Sing Swing 寝具
生きる上で睡眠を必須とする人間が、強欲にも眠る時間を活用するために発明されたS-DOL。その“夢”を見る少女の話。
夢の中だけのアイドルを巡る、ちょっとだけ未来のSF。
「今日もS-DOLのライブに来てくれてありがとう〜〜!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「わあ! ワタシ、みんなの声に応えたい! それじゃあ歌います! 『どりーむ☆わんだふる』!」
煌めく舞台照明に照らされて、やや機械じみた声と動きで観客を魅了するS-DOL。彼女は空色の髪と瞳を持ち、今にも飛んで行ってしまいそうな、天使の翼が付いたふわふわの衣装を纏い、柔らかな高音ボイスが特徴の『ウモウ型』の機体だ。他にも『コトン型』『シルク型』『フェルト型』などなど、多くの種類の機体が存在する。それぞれのキャラクターに合った楽曲を著名な作曲家達が数多く提供し、AIが自動生成した音声でS-DOLは歌い語る。
さて、S-DOLとは、Sing in Sleep - IDOLの略称である。頭から爪先まで全身を覆うカプセル型のベッドだ。企業秘密の睡眠システムで眠りの質を高め、S-DOLのライブが行われる夢空間で幸福感を得られる。値段は日本円でおよそ40万円ほど。オプションで“ゆりかごモード”や、“AR目覚まし”“時短睡眠”など様々な機能を追加できる。購入前に診断を受けると、睡眠タイプや性格から導き出される最適なS-DOLを提案される。
もちろん、自分の直感と運命を信じてS-DOLを選んでもいい。
開発された経緯として、眠る時間までも有効活用したいと考え、体と脳を休ませるだけを行わせる画期的な生命システムを発明。その際、開発主任は500ページに及ぶレポートで、人間にリラックス効果をより多く与えるコンテンツが『アイドル』だったと、企業上層部に訴えた結果、S-DOLが生まれたという。
睡眠障害の治療や、医療麻酔の補助など、娯楽だけではなく世界に貢献するS-DOLを、貴方も応援しませんか?
“夢の中でも、アナタと共に”
寝具の夢見堂
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――――猫動画を見たかったはずなのに、つい、この広告に見入ってしまった。
「はーー、やっぱりウモウちゃんは可愛いなあ……」
「また言ってる……そんなに可愛いって言うなら買えばいいじゃん」
「ウモウちゃんは特に高級だからさ、高校生には手が出せないの……」
「じゃあバイトでもすれば?」
「そうなんだけど! 私の“眠過ぎ”体質、知ってるでしょ? 成績もヤバいのにバイトなんてできないよ!」
騒いでしまったことを申し訳なく思いながら、勢い余って倒してしまった椅子を直す。カフェの片隅で、スマホ片手に駄弁る二人の女子高生。羽沢 涼花は、S-DOLが欲しい。ただただ欲しい。ようやく流れ始めた猫動画に癒され、向かいに座る沖田 すみれ に再び語り始めた。
「いい? すみれはシンセ様がいるから、わかんないと思うけど、この時代に普通のベッドで寝るなんて絶滅危惧種……ううん、化石みたいなものなの!」
シンセ様とは、短く揃えられた銀髪に切れ長の瞳のクールなルックスで、女性らしい強さを感じさせる歌声が魅力のS-DOLだ。口数が少なくライブ中のフリートークはほとんど無いが、その分、濃密な音楽を堪能できるとの事。
涼花のマシンガントークに、すみれは呆れながら相槌を打つ。
「まあ、シンセ様は超カッコイイからね。それにしても、化石て……」
「去年、ベッドを買い換えるって言っても、わざわざアンティークショップで塗装が剥げた木枠のベッドを買って来たくらい!!」
