捕獣師レオは手に負えない! 〜捨て餌を拾ったら精霊のいとし子でした〜
捕獣師レオはビックサンダーワームをとるため、事前調査に砂漠へ出向いていた。
そこでワームの捨て餌として車から投げ出された少女を救おうとしたら、自分も襲われて絶体絶命。
弾切れギリギリ、ありったけの炎弾を撃とうとしたら、今度は襲ってきたワームを生き餌とした伝説の黒砂鯨に出会った!
少女を保護するべく船長と舌戦バトルしたり、黒砂鯨とまた出会うために自らワームの捨て餌を買って出たり? やることなすこと捕獣師レオは手に負えない!
そんなレオと仲間たちとの冒険譚、はじまりはじまり〜
照りつける日差しの中、レオは座礁した砂船のマストの上からなだらかな砂漠を見渡していた。視線の先には砂煙をまきながら西から東へと走る車が一台。猛スピードで横切っていく。
「うわっ、まじかー、寝た子を起こす気かよ」
目の前の砂漠地帯はビッグワームの生息地だ。ワームの活動は夕暮れからとはいえ、巣の上を走る奴なんて居ない。案の定、砂の一部がずるりと波打った。しかし車のスピードはしだいに落ちていく。捨て餌だ。
レオが肩をすくめて傍観を決めた瞬間、目の前の光景に色を失いつつあった目がギュッと上がった。緩やかな旋回をした車から、想定より長い袋状の物が投げ出されたのだ。
「チッ! あいつら人を捨てやがった!」
レオはゴーグルをかぶると同時に、マストに付いているロープの滑車を伝って甲板へ降りる。
マストそばに置いてあったバイクまたがると、左手のグローブを外してタンクに手をかざし魔素を集めた。タンクに映る金眼の中に炎が灯り、エンジンがかかる。
「よっしゃっ、行こうぜレイン!」
スピードに乗って甲板を走り抜けると、手すりに立てかけてある板にのって砂の海へ飛び出す。
ワームは捨てられた獲物に気づき、波打って近づいているようだ。レオはエンジン全開で転がっている黒い袋に向かって走る。
走行が安定した所でハンドルを固定しながら、後部座席の荷物の中からマテリアルライフルを取り出し肩に乗せた。
「今日打てるのは五発までっ、まにあってくれよ……!」
緩やかに波打つ砂模様の一角が盛り上がると、ワームの頭がゆらりと現れた。
上体を起こして標準を合し、眉間を意識して魔素を集めると、やがて目の奥がじわりと熱くなる。
ドンッ
ワームの頭より左後方に目がけて炎弾を放つと、赤黒い胴体が跳ねた。
レオは肩に受ける反動をいなしながらすかさず二、三弾目も黒い袋の周辺を守るように放つ。
「あーちぃ! 干からびる前に回収しないと」
レオは自分で作った半円の炎壁を避けながら黒い袋の側にバイクを寄せると、顔も見ずに後部座席に引き上げた。荷物と同様にネットで固定するとすぐに反転して走り出す。
すると、背後から地鳴りのような音が聞こえた。
ぞくりとする大きな気配を感じて振り向くと、砂船の甲板の高さまでありそうなビックワームが大きく口を開けて迫ってきていた。振り向きざまに弾を放つが片手撃ちとなり当たらない。
「走ってくれ相棒!」
上体を倒し、フルスロットルで全開にするも、目の前に後ろからの大きな影がゆるりと伸びてきた。
(口に入ったところでぶっ放す!)
そう決めて魔素を最大限集めて振り向き、無数の牙が異音を鳴らしながら迫ってくるのを歯を食いしばって待っていると、ワームの背後にさらにデカい影が盛り上がった。
「ッうああ⁈」
まるで山のように盛り上がった影はゆっくりと口を開け、砂と共にワームを飲み込む。レオは仰反りながら目を奪われていた、その時。
黒い影の中にぎろりと光る眼球が、こちらを見た。
七色の虹彩を放つ硬質な眼が冴え冴えと眺めてきたかと思うと、すぐに興味を無くしたように中天を仰いだ。
地響きなのか鳴き声なのか、再び裂かれた大口から咆哮を浴びせ、レオの全身を痺れさせると、砂船に匹敵する真っ黒な巨体を翻してゆっくりと砂の中に潜っていった。
静まる空気の中で、冷たい汗と共に灯る炎がレオの身体を震わせる。
「すげぇ……なんだ、あれ」
無意識にゴーグルを上げて、黒い巨体が消えていった砂丘を眺めた。
「俺なんかに構ってられるか、ってか……はは……」
意思の疎通などできるはずもないのに、あの大きな鋭い眼光は確かにそう示していた。
悔しさと口惜しさと湧き上がる興奮に、レオの口元は震えながらもゆっくりと上がっていく。
「やべ……震えとまんねぇよ、見つけちまった……」
あれはおそらく黒砂鯨グラファイバハムート。レオの仲間に言ったら、きっと目の色を変えて捕りにいこうと言うだろう。なにせその存在すら危ぶまれていた伝説の砂鯨、捕獣船乗りのあこがれだ。
