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全てが思い通りにいくとでも思いましたか?

作者: 黒兎とろ


「ヴィアリア。婚約破棄を、してくれないだろうか」

「…はい?」

 今夜の舞踏会には欠席すると言っていたのに何故かいる婚約者に、隣に侍らせている令嬢。挙句の果てには婚約破棄ときたのだから、突然の展開に付いて行けずに思わず聞き返してしまうのも致し方ないことだったと思う。


 だけど、何を思ったのか、私のそんな返答に、(現時点では一応仮の)婚約者である王太子殿下は辛そうな顔になってしまわれて。


「本当に、すまない。だが、俺は、真に愛する人を見つけてしまったのだ」

「では、その真に愛する人を側室にするというのはどうでしょうか」

 そして、政略という単語すら分かっていなさそうな次期国王に、呆れ交じりでそんなことを言うと、レースを縫い付けた桃色のドレスを着た隣の令嬢に、何故だか声を張り上げられた。


「そんなの、おかしいですよ!」

「…私は、ルルベラ子爵令嬢様には話し掛けてはいませんよ」

「ですが、おかしいものはおかしいです」


 真剣そうな表情で言われても、ブーメランしてる気しかしませんが。普通は貴族同士の会話には口を挟まないものですし、ましてや公爵令嬢と王家の御仁との会話となれば、口を挟めるその神経がどうなっているのかが不思議というものです。


「ヴィアリア様、最近は側室を迎えず、正室だけを生涯愛し続ける人も増えているんですよ。それに、側室を迎えて沢山の人を愛するなんて、駄目です!」


 …側室を迎えない=正室だけを愛している、というわけでは無いでしょうに。

 側室はいなくとも、愛妾やお気に入りの娼婦がいる貴族はいらっしゃいますし、何より、側室を否定するなんてことは、王家も含む多数の貴族の地雷を踏むことに成り得ることは理解していらっしゃるのでしょうか。


「だから、俺は、君と婚約破棄がしたいんだ。俺は生涯、ベラを愛し続けたい」

 そして、そんな状況や周りから向けられる冷ややかな視線に薄々気付き始めたのか、ようやく話の路線を戻した王太子殿下。あなたの母君、今は正妃ですけれど元は側妃でしたよね?


(…愚鈍を具現化したみたい。)


 政略は政略で、必ず意図があるものなのに、それさえも汲み取れず、真実の愛に骨抜きになっている王太子殿下。それから、聞き流されていることにも、自分だって実質の不貞や略奪行為をしていることにも気が付いていないのか、延々と愛を語ってくる子爵令嬢。

 お二人は、脳内がお花畑で埋め尽くされているから、この状況も含め、何もかもが理解不能だというのでしょうか。


 ―――けれども、一から手取り足取り説明してあげる情があるわけもなく。


 疲れと呆れで一度ため息をついてから、内心では投げやりに、表面上ではにっこりと笑って口を開く。


「分かりました。その話、お受けしましょう」

「本当に、いいのか?」

「はい。勿論、慰謝料は――」

 そして、払ってくださいね、と続けようとした矢先、またもや子爵令嬢が口を挟んできた。


「払いません!」

 またもや話に口を挟んできたのはスルーすることとして、慰謝料を払わないと言われたことは流石にスルー出来ず、少々間を開けて聞き返す。


「…何故でしょうか」

「ヴィアリア様、ご自分が行ってきたことを思い出してみてください。あなたが、慰謝料を貰えると思いますか?」

(思いますが…。)

 そもそも、どんな綺麗事を並べても、浮気をしたという事実は変わらないでしょうし…。逆にどうして、どこに貰えない理由があるのかと、口元が扇子で隠されていることをいいことに嘲笑交じりの苦笑を浮かべていると、(書類にサインすれば正式に元が付く)婚約者様は、苦し気な顔をしながらも、私と目を合わせた。


「俺は、苦痛だったんだ。」

「何がでしょうか。」

「……君の、そういう態度だ!常に高圧的で、恩着せがましくて、好意を押し付けてきて、涙も心からの笑顔も何一つ見せなく、思いやりのカケラも無い、非人道的なところに、俺は、何度も心をすり減らされていたんだ!でも、ベラは、心からの笑顔と、優しさと、愛情を与えてくれて…っ。」


(それはまぁ、随分と虚弱な精神のようで…。)


 ―――なんてことを言いたい気持ちは堪えて、(殿下曰く)高圧的な口調にならないよう、柔らかい声音を心がけて告げた。


「今まで、間違いを指摘するなどの行為により、その御心を知らぬ間に傷つけてしまい、申し訳ありませんでした。では、私は殿下にトラウマを植え付けてしまったようですし、二度と関わらない、慰謝料も無しという方針で構いませんか?」

「あ、あぁ。だが、その前に、今一度ベラに謝れ。嫉妬から心無い言葉を掛け傷つかれたベラもまた、被害者なのだから。」

「……ルルベラ子爵令嬢様、申し訳ありませんでした。」

 内心ではそんなこと更々思ってないけれども、さっさと帰宅するために、腰は折らずにニッコリと笑って謝罪をする。


「分かってくれたなら、良いんです。ヴィアリア様も、きっと、愛を知ることが出来れば、幸せな日々を過ごせていれば、もっと変わっていたと思います。だから、どうか、ヴィアリア様にも、運命のお方が現れますように。幸せになれますように。」

 …まるで、私が愛情を与えられなかったみたいな、今まで幸せじゃなかったみたいなことを言うのね。


(何一つ知っていないのは、あなたの方では?)


