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【case .1】時計職人と孫娘−1


 まだ真新しい木の香りを漂わせる室内に、そよそよと穏やかな風が吹き抜ける。眠りと癒やしのバクの森の外れに佇む夢バクお悩み相談所のはじめての依頼主は、フォートンという名の時計職人だった。


 コポコポコポ……。カチリ。


「……どうぞ。リラックス効果のあるハーブティーです」


 淹れたてのお茶をそっと差し出すと、フォートンはそれを静かにすすり小さく息を吐き出した。


「実は、五才になる孫娘のことで相談がありまして……。ひと月ほど前から、孫娘――ココナが言葉を発しなくなり、毎晩悪夢にうなされるようになったのです。日に日に元気を失って、表情も乏しくなっていくココナが心配で……」

「そうでしたか。それはご心配ですね……。その……何かきっかけになるような出来事などはありませんでしたか?」


 するとフォートンは、しばしためらい静かに語りはじめた。


「ココナの母親である私の娘は、数年前に病で亡くなりましてね。次いで先日父親も事故で亡くなって、今は私とふたりで暮らしております……。おそらくは、相次いで両親を亡くしたショックのせいだとは思うのですが……」


 カップを握るフォートンの手が、ぶるりと震えた。


「そんな時、ここの噂を聞きましてね……。夢の悩みを解決してくれる相談所ができたらしい、と。ならばなんとかココナを助けてはもらえないかと、そう思いまして……」


 藁にもすがる思いでここを訪れたのだろう。不安に満ちたフォートンの顔から、そんな気持ちがひしひしと伝わってきた。


「……わかりました。では一度そのココナちゃんに会わせていただけますか? 会って夢をのぞいてみれば、ココナちゃんの言葉を取り戻す方法が見つかるかもしれませんから」


 リネットがそう告げると、フォートンの顔がぱっと輝いた。


「ええ……! もちろんですともっ。どうか……どうかよろしくお願いします!」


 こうしてあくる日リネットは、夢バクお悩み相談所の記念すべき初めての依頼者、フォートンとココナの住む家へと向かったのだった。


「さぁ、どうぞ。狭いところですが、中へ……」


 大通りから離れた静かな町外れに、フォートンとココナの家はあった。


 案内されまず視界に飛び込んできたのは、見たこともないほどたくさんの時計たちだった。壁や棚、作業机の上に並んだ大小さまざまな時計たちに思わず息をのむ。


 フォートンが小さく笑った。


「すごい数でしょう? 私は子どもの時分から、どうにも時計というものが好きでしてね……。こう……静かに時を刻む音を聞いていると、ほっとするんです。それで時計職人になったのですよ」


 フォートンはこの工房を兼ねた家で、長年時計職人として暮らしてきたらしい。そして、大昔の時計の修理依頼や真新しい時計の製作をしているのだと穏やかに微笑んだ。


「私はどうにも不器用な人間でして、人付き合いは不得手なのです。もう時計が私の人生の友のようなもので……。早くに亡くなった妻にも娘にも、よくあきれられたものですよ」


 その顔に浮かんだ寂しげな色に気が付き、ふとフォートンを見やれば。


「あ……いや、失礼。ココナはこちらです。さぁ、どうぞ……」


 そして工房を抜け、建物の奥へと進むと。


「さ、ココナ。お客さんが会いにきてくれたよ」


 感じのよい落ち着いた部屋の中に、小さな女の子が座り込んでいた。薄茶色の癖のある髪を二つ結びにして、膝の上に本を開いてちょこんと。

 きょとんとこちらを見つめるココナに、リネットはにっこりと微笑みかけた。  


「はじめまして、ココナちゃん。リネットよ。どうぞよろしくね!」


 そして目をぱちくりと瞬かせるココナを、リネットは日向ぼっこに誘ったのだった。


 ぽかぽかとした陽気の穏やかな昼下がり。小さな足を玄関ポーチに投げ出して、こちらをきょとんとした顔で見上げてくるココナと並んで座り込む。

 急に夢を見せてなんて言ったら、きっとココナは怖がるだろう。ただでさえこの小さな胸をこれ以上ない悲しみと寂しさに痛めているのだ。怖がらせるような真似はしたくない。だから。


「ココナちゃん、はい。どうぞ」


 癒やしと眠りのバクの森の雑貨屋で売っているバクのぬいぐるみを、ココナに差し出した。


「ふふっ。どう? かわいいでしょう? 実は私には不思議な力があるの。バクっていうこんなモフモフの姿になって、悪い夢をむしゃむしゃ食べちゃうんだ」

「……!?」


 驚きに目をまん丸にしたココナがかわいい。


「小さくて丸い黒い目と、長い鼻をしているの。それにほら、体の色がきれいに白と黒にわかれてるのよ。おもしろいでしょう? 私はこのバクの姿で、悪い夢を食べて消すことができるのよ!」 

