不死者になった聖女 〜冷たい身体を冷え性で誤魔化すのはもう無理です〜
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
全ては私の油断が原因である。
隣国の王家の墓に現れたアンデッドの討伐で、私はヘマをした。しくじった。悔やんでも悔やみきれない。
出現した場所が場所だけに、普通のリッチではないことは予想していたのだけれど……。
いつも通り聖魔法が効いたものだから、気が緩んでしまったのだ。
「冷たい……」
自分で自分の頬に触れ、その温度のなさに愕然とする……。
「あの時……拾わなければ……」
リッチ討伐後、煙になった体からコトリと落ちた宝玉。
それに触れた途端、私は気を失ってしまった。
意識がなかったのはほんの一瞬だ。しかし、その一瞬で私の身体には異変が起きた。生まれ変わったとも言える。私は……半分ほど不死者になってしまったのだ。聖女の地位にいるにもかかわらず……。
見た目はほとんど変わっていない。しかし、身体の中はごちゃごちゃだ。何せ聖なるものとアンデッド特有の邪なるもの、光と闇が同居しているような状態なのだ。
耐性はあるものの、一般的にアンデッドが嫌がるものは苦手な身体になってしまった。陽の光だって辛い。
そんな状況で私は自国に戻りつつある。
「はぁぁぁ」
馬車の客室で一人、深く深くため息を吐いた。
「こんな身体で婚約披露パーティーに出られないよぅぅ」
アンデッド化した人間を元に戻す方法なんてない。
頬を伝わって落ちる涙は氷のように冷たい。あぁ、涙にも気をつけないと。
「マルス殿下にバレたら婚約破棄されちゃうかなぁ……」
私の婚約者はフランク王国の第三王子、マルス殿下だ。
国に戻り次第、その殿下と婚約披露のパーティーを行う予定なのに……。
「いや、バレたらそもそも討伐されちゃうよね?」
絶対にバレては駄目だ。全力で隠さなければ……!!
拳を握って今後の決意を固めていると、不意に馬車が止まった。しばらくすると御者が客車をノックする。
「アリステア様。近隣の農村のものがアリステア様に一目会いたいと申しております」
うっ……。どうしよう。今までなら喜んで祝福を与える場面だ。しかし、今の私はアンデッド聖女。下手に出て行って「あれ? この聖女なんか変?」なんて思われたら不味い。
「追い払いましょうか?」
「……いいえ、出るわ。ちょっと待って」
でも、民の前に姿を現さない方が怪しい! それに、これから乗り換えるべき山はいくらでもある。ここで逃げるわけにはいかない!
私は手鏡を取り出し、自分の顔をチェックする。
銀色の髪に水色の瞳。陶器のような白い肌。よし! 大丈夫! 自信を持って!!
勢いよく客室のドアを開けると、街道の脇に蹲り、額を地面につけている集団がいる。
「顔を上げてください! 私はそんな大したものではありません! 皆さんと同じ人間です!!」
半分アンデッドだけど……。
農民達は恐る恐る額を上げる。手を合わせて祈る者や、創造神の木像を──。
「ギョエッ!?」
やばい! 身体の中の邪なるモノが創造神の木像に反応して声が出た!
農民達は突然の奇声に首を捻っている。
「ギョエッとは隣国の方言で、元気ですか? みたいな感じの意味です! ちょうど戻ってきたところなので、つい方言が出ちゃいました!」
強引だったけど誤魔化せたかな? 木像から視線を外し、額の汗を拭う。農民の子供達が「ギョエッ?」「ギョエッ!」と真似し始めたけど、まぁいいか。
「それでは皆さんに神の祝福を与えますね」
邪気を身体の奥に押し込め、手のひらに聖気を集める。そして──。
「幸あらんことを!」
聖気が光の雨となって農民達に降り注いだ。これでしばらくは病気にもならないし、元気に過ごせるだろう。
「では、行きますね」
私は逃げるように客室に飛び込んだ。
「はぁはぁ……やばかった」
内なる邪気が「創造神を殺せー」と暴れて大変だったのだ。
「想像以上にきつい……」
でも、私はやり切るしかない。生きていく為に。
アンデッドだけど……。
#
王城に用意された部屋で、私は孤軍奮闘していた。婚約披露パーティーのドレスを着るのに。
普通は侍女に手伝わせるのだろうけど、身体に触れられたくないので固辞したのだ。
「いぎぎぎ」
背中に手を回し、必死にホックを止めようとするが届かない。
「……仕方がない」
私は邪気を手のひらに集める。すると、それに惹かれて王城に巣食う怨霊が集まってきた。
一番力がありそうなのは……あなたね。女性の形をした怨霊が話を聞いて欲しそうにしている。
「はい、あげるわ」
邪気を与えると、女の怨霊が実体化した。半透明の若い女性が宙にプカプカと浮いている。
『後で話を聞いてあげるから、ちょっと手伝ってくれない? 具体的にはドレスの着付けなんだけど』
心の中で念じると、女性の怨霊はコクコクと頷き、私の背後に回ってドレスのホックを止め始めた。よし! これで何とかなる!
