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【case .1】時計職人と孫娘−2


「義息は若い頃の事故で片足が不自由でしてね。それを知って、私はわざわざ苦労するような相手と結婚しなくても……と反対したのです」


 すでに妻は亡くなり、娘の幸せを思えばこそ将来苦労することのない相手に未来を託したかった。その一心からつい反対する言葉が口をついて出た。けれど娘はいつか許してもらえる日がくると結婚を強行し、そしてココナを身ごもった。


「ココナを産んで間もなく娘は病にかかり、私たちはこの家でともに暮らすようになりました」


 フォートンは、懐かしそうな遠い目をして続けた。


「いざ一緒に暮らしてみれば、義息は実に気のいい働き者で娘とココナを心から愛しておりました。結婚を反対したのが恥ずかしくなるくらいに……。が、私はしょうもない意地を張って頑なな態度のまま……」


 別に冷たく接していたわけではない。ごく普通に会話もすれば必要な時は助け合い、どこにでもいる家族として娘夫婦とかわいい孫娘と四人、幸せに暮らしていたのだ。でもどこかぎこちないままで。


「まぁそのうち穏やかな関係をあの男とも作っていける、きっとそのうち……。そう思っているうちに娘もあいつも先に逝ってしまい……」


 ココナと自分ひとりが残され、せめて孫だけはなんとか幸せにしなければと決意したものの、果たしてこんな自分にできるのかと不安を感じる日々。


「……ある日私はつい弱音を口にしたんです……。娘の幸せを邪魔した上義息にも辛い思いをさせたまま亡くし、そんなだめな自分には到底あの子をこの先幸せにしてやれない……と」


 夜工房でひとり過ごしていると、過去の後悔ばかりが押し寄せる。チクタクという時を刻む音に、どうしても後悔だらけの過去が思い返されて。


「けれどその時ふと足音が聞こえた気がして……。まさかと思い慌ててココナの元へ行ってみれば、毛布にすっぽりとくるまって寝息を立てていたので気のせいかと思っていたのですが……。でももしあの子があれを聞いてしまったのだとしたら……」


 フォートンはそう悲痛な声でつぶやくと、肩を震わせたのだった。 

 その話を聞き、理解できた気がした。ココナの心の中で何が起きていたのか。


 フォートンが悪かったのではない。娘に続き義息まで亡くした悲しみと過去の後悔を引きずり、ひとり誰にも聞かれないようそっと弱音を吐いただけのこと。その弱音だって、ひとり残されたココナをなんとか幸せにしなくてはという強い愛情があったからこそついこぼれ落ちたものなのだ。誰がそんなフォートンを責められるだろう。


(なんとかしなきゃ……。このままじゃココナちゃんもフォートンさんも悲しみで壊れてしまう……。なんとか……)


 リネットはしばし考え込み、そして。


「フォートンさん! これから私、ココナちゃんの夢の中にもう一度行ってきます! その間、フォートンさんにしていただきたいことがあるんですっ」


 その頼みにフォートンは、戸惑いつつもそれがココナを助けることになるのなら、とこくりとうなずいた。そしてリネットは再びココナのもとへと向かうと、その小さな手をぎゅっと握りしめた。


「ココナちゃん!! 私と一緒にココナちゃんの夢の中へ行こうっ! そしてココナちゃんが今抱えている重いものを一緒に食べにいきましょう」


 その突然の提案に、ココナはきょとんと目を瞬かせてはいたけれどこくんとうなずき、小さな手でぎゅっと握り返してくれたのだった。


 再びココナの夢の中に入り込んだリネットは、モフモフとしたバクの姿でココナと夢の中を進んだ。そして心の声で語りかける。


――ねぇ、ココナちゃん? この先にね、小さな扉があるの。その中にはね、ココナちゃんがずっと心の中に閉じ込めてきた声が詰まっているはずなの。おじいちゃんにもお父さんにも言えなかったたくさんの思いが。それを、私と一緒に自由にさせてあげよう?

「……?」


 しばらく進むと目の前に一枚の扉が現れた。おそらくそれは、ココナが胸にずっと閉じ込めてきた言葉が詰まった扉。不安そうに足を止めたココナにリネットはそっと声をかけた。


――……大丈夫。私がついてるわ。だから勇気を出して? 一緒にこの扉の中にある思いたちを自由にしてあげよう?


