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眠れぬ有能貴公子は、安眠保証付きのモフモフをご所望です!  作者: あゆみノワ@書籍『完全別居〜』アイリスNEO
専属バクになりました

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 『ミラリューズ』は、マダムの経営するカフェからほんの少し歩いた先にあった。陶器製の人形やかわいらしい食器が整然と並び色とりどりの花が飾られた店内は、少女らしい甘い雰囲気が漂う。


「ふふっ! ローナ様はああ見えてかわいらしいものがとてもお好きなんですよ。特に陶器製のこうしたお人形なんかを集めていらっしゃいましたっけ……」 


 懐かしそうにモリスンが微笑んだ。


(なんか正直、あまりイメージじゃないかも……。もっとこう、ファリアス様によく似た感じの冷めた感じのイメージだし。もしかしてファリアス様ってお父さん似……?)


 けれど一度ちらっと見かけたホランドはファリアスよりももっとごつごつとした険しい顔つきで、どちらかと言えばギリアムによく似ていた気もする。

 けれど人なんて案外見た目の印象と中身は異なっているものだ。優しそうに見えて実は冷淡だったり、逆に冷たそうに見えて本当は心優しかったり。ファリアスだってそうだ。見た目は人を寄せつけず冷たく見えるけれど、実際は情に厚くてあたたかい。

 そんなファリアスのためだからこそ、この話を引き受けたのだ。悪夢なんか見ずに一日も早く安眠できるようにしてあげたいと思うのだって――。


 その時だった。店のドアにつけられたベルがチリン、と軽やかな音を立てた。


「……!」


 弾かれたように振り返ってみれば、どこか見覚えのある面立ちの女性が立っていた。


(間違いないっ! この人、ファリアス様のお母さんだっ! だって顔立ちがそっくりだもの……)


 あまりにそっくりな雰囲気に、思わずリネットの頬が緩んだ。その隣でモリスンが明るい声を上げた。


「あらっ、奥様! ローナ様ではいらっしゃいませんか‼ 私ですっ。モリスンです。ユイール家のお屋敷で以前お仕えさせていただいていた……。まぁまぁまぁまぁまぁっ、こんなところでまさかお会いできるなんて……!」


 モリスンの言葉に、その女性はほんのわずかだけれど口元をほころばせ驚いたように口を開いた。


「まぁ……! 久しぶりね、モリスン。今はファリアスのところにいるんだったわね。皆も変わりない?」


 薄っすら笑みを確認できるかどうかといったその笑い方も、ファリアスによく似ている。やはりファリアスは母親似であるらしい。

 どこか感慨深い気持ちでふたりの会話を聞いていたリネットは、モリスンに肘で小さく小突かれはっと顔を上げた。


「あ……あの! は、はじめましてっ。私はファリアス様の秘書をさせていただいているリネット・ノーマと申します! まさかこんなところでお会いできるなんて、光栄ですっ!」


 ぎこちなく挨拶を口にすれば、ローナが一瞬目を見張った。


「まぁ……そう。あなたがあの子の……。まさかこんなところで会えるなんて……。ねぇ、せっかくここで会ったのも縁だし、よかったらこの後一緒にお茶でもどうかしら? 久しぶりにあの子の話も聞きたいし」 

「えっ??」


 思いもよらない展開に、リネットは思わずモリスンと顔を見合わせた。


「ふふっ。あなたのことは実はちょっとだけ聞いているの。だからあなたなら、あの子の最近の様子をよく知ってるかしら、と思って。いかがかしら?」


 降って湧いた好機に、リネットの目が輝いた。


「は、はいっ!! もちろん喜んでっ。ぜひご一緒したいですっ!」


 この店のすぐ近くにマダムのカフェもあるし、あそこならばそう騒がしくもない。おまけにマダム自慢のおいしいケーキとお茶の力も借りれば、色々と話を聞き出せるかもしれない。

 そんなことを思いながら、リネットは満面の笑みを浮かべさっそく三人でマダムのカフェへと向かったのだった。



 カチャ、トポトポトポトポ……。コトリ……。


「では、どうぞごゆっくり」


 何か訳ありの空気を察したのか、マダムはすぐに奥まった個室へと案内してくれた。ここならば周囲に話の内容が聞こえることもないし、時間も気にせずゆっくりできる。

 ウインクをひとつ残し去っていくマダムの後ろ姿を見やり、リネットはさすがはマダムだとぐっと拳を握りしめた。


 開口一番、ローナは切り出した。


「……ファリアスは元気でやっている? あの子とはもう随分長いこと会ってないのだけれど、何か変わった様子はない? 実は少し前におかしな噂を聞いたのだけれど……」


 その問いかけに、リネットは慌てて首をぶんぶんと振った。


「あ! あの噂なら何のご心配もいりませんっ。もちろんたまには町に気分転換に出られることもありますけど、決してローナ様が心配なさるようなことは何にも……! ファリアス様はちゃんとお元気ですっ。顔色もいいですし、食事だってきちんととっておられますし!」