話を聞くのは面倒だけど……。
なんとかドレスを着た私は大広間横の控室に向かった。
そこには豪奢な衣裳に身を包み、スッと背筋を伸ばした美丈夫がいる。マルス殿下だ。
「アリステア。とても綺麗だよ」
「ありがとうございます、マルス殿下。この日を待ち遠しく思っておりました」
そう言って側に寄ると、マルス殿下は顔を赤らめた。殿下はとても奥手な性格だ。私と婚約するまで女性との噂は一切なかった。
私と婚約してからも、手すら握ってこない。シャイなのだ。
「来賓の方々は揃われております。そろそろ入場です。さぁ、手を繋いでください」
うっ……。手を握るのかぁ……。
マルス殿下を見ると、緊張した顔をしている。ここは私がリードするしかない。
「殿下……」
グイッと身体を寄せ、殿下の左手を右手で握る。
「ひっ!」
「どうなさいました?」
「……女性の手は冷たいものなのだな」
いえ、私がアンデッドだからです。普通はここまで冷たくありません。
「私は冷え性なのです。殿下が温めてください」
「うむ」
殿下の顔は湯気が出そうなくらい真っ赤だ。
侍女長に促されて大広間に入ると、盛大な拍手と弾む様な弦楽器の演奏が私達を迎えた。
多くの視線が私に浴びせられる。
婚約披露パーティーではあるものの、来賓の興味の多くは私にある。
隣国に現れた強大なアンデッドを討伐した聖女。その英雄譚を聞きたがっているのだ。
壇上に立つとより一層大きな拍手が鳴り、マルス殿下の合図で静まった。そして語り始める。
「私は幼い頃から武芸にばかりかまけていた。治世のことは二人の兄に任せ、私はこの国の守護者になるつもりでいたのだ。その甲斐あってか、剣を握ればこの国で一番だ」
多くの貴族達が頷く。
「そんな汗臭い私の人生だったが、ある日、転機を迎える。二十年ぶりに我が国に現れた聖女、アリステアだ。私はアリステアを一目見て恋に落ちてしまったのだ」
私の名前を発する度に、殿下の声が震えていた。そんなに照れなくてもいいのに……。
「どうか、私達の婚約を祝福してほしい」
殿下がそういうと、教会から招かれていた枢機卿が歩み出てきた。やばい……。嫌な予感がする……。
枢機卿が懐から出したのは……聖杯だ! 私の内なる邪気が荒れ狂う。
聖杯には薄い色のワインが注がれる。枢機卿は笑顔でそれを運んできた。どうしよう……。あれを飲まされたらどうなるか分からない……。私、滅んじゃうかも? 何とかしないと。誰か──。
ヒュン! と突然突風が吹き、枢機卿の持つ聖杯が床に転げた。そして中空には私の邪気を吸って実体化した女の怨霊が浮いている。
「ヴァァァァァあああ嗚呼!!」
不快な叫び声が大広間に響き渡り、一気にパニックになる。腰を抜かす者、走って逃げ出す者、そして私を守ろうとする者。
「アリステア! 逃げろ!」
マルス殿下は私を庇うように前に出た。
「いいえ。アンデッドの討伐は私の得意分野ですよ。私がやります」
よし。混乱に乗じて適当に婚約披露パーティーから逃げ出そう! やっぱり無理だもん! 半分アンデッドで王族に連なるのは!
