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 リネットは魔力なしだった。

 誰しも大なり小なり魔力を持って生まれるこの世界で、リネットには魔力がまったくなかった。ごく普通に魔力持ちの両親の間に生まれ、年の離れた弟だってちゃんと魔力を持っているのに。


『お前、魔力なしなんだろ? 俺の母さんが言ってた。魔力なしは一生誰とも結婚できないんだって! 子どもに魔力なしが生まれたらかわいそうだからって』

『え……? かわいそう……??』

『魔力がないとろくな仕事にだってつけないし、皆と同じようには生きられないって言ってたぞ。だからかわいそうって!』

『私……、かわいそうなんかじゃない……。かわいそうなんかじゃないよ……!』


 人生ではじめて淡い恋心を抱いた男の子にそう言われ、リネットは二重に衝撃を受けた。


『お父様、お母様っ! 私はかわいそうな子なのっ? 魔力なしは結婚も仕事も無理だって、皆とは違うんだって言われたのっ。どうしてっ!? どうして私には皆と同じように魔力がないのっ? うわああぁぁぁんっ!!』


 帰るなり両親に泣きついたリネットに、両親は言った。あなたは魔力なんかなくてもとても素敵な女の子だし、仕事だっていつかきっとあなたにしかできない素晴らしい仕事を見つけられる。結婚だって、本当の愛の前では魔力の有無など取るに足らない些細なことだと――。


 けれどどうしても納得できなかったリネットは、泣きながら町へ飛び出した。


『そりゃあ魔力がてんでないんじゃ、苦労するだろうねぇ。普段当たり前に使う道具だって、魔力がなきゃ使えないものも多いしさ。なんでそんな当たり前のことを聞くんだい?』

『魔力なしはかわいそうかどうか、だって!? そうさなぁ……。極まれに魔力のない者がいるとは聞いたことがあるが、人と違うってのはなかなか生き辛いもんだ』

『魔力のない人と結婚したいか、ですって!? そんなの決まってるじゃない。わざわざ魔力なしと結婚なんてしないわよ。だってもし生まれた子が魔力なしだったら、どんな苦労をするかわからないもの』


 町の人たちは、口をそろえてそう言った。そしてとどめは――。


『魔力なしでも魔石職人になれるかだって!? そんなのなれるわけないだろう。だってありゃあすべての仕事の工程で魔力が必要になるんだぞ。ちょっとした手伝いだって無理だろうなぁ』

『そんな……、じゃあ私は……どんなに頑張っても職人になれない……。そんな……』


 リネットはもう何年も魔石職人に憧れていた。キラキラと輝く色とりどりの光を放つ魔石たち。それが次々に日常的に使われるさまざまな道具に組み込まれていくさまは、とても素敵だった。だから大きくなったら魔石職人に弟子入りしよう、そう心に決めていたのだ。なのに魔力なしの自分には、その夢を叶えることもできないだなんて――。


『えっ!? お嬢ちゃん、もしかしてお前さん魔力なしかい? こりゃまいったな……。いや、その……ほら、あれだ! 確かに魔力なしに生きるのは大変だろうが、長く生きてりゃきっといいことだってあるさ! なっ! じゃあ頑張んなよっ。お嬢ちゃん』


 そう言って八百屋の主人はぎこちない笑みを貼り付け、困り顔で去っていった。


 その瞬間、リネットの夢も憧れも潰えた。仕事も、あたたかな愛で結ばれた両親のような幸せな結婚をする夢も――。

 皆が当たり前に魔力を持つ世界で、なぜか自分だけ魔力なし。憧れていた仕事も幸せな結婚も望めない。それどころか、ちょっとした魔力を介した日常の便利道具さえ満足に使えない。きっとそんな自分の存在は、両親だってひどく悲しませているに違いない。その事実はリネットをひどく傷つけ、落ち込ませたのだった。


 自分の運命を知り、リネットはショックのあまり高熱を出して寝込んだ。

 けれど熱にうなされて三日目――、不思議な夢を見た。突然夢の中に白と黒のツートンカラーのモフモフの生き物が現れ、まばゆい光でリネットの体を包み込んだのだ。目覚めてみれば、いつの間にか熱は下がっていた。と同時に、なぜか突如『夢食いの力』が備わっていたのだった。

 『夢食いの力』――それは、悪夢の匂いを感じ取り食べることのできる一風変わった力だった。しかもなぜか、夢の中では白と黒のツートンカラーをした珍妙なフォルムのモフモフの姿になるというおまけ付きで。けれどそれが役に立つような力か、と言えばそれは微妙だ。

 

 以来、リネットは心に決めた。

 正直、夢を食べることでほんの一時眠りを与えられるだけの夢食いの力は大して役に立たなそうではある。けれど幸い、底なしの体力とやる気という武器ならある。それらを武器に明るく腐らず前向きに生きていたら、いつか自分なりの幸せを見つけられるかもしれない、と――。


 だから今日もリネットは、町で評判のお人好し一家ノーマ家の長女らしく日々あちらこちらで人助けに精を出しながら、明るく元気に生きている。

 これは、そんなちょっと奇妙な力を持った少女の物語――。



 ◇◇◇


「君は、夜遅くまで起きているのは平気か?」


 目の前の男――、つまりこの屋敷の主であるファリアスから声をかけられ、リネットははっと視線を上げた。


「はい。元々短い時間でも深く眠れる質ですので、すぐに慣れると思います。体力にも自信がありますし」


 リネットの答えに、ファリアスは一瞬目をぱちりと瞬いた。


「……そうか。短時間でも深く眠れるとはうらやましい限りだな……」

「……」


 そうつぶやいて、再び視線を紹介状に落としたのだった。


 男の名は、ファリアス・ユイール。『極上の癒やしと安眠を提供する』という触れ込みで富裕層向けの宿泊施設をいくつも運営する大会社、ユイール社の御曹司である。現社長は父親、会長は祖父という、いわゆる同族会社の跡取り御曹司だ。

 まだ二十二才と若いがすこぶる優秀で、巷ではそのあまりに美麗な外見もあいまって『眠りの貴公子』などと呼ばれているらしい。


 なぜそんな人物の屋敷の一室に、リネットがちんまりと座しているのかと言えば――。


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