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金貸しの店の前にずらりと並んだ顔、顔、顔。その真ん中に雄々しく立つのは、筋骨隆々な海の男に成長したデルゲンとその良き友である父オットー。そしてそのまわりには、デルゲンを慕う仲間たちとノーマ家がずらりと並んでいた。
皆の顔に浮かぶのは、強い決意だった。デルゲンの汚名を晴らし借金を帳消しにし、すでに払い込んでいる返済分を全額取り戻すまでは絶対に一歩も引かないぞ、という。
 
「さぁ……、皆!行こうっ! 極悪非道な金貸しに目にもの見せてやるっ‼」
 
父のかけ声に、「おおおおおっ‼」と威勢のいい叫び声が上がった。そして一気に金貸しの店へとなだれ込んだのだった。
一時間後、金貸しの店の前には縄でぐるぐるに縛られた金貸しとその前で晴れやかな笑顔で歓声を上げるリネットたちがいた。
 
「さぁ! デルゲン、これでもう借金もないし汚名も晴れた! さ、これを持って妻子を迎えに行くといい!」
 
そう言うと父は、先ほど金貸しから取り返したばかりの金をいくらかつかみデルゲンに差し出した。それを驚いた顔で見つめ、デルゲンは首を横に振った。
 
「オットー! これは受け取れない! これはお前たち家族が頑張って働いてきた大切なお金だっ。私をずっと信じてくれていただけでもう充分だ!」
 
そう言って突き返そうとするデルゲンに、父は笑った。
 
「これは良き友人の再出発への餞別だ。どうか受け取っておくれ。家族の労に報いるのは私の仕事だ。なぁに、そのうちお前に助けてもらうこともあるさ! 今は甘えてくれ!」
 
父のその言葉にデルゲンの顔が大きく歪み、そして。
 
「……オットー。お前という男は……本当に……。くうぅっ……‼」
 
再び嬉し涙に濡れるデルゲンと父は抱き合い、そしてデルゲンは実家に身を寄せている妻子の元へと急ぎかけ出して行った。それを笑顔で送り出した父は、家族に深々と頭を下げたのだった。
 
「お前たちにも長らく苦労をかけたね。どうか許しておくれ。これから先は、なんの心配もいらない穏やかな生活を約束すると誓うよ」
「お父様ったら! 家族だもの。当然のことだわ。それに私たちは皆そんなお父様を誇りに思ってるんだもの!」
「そうよ、あなた。私たちは家族なんだもの。一緒ならどんな苦労だってへっちゃらよ!」
「僕はいつかお父様のような男になりますっ! 情に篤くて仲間を大事にして、まわりの人をちゃんと助けられるような男に……! そのためにも今は学術院に絶対に合格して、いつかお父様と一緒にまた会社を興しますっ!」
 
家族のあたたかい言葉に、父の目から雫がこぼれ落ちた。
「リネット……。それにマリアも、ディルも……ありがとう。私は本当に幸せ者だ。うん……、うん! こうなったら一日も早くまた会社を興して、一旗あげるぞっ!」
父の頼もしい声に、仲間たちからも応援の歓声が上がる。
ふとリネットの脳裏に、昨夜デルゲンがしてくれた話がよみがえった。
『幾日もひどい嵐が続いてもうだめかと力尽きそうになった時、私は光を見たんだよ。真っ暗な大海原に空から差し込む、明るい光をな』
それは、デルゲンが死と隣り合わせで見た希望の光。突然空から眩い光が差し、まるで正しい道を指し示すかのように船を導いたのだという。
 
『人はもうだめだとあきらめかけた時、光を求めるんだ。それがたった一筋の細い光でも。そしてその光に気づくんだ。本当の自分の願いをな……』
 
デルゲンが見たその光をたどって、船は無事に嵐を抜けた。奇跡的に、一人の命も欠けることなく。
 
『愛する家族に会いたい……。ただその思いが、私を絶望の淵からすくい上げてくれた。あの光が照らしてくれたんだ。私の中に最後まで残り続けた、その願いをな』
 
あの光のおかげで、今ここにこうして戻ってくることができたのだとデルゲンは言ったのだった。
デルゲンが見た光――、その話といつか幼い頃に自分が夢の中で見たバクの光とが重なった。もしかしたらあの時に自分を照らしてくれた光は、魔力の代わりに神様がくれたとっておきの宝物だったのかもしれない。夢食いの力を使って、これから出会うたくさんの人の眠りを守り癒やしていきなさい、という――。
今はまだ使い方も分からない未熟な力だけれど、もしかしたらその光がいつか迷い苦しむ誰かの足元を明るく照らし出すことができるかもしれない。そうできたら、きっと幸せだ。そう思えた。
 
だから、決めた。この力を信じて、手探りでもいいから自分なりの人生の道へと踏み出してみよう、と。ファリアスの元を去ることは寂しくはあるけれど、前へ進もうと。
 
「よし……! 私も頑張ろう! 私も皆に置いていかれないように前に進んでいかなくちゃ!」
 
そうつぶやいて、リネットもようやく旅立ちの決意を固めたのだった。
まさかその翌日、ファリアスから自分の人生を大きく動かすであろうとんでもない提案をされるとは思いもせず――。
 
 
◇◇◇◇
 
その頃ファリアスは、デスクに広げた大きな図面とにらめっこしていた。
 
「……ここに日帰り用の温泉の隣にもちょっとした飲食スペースを……、しかし、となると導線的に……」
 
トラン地方は、決して至便な土地ではない。今はもうあまり使われなくなった街道沿いに位置するために、集客という意味でも少々難がある。けれど良質な温泉というこれ以上ないほどの売りがある。
温泉がわき出ているのを発見したのは、父であるホランドだった。郊外型の広大な宿泊施設の建設候補地を探し歩いていた時、たまたま見つけたのだ。こんこんとお湯がわき出ているのを――。その申し分のない湯量と泉質は必ず呼び水になる。そう考えたホランドは、その事業計画を息子に任せたいとギリアムに申し出たのだった。それがいよいよ動き出そうとしていた。
 
あれこれと想像をめぐらしながら、さまざまなアイディアを紙に書き出していく。
 
「移動手段はどうする? その費用と人件費は……」
 
不思議なことに、次から次へとアイディアがあふれ出してくる。こんなにも自分の中に膨大な想像力が眠っていたのかと驚くくらいに。
もしかしてこれは、リネットという名の夢食いバクが自分を救ってくれた恩恵のひとつなのかもしれない。そんなことを思いながら、生き生きと目を輝かせ仕事に励むファリアスなのだった――。
 