マルス殿下の前に立ち、女の怨霊と対峙する。怨霊は私に気がついたようで、話をしたそうだ。
『お願い。私を抱えてここから連れ出して! そうすればいくらでも話を聞いてあげるから』
コクリと頷くやいなや、怨霊が私に飛び掛かりそのまま抱え上げる。そして窓に向かってものすごい勢いで飛んでいく。
「アリステアァァァー!!」
──ガシャン! と窓ガラスが割れ、私は外に連れ出された。
見る見るうちに王城は小さくなる。
もう戻ってくることはない。さようなら、マルス殿下。本当は貴方と人生を共にしたかったけれど……。
『何処か遠くへ行ってちょうだい』
怨霊はまたコクリと頷くのだった。
#
『うんうん。辛かったね』
王都から東に行ったところにある森の中。廃墟になった屋敷に私は連れてこられていた。どうやらここは、女の怨霊が生前暮らしていた場所らしい。
『そっか〜。でも王様、貴方のことを本当に愛していたと思うよ。こんな立派な屋敷もくれたんだし』
怨霊は現在の国王の妾だったらしい。平民だったということもあり、国王と会うのはこの屋敷でだけ。たまにやってくる国王を待ち焦がれる日々を送っていたそうだ。
しかし、孤独が彼女の心を蝕む。女は三十歳を迎える前日に自死してしまった。そして、その魂は怨霊となりずっと王城に巣食っていたのだ。
『あぁ、私もここで暮らそうかなぁ。森の中はいつも薄暗くて快適だし、アンデッド化してから全くお腹も減らないから、食糧もいらない。一人だけど……』
そう念じると、怨霊は顔を綻ばせた。自分と同じような境遇の人間が増えて嬉しいのだろう。流石は邪な存在だ。
ボロボロのソファから立ち上がり、窓に近づく。
女は生前、ずっとここから外を眺めていたのだろう。国王が来るのを期待して。私には期待する人も──。
「えっ、何?」
急に当たりが騒がしくなり、次第にはっきりとした音が聞こえる。……騎馬隊だ。そしてその先頭には──。
「マルス殿下……」
なんで? どうして来たの?
騎馬隊は屋敷の前に止まり、殿下が一人歩いてくる。隠れようと思えば隠れられたけど、私の身体は動かなかった。
心配するように怨霊が私の背後に立つ。
窓を挟んで、殿下と目があった。
どうしよう。連れ戻されたとしても、やはり一緒になることは無理だ。必ずいつかはバレる。
私は窓を開けた。殿下と話す為に。
「アリステア。一体、どうしたのだ?」
怨霊と一緒にいる私を不思議がっているのだろう。
「マルス殿下こそ、何故ここに?」
「君の背後にいるアンデッドに見覚えがあってね。ここは父上の妾が暮らしていた屋敷なんだ」
「……そうですか」
「アリステア。王城に戻ろう」
「戻れません」
「何故だ? その怨霊に何かされたのか?」
殿下は詰め寄り、私の手を取る。
「びっくりするぐらい冷たいと思いませんか?」
「……あぁ。でもそれは君が冷え性で」
私は身体の中に押し込めていた邪気を開放する。
「アリステア! 瞳の色が……」
「えぇ。まるでアンデッドのように真っ赤でしょ?」
「一体、何があったんだ?」
殿下は私を恐ることもなく、ぎゅっと手を握り締めた。
「……私、失敗しちゃって……」
もう駄目だ。涙が止まらない。
「……隣国の王家の墓で暴れていたの強大な力を持つリッチでした。私はなんとか討伐したのですが……その時に……うぅ」
「まさか……アンデッドにされてしまったのか……!?」
「はい……ごめんなさい。隠していて」
殿下の顔に絶望が浮かんでいる。
「だから、王城には戻れません。マルス殿下は……お帰りください」
「……分かった。今日は帰る。しかし、私は諦めない。君を元に戻す方法を必ず見つける。そして迎えにくる」
「……」
何も言えず、屋敷から離れていく殿下の背中を眺めていた。
#
私の一日はとてものんびりとしたものだ。
人間だった頃の習慣を大事にしているので、陽が沈んで少しすると眠り、夜明けと共に目を覚ます。
運動しないのは良くないので、森を散策して果物や野菜を探して回る。そして採れたものをじっくり時間をかけて調理し、一日一回の食事をするのだ。
それが終わると趣味の時間だ。
最近は編み物に凝っている。糸から作っているので、なかなか本格的だ。
窓際に置いたソファに腰掛け、黙々と作品を作る。
そして少し疲れると、窓の外をぼうっと眺めるのだ。
もう記憶が薄れてしまったけれど、多分私は何かを期待しているのだろう。
「来るといいなぁ」
独り言を吐いた後、私はまた編み物を再開する。いつかきっとやって来る、誰かにあげる為に……。
異世界恋愛短編、投稿しました!
『婚約破棄が禁止された王国』
https://ncode.syosetu.com/n6464hx/
是非!
滅茶苦茶だったけどなんか楽しめたよ! って方、いらっしゃいますか? いらっしゃいましたら、ブックマークや下にあります評価★★★★★をポチッと押してくださるとめちゃくちゃ喜びます!!