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【case .1】時計職人と孫娘−3


 それからしばらくが過ぎたある日のこと。屋敷でいつものように秘書仕事に励んでいると――。


「リネットさん! リネットさんにお客様ですよ! フォートン様とココナ様とおっしゃる方がお見えです」


 ゴドーに言われ急ぎ向かってみれば、そこには背丈ほどもある大きな箱を携えたフォートンと笑顔のココナが待っていた。


「わぁっ、フォートンさんにココナちゃんっ! 一体どうしたんですか? もしかしてお屋敷に遊びにきてくださったんですか?」


 ほんのひと月ほど前に会ったばかりなのに、なんだかずいぶん時が過ぎた気がする。はじめての相談者の元気そうな様子に思わず興奮して、笑顔でかけ寄ればココナがにっこりと嬉しそうに微笑んだ。


「こんにちは、リネットお姉ちゃん。今日はね、お姉ちゃんにプレゼントを持ってきたの!」

「プレゼント……? そう言えばその大きな箱は一体……」


 きょとんとするリネットにココナがにんまりと笑みを浮かべ、フォートンがその大きな箱をこちらにずいっと差し出したのだった。


「これをあなたにお渡ししようと思いましてね。さぁ、これをどうぞ開けて見てください」


 ずっしりとした重量感のある箱を言われるまま開けてみれば、そこには――。


「わぁっ!? なんて素敵な大時計……!」


 中から出てきたのは、真新しい木の香りがする立派な大時計だった。

 ガラスで開閉できる作りの時計盤はピカピカで、時計の天辺から細部にいたる所まで、細かな装飾が施されていて、これまで見たことがないほど素敵だった。

 耳を澄ませば、中からチクタク、チクタク、と心地よい音が聞こえてくる。その音にそっと耳を澄ませ感嘆の声をもらしたリネットに、フォートンが少し照れくさそうに告げた。

 

「まだ相談所には時計がないとおっしゃっていたでしょう? ならばと思い、今回私たちを助けてくださったお礼に作ってみたのです。どうせなら世界でひとつだけのとっておきの時計にしたいと思い、つい時間がかかってしまいましたが……。……ほら、ここをご覧ください。おもしろい仕掛けがあるのですよ」


 フォートンが時計盤の上にある小さな小窓を指さした。そこをしばらく見つめていると。


 カタン……。パカリッ……! カチン!


 小さな音を立てて、小窓から白と黒のツートンカラーのバクの人形が飛び出した。バクが背面の夜の絵の上をかけるように、ぷかりぷかりと飛んでいく。夜から朝へと空をかけていくかわいらしいバクの仕掛けに、リネットは歓声を上げた。


「これ、もしかして……私!?」

「ふふふっ! ええ、その通りです。ココナが夢の中で見たというバクの姿を参考にして作ってみたのですよ。どうですかな? この世にたったひとつの夢バク仕様の時計です。気に入っていただけると嬉しいのですが……」

「……すごい! すごく素敵!! こんな素敵な時計、見たことないっ」


 そのあまりの精巧さとかわいらしさに目を吸い寄せられ歓喜の声を上げるリネットの背後から、騒ぎをききつけてやってきたファリアスとゴドーがのぞき込んだ。


「これはすごいな……! 夢の中の君そのものじゃないか。このずんぐりとした丸いフォルムといい、この小さな目もそっくりだっ!」

「……」

「見事なものですなぁ! いやぁ、実にかわいらしい。リネットさんのなんとも言えぬほっこりとした特徴がよく現れておりますなぁ。はっはっはっはっ!」

「……それ、ほめてます?」

「……ぷぷっ!」

「……ゴホンッ!」


 皆の反応に、フォートンがにっこりと微笑んだ。


「リネットさんは陰に沈み込みそうになっていたココナと私を、陰の中から光の下に連れ出してくれた。どれほど感謝してもしつくせません。ですからそんなあなたにこれから優しく穏やかな時が訪れるようにと願いを込めて、精一杯作らせていただきました。どうぞこれからのあなたの相棒にしてやってください。きっとあなたの人生をあたたかく見守ってくれることでしょう」


 すると、ココナが胸を張って声を上げた。


「時計を作る時にはね、神様にお願いするのが決まりなの! 持ち主に穏やかで良い時が流れますようにって。だから私も神様にうーんとお願いしておいたわ。リネットお姉ちゃんにいい時間が訪れますようにって!!」


 その得意げな様子がなんともかわいらしくて、思わず噴き出した。


「ココナちゃん……、フォートンさん……! ありがとうございます……! 大切にしますっ。私、頑張ります……!! これからひとりでもたくさんの、夢で悩んでいる人たちの力になれるように……! この時計と一緒に」


 フォートンが言っていた。時計とは、どんな時も持ち主の人生を見守りともに時を過ごしてくれるあたたかな存在だと。きっとこの時計は、あの相談所を訪れる依頼者たちと自分の時間を見守りその記憶を刻み込んでくれるだろう。

 できることならば、その時間があたたかいものであったらいい。相談所を訪れる依頼者たちの心に光を灯すものであったらいい。その手助けができたなら幸せだ――、心からそう思った。


「リネットさん、私たちを助けてくださったこと心から感謝します。あなたのおかげでココナはすっかり元気になりました。それに私もやっと過去から未来に目を向けて、ココナと一緒に強く生きていけそうです……!」


 フォートンはかぶっていた帽子を脱ぎ、頭を下げた。


「きっと娘夫婦も、私たちを天から見守ってくれるでしょう。あのふたりの分も頑張って、この子を守って幸せに生きてみせますとも!」


 その声は力強く、顔には希望が輝きココナへの深い愛情に満ちていた。ココナはその隣でフォートンをちらと見上げ、にっこりと笑った。


「実はね。私、おじいちゃんに弟子入りしたの! だからいつか私もリネットお姉ちゃんにすごい時計を作ってプレゼントするから、楽しみに待っててね! 約束よ!」


 そう言ってココナは、弾けるように笑ったのだった。もう何の陰りもない明るい顔で。


「うんっ。その日を楽しみにしてるね。ココナちゃん!!」


 こうしてリネットのはじめての依頼は、無事成功を収めた。

 そして相談所に置き時計という新たな仲間が加わり、リネットの時間が穏やかにそしてゆっくりと進みだしたのだった。


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