ガテンの娘、お嬢様学校へ入学する。
私は物心ついたときから父との二人暮らしですが、ぜんぜん寂しくなんてありません。
だって、父が経営する会社の人達との共同生活はとても賑やかで楽しいんだもの。
そんな私はこの春、東京翠玉学園の高等部へ入学することになりました。
大企業の御曹司やお嬢様も多く通っているお金持ち学校で、なんとそこは家の格式がものをいう格差社会という一面があったのです。
順調そうに見えた高校デビューも、あっという間に終わりを告げます。
頭もすっかりガテン系の父は、悪徳業者にころっと騙されて一夜にして借金生活へ。
私はクラスで孤立する窮地に陥ったのでした。
でも私はへこたれません!
私は私にしかできない手段で父の会社を取り戻してみせます!
玉野心雫15歳、本気でお嬢さまやっています!
東京翠玉学園は、政財界をはじめ有名企業のご令嬢や御曹司が通う、いわゆるお金持ち学校だ。
私、玉野心雫は、土木建設会社の社長をしている父のたっての希望によりこの学園の高等部に入学したのである。
母は私が生後6ヶ月の時に父に思いを託して病気で他界した。
――私を日本一幸せな女の子に育てると――
小中高等部合同の入学セレモニーは、まるでハリウッド映画のような華やかな演出だった。そして迎えた自己紹介タイム。クラスのほとんどが内部生で、外部生は私を含めて3人だけという完全にお客様気分。おまけに入学セレモニーの興奮が残っていた私は、あろうことか「私の父は会社を経営しています」と自慢げに口走ってしまったのだ。
休み時間になると、縦ロールの髪型がいかにもお嬢様という雰囲気の人物が、お供を数人引き連れて私の席まで近づいてきた。
「今週の土曜日にわたしくのお家でお茶会を開きますの。タマコさんもぜひいらしてね?」
「お、お茶会ですか?」
彼女は伊集院静香。『社長令嬢の会』なるグループの主要メンバーの一人。
この学園にはこうしたいくものグループが存在し、厳しい上下関係に縛られているという。
「まあ素敵! これでタマコさんはグループの一員ですわ」
「静香さまのお家はお城のように立派ですの。タマコさんも驚きますわよ」
「焼きたての焼き菓子がとても美味しいですの」
私はグループのメンバーらしき人達に囲まれた。
「どうかしら? 来ていただける?」
扇子で口元を隠したまま、静香さんは目を細めて微笑んだ。
「は、はあ……ちょっと考えさせてください」
「まあっ」
私が即答をしなかったのが予想外だったのか、みんな目をぱちくりさせている。
しょうがないじゃない! お嬢様のお茶会に着ていく服なんてウチにはないもの。
でも、私がお茶会に呼ばれたって知ったら、きっと両手を挙げて喜んでくれるよね。
――お父ちゃん――
「はあー、疲れるわぁー、お嬢様学校ハンパないわぁー……」
首と肩を回すとコキコキと音が鳴った。
商店街を通り抜け、倉庫が建ち並ぶ一角に父の会社の社員寮がある。2階建てアパートのような外観。そこでは若い独身から出稼ぎのベテラン作業員までが一つ屋根の下で暮らしている。そして1階の角部屋が、私たち父子の家でもあるのだ。
ここでの生活は毎日が賑やかで全然寂しくないし、朝と夕方には通いの寮母さんが来てくれるので食事や洗濯の家事はすべて任せっきり。
「はっ!? これも社長令嬢の暮らしって、言えなくもないんじゃない?」
誰かに聞かれたら速攻で死ねる恥ずかしい独り言をつぶやきながら玄関のドアを開けると、先に帰っていた寮の住人とバッタリ出くわしてしまった。これフツーに死ねるやつだ!
でもいつもなら「よっ、社長令嬢お帰りぃー!」とか私をいじり倒してくるのに、今日に限って誰もツッコミを入れてこなかった。
道路工事などの仕事は夜間が中心だけれど、春は公共事業の仕事がほとんどない。だからこの時期は狭い食堂が満杯になるほどの賑わいだ。しかし今夜はやはりおかしい。皆、黙々とガテン系メニューを口に運んでいる。
食べ終わると使った食器を重ねて厨房へ持って行くのがここのルール。皆の様子を気にしながらもぺろっと完食した私も、同じく席を立とうとしたとき、「タマコちゃん、ちょっといいかい?」とゲンさんが声をかけてきた。
ゲンさんは現場一筋三十余年というベテラン社員で、私にとっては何かと世話を焼いてくれるおじいちゃんみたいな存在の人。ゲンさんは私の隣にドカッと腰をかけると、たばこに火を点けた。いつもは私の前では絶対吸わないのに、今夜はどうしても吸いたい気分みたい。
「社長にはタマコちゃんには言うなって釘を刺されているんだけど……ウチと業務提携しているとこが不動産投機に失敗して赤字を出して銀行に差し押さえられてな……そのあおりを喰らってウチの会社もいよいよ危ないってことになっているらしいんだ……」
「え? 冗談……だよね?」
「…………」
「……冗談じゃないの?」
ゲンさんは静かに頷いた。天井に昇る煙の先に、蛍光灯の周りを飛ぶ小さな羽虫が見える。
私は馬鹿だ。会社がこんなに大変なときに、お嬢様のお茶会へ着ていく服をどうしようかなんてのんきに考えていたんだ。
