【case .6】ぐるぐる迷路と恋心−2
無事大成功を収めた模擬挙式の翌日、リネットはいつものように相談所で新たな相談者が現れるのを待っていた。もちろん予約などは入っていない。心待ちにしているという意味である。
そんなリネットの耳にコンコンという乾いたノックの音が聞こえ、勢いよく立ち上がった。
「えー、それで今日はどのようなお悩みで? 悪夢ですか? それとも眠りに関するお悩みですか?」
目の前に座る青年に、リネットは話しかけた。すると青年はばっと顔を上げて懇願したのだった。
「実は……折り入ってあなたにお願いがあるんですっ! リネットさんっ、あの人を……ミリーをどうにかして探し出してくださいっ。そして僕に、バクの森でミリーに再プロポーズする場を作ってもらいたいんですっ!」
「……はい?? ええっと……ひとまず落ち着きましょうか? えっと、フランツさん」
青年の名はフランツ・ルルドア。町の新聞社で記者をしている若者だった。なんでも少し前まで付き合っていた恋人ミリーと別れたばかりで、大分傷心中であるらしい。けれど先日せめて体の疲れでも癒そうかとバクの森を訪れた際、偶然リネットとファリアスの模擬挙式を見かけここへやってきたのだと話してくれた。
「先日町で、バクの森でウエディング事業をはじめると聞きました。この間の模擬挙式、その宣伝なんでしょう? とても素敵でした……。あんなウエディングを僕もミリーと挙げられたらと妄想するくらいに……」
「は、はぁ……。えっとでもそのミリーさんとはもうお別れしたのでは……??」
するとフランツはみるみる目を潤ませ、ふるふると拳を震わせた。
「それは……そうなんですが、僕はどうしてもミリーじゃなきゃだめなんです……。ミリーのいない人生なんて、とても考えられない……! だから、今話題のバクの森で会いたいって新聞広告を出せばもしかしたら興味を引かれてミリーもきてくれるかも、とそう思って!」
「……」
破局理由は、付き合って五年もたつのに一向に結婚の意志を固めないフランツを見限ったせいであるらしい。いつまでも煮えきらないフランツに愛想を尽かし、ミリーは親の決めた縁談を受けることにしたのだった。焦ったフランツが慌ててプロポーズをするも、自信のなさと甘い覚悟を見透かされ去っていったのだというのだが――。
「確かにミリーと別れたくない一心で、勢いだけでプロポーズしたのは認めます……。ミリーを幸せにする自信が持てなくて、ずっとプロポーズできずにいたことも。……今だって働いている新聞社で手柄を同僚に奪われて首寸前だし、ミリーのことを気に入っていない僕の父親にも何も言い返してやれなくて……。僕はどうにも気が弱いだめな男なんです……」
「……」
どうやらフランツは、限りなく自分に自信のない青年であるらしい。町の新聞社で記者として働いているものの、同じ職場の小狡い同僚にいつも手柄を奪い取られ今ではフランツの評判はだだ下がり。このままでは上司にも無能だと見放され、首になるかもしれないとフランツはうなだれた。
「何しろあいつは上司におべっかを使うのもうまくて、すっかり上司は全部あいつの手柄だと信じ込んでるんです。それに引き換え僕は世渡り下手で、強く反論することもできず……。ミリーはいつもそんな僕にしっかりしろとはっぱをかけてくれていたんですが……」
「お父様がミリーさんを気に入らないというのは……?」
その問いかけに、フランツの眉が一層情けなく下がった。
「ミリーは町でヘアカットデザイナーをしているんですが、父は女だてらにバリバリ仕事をしているのがどうにも気に食わないらしくて……。僕は、いつか国一番の人気ヘアカットデザイナーになるんだって夢を抱くミリーが大好きで尊敬もしていますっ! でも父に強く言われると、つい気弱になってしまって……」
