特化型少女
特化型少女
元々どこかの研究所の強化人間を示す言葉だったと思う。
当時は違法だった遺伝子操作によって得意分野を特化させた存在。
遺伝子操作によって造られた特化型少女は最初は受け入れられることはなかった。
それから13年ほどで特化型少女に対する見方はぐるりと180度変わった。
特化型少女はいろんな分野の天才に名を連ねていった。そんな特化型少女は次第に受け入れられていった。
今では親が子供を産むときに特化型少女にするための手術を望むほどだ。
自分の子には優秀であってほしいという願望をかなえてくれるから。
特化型少女が女しかいないのは男よりも女のほうが潜在的なポテンシャルを秘めてるかららしい。最初の製作者は現在行方不明。最初の特化少女も行方知らず。
現在日本の赤子を含む20歳以下の女性の4割以上が特化型少女らしい。
これは特化型少女たちと俺の『世界の裏側』を知る始まりの話。
音を立てるような豪雨の中、俺は力無く膝をつく。
すべての色が消えたような世界、人通りの少ない路地裏に俺はいた。
「……こんな方法しかなかったのかよ」
俺の背後に立つ人影は何も答えなかった。
裂け目からとめどなく流れる赤は雨によって流されていく。
抱えたそれは既に冷たく、何より重かった。
「どうしてこんなことに」
「価値観の違い……だと思いますよ?」
人影が答える。女の子の声。
気品を醸す鈴の音のような声。
「簡単に言うならば特化型少女と一般人の価値観と考え方の違いでしょうか」
この場合は考え方ですかね。
とクスリと上品に微笑む。
「さ、それ。渡していただけますか?そうなってしまったのは少し残念ですが……」
少女が指さしたそれ。
俺が抱えたもの。
胸元を大きく刃物で裂かれ物言わぬ死体になってしまった俺の彼女、珠里を。
「私の仕事は捕縛か排除。生きていようが死んでいようがどちらでも構わないので」
少女の手に持つ赤に染まった鉈が鈍く輝いた。
◇◇◇◇
「くぁっ!」
苦しさに飛び起きると殺風景な1Kのアパート。
俺、大間優の自室だった。
時計を見ると午前3時。まだ深夜と言っていいほどに外は暗い。
「びっくりした……」
布団が汗でびちゃびちゃだ。
酷い悪夢だった。
滝の様に流れてたであろう汗を拭きとり適当にテレビをつける。
「珠里出てくれっかな……」
夢の出来事が嘘であってほしいと彼女に電話を掛ける。
三澄珠里。
弓道の特化型少女で俺と同じアーチェリーサークルに所属してる大学生で去年の春に告白して恋人同士のお付き合いをさせてもらってる。
「……こんな時間だし寝てるか」
『もしもーし優くん?どうしたの?こんな時間に電話して』
「珠里か!」
『優くん?どうしたの?』
珠里の声だ。
声を聞くと同時に安堵する。
どこのドラムロールかと言わんばかりに鼓動していた心音も少しずつ収まっていく。
「ああ、いやちょっと声が聞きたくなって」
『もう!優くんったら……じゃあ今日どこか行く?』
「そうだな……いい場所ないか探してみるよ」
『わかった。楽しみにしてるね』
珠里は生きてた。
あれはただの悪夢だ。
実際に声を聞けたから良かった。
「じゃあまた数時間後に」
『またね』
電話を切りスマホを放る。
いつの間にか強張っていた身体も脱力している。
いやどれだけ緊張してたんだか。
「心配性極まったかこれは……」
心配性特化型少年。なんてね。
特化型少年なんて存在しないし。心配性特化型少女はいるかも知れないが。
ベッドに身を投げ寝転んだまま放ったスマホを手に取る。
「珠里どっか行きたい場所あんのかな……」
珠里に会う=デートだ。
こんな時間に起きてしまったし悪夢のせいでなんか寝たくないしで時間は有り余っている。
男として女性をエスコートするのが最高なのでは?