「でもな……ウチは現場一筋でやってきた真っ当な会社だから、それが認められれば新しい提携先が見つけられるかもしれない」
「見つかれば倒産しなくて済むってこと?」
「まあ、そういうこと。だから、社長はしばらくここには帰って来れないってことだ。タマコちゃん一人で寂しいだろうけど……」
「うん、分かったよゲンさん! 私も高校辞めて、明日から皆と一緒に働くよ!」
「ゲホゲホッ……タマコちゃん、そりゃあ何も分かってねぇーな! 社長のパワーの源はタマコちゃんを幸せにするってことなんだよ?」
分かってる。それは分かっているけど……私だって……何かしてあげたい……
――ねえ、お父ちゃん。私の幸せって何だろう。
翌朝、私は沈んだ気持ちのまま教室のドアを開けた。私の気分を写したように、教室の雰囲気もどこかどんよりと沈んでいる。
「あれ? そこ私の席では……?」
廊下側の前から4番目の私の席に、別の子が座っている。
「ここはね、人間しか座れないの。分かる?」
背後から声をかけられた。グループのメンバーだった。
「え、どういうこと? あ、もしかして私がお茶会の参加を拒んだって思われているのかな?」
「はあー? お茶会ですって?」
教室のあちこちからクスクス笑いが聞こえてくる。
「あなたが上流階級の静香さまのお家に招待されるわけないじゃないの!」
「わたくし達とあなたとでは身分が違いますの」
「そうですよね、静香さま?」
静香は横を向いたままコクリと肯く。こっちを見ようともしない。
「あらやだ。この子、ドブ川の匂いがしますわ」
「土建屋の娘が静香さまに取り入ろうとするなんて、身分不相応にも程がありますわ」
ああ。そういうこと。この人達にとって、土木建設なんて想像したこともない世界なんだ。
ホント、私は馬鹿だ。
「お前の席は後ろだよ」
男子が指さすその先には、教室の隅にポツンと置かれた机とイスがある。天板に黒や赤で落書きがされているのが遠目にも分かる。
「おっと、その前にやることがあるだろう?」
私の両脇を男子2人がかりで固められて、
「え、何をする気?」
戸惑う私の頬に、別の男子が冷たいはさみを当ててくる。
「そのマークを消さないとな。おい、しっかり押さえていろ!」
手が私の胸元のリボンを掴む。
制服のリボンは金色の糸で学園のマークが刺繍されている。それをはさみの先でプツリプツリと切られていく。
「これは人間しか付けてちゃいけないモンだからな」
そういえば、いつも下を向いて隠れるように歩いている、胸のリボンにマークがない人を見かけたことがある。
「あー、面倒くせーな! もう行けよ!」
最後はざっくりとリボンの生地ごと切り込まれて、背中をドンと押された。
机の落書きを無言で消していると、何度も何度も父の姿が思い浮んでは消えていく。
小さな私を負ぶって現場に連れて行ってくれたときの逞しい背中。
重量ブロックを山積みの一輪車を運んで見せたときの驚いた顔。
現場の若い人とプロレス技をかけ合って遊んでいるうちに相手の肩を外してしまってひどく怒られたときの怖い顔。
そして、――制服に初めて袖を通したときに見せたはち切れんばかりの満面の笑み。
父にはこの切り裂かれたリボンを絶対に見せない。そう心に誓い、私は消しゴムを持つ手に力を込めた。
帰りのホームルームの後、私はとある男子に呼び出された。
「いや~、教室では上流階級の奴らの目が光っていて話しかけられずにごめんね~。改めましてボク、滝沢隆朝デス! 一応、1年中流階級のリーダーをやらせてもらっています! 以後よろしくね~」
滝沢は空き教室に入るなり、爽やかな笑顔で握手を求めてきた。
私も手を差し出すと、その手をグイッと引っ張られた。
「えっ、ちょ、ちょっと!?」
「挨拶だよ、アイさっつぅ~」
唇を突き出して滝沢のイケメン顔が迫ってくる。
「ボクの女になれば、上流階級の奴らも簡単にはキミに手を出せないようになるからさ~、だから、ね? ん~!」
「や、やめてよ!」
「なんで~? ボクは将来、日本のトップを目指す男だからサっ! そうなりゃ君も玉の輿に――」
その瞬間、滝沢は鼻から血が噴き出して吹っ飛んでいた。
そう、私はそのあだ名で呼ばれると反射的にラリアットをかましてしまう悪い癖があるのだ。
「あっ……ごめん」
謝っても、もう遅い。彼は鼻から大量に血を流し大の字になって倒れているのだから。
「あまり激しくヤると教師に見つかってしまいますよ?」
「あーっ! リーダーどうしましたかー?」
滝沢の仲間らしき男子達がぞろぞろと入ってくる。
「お前、リーダーに何をしやがった!」
「皆でやっちまえ!」
集団で私に襲いかかってきたので、まとめて相手をしてやった。私は喧嘩ではお金持ち学校のお坊ちゃまなんかに絶対負けない。ゼッタイに!
「ふーっ、久しぶりに良い運動になったよ。あんがとー!」
床でうなり声を上げる面々にお礼を言い残して、私は気分爽快で廊下に出た。
そして押し寄せる絶望感の嵐――
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
私は頭を抱えて崩れ落ちたのだ。