12
ファリアスの見たこともない剣幕に皆が圧される中、カインは唇をぶるぶると震わせ反論した。
「だ、だからって俺だけが悪いのか!? 俺は……俺だって……くそっ!」
「お前が今の自分に満足できないのは、お前自身のせいだろう。生まれのせいでも生まれ持った能力のせいでもない。努力が圧倒的に足りない上にひねくれてあきらめているせいだ!」
「な……なんだよ! 努力が足りないって……お前は昔から勉強でもなんでもやすやすとこなしてただろ!? 持って生まれた能力の差は、どうしようもないじゃないかっ!? 俺だって何の努力もしてこなかったわけじゃ……」
 
するとファリアスはふんっ、と鼻をあきれたように鳴らした。
 
「お前の言うところの努力とは、試験直前の付け焼き刃の暗記くらいだろう? 学院時代、お前は毎日だらしなく遊び呆けてたんじゃなかったか? 確かに生まれ持った能力の差はあるだろう。だが俺がこれまで、何も努力を重ねてこなかったとでも思うのか?」
「そ……それは……」
「お前が遊び呆けている間私は毎日机に向かい、それに見合った結果を手に入れただけだ。跡継ぎと言われ、常に期待にさらされていたのはお前と私もなんら変わらない。祖父や父と比較されることがまったく苦ではなかったかといえば、それば嘘になる。だが、それに腐って努力を放棄したのはお前自身の選択だろう?」
「そ……それは……。俺は……だって……。どうせ努力したところで……」
 
カインの声が尻窄みになっていく。
 
「そんなリネットを自堕落なお前が憐れむ資格など、どこにもない! こう見えて秘書としてもなかなかに有能だし、機転も利く。その上私を苦しい状況から救い上げてくれた恩人でもある。そんなリネットを馬鹿にすることは、私が許さない!」
すると今度は、それまで黙って成り行きを見守っていたアニタが口を開いた。
 
「はんっ‼ あたしに言わせれば、皆恵まれてるわよ! 生まれてすぐ捨てられてたったひとりで生き抜いてきたあたしに比べればね。たまたま人より優れた魔力持ちだったからって、生きるのが楽になるわけじゃない。自分で人生なんとかしてやるって気概がなくちゃ、なんともならないに決まってるじゃないの‼ 幸せになりたきゃ、自分でなんとかするしかないのよっ」
 
その実に説得力のある言葉に、カインは返す言葉もないようだった。とどめのようにマダムが続けた。
 
「……いい加減大人になりなさい。バレイド・カイン! これからあなたには茨の道が待ってるわ。父親は逮捕され、バレイド社の行く末はお先真っ暗よ。なんとか倒産を免れたところで、ボロボロの会社をあなたは一体どうやって守っていくつもり? 跡継ぎであるあなたがそんな甘ったれたことを言っていて、残された社員とその家族を守ることができる?」
「それは……」
「そんな傾いた会社、きっとあなた以外の誰も引き継ごうだなんて思わないわ。ということは、未来はすべてあなたの肩にかかっているってことになるのよ? あなたに会社と従業員たちを守る覚悟があって?」
 
カインはマダムの畳みかけるようなその言葉に、肩を震わせた。
 
「……そんなの俺にはどうにもできないよ。どうせ俺は……無能なんだから……。俺なんかに一体何ができるっていうんだよ……。こんなポンコツな俺に、一体どうしろって……」
 
カインはそう言うと肩を落とし、両手で頭を抱えうなだれたのだった。
その痛々しい様子にさすがの一同も言葉を失い、黙り込んだ。カインのしたことを許す気にはなれないけれど、その理不尽な言い分に腹も立つけれど、それでもあまりにカインにのしかかっている運命は過酷だった。
けれどその沈黙を、ファリアスが破った。
 
「……お前は自分には何もないと言ったが、本当にそうか? お前、学院時代にこっそり人形を作ってたことがあっただろう? あぁ、あとずいぶんかわいらしい絵を描いていたこともあったか。そうしたものにはあまり詳しくはないが、私の目にはなかなかのものに見えたが? あれを才能と言うのではないのか?」
 
その瞬間カインの口があんぐりと開き、顔がみるみる真っ赤に染まった。
 
「なななな、な……っ!! なんでお前がそれを知ってるんだっ!? だ……誰にも見つからないようにこっそり……。あ……!」
 
うっかりファリアスの言葉を肯定してしまったことに気がついて、カインが口元を慌てて覆ったけれどもう遅い。
 
「……人形?? かわいい……絵?? カインが……!?」
「ええええ……!? 嘘でしょ……? カインにそんな才能が……?」
「人は見かけによらないって本当ねぇ~。この男がかわいい絵を、ねぇ……」
 
