高校デビューに成功した俺に出来た初めての彼女(嘘)もデビュー成功者だった件
華々しい高校デビューをした俺に待っていたのは、生まれて初めての恋人だった。
それまで教室の隅で過ごしていた日々は一転して学校中の憧れになるが、俺にはみんなに隠していることがある。
「嘘の関係ってバレたら終わりだ……!」
共学化による男女の仲の橋渡し。俺達の嘘の恋人関係がバレたら最後、再び男女間の戦争の始まりだ。
かくして、俺達は今日も恋人を演じる。
それも、超が付くバカップルとして。
「今日のお弁当、分子レベルに染み込むくらい美味しかったよ、咲良!」
「私の作った料理が瑞輝そのものになって代謝されていくなんて、素敵っ……!」
――そしてこれは、俺たちが偽物のバカップルから本物のカップルになるまでの物語だ。
俺たちは嘘の恋人だ。
みんなは当然、俺たちを本物の恋人だと思ってる。
それも、
「あれが、最強バカップルか……!!」
触れたら火傷するくらい、とびっきりアツアツの恋人として。
「今日のお弁当、分子レベルに染み込むくらい美味しかったよ、咲良!」
「私の作った料理が瑞輝そのものになって代謝されていくなんて、素敵っ……!」
たくさんの取り巻きの生徒に囲まれながら、俺たちはお昼を過ごしていた。
どうしてこうなった!
元はと言えば、半年前の共学化のせいだ。
「おい、あれが部活動領土権戦争を終わらせたアダムとイブか!?」
なんでそんな大層な名前が付いてんだよ!
普通に男子と女子が体育館と校庭をどう使うかで喧嘩しただけじゃねえか!
「そう。あれこそが、部長会議での死闘を愛だけで鎮めた我が校のツートップ、サッカー部部長の成原瑞輝と女子バレー部部長の麻宮咲良だ!」
そうやってお前たちが担ぎ上げたせいで嘘の恋人設定が引くに引けなくなったんだろうが!
というわけでごめん、麻宮さん!
今日もバカップル設定にお付き合いください!
「お昼休み、時間も余ってるからしりとりでもしようか、咲良!」
「素敵!」
「今日も世界一可愛いよ」
「私も好き……♡」
おい、周りで俺たちを眺めてるやつら!
愛がしりとりの概念を超越しやがったって感心してるんじゃねえよ、突っ込んでくれ!
さらに、俺たちの心労の原因がもう一つ現れる。
「そのイチャイチャ、ちょっと待ったぁあー!!」
俺たち二年生の教室のドアを開け放ってやってきたのは、一年生の猫原凪だった。
麻宮さんの後輩で大ファン。
つまりは、厄介オタクってやつだ。
「今日こそ麻宮先輩を返してもらいますからね!」
あー、最悪!
バカップル続行!
「そんなこと言わないでくれよ、俺の宇宙一大切な彼女なんだぜ?」
「あなたといると麻宮さんの脳みそが溶けます! 開放してあげてください! 先輩だってこんな脳みそドロドロ男は嫌ですよね!?」
麻宮さんは俺の顔をチラッとみて、
「脳が鼻から垂れて出たとしても素敵……!」
「もう半分くらい溶けてるじゃないですか!? 重症すぎます!」
俺だってそんなの分かってるって!
麻宮さんも頑張ってこのノリに付き合ってくれてるんだよ!
「それに、麻宮先輩ってばなんでそんな変な髪型してるんですか!」
「咲良の艶やかな髪が素敵すぎて、触ってるうちに何十個も髪を三つ編みにしちゃったんだぜ」
「だから左半分だけドレッドヘアーになってるんですか!? ドギツいラッパーみたいになってますよ、いいんですか麻宮先輩!」
「素敵……!」
「盲目的な恋にしても鏡くらいはちゃんと見てくださいよせんぱぁい!!」
がっくりとうなだれた猫原さんは、それでも八重歯を剥き出しにして食い下がってくる。
「……先輩はもうしちゃったんですか!?」
「な、何が?」
「キス、ですよぉ!」
「「はいぃ!?」」
俺と麻宮さんの声が重なる。
当然、俺はキスなんてしたことがない。
中学卒業するまで運動以外に取り柄なんて一つもなかった高校デビュー成功者なんだよちくしょう!
「べ、別にどうでもいいじゃないか、そんなこと! 愛さえあれば何も問題は——」
「高校生のカップルがキスしないとかあるんですか! 本当は付き合ってないんじゃないですか!?」
「「ひえええ!?」」
またハモった!
涙目の猫原さんの最後の攻撃が、周りの関心まで巻き込んで騒ぎを起こす。
「どうだったんですか。どんな味がしたんですか! 魚のキスとか言ったらぶん殴りますからね!」
「……分かった。教えてやる」
俺は麻宮さんの腕を掴んで教室の隅まで引っ張っていく。
「今から確かめるから、待ってな」
「おおおおおおお!!!」
盛り上がってんじゃねえよ野次馬どもぉ!
窓際のカーテンでくるりと俺たちを覆って視界を防ぐ。
「……ねえ、麻宮さんってキスしたことは……」
「ないに決まってるじゃん……」
「で、ですよねぇ……」
俺はがっくりと肩を落としながら、最後の手段に出る。
「朝ごはん、何食べた? もう、その味で誤魔化そう」
「えっ、でも」
「何食べたの?」
「朝はプロテイン飲んだだけ……」
「わーお! タンパク質!」
俺は諦めてカーテンを開く。
周囲の期待のこもった視線が痛い。
「ほ、ほら。どうなんですか、先輩!」
「キ、キスの味は……」
ちくしょう! 知らねえよそんなの!