 そうココナを励ませば、応えるようにココナの手が扉の取っ手へと伸び、カチリという小さな音をたてて扉は開いたのだった。次の瞬間、中に閉じ込められていたココナの声が一時に溢れ出した。


『お母さん、私神様にお願いしたの。お母さんにもう一度会わせてって。でもどうして聞いてくれないの?』

『お父さん、どうしていなくなっちゃったの? 私が大人になるまでずっと一緒だって言ってたのに! あんなに約束したのに!!』

『おじいちゃんがひとりで泣いてたの……。もう私といるのが辛いみたい……。私のせいなの……?』

『もう寂しいのは嫌……。おじいちゃんを苦しめるのも嫌なの……。私、どうしたらいい……?』


 声からにじむのは、どうにもならない現実の悲しさと悔しさと不安だった。けれどその思いを口にできないまま、ココナは夢に逃げ込んだのだ。ココナがどうかこのまま覚めないでほしいと願う願望の世界に。 

 けれど夢は夢だ。時は現実の世界で流れ続ける。時計の針が一方向にしか進まないように、先へ先へと。その乖離に心が壊れかけ、ココナはついに声を失い悪夢にうなされるようになってしまったのだった。


――ねぇ、ココナちゃん。あなたはずっとこの夢の中にいたい? 現実の世界にはもう戻らずに、このままお父さんとお母さんがそばにいてくれる夢の中に閉じこもっていたい?


 ココナの手にぎゅっと力がこもった。


――もしココナちゃんがこのまま夢の世界にいたいと思うのなら、もう二度とおじいちゃんには会えないわ。夢と現実の両方を生きることはできないの。それでもここにいたい? おじいちゃんに二度と会えなくてもこの夢の中にいたい?


 リネットがそう語りかけると、ココナははっと息をのんでぶんぶんと強く頭を振った。


――おじいちゃんはね、ココナちゃんのことが大切でたまらないの。だからどうしたら幸せにしてあげられるか考えてちょっぴり悩んでしまっただけなの。それだけココナちゃんを愛しているから。

「……」

――おじいちゃんはココナちゃんを幸せにしたいの。お父さんとお母さんの分まで。そんなおじいちゃんともう会えなくてもいいの? それでも夢の中がいい?


 ココナはもう一度ぶんぶんと頭を振って、やっと聞き取れるくらいの消え入りそうな小さな声で答えた。


「……うぅっ。ひぃっ……く! それは……嫌。おじいちゃんに会えなくなるのは嫌。でも……私がいるとおじいちゃんが苦しそうなの……。だから……」


 不安そうに震えるココナの頭を励ますようにそっと長い鼻でなで、リネットは静かに語りかけた。


――もしココナちゃんが夢の中に閉じこもってしまったら、おじいちゃんはもっと寂しくて辛くなってしまうわ。だっておじいちゃんはココナちゃんのことが大好きで、大切にしたいって心から願っているんだもの。


 ココナがリネットのつぶらな目をじっと見つめ返してきた。


「……本当? 本当に私、おじいちゃんのそばにいてもいいの……? おじいちゃん、苦しくない……?」


 その時だった。どこからかその声が聞こえてきたのは――。


『ココナ……、ココナ……!! 私はここにいるよ……。ずっとここにいる……! お前は私の大切な大切な宝物だ。どんなことがあっても幸せにする……。だから戻っておいで!!』


 それはフォートンの声だった。夢の中に逃げ込もうとしたココナに、正直なありのままの気持ちを語りかけてほしいと頼んでおいたのだ。


『ココナ! これからは私と一緒に、頑張って生きていこう! だから……頼む! どうか戻っておいで……!』


 その声にココナはふわり、と嬉しそうに微笑んだ。そして声のする方へとまっすぐに手を伸ばし、はっきりと口にした。


「私……私、行く! おじいちゃんと一緒に生きる! そしていつか私も、おじいちゃんみたいな時計職人になるの……! だから私……おじいちゃんのところに行く」


 その瞬間、ココナの手の先にまるで道標のようにすうっと一本の光の道が浮かび上がった。


――じゃあ、行こう! この光の糸をたどって、おじいちゃんの元へ帰ろう!!


 リネットとココナは、光の道をゆっくりと確かな足取りで歩き出したのだった――。



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