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【case .5】時を超えた絨毯−1


『思いをひとつ、願いをひとつ。そして次はいつか生まれてくる命の種をひとつ。糸と糸に編み込んで――。

 そしてまた、思いをひとつ。願いをひとつ――。

 それがいつか大きく遠くへつながるように、祈りを込めて』


 ミラールは、一枚の絨毯の前に佇んだまま一時間も経過していたことにも気づかずにいた。


「そろそろ閉館の時間なんだが……。そんなにその絨毯が気に入ったかい?」


 背後からかけられたその声に、ミラールははっと振り向いた。


「それはねぇ、なんでも不思議な力――魔力とは違う力を持っていた老女が、長い人生をかけて作ったものらしくてね」


 胸元の名札が目に入る。どうやらこの美術館の館長らしい。


「そうなんですか……。すみません。長居してしまって。なんだかこの絨毯が気になってしまって、つい……」

「あぁ、かまいませんよ。今日はお客様も少ないですし、良かったらもうしばらく見ていかれても」


 その親切な申し出に、ミラールは首を横に振った。


「……いえ。もう充分に拝見しましたから」


 長々居座っては館長も帰れないだろう。急いで出口へと向かおうとして、ふと立ち止まった。


「あの……? この絨毯を作った人の名前……わかりますか?」


 すると館長は、ガラスケースに飾られた絨毯を見やり答えてくれた。


「作者不明なんですよ。前館長が作者本人にかけ合ってどうしてもといって手に入れたらしいんですが、頑として素性を明かしてはくれなかったんだそうです。どうやら過去に家族と色々とあった方のようで……」


 そう言うと、館長はにこやかに笑みを浮かべ去っていった。

その一週間後、ミラールは少し前にトラン地方にできたばかりの『眠りと癒しのバクの森』の一角にある相談所を訪ねたのだった。



◇◇◇


「絨毯の夢……ですか??」


 なんとも不思議な相談内容に、リネットは首を傾げた。


「はい。その日以来なぜかその絨毯が夢に出てきて、なんだか不思議な気分になるんです。なんというか……胸が痛いというか寂しいような。それでなぜそんな夢を見るようになったのか、あの絨毯のことがどうしても気になってしまって、ここへ……」


 その日相談に訪れたのは、ミラールと名乗る若い女性だった。なんでも少し前に美術館で見たじゅうたんの夢を、なぜか繰り返し見るようになったとかで――。


「ふむ……。ではとりあえずその夢を見せていただいてもよろしいですか??」


 これはまた不思議なこともあるものだ、と好奇心にかられつつ、リネットはミラールの相談を引き受けることにした。そこでさっそくその夢とやらを見せてもらったのだけれど――。


 ミラールの夢世界は、なんとも不思議な空気を漂わせていた。時空が歪んでいるというか、まるで壮大な幻想世界のような。


(何かしら、この感じ……。まるでミラールさん以外にたくさんの人の思念が巡ってるみたいな……。それにこの声は? 誰かが歌ってる……?)


 穏やかに語りかけるような歌のようにも聞こえる声が、ミラールの夢の中にはゆったりと流れていた。おそらくは年配の女性のものだろう。


『……つ。思いをひと……。

 願いを糸に……、思いを……』


 途切れ途切れに聞こえるその身を委ねたくなるような優しい声に、じっと耳を澄ます。きっとこれは祈りの歌なのだろう。誰かの幸せを祈るような、そんな思いが込められたとても美しい歌。そこに何か特別な思いが込められているような気がするのだけれど、どうにも判然としない。


(うーん……。何か感じ取れそうなのに、何かが邪魔をしているような……?? 心の中の淀み……ううん、後悔とか罪悪感みたいな。これは一体……)


 どうやら複雑にさまざまな思念が混ざり合っているようで、これといったものをつかめないままリネットは夢から現実世界へと戻った。そしてミラールに、その歌に覚えがあるかと聞いてみたのだけれど。