驚きの声を上げるリネットたちに、カインは真っ赤な顔で叫んだ。
 
「い……いいじゃないかぁっ!! 人形とか……絵とか……かわいいものが昔から好きで……。絵を描いてる時は、嫌なことを忘れられたし……。だから……!」
 
するとファリアスがふん、と鼻を鳴らした。
 
「お前にもあるじゃないか。取り柄」
「……は??」
「言っただろう? もちろん何かをなすために才能だって必要だろうが、それは努力を積み重ねてはじめて成立するんだ。そんな才能とやりたいことがあるのに、なぜそれを生かさない? それともお前は自分の作ったものに自信がないのか?」
 
ファリアスの言葉に、カインが憑き物が落ちたような顔でぽかんと目を見開いた。
 
「そんなこと……ないけど……。でも……ああいうのは、会社経営には必要のないものだろう……? なんていうか、馬鹿にされるような……子どもじみた……」
 
カインのつぶやきをリネットがさえぎった。
 
「子どもじみてるから何? 子どもだって立派な顧客よ? お人形や絵を活かした子ども向けの快眠グッズなんかを売り出すとか、子どもを持つ親をターゲットにした商売をすればいいじゃないの!」
 
私のその言葉に、マダムとアニタもうなずいた。
 
「確かに子どものためならお金を惜しまない親は多いものねぇ。たとえばかわいいキャラクターのパジャマとか抱きまくらとか? 案外商機はあるんじゃないかしら。新規の顧客も抱き込めそうだし」
「あたしはでっかいぬいぐるみがいいな。両腕で抱えてぎゅっと収まるくらいのさ!」
「あらぁ? アニタったらツンツンしてる割にかわいいこと言うじゃな~い? うふふっ!」
 
なぜかテンションの上がりはじめた皆のやりとりを、カインが目をまん丸にしてぽかんと見つめていた。
 
「……いいのか? そんなんでも……? そんなのが商売になるのか……? 俺にもできること……あるのか?」
「……あるんじゃないか。ま、うまくいくかどうかはお前の努力次第だろうが。ダメ元でやってみる価値はあるんじゃないか? どうせ黙ってたって会社は傾いているんだ。死ぬ気でやってみろ。……もしお前にやる気があるのなら、ユイール社と共同事業を興すという手もある」
「お前が……俺を助けてくれるのか……? あんな……あんな嫌がらせをしたのに……??」
ファリアスの提案に驚いたのは、カインだけではない。マダムもアニタも、そしてリネットも心底驚いた。
 
「あらあら……。誰かさんの影響でファリアス坊っちゃんも馬鹿がつくくらいのお人好しになったみたいね。ふふふふっ」
 
マダムが笑い、アニタはといえばあきれたように肩をすくめた。そしてリネットは。
 
「……ふふっ! これでファリアス様も、私と同じお人好し仲間ですね」
 
リネットの笑いを含んだ声に、ファリアスは「ふん……。これもバクの影響なんだろ。まったく厄介な……」とどこかほっとしたように小さく笑ったのだった。
 
まさかずっと嫉妬し憎んでいたファリアスが自分の味方をしてくれるなど、思いもしなかったのだろう。カインはすっかり毒気を抜かれ、大人しくなった。そして二度とファリアスにもアニタにも手を出さないことを約束し、これまでのことを心から謝罪した。
 
それから間もなく、国中に衝撃的なニュースがかけ巡った。バレイド社の社長が詐欺や横領などの罪で逮捕されたというニュースが。その後、新生バレイド社の社長に就任したカインは絵の才能を生かし、子ども向けの安眠グッズを主とした新事業に意欲を燃やしているらしい。
 
こうして悪夢を巡る一連の出来事は無事幕を閉じた。
けれどこの話にはおまけがあって――。
 
『俺は決めたっ‼ 新生バレイド社の記念すべきグッズ第一陣は、絶対にバクモチーフにするっ! ……あぁっ。思い出しただけでうっとりするよ。あのモフモフとした丸いフォルム、あの開いているのか閉じているのかわからないつぶらな目といい……、バクは天使だっ‼ 俺は夢で天使に救われたんだっ!』
 
カインに二度と嫌がらせをしないと誓約させたあの日、リネットは生来のお人好しを発揮してカインの悪夢を食べたのだ。もちろんファリアスをはじめ皆いい顔をしなかったけれど。その結果、なんとカインはバクに魅了されてしまったのだ。
 
『バクをモチーフにした安眠グッズを売り出せば、きっと爆発的に売れるっ‼ 今の時代に求められているのはあのモフモフボディだっ‼ よぅしっ! そうと決まればすぐにデザインに取りかからないと……! 頑張るぞっ‼』
『『『……』』』
 
とにもかくにもこうして無事にファリアスは悪夢から解放され、リネットたちは再び元の平穏な暮らしへと戻ったのだった。
 
 