 私の家族や周りの人々が冷たくて酷い人たちだというような言い草をされるのは腹が立つけど、いちいち言い返すほど子供ではないので、口元を隠していた扇子をピシャンと閉じ、話を無視するだけに留める。


「これからは、自らの行いを償うため、領地にて反省の日々を送りたいと思います。カルディルス王太子殿下及びルルベラ子爵令嬢様。改めまして、誠に申し訳ございませんでした」

「反省しているようで、何よりだ」

 反省する対象がないのだから、反省も何も無いのだけど、とは皮肉気に思いつつも、表情には現れないよう心掛けて微笑んで、立派なカーテーシーを見せつける。


「それでは、今までありがとうございました」

 自分でも過去一だと思える出来のカーテシーに、会場の視線が集まるのが分かる。…果たして、ルルベラ・チュネット子爵令嬢が、五歳から教育の始まった私の十二年の賜物と同等のものを得るのにはきっと、それはもう大変な日々を送り、文字通り血の滲むような努力をする必要があるだろう。

 

(でも、愛があれば乗り越えられるのでしょう?)


 不貞行為に婚約破棄、加えて慰謝料無し等々散々な目にあったのだから、こんな思考回路になるのも当然だと思う。


 そして、一転して騒がしさの戻って来た会場を去ろうとしたその時、不意にぐいっと腕を掴まれた。


「ヴィアリア公爵令嬢!」

(……転ぶところだった…。)

 長年の経験上、ヒールには慣れているから良かったものの、あのままバランスを保てずに転んでいたら、きっと足を挫いてたと思う。けれども、ちっとも平静ではない内心は綺麗に覆い隠し、腕を掴んできた張本人の第二王子殿下に、平静を装って微笑みかける。


「何かご用でしょうか」

「あぁ。―皆のもの、聞いてくれ」

 すると、第二王子殿下は皆の視線を集めてから、一息おいて宣言した。


「僕は、ヴィアリア公爵令嬢を婚約者として迎えようと思う!」


◆◆◆◆


(本当に、濃すぎる一日だったわね…。)


 結局、色々話もあるということで、私は王宮の客室に泊ることになり、私は煩わしいほどに豪華な装飾の施された天井をぼんやりと見つめながら、ベッドに寝っ転がっていた。


 まだやるべきことは沢山あるのに、一日の疲れが溜まっていたのか、常に気を張っていたからなのか、どっと疲労感が押し寄せてきて、ベッドから立ち上がれない。…というか、王太子と舞踏会での婚約破棄からの、第二王子から本当はずっと愛していたと告白されて婚約話の申し込み、なんて、今思い返してみれば、まるで巷で流行りの恋愛小説のようで、滑稽で笑うしかない。


(そもそも王族全員がクソ!!)

 口にしたら不敬だし品性を疑われるだろうしで、決して口には出さないけれども常々思ってきた鬱憤を、何の罪もないフカフカの枕にぶつける。


(サンドバッグにしてごめんなさいだけど、恨むなら王族を選んでね…。)

 そして、フカフカフワフワ上質過ぎて手応えはそれ程ないけれども、それぐらいしかストレスを発散させる術はないのでそんなことをしばらく続けていると、頭が冷えて落ち着いてくるのに伴って、とうとう堪え切れなくなったとでもいうような笑い声が聞こえてきた。


