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【case .2】少年と犬−2


「じゃあ、ハルト。あなたの夢を見させてね。大丈夫、何も怖くないからね」


 ハルトの背にそっと手を置き、あたたかな体温と鼓動を感じながらそっとハルトの夢の中へ入っていく。


(これが、ハルトの夢かぁ……。人ほどカラフルじゃないけど、そんなに変わりないんだなぁ……)


 ハルトの夢の中は、とても穏やかな空気に包まれていた。きっとハルトの心がそれだけ満たされているということなのだろう。けれどその片隅に一箇所だけ、光の当たらない寒々しい場所があった。そこに置かれた意外なものに、リネットは思わず首を傾げた。


(……子ども用の自転車? なんでこんなものがハルトの夢の中に?)


 それは、水色のきれいな一台の自転車だった。大きさから見てきっとミゲルのものなのだろう。なぜかそれからは、物悲しい空気が伝わってくる。


(ふむ……。多分これがハルトを悩ませている原因なんだろうけど……)


 どうやらハルトはこの自転車に何か特別な思い――、どちらかと言えば悲しみや後悔といった負の感情を抱いているらしい。けれどそれが何なのかが判然としない。


――ハルト、私の声が聞こえる? ねぇ、あなたはこの自転車に何を感じているの? お願い、私に教えて?


 その呼びかけにハルトは答えてくれた。なぜハルトがこの空色の自転車にそんなに悲しい物思いを抱いて悩んでいるのかを――。

 その答えを持って、リネットは現実の世界へと戻ったのだった。


「ええと……ひとつミゲルに聞きたいことがあるの。あなた、水色のきれいな自転車を持っている?」


 夢から出たリネットは、ミゲルに単刀直入に切り出した。


「え……。持ってる……けど、なんであんたがそんなこと知ってるんだよ……」


 その瞬間、なぜかミゲルの顔が暗く陰った。


「ハルトの夢の中に出てきたのよ。なんだかハルトはその自転車に、悲しいとか残念な気持ちを抱いているみたいなの。何か心当たり、ある?」


 するとミゲルはしばし黙り込んで、ハルトをじっと見つめうつむいた。


「その自転車……ずっと大事にしてたんだけど……。俺もう、長いこと乗ってなくて……」

「どうして? 嫌いになったの?」


 ミゲルはふるふると首を横に振った。


「そういうんじゃないけど……。だって俺はハルトは俺が連れて行かなきゃどこにも行けないだろ? なのに俺が自転車に乗ってどっか行っちゃったらさ、ハルトはひとりになっちゃうだろ。自分だけ自転車に乗って好きなところになんて行けないよ……。だから……もういいんだ」


 ミゲルはそう言って、膝の上でぎゅっと手を固く握りしめたのだった。


「あの自転車がどうかしたのかよ? なぁ、ハルトはやっぱり悪い夢を見てうなされてたのか? なぁ、教えてくれよ、リネット!」


 焦れるミゲルにリネットはしばし考えこみ、ある提案をしてみることにしたのだった。


「ねぇ! あなたのその自転車、少しの間私に預けてくれない? あ、あとこの木箱も! 一週間、一週間したらちゃんと返すから!! ねっ」と。


 その提案にミゲルは眉をひそめ、けげんそうな表情を浮かべた。


「いいけど……お前、何する気だよ? 自転車と木箱なんか持ってって……」


 無理もない。突然何の説明もなく大事な自転車を借りたい、その上ハルトの大事な移動手段である箱まで貸してくれなどと言うのだから。けれどリネットには自信があった。きっとうまくいく、ハルトの気持ちも明るく晴らしミゲルにも笑顔をきっと取り戻せるはずだ、と。


「いいからいいから! 私に任せてっ。ねっ! きっとうまくいくから、ミゲルもハルトも少しの間待っていてね!」

 

 一週間後、リネットは意気揚々とミゲルとハルトの家へと向かった。例の自転車を持って。それを見た瞬間、ミゲルの口があんぐりと開いた。


「な……、なんだぁ、これっ? 自転車に木箱がくっついてる!?」

「ふふっ! まぁ、ミゲルもハルトも自転車に乗ってみてっ。さぁ!」


 一週間ぶりに戻ってきた自転車に困惑しながらも、ミゲルは後輪のサイドに据えつけられた木箱の中にハルトを乗せておそるおそる走り出した。そして――。


「うわーっ!! なんだ、これっ!? すごいっ。俺、……ハルトと一緒に自転車で走ってる! すごいすごいっ!!」

「ワォンッ!! ワゥワゥッ!」


 道端に響くミゲルとハルトの歓声に、通行く人たちが驚きの表情で振り返る。


「ねぇっ! これ、お前が作ったの? すっげぇんだけど!!」

「ワォーンッ!! ワォーンッ!」


 ミゲルの実に子どもらしい明るい満面の笑顔と嬉しそうなハルトの鳴き声に、つられてリネットの顔にも笑みが浮かんだ。


「ふふんっ! 実はね、ミゲルの自転車と木箱を合体させて、連動する仕様に改造したの。これならお水や食べ物なんかの荷物はもちろん、ハルトと一緒にどこにでも行けるでしょ? 工作が得意な父に頼んで作ってもらったの」