「なるほど……。それでミリーさんはそんな弱気なあなたに愛想を尽かして他の人と結婚を……。でもそれならもうその方と結婚なさっているのでは? 別れてもう半年もたつんですよね……?」
すでに新しい人生へと踏み出したミリーの人生を邪魔したくはないし、いくら愛し合っていた恋人同士と言えども既婚者に求婚したとあっては騒動にもなりかねない。そもそもここは夢と眠りの相談所なのであって、決して恋愛相談とか人生のお悩み相談を解決する場所ではないのだ。
するとフランツは、ぶんぶんと首を横に振った。
「それが……実はほんの二週間前に噂を聞いたんです……。ミリーが実家を離れどこか遠くに引っ越したと……。しかもそれは結婚のためなんかじゃなく、心機一転新しい場所で仕事をはじめるためだって……。もしそれが本当なら、まだやり直すチャンスはあるんじゃないかと……」
ミリーの言っていた親の勧めた縁談相手とは、結局会わず仕舞いだったらしい。けれどこの町を離れ居場所も教えてもらえない以上、もう会いたくても会えないのだとフランツは肩を落としたのだった。
確かに今やバクの森は大人気スポットである。そこで会いたいと新聞広告を打てば、きっとミリーだって目にする可能性は高いし興味を持ってきてくれるかもしれない。けれど――。
「でもフランツさんが今もミリーさんを幸せにする自信がないことに変わりがないなら、もう一度プロポーズしても同じ結果になるんじゃ……?」
きっとミリーは、気弱なフランツと人生の苦難をともに乗り越えていく未来を信じ切ることができなかったのだろう。だからこそ、別れを決意したに違いない。であるならば、フランツが変わらなければ何の意味もない。
「あの……どうしてフランツさんはそんなに自分に自信がないんですか? その同僚にだって上司にだってちゃんと言えばいいじゃないですか! 『こいつは人の手柄を横取りしている悪いやつで、自分こそが認められるべきだ』って」
「それは……」
「お父さんにだって『僕の愛する人は世界で最高の女性なんだから、ひどいことを言うな』って、はっきり言えばいいんですよ。なぜそう言わないんですか?」
「……」
思わずそう問いかければ、フランツは黙り込んだ。
「何度もそうしようとは思うんですが、どうにも……。幼い頃から強気な父に頭ごなしに叱られて生きてきたせいか、威圧的な態度を取られるとどうしても萎縮してしまって……。でも、今度こそ変わりたいって思ってはいるんです。だからその手助けをリネットさんに……」
「……私に??」
フランツはこくりとうなずいた。
「それに実は……ミリーと別れてから僕は毎晩ひどい悪夢を見るようになったんです。いつも夢の中で僕は同じところをぐるぐると回ってばかりで、どこにも行き着けない。行っても行っても行き止まりだったり、同じところを回ってばかりで……」
「悪夢を……?」
「ええ。あなたは夢に悩む人の相談に乗っておられるのでしょう? きっとあの夢は、いつまでも変われずに堂々巡りな自分を象徴してるんだと思うんですっ。なら、夢の中の僕がちゃんと目指す場所にたどり着けるように僕を助けてはくれませんかっ!?」
フランツのまっすぐな決意のにじむ眼差しに、リネットはしばし考え込んだ。恋の相談には乗れなくても悪夢の相談というのなら話は別だ。それに、夢を介してなら何か手助けだってできるかもしれない。
「わかりましたっ。そういうことなら、バクとしてお力添えいたしましょうっ! 夢の中で一緒に堂々巡りの迷路から出口へと導くくらいならなんとか……。あ、でももちろんプロポーズ云々に関しては私ではお力になれませんけど……」
「ありがとうございますっ! リネットさんっ。僕、きっと自信のある男に生まれ変わってミリーに再プロポーズしてみせますっ!! よろしくお願いしますっ」
こうしてリネットはフランツの涙ながらの懇願に折れ、バクの森再プロポーズ大作戦に手を貸すことになったのだった。