「――そこにいるんでしょ?」

 苛立ち交じりの声で、先程までサンドバッグにしていた枕を、窓付近の人影に投げつける。


「婚約破棄、婚約者の不貞、慰謝料無しなんて、ほんと災難だな。かわいそーに」

「あらノア、可哀想とかいってくる割には楽しそうだけど?」

 トンと軽やかに窓台から部屋に降り立ったのは、案の定、黒髪に菫色の瞳といった出で立ちの、黒いローブを着た、護衛兼使用人のノアだった。

 普通なら夜這いかと身構えるところかもしれないけれども、これも予定のうちだったので、焦ることなくベッドから降りる。


「王太子殿下が大好きな高飛車お嬢様、人の不幸は蜜の味って知ってるか?」

「突き飛ばしをお望みなら、準備万端よ?」

「冗談だよ。お嬢が王太子好き好んでなかったのは知ってるし。…それじゃ、そろそろ行くか」

 黒い手袋の生地の、ひんやりとした温度を手のひらに感じて、ごく自然に手を握られたことに気付き、それから――。


「ノア、私今、心拍数が上昇してるわ…。」


それから、突如としてドラゴン上の空の旅が開始されたせいで、心拍数の上昇が抑えきれない…。


「高いところ苦手だったっけ?」

「あっという間に上空にいたこっちの気持ちも考えてみなさいよ…」

「ごめんって。怖いならこっち寄る?」

「……」

 怖いものは怖いし、落ちたら絶対痛いでは済まされないので、反抗はせずに大人しく近寄る。


「それにしても、あの枕は何の怒りをぶつけられてたんだよ」

「腐ってる王族と、その他諸々に対する怒りと鬱憤だけど?」

「腐ってるって…」

「前正妃を悪女として処刑させた挙句、正妃の座についた王太子の母君に、悲劇の主人公のような雰囲気をお纏いになって横領等々好き放題していらっしゃる王太子、即位に至るまでの英雄譚をでっち上げたお腹真っ黒色情魔な国王陛下、そんな血を引き継いで同じく色情魔で女好きなヤク中第二王子殿下、それから――」

「え、お嬢王族の内情知りすぎじゃね?」

「でも、嫌でも知っちゃうんだもの。まぁ、知ってるだけで胸糞悪いし、巻き込まれるし、危険視されて逃がさないために第二王子殿下の婚約者に無理やりされかけるしで、いいことないんだけどね」

 きっと、第二王子殿下の求愛に惑わされてしまったり、会場内に護衛として連れて来ていたノアを利用した、咄嗟に思いついた逃亡作戦が成功しなかったりしたなら、あのまま成婚からの実質な奴隷生活がスタートといった流れになっていたと思う。


(改めて、ノアには感謝しか出来ない…)

 そんなことを思いながらも、相変わらず綺麗な横顔をじーっと眺める。


「…相変わらず、俺の顔が好きなようで。」

「もちろん。顔以外も気に入ってるけど。」

「……婚約破棄したから、何をしてももう不貞にはならないよな?」

「年相応なところもあって安心したわ。脳内下半身と脳内お花畑、どっちがマシかと言われれば迷うけど」


◆◆◆◆


 ―――そして、そんな国外逃亡を企てた日から、早数年が経ち。


 どうやらあの後、『真実の愛』を語って来た子爵令嬢は王妃となり、沢山の男妾たちと夜な夜な愛を育み、財政を圧迫し、愛に酔いしれ前婚約者からの嫌がらせにも耐えた王太子殿下は即位し、愚王として名を広め、現在では前国王陛下及び王弟殿下が政治をほとんど取り仕切っているものの、今までの悪事の数々が明るみとなり、それさえも、どうやら終わりそうになっているらしい。


 それから、何と驚くべきことに、現国王陛下は王太子時代の婚約者であった公爵令嬢を、正妃とするために探しているんだとか。何でも、現国王陛下が言うには、『魅了され、薬を盛られたせいで、愛し合っていたのにもかかわらず引き離されてしまった』『皆に騙されて、愛してくれていた婚約者を見捨ててしまった』らしい。芝居がかかっているにも話を盛っているにも程があると思う。


 …けれども、現国王陛下の御前に現れて正妃になり、豪華絢爛な生活をするつもりはないし、憧れもない。きっと、私を正妃として迎えることで全てを終息させようとかいう愚策故の行動だとは思うけど、大切に育ててくれた両親は隣国で余生を楽しく暮らしているし、馴染の使用人などの大事な人たちも危機を察知して避難済みなので、あの国がどうなろうと知ったこっちゃない。

 そもそも、私は決して豪華ではないけれども、満ち足りた今の生活に十分満足しているのだ。


「ヴィア。今日も愛してる」

「…歯が浮くような甘いセリフ、よく毎朝言えるわね」

「国外逃亡でもされたら困るからな」


 そんなこんなで、私は今日も、決して思い通りにはいかない日々を過ごしている。




王太子殿下(現国王陛下)→嫌がらせや重圧に耐え続けた悲劇の主人公からの愛していた人と引き裂かれた悲劇の主人公


子爵令嬢(現王妃)→思いやりのある心優しい真実の愛を求めるヒロインからの??


正妃(王太子殿下の母親)→悪女である(前)正妃とのいざこざを乗り越えた悲劇かつ王道ヒロインからの??


国王陛下(前国王陛下)→涙と汗の感動ものの後継者争いに勝ち、悪である他の者たちにも勝った英雄からの??


第二王子殿下(王弟)→劣等感を乗り越え兄を支え続ける陰ながら努力する優秀なヒーローからの??


◆◆◆◆

読んで頂きありがとうございました。

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