「お前の父ちゃんってすっげぇんだなぁ! すっごく嬉しいよっ。これでハルトとまた自転車に乗ってどこへだって行けるもんっ! リネット、ありがとうっ!!」

「ふふふふっ! どういたしましてっ」


 こうしてひとしきり辺りを走り回った後、リネットはミゲルに真相を打ち明けた。


「ハルトはね、大好きなはずの自転車にあなたがもう見向きもせずにいる理由が、自分の脚のせいだってわかっていたの。それがとても寂しくて悔しいって……。あなたが時々自転車を見る度に辛そうな顔をするのが、とても悲しいって教えてくれたのよ」

「ハルトが、そんなことを……。そっか……。それで夢でうなされてたのか……」


 脚が元気に動いた頃は、自転車に乗ったミゲルと一緒に走り回ったのだとハルトは教えてくれた。その頃のように、一緒にお出かけがしたい。もしそれが叶わなくても、大好きなミゲルが空色の自転車に乗って元気にかけ回ってくれたら嬉しい、と。


「ハルトはあなたのことが大好きだから、いつも笑っていてほしいんですって。自分が一緒にいる時も、いない時も。あなたが明るく楽しそうにしていてくれたら、それだけで嬉しくなるんだって!」


 そんなあたたかくて純粋なハルトの願いを、どうしても叶えてあげたかった。どうせなら大好きな自転車に乗って、ふたりが一緒にまた風を切って走れるように。それに賛同してくれた父のおかげで、この世界でたった一台の特製自転車が誕生したというわけだった。


「ありがとう……。リネット! 俺……まさかこんな日がまたくるなんて思ってなかった。ハルトもっ、ありがとうなっ!! 悲しい思いをさせてごめんな……。でももうこれからはこの自転車に乗って、また一緒にいっぱい冒険に行こうなっ!」

「ワォッ!! ワオーンッ!」


 ハルトをぎゅっと抱きしめ笑うミゲルと元気な鳴き声に、リネットもまたカラリと明るく笑ったのだった。

その数日後。


「おーいっ! またきてやったぞっ。リネット!」

「ウワォーンッ!」


 聞き覚えのある元気な声と鳴き声に慌てて相談所の外に飛び出してみれば、そこには自転車にまたがったミゲルとハルトの姿があった。


「いらっしゃいっ……って、あなたたちもしかしてここまで自転車に乗ってきたの!?」


 ミゲルの住む家からバクの森までは、なかなかの距離だ。いくら自転車とはいえよくもこんなに遠くまできたものだと驚きの目で見れば、このくらいなんでもないとミゲルが得意げに鼻をこすった。


「俺たちにとってはこのくらいの距離、どうってことないさ。俺が十四才になったら、ハルトとちょっとした冒険の旅に出てみようかと思ってるんだ! その時までに頑張って足腰を鍛えておかないとさ」


 ミゲルはそう言って、元気いっぱいに笑ってみせたのだった。 


「実はさ、今日はリネットに提案があってきたんだよ! 俺とハルトふたりでここの宣伝担当になってやろうかと思って」

「宣伝? ミゲルとハルトが?」


 思いもよらない提案に、目を瞬いた。


「あぁ。俺がハルトと一緒にこの自転車に乗って宣伝してまわれば、いい宣伝になると思うんだ! 俺まだ子どもだし依頼料をちゃんと払えなかっただろ? でもリネットはちゃんとハルトを助けてくれたからさ。だから代わりに俺たちが宣伝してやるよ!」


 リネットはその提案に驚きつつも、こんなかわいい宣伝係がいてくれたらもしかしたらこの相談所にたくさん相談が舞い込むかもしれない。そんな想像に胸をふくらませ、リネットは大きくうなずいた。


「ありがとうっ。すごく助かるわっ。ちょうどどう宣伝していいものか悩んでたとこだったの。ふたりとも、ぜひここの宣伝所員になってちょうだい!」 


 嬉しさのあまりミゲルとハルトの手をぎゅっと握りしめれば、ミゲルが照れたようにはにかんだ。


「へ……へへっ。おうっ、任せとけ!」

「ワォワォンッ!」

「うんっ! よろしくねっ。ふたりとも」


 その後『夢バクお悩み相談所』には、ひとりと一匹のかわいい宣伝係たちが町を元気に走り回り宣伝してくれているおかげでぽつりぽつりと相談が舞い込んでくるようになったのだった。



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