと振ってみせた。
それはこれまで手柄を奪われてきた仕事を、実際にはフランツがこなしてきたのだと証明する何よりの証拠だった。中には町の有力者からの証言だってある。これがあればきっと上司も同僚も真実を認めないわけにはいかないだろう。
「これは皆これまでのフランツさんが一生懸命頑張って積み重ねてきたものですっ。取材先で出会った人たちだって、皆フランツさんが熱心に取材していたこともどんなに必死だったかも覚えていてくれたじゃないですか! ですから自信を持ってガツンと言ってきちゃってくださいっ!!」
「そう……そうですよねっ! 僕のためにこんなにたくさんの人たちが協力してくれたんですから、きっと大丈夫ですよねっ! よぅしっ、じゃあさっそく上司に真実を話してきますっ!!」
「はいっ! いってらっしゃい。フランツさんっ!!」
リネットは背中に決意をにじませ、フランツを見送った。そしてしばしの後、フランツは息を弾ませ明るい顔で戻ってきたのだった。
「リネットさんっ!! やりましたっ。わかってくれましたよっ! これまで同僚に奪われてきた手柄が皆僕のものだって、上司が認めてくれましたっ。しかもなんと……、来月付けで僕の昇進まで決まりましたっ!! やったぁっ!」
フランツの晴れ晴れとした笑みに、リネットの顔も綻んだ。
「やりましたねっ! よく頑張りましたね、フランツさんっ!」
「はい!! ありがとうございますっ。これもリネットさんが一緒にほうぼうを歩き回って証言を集めてくれたおかげですっ!!」
上司もその同僚の男の口のうまさを近頃では少々あやしんでいたらしい。記事の詳細をたずねてもちっとも埒が明かないし、とてもあんな丁寧な取材をする男には思えなかったと。真実が明るみに出たことで、同僚の男はすぐさま首になったらしい。
フランツの顔からはすっかり陰りが消えて、自信がのぞきはじめていた。けれどまだすっかり自信を取り戻したとは言えない。となればお次は――。
「その調子でじゃんじゃんいきましょうっ!! フランツさん」
「はい……!今度は父の攻略ですね……。今度こそ真正面から父と向き合って、ミリーがどんなに真剣に夢に向かって頑張る素敵な女性か伝えて僕がどんな覚悟をもって彼女との結婚を考えているか、話をつけてきますっ……!」
「はいっ! その意気ですっ。フランツさんっ!!」
そしてついに――。
「やりましたっ! リネットさん……、僕やっと父に臆せず自分の思いをちゃんと伝えることができました……!」
笑顔で家から出てきたフランツの顔は、明るく輝いていた。
長年圧の強い父親に自分の意見すらまっすぐにぶつけることができなかった弱気なフランツの姿は、もうどこにもなかった。代わりに目の前に立っていたのは、きらきらと未来への希望に目を輝かせたひとりの青年だった。
「僕は何も見えていなかったんですね……。本当は誰も僕を傷つけようとか押さえつけようとなんてしていなかったのに、僕が勝手に萎縮して……。でももう目が覚めましたっ! これからはちゃんと自分の意志を強く持って生きていけそうですっ!!」
どうやらフランツの父親は、幼い頃からひどく気弱だった息子を心配してわざと強い態度に出ていたらしい。いつかどうしても譲れない何かを抱いた時、きっと自分に全力で歯向かってくる日がくるだろうと信じて――。
そしてついに気弱な自分から脱却した息子の成長を、大いに喜び励ましてくれたらしい。
「僕……、これでようやくミリーと本気で向き合える気がします。たとえ気持ちを受け入れてもらえなくてもいい……。僕はミリーを愛しているんですっ! 誰よりもミリーを幸せにしたい……いや! ミリーと一緒に手を取り合って、ふたりで幸せになっていきたいんですっ!! 僕、ミリーにプロポーズをする覚悟ができましたっ」
「フランツさん……!! はいっ、頑張りましたねっ!」
すっかり自信を身につけたフランツはどこか眩しく、うらやましく映った。
フランツに色々とけしかけておきながら、本当は自分も臆病なのだ。自分にはその資格がないという思い込みをどうしても捨てきれず、今もファリアスに恋心を伝えられずにいるのだから。だからこそ、フランツの思いを全力で応援したかった。
「フランツさん! ではいよいよ計画を始動しましょうっ。ミリーさんの居場所はこちらでもう探し当てています。でもミリーさん自身の決断で、フランツさんの呼び出しに応えてくれるのを待ちましょうっ!」
フランツからミリーに宛てた新聞広告が載るのは、二日後。
それをじりじりと待ちながら、リネットはフランツの夢の仕上げに取り掛かったのだった。
 