「あー、その時もすごい怒ってたよね……」
「ママってば、S-DOLのシステムが人体に危害を及ぼすなんて空想を信じてるの! 今時おかしいでしょ!? それに、今なら政府が支援金を出すって言ってるのに……ああー! 思い出すだけでムカつく!」
「涼花、落ち着きなよ……ほらケーキでも食べようよ。たまには奢るからさ」
「やったー! じゃあ、チョコケーキ……いや、季節限定のさくらんぼのショートケーキにする!」
涼花は怒りを忘れて、ケーキを注文して食べる。果実の酸味とクリームの甘さで生まれる幸せを堪能していると、ふと瞼が閉じかけた。
「ふぁああ……眠いな。昨日も9時には寝たのに……」
「授業中も寝てたよね」
「あー、S-DOLがいれば絶対この体質も治るのに! よし、今日もお願いしてみるね! すみれ、またね!」
空になった皿とグラスを残して、騒がしく店を出た涼花。イヤホンを耳につけて、フェルト型S-DOLの曲を聴きながら歩く。
フェルト型の特徴としては、有り余る個性でハチャメチャなライブパフォーマンスが上げられる。爆発は日常茶飯事で、観客を舞台に上げることもしばしば。しかし、歌声は母性を感じる温かさで溢れていて、そのギャップに嵌る人が続出している。
いつもと同じ、変わらない街並みの中に不自然で見慣れない、真っ黒な屋台のようなものを見つけた。
「…………この…………嬢……!」
途切れ途切れに聞こえる老婆の声らしきものに、涼花は自分がイヤホンをしていたことを思い出した。急いでイヤホンを引っこ抜いて屋台の暖簾をくぐると、改めて老婆に話しかけられた。
「やーっと気付いた。如何にも怪しいこのアタシを無視するだなんて、お嬢ちゃん良い度胸じゃない」
「いえ、S-DOLは何よりも優先する価値があるので……」
「そうそれ! えすどる に興味があるんだろ? アタシにはお見通しだよ」
「興味どころじゃないんですけど?」
「まあまあ、話だけでもお聞き」
そう言って、座るように促してくる老婆。つばの広い帽子を目深に被り、全身を底無しの黒で包んでいて得体の知れない不気味さがある。深紅のルージュを引いた唇が笑みを描き、その笑顔に胡散臭さを感じながらも、勧められた椅子に座る。プリーツが乱れた制服のスカートを整えていると、老婆は軽く咳払いをしてから言う。
「いいかい? お嬢ちゃんには才能がある」
「才能?」
老婆は言葉を切り、勿体ぶった様子で帽子をずらして涼花と目を合わせた。
思えば、この老婆は占い師のような風貌をしていた。もしかしたら、涼花自身も知らない才能を言い当てられてしまうかもしれない、と胸を弾ませて言葉を待った。
「―――眠る才能さね」
「へ? 寝るなんて誰でもできるじゃん。おばあちゃん、ボケてる?」
「失礼な子だね! 必要以上に眠るってのは、誰にでもできる訳じゃないんだ。長く眠るには才能が必要でね……」
「へえ……てか、おばあちゃん私の体質のことなんで知って――」
「さあ、お嬢ちゃん。御託はいいから、今すぐアタシに着いて来な!」
「え、何なになに――!?」
いつの間にか、背後に止まっていた黒塗りの車に、老婆は乗り込む。目を離した隙に、老婆は帽子を脱いで、レースの付いた高級感のある上着を羽織り、数段カッコよくなっていた。
そして、輝く白髪を靡かせて涼花へと向き直ると、
「そうそう、自己紹介がまだだったね。――――アタシは夢術 唄」
「夢術 ってどこかで――――あ! おばあちゃ、いえ、貴女様は――」
「――寝具の夢見堂の創業者。そう言えば伝わるかい?」
憧れのS-DOLを生み出した、夢見堂の最上級幹部である夢術 唄と、ただの眠たがりの高校生である羽沢涼花を乗せて、車は走る。
行先も分からないまま、涼花は移りゆく車窓を眺めていた。