「まだしてないから分からないんだよ悪いかぁああああ!!」
……やっちまった。
終わった。第二次部活動領土権戦争が始まって——
「さすが俺たちのアダムとイブだぁあー!!」
「……へ?」
「あれだけの愛を捧げ合いながら、しかし純潔のまま輝くその姿! 俺たちが応援していた二人はあの時から変わらずここにいる!!」
「神よ! 我が世界にまだ罪は訪れておりません!」
なんかよく分からねえけど助かったー!?
麻宮さんも安堵の息を吐いてらっしゃる。
そして、この騒動の火付け役である猫原さんはというと。
「私は絶対に認めませんからぁあ!」
清々しい捨て台詞だったな……。
同時に昼休みの予鈴が鳴り、周囲の野次馬たちも散っていく。
「疲れた……」
「わ、私も……」
がっくりと疲れを感じてる僕と麻宮さんは、この後に待っている部活を乗り切らなければと苦笑いしながら席に深々と座り直すのだった。
高校デビュー、という言葉を改めて説明しよう。
中学まで目立つことのなかった生徒が、高校に入ってイメチェンをして垢抜けることだ。
元々、本当はこれくらい落ち着いてる人間なんだ。学校では脳みそを溶かさざるを得ないだけで。
「お疲れ様、成原くん」
「うん。麻宮さんこそ、お疲れ様」
サッカー部の部長になり、皆から慕われ、嘘とはいえこんな可愛い女の子と恋人の関係になったという大成功を帳消しにするバカップル設定。
部活を終えた俺と麻宮さんは、帰路を共に歩き初める。
しかし、その間には人半分ほどの隙間が空いていた。
「やっぱり、私たちはこれくらいの距離の方が慣れてるよね」
麻宮咲良も、高校デビュー成功者なのだ。
お互いに、中学生までは運動だけで見た目にも気を使わず、友達とも上手く仲良くできなかった。
だから変わろうと努力して、人気者になった。
「学校ではずっとくっついてるからね」
「今でこそ慣れたけど、最初は大変だったなぁ〜」
「恋人のフリをしてない時間はいつも通りに振る舞えるんだけどね」
「うんうん。みんなが慕ってくれてる私で頑張れる」
「でも、みんな元気だから、たまには落ち着いた時間とか距離とかも欲しくなるんだよな」
「それそれ。演じてるってほどじゃないし、みんなのことは本当に好きなんだけど、こうやってのんびりしたい自分もいるというか」
「家の中で遊ぶのも悪くないよね。だらだら友達の家で漫画読んで一日終わるとかさ」
「やりたい〜! 遊びに誘われるとき、ほぼ外だから家も恋しくなるよ〜」
こうやって思ったことを話せる仲間がいて、本当に助かってる。
バカップルの設定があるせいで、昔の話なんか出来る人が誰もいないのだ。
この感覚を分かってくれる人は、麻宮さんしかいない。
「私、昔は男の子と話す機会なんてほとんどなかったからさ。なんて返事したらいいのか分からないんだよね、ごめん」
「いやいや! 俺だって同じだし。漫画みたいな言葉を使ったら変なことになっちゃっただけだからさ」
「あははっ! 成原くんのそういうところ、本当に落ち着く」
この距離を空けて歩く俺たちは、目を見て話さない。アスファルトのひび割れを追いながら、俺たちは話を続ける。
「私たちって、恋人ってよりも友達って距離の方が似合ってるよね」
「確かに。この距離の方が心臓に優しいや」
「ん? 心臓?」
「麻宮さんが可愛いから、ドキドキするってこと」
「……ふ、ふーん。そっか」
この距離の麻宮さんだからか、それ以降は黙って隣を歩いている。
アスファルトの白線の上を綱渡りのように進みながら、麻宮さんは呟く。
「私だって、ドキドキしてるよ。成原くん、格好いいし」
「えっ、あっ、ありがとう」
凄まじい破壊力。
心臓に悪いって言ってるんだからやめてほしいのに。
戸惑っている俺を見て、麻宮さんは何故かいたずらに笑った。
「ほらほら、瑞輝。照れない照れない」
急に腕に回してきた麻宮さん。
不整脈出そう。助けて。
「私たちさ、嘘の恋人じゃん? 友達の距離の方がお互いにとっていいとは思うんだけどさ」
部活動にも力を入れたい。
恋人よりも友達の方が過ごしやすい。
そうやって無意識に作っていた壁を、麻宮さんはコンコンとノックしてきた。
「好きになったら、ごめん」
「……ぇ」
今、なんて言った。
そんなこと言われて、まともでいられるわけ——
「見つけたぁ!」
突然の声に、俺たちはビクンと背筋を伸ばして慌てて腕を組む。
振り返れば、いるのは猫原さんだった。
走ってきたのか、薄茶のショートカットがふわりと揺れている。
「先輩たちに、お話があります」
「ね、猫ちゃん……? どうしたの?」
「どうもこうもないですよ、先輩!」
猫原は華奢で起伏のないスレンダーな体を精一杯に広げて、俺たちを睨みつける。
「先輩たち、本当は付き合ってないですよね!?」
ついにあのガバガバ設定を見抜く常識人が来やがった!?