「……!」


 やっぱり声は出ないけれど、ココナの表情からは驚きと好奇心が伝わってくる。どうやらバクに興味を持ってもらえたらしい。

 リネットはその子どもらしい好奇心に輝くかわいらしい笑顔に思わずふふっ、と笑い声をもらした。


「だからね、ココナちゃんが最近見ているっていう夢を、良かったら私に見せてくれないかな? おじいちゃんが心配していたの。最近ココナちゃんが悪い夢を見てよく眠れていないみたいだって。……どうかな?」


 そうお願いしてみれば、ココナはしばし考え込みこくり、とうなずいたのだった。



 チク……タク……。チク……タク……。チク……タク……。


 ココナの夢の世界は、フォートンの作業部屋と同じく大小さまざまな時計でいっぱいだった。

 時を刻む音がまるで鼓動のように四方から響く。そんな空間をくるりと見渡せば、その真ん中に木製のテーブルと四脚の椅子が置かれているのが見えた。そこに向かい合うのは、穏やかに笑い合う家族の姿。


(あれはきっとココナちゃんのお父さんとお母さんね……。それにあれは、今より少し前のココナちゃんだわ。とっても嬉しそう……)


 優しげな微笑みを浮かべココナの頭をなでる母親と、それを穏やかな微笑みを浮かべて見つめる父親の姿。もう現実の世界では会えない両親に見守られ、今よりも少し幼い顔をしたココナがあどけない顔で笑っていた。

 まるで幸せを一枚の絵にしたようなその光景を、しばし見つめていると。


(……時計の針が一斉に動き出した!?)


 そのあたたかな光景が、急にぐにゃりと歪みはじめた。そして周囲をぐるりと取り囲んでいた時計の針が一斉にものすごいスピードで逆回りしはじめる。


(……っ? お母さんとお父さんの姿がどんどん消えていく……!? これは一体……)


 みるみるココナの両親の姿が蜃気楼のようにゆらゆらと揺らぎ、消えていく。その突然の光景に目を見開いていると、そこに新たな人影がぼんやりと現れた。


(あれは……フォートンさん!)


 その姿を認めたココナは、今にも泣きそうな顔でフォートンへとすがりつくように手を伸ばした。けれどその手は虚しく空を切り、フォートンの姿もなぜか両親と同じようにゆらりと消えていく。そしてあとには、空っぽの椅子と虚ろな顔をしたココナだけが残されたのだった。


 夢を見終わりなんとも言えない苦い気持ちで目を開けると、きょとんとした顔のココナがこちらを見つめていた。


「……ココナちゃん、あなたの夢を見せてもらったわ。とっても優しそうなお父さんとお母さんね」


 するとココナはこくりと嬉しそうに頬をゆるませた。


「でも……寂しいね。胸の中が痛いね……とっても」


 そう小さくつぶやけば、ココナがまたこくりとうなずいた。


 つないだままのココナの小さな手から、ココナの悲しみと孤独、そしてとある感情が伝わってきた。その瞬間、夢で感じたココナのが抱えた陰の意味がわかった気がしたのだった。


「……うん。分かった。ココナちゃんの気持ちはわかったわ。大丈夫! ちゃんと私があなたの中にある苦しいものを取り除いてあげるから、もう少しだけ待っていてね……!」


 そうココナに約束し、リネットはすぐさまフォートンの元へと向かった。そして。


「フォートンさん。ココナちゃんの悪夢の原因が分かりました。もちろんご両親を立て続けに亡くした寂しさはもちろんですけど、それだけじゃないみたいです」

「他にも何か……?」

「ココナちゃんは、自分がフォートンさんを苦しめていると思っているみたいです。自分がいるから辛い思いをしているのだと。……何か心当たりはありますか?」


 ココナの夢から感じ取ったもの、それは愛する両親を立て続けに亡くした喪失感だけではなかった。それ以上に強く感じたのは、強い不安感だった。フォートンにも見放されひとりきりになってしまうのでは、という強い不安。

 そしてどうやらココナはそれをフォートンから感じ取っているようだった。


 リネットの問いかけに、フォートンはしばし考え込みはっと顔を上げた。


「もしかしたらあの夜の出来事が原因かもしれません……」


 そしてフォートンは語りだしたのだった。これまでフォートンが抱えてきた思いと、ある日の夜の出来事を。


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