 するとローナは一瞬目を丸くして、ふっと表情を和らげた。


「ふふっ。そう。ならよかったわ。……実は少し前に、お義父様から手紙をいただいたの。あなたが秘書にきてから随分とあの子が明るくなったようだって書いてあったわ。それにお義父様がユイール家の橋渡しをあなたに頼んだってことも」

「へっ!? えっと……それは……その……」


 まさかギリアムがローナに伝え済みとは思わず、リネットは口ごもった。


「もしかして今日『ミラリューズ』にモリスンときたのは、私に会うため……? ユイール家の内情について色々と話しを聞きたくて、私を待っていたのではなくて?」

「……は、はい。実は……その通りです」

 

 ずばりと言い当てられ、気まずさからリネットは身を縮こまらせた。けれどローナは気分を害したふうもなく小さく笑った。


「ごめんなさいね。秘書のあなたにこんな変な役回りをさせてしまって……。時の流れってあっという間ね……。別居してもうかれこれ十年もたってしまったわ。実はね、私があの人と別居したのはあの人の寝言がきっかけだったのよ」

「へ……? 寝言……、ですか?」


 意表を突く単語に、リネットの口からおかしな声がもれた。


「そうなの。よかったら話を聞いてくれるかしら……? どうして私があの人と……ホランドと離れて暮らすことになったのか……」


 それはちょうどファリアスが学術院へ入寮することが決まってまもなくの頃のことだった。ひとり息子とのしばしの別れに物寂しさを感じつつも、これで夫婦ふたり少しは落ち着いて向き合う時間ができるだろうかと考えていたローナは、ある晩寝室で傍らに眠る夫の口からある言葉を聞いたのだった。


「『こんなことなら、結婚などしなければ良かった……』そう言ったのよ、あの人。それを聞いた瞬間、耳を疑ったわ。だって私はあの人と結婚して後悔したことなんて一度もなかったんだもの。なのに……」

「え……ではその寝言がきっかけで、ローナ様はホランド様と別居しようと……!?」


 あまりに意外な事実に驚きの声を上げたリネットに、ローナは苦笑した。


「ふふっ。そうね……。馬鹿げているかもしれないわ。たかが寝言くらいで別居するなんて……。でもね、私はあの人との結婚を不幸だなんて思ったことは一度もないの。だからそれを聞いた時になんだかぷつりと心の糸が切れてしまって……」


 ローナは湯気を立てるカップの縁をなぞりながら、小さく嘆息した。


「あぁ、この人は私との結婚を後悔してるんだ、これからは夫婦の時間をゆっくり持てるかしらなんて思っていたのは私だけだったんだわって思ったら、なんだか空しくなってしまって……。それでつい屋敷を飛び出してしまったの」


 傷心のローナは、ファリアスが入寮してすぐ実家へ帰ると切り出したらしい。ホランドはそんなローナを引き止めもせず、理由を聞こうともしなかった。そのことが余計にローナの心を傷つけたのだった。


 ローナは寂しげにつぶやいた。もしその時に引き止めるなり話し合いをしようとでもしていてくれたのなら、こんなに長く離れて暮らすことにはならなかっただろうと――。


「でももうこんな宙ぶらりんな状態に疲れたし、私もあの人もいい年だわ。こうなったらいっそあの人が望むのなら、離婚もやむなしかしらって……。ファリアスだって私たちの関係がはっきりした方が、むしろ気持ちが楽になるかしらって……」


 そうつぶやいた顔がいつかファリアスが見せた寂しげな表情と重なり、 思わずリネットは声を上げていた。


「最悪の答えを出すにはまだ早いですっ。せめて一度ご自分の気持ちをちゃんとホランド様に伝えて、その上でこの先どうするかを決めましょう! 私もお手伝いをしますからっ!」

「私の気持ちを……あの人に……?」


 どんな思いも口にして伝えなければ人は簡単に行き違う。それを積み重ねた結果が今のユイール家なら、もしかしたらまだやり直せるかもしれない。

 ローナはその提案に黙り込み、そして表情をふわりとやわらげた。


「ふふっ。そう……そうかもしれないわね。ファリアスが明るくなった理由がわかった気がするわ。不思議な方ね、あなたって。……ええ、そうね」

「じゃあ……」

「ええ。ホランドと一度話をしてみるわ。でももうずっとあの人と口も聞いていないし、向き合うのが怖いの……。だからあなたとファリアスにも同席してもらえる? ファリアスにも長い間嫌な思いをさせてしまったし、最後まで見届ける権利があると思うの」


 覚悟を決めた様子のローナに、リネットは大きくうなずいた。


「はいっ。もちろんです。じゃあ私、皆さんがしっかりお話ができるような場をさっそく考えますね! ローナ様はホランド様にどんなお話をしたいか考えておいてくださいませっ」


 こうしてリネットは、すれ違ってしまった夫婦関係の話し合いの場を計画することになったのだった。



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