「さぁ……。なんとなくあの絨毯を見た時と同じような懐かしい感覚はあるんですけど、それ以外には特に……」

「懐かしい?」


 ミラールはこくりとうなずいた。


「あの絨毯を見た時、不思議な感じがしたんです。はじめて見たのにずっと前から知っていたような懐かしい感じを……。あんな絨毯見たこともないし、懐かしく感じるはずないんですけど」


 ならばその絨毯にこそヒントがあるに違いない。そう思ったリネットは、こくりとうなずいた。。


「分かりましたっ。では私もその絨毯を見にいってみます! 西通りにある美術館でしたよね」

「え、えぇ……」


 リネットはさっそく件の美術館へと足を運ぶことにした。そしてそこで、思いがけない不思議な体験をすることになったのだった。

 


「おや、あなたもその絨毯に魅入られたようですな?」


 その絨毯は、想像以上に素晴らしかった。これだけのものを織り上げるのに一体どれほどの年月と労力が費やされたのだろうと思うほどに。なのに実際はたったひとりの女性の手で作り上げられたというのだから、なんとも驚きだ。

 リネットはそのあまりの素晴らしさに言葉もなく見入っていたところに不意に声をかけられ、弾かれたように振り向いた。


「あぁ、驚かせてしまったかな? これは失礼しました。私はここの館長をしておりましてね。実はつい先日もこの絨毯を随分長い時間ご覧になられていた方がいたもので、つい……」

「あぁ! 実は私、その方に教えていただいてこの絨毯を見にきたんです」

「そうでしたか。あの娘さんの……」


 どうやら館長はミラールのことを覚えていたらしい。この絨毯はとても素晴らしい出来だし、なかなかこんなに大きなものは珍しい。けれど確かに、他の美術品に比べたらそう人の目を引くものではない。なのにこの絨毯にじっと見入っていたことが印象的だったのだろう。


「あの、この絨毯ってどこかの伝統的な織物ですか? 絵柄も色味も特徴的ですよね」


 すると館長は少し考え込んで、そっと声をひそめると。


「出所は実のところよくわからないのですが、この絨毯には不思議な力が宿っているという話がありましてね……」

「不思議な力……?」


 まさかの内緒話に、目をきょとんと瞬けば。


「この絨毯を見つけてきた前館長が言っていたんですけどね。なんでもこの絨毯を作った老女というのが、特異な力の持ち主だったらしくて。なんらかの特別な力が込められているんじゃないか、なんて……」

「特異な力……? それってどんな……?」

「ええと……確か願いの力って言ってましたかねぇ。本当かどうかは知りませんが、口にした願いが叶う力だとかなんとか。まぁ眉唾でしょうがね! はっはっはっはっはっ!」


 館長はそう言って去っていった。


 リネットは絨毯の前に立ち、しばし考えこんでいた。もしも館長の話が本当ならミラールがあの不思議な歌とともに絨毯の夢を繰り返し見たことと、何か関係があるのかもしれない。


「願いが叶う……力……? でもどうしてミラールにだけこの絨毯が反応したのかしら……?」


 つまりそれは皆が持っている魔力とは別の珍しい力なのだろう。たとえば私の夢食いの力のように。とは言えミラールにだけその力が反応したことが不思議だった。もし他の人にも反応していたのなら、とっくにこの絨毯は人の口に上っているはずだし。


「ふむ……」


 珍しい力は、どうしたって皆から悪目立ちする。役に立つ力ならまだ重宝もされるだろうが、これといって利用価値のなさそうなものやあまりに力の強すぎる力は時にとても生き辛くもする。しかもそれが、人の人生を左右するくらい大きな力を持つ能力だったら――。


 なんとなく他人事とは思えず、絨毯の作り主に思いをはせながらそこから何か感じ取れないかとそっとガラスケースに手を伸ばしたその時だった。


「……っ!? これは……!」


 突如目の前の絨毯から、何者かの意識が流れ込んできた。そこにリネットは、あたたかく壮大な光を見たのだった。



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