世間一般では特化型少女のほうが能力とか顔面偏差値高い人が多いけど。
「碌なもんやってねぇな」
3時だからかニュースぐらいしかやっていない。
元より何となくつけただけだったが。
「ん?これこの辺じゃね?」
火事が近所であったらしい。
それぐらいしか目につくものはなかった。
テレビの電源を落としサイトからなんか良さげな雰囲気のデートスポットでもないかと探す。
珠里とは高校から3年付き合ってきている。遊園地とか水族館とかありがちというか定番のスポットはもう行った。
「どうすっか……あ」
壁に立てかけてあるものに目が行く。
それはしばらく使っていなかった弓。
高校のときに珠里と弓道部に入ってた頃の弓。
アーチェリーサークルに入ってから使わなくなったから壁際に置いといてたんだった。
「久しぶりにやるか」
珠里に東会館とメッセージを送っておく。
東会館には体育館やテニスコートのほか、空手道場や弓道場もある大型の運動施設。
ここでなら存分に弓を射ることができるだろう。
やることはやったからとりあえず朝まで寝よう。
◇◇◇◇
時間と場所が変わって。
東会館。
特化型少女の大半がスポーツ特化だったりするためかこういう施設は増えたと思う。
「優くん!おまたせ!」
白と紺の弓道衣を着た珠里がやってきた。
黒髪を後ろに束ねており凛とした雰囲気も出ている。
何が言いたいかというとめちゃくちゃ格好良くて可愛いんだが。
「おはよう。もう着替えてきたのか?」
「着てきたの。すぐに始めたくて」
「そっか。俺も着替えたら行くから。先始めてていいぞ」
珠里の方も弓は久々なのだろう。
そんなことしないだろうが今にも矢を放ちそうな雰囲気出てたし。
珠里が弓道場へ向かったのを見てから更衣室に向かう。若干離れてんのがなんだかなとは思うが大きめな施設だし仕方ない。珠里もそれを見越して予め着てきたんだろうし。失敗したな。
「おっとすみません」
「あ、こちらこそすいません」
少し急ごうと思ったら陸上競技の選手だろうか走ってきた娘にぶつかってしまった。
軽く謝りサクッと弓道衣に着替える。
この感覚も久々だな。
スパンッ
弓道場に入ると的に矢が刺さる音が響く。
「流石は弓道の特化型少女。百発百中だな」
「まあね」
珠里が射た的の中心部に3本の矢が重なるほど近くに刺さっている。
補助具などがあるアーチェリーとは違って弓と弦だけの和弓でそれをなすのは高度な技術だ。
スパンッ!
「俺じゃ的に当てるだけで精一杯だ」
「当てられる人も最近じゃ少ないみたいだよ?」
「中心からは外れてるけどな」
俺の矢は真ん中から大きくハズレた端っこに刺さる。
久々ってことを加味してもなかなかの手応えなんだけどな。
「やっぱり射ったときのこの爽快感がたまらないの」
「あーなんかわかる気がする」
的に当たると嬉しいし。
弓道場にあんまり人がいないから集中してしまった。
「おおう……珠里の的なんかハリネズミみたいになってんな」
「正直私もちょっとやりすぎたかなって……」
俺は腕の限界ギリギリまで射って大分満足した。
時間にして3時間以上か?随分集中してたなおい。
「……ん?」
「どうした?」
「……なんでもない。気の所為だったみたい。ねえ優くん汗かいちゃったからシャワー浴びに行きたいなって」
「そのまま着替えるのもあれだしな。じゃあシャワー浴びたらまた集合ってことにするか」
シャワールームまである。
流石大型スポーツ施設。
汗を流してさっぱりしに行くか。ベタついてるし。
◇◇◇◇
私服の珠里も可愛いんだが。
彼氏としては嬉しい限りでございます。
「うーん……やっぱり」
「珠里?どうかしたか?」
弓道場を出てから時折振り返っては顔をしかめる珠里。
何かを探すように視線が動く。
「ちょっとさっきから見られてるような気がして」
「ストーカーか?」
「違う……と思うけど」
辺りを見回すも怪しい人物は見られない。
そもそもあんまり人いないし。
「あーごめん優くん、ちょっと用事思い出したから今日は解散でいいかな」
「お、おい!珠里!」
「埋め合わせは今度するから!楽しかったよ!またね!」
少し強張ってるように見える笑顔を見せた珠里は走り去ってしまう。
あまりにも突然なことだったため追うにも追えず惚けることしかできなかった。
なんとか跡を追おうとしても手遅れで角を曲がったときにはもう珠里の姿はなかった。
「急にどうしちまったんだ?」
電話を掛けるも電源を切ってしまったのか一向に繋がらない。
仕方ないので家に帰ることに。
今までこんなことはなかった。
まあ……チラチラ振り返ってたのもあるしストーカーに悩んでる可能性もある。
今の俺にはあまり力になれない。実際情報がないし。
「相談してくれりゃな……俺そんな頼りないか?」
特化型少女の身体能力、特に珠里のようなスポーツ特化なら男である俺よりも優れている。
頼りないか……。
「やるせないなぁ」
帰ったら寝よう。そうしよう。
「あの大間優さんですわね?」
「ん?……ん⁉」
振り返ったら思わず2度見してしまった。
ロングの黒髪、フリルのあしらわれた赤いアクセントの黒いワンピース。
お嬢様のような雰囲気に真紅の瞳。
俺があの悪夢で見た、珠里を殺した少女にそっくりだった。
「はじめまして大間優さん。政府所属の特化型少女が1人、アリサと申します」
「あ、えっと俺が大間優であってるが……政府所属の特化型少女?さんがなんのようで?」
「ふふっ」
その少女、アリサはあの夢の少女のようにクスリと微笑む。
上品でそして妖しげな雰囲気を醸しながら。
「最近の火災事件。ご存知ですよね?」
「あーそういや朝見たテレビでやってたな……」
「それに弓道特化型少女、三澄珠里」
「珠里?……どうして珠里の名前が出る?」
アリサは何故珠里の名前を出した?
「それをお話しするのは……少し場所を移動しましょう」
「え?いや、ガッ⁉」
頭が真っ白になる。
何が起きた?わからない。何かしらの衝撃を受けた。
なんだ?
身体がグラリと崩れる。
「手荒な真似になることを遅まきながら謝罪させて頂きますね」
遠のいていく意識のなかでそんな声が聞こえた気がした。