「この借りは返さないとな。っと、ワり! ゆだったか?」
背後からくぐもった声が聞こえたので、レオは振り向き話しかける。
「砂船まで我慢な、なるべく急いでやるよ! レイン、頼む!」
ぱん、とタンクを叩くと後ろは縛りつけたままで急発進する。レオはレインのスピードに悲鳴すら上げない後ろの人物に感心しながら、仮拠点である廃砂船を目指して最短を走っていった。
かつて緑の大地と讃えられていたこの大陸は数千年の時を経てカフと呼ばれる広大な砂漠の世界へと姿を変えた。
幸いにも大地が枯渇することを予期していた先人たちは、空気中にただよう魔素を集め動力とする方法を編み出し、人類に魔動法を定着させることに成功する。
車にバイク、キッチンの火や洗濯の水、あらゆる源を創り出し、動かすことができる魔素を元に造られたのが捕獣船だ。
広大な砂漠を移動でき、食糧となる獣を獲ることかできる捕獣船乗りはこの世界の人々の需要を満たし、オアシスから出ることのない子供たちの憧れの職業でもあるのだが。
「なにやってんだいっ、遠目でも体格で男か女かなんてわかるでしょうに! アンタの眼は節穴かーー!!」
「ご、ごめんて、ナリージャ。まさか女の子が投げだされるなんて思わなかったんだよ」
失敗をして目上のものにカミナリを落とされるのは船乗りとはいえ例外ではない。
親子以上の年の差がある衛生士ナリージャの張り声に片耳を塞いだレオは、言い訳をしながら少女だと気づいた時の事を話し出す。
廃砂船まで戻ってきて縛っていた紐をほどいたのだが、布で包まれた人はぴくりとも動かなかった。間に合わなかったか、とかつごうとして体をもつと違和感が。
「ん? やわらかい?」
あわててだらりと下がっていた頭を起こすと、真っ青な顔をした銀髪の少女がいた。
「わわっ、女の子?! とっ、やべ! あっつ!」
力のない身体を抱き起こすと明らかに全身が熱く、脱水症状を起こしている。
急いで日陰に入れて全身に巻かれていた黒い布を取り除くと、レオの褐色の腕とは対照的な病的なほど白く華奢な四肢が粗末な服の下から現れた。
「さらってきたはいいけど、ワームに襲われて仕方なく捨餌にしたってか。それにしてもこの髪」
銀の長髪をレオは初めて見た。ここらでは見たことも聞いたこともない。
「……とりあえず俺じゃ手に負えないや。船に乗せてもらえるかはわからないけど、こんな風にしちまったワビはするよ」
そう呟くと手短な板で風を送りながら、レオの本拠点である捕獣船アルミナン・クユータへ無線を飛ばしナリージャを派遣してもらったのだ。
「ったく、真っ昼間の砂漠に転がされたあげく、炎にかこまれて? 最後はバイクに張り付けたまま走るとか勘弁しとくれよ! あと一時間おそかったら手遅れだよ」
「すみません」
水袋を首筋や脇、足の付け根に当てながら厳しく叱るナリージャに、さすがのレオも神妙な顔をして謝った。
「あたしじゃなく、起きたこの子に言うんだ。向こうに戻ってもアンタが世話するんだよ? 軽々に人を拾うものじゃないってことを心に刻むんだね」
「今回はたまたまだって。もちろん、気にかける」
「気にかけるんじゃなくて世話をする! 面倒を見るってことだよ、わかってないんだったらここで捨てていきな」
ナリージャは普段の柔和な顔を一変させ、レオを鋭く睨んだ。あと半年で成人とはいえ、レオの行動は目に余るのだろう。
これまでもほいほいと路上のイヌやネコを船に持ち込んでは怒られ元に戻すという事があったのだが、今回は人だ。おいそれと拾っていいものではない。
レオは薄い唇をぎゅっと結び、少女の側ににじり寄る。
熱が出始めたのか細いあごが少しだけ上がって、苦しそうに息をしていた。
「まだ、ワビてないから」
「は?」
レオは懐から薄い布を取り出すと、ナリージャが魔素で作り出した氷水が入った手桶に浸し、固くしぼる。まだあどけなさが残る少女の額にそっと置いた。
「火炙りにしちまったこと、ちゃんと謝るから……意識が戻るまで面倒をみる。その後どうするかは本人に聞くよ。ちゃんと見るから」
真剣な眼差しで少女を見つめていたレオのまなじりが、言いきったと同時にしょぼんと落ちる。そして、ちろりとナリージャを見るのだ。
口添えしてよ、の目に衛生士は頭を抱えた。
「アンタはイヌでこの子はネコか! こんな細い腕に力仕事なんかさせられないし……ああもうっ、しらん! あたしじゃ手に負えないよっ」
ナリージャの最後の言葉にレオがぱっと顔を輝かせて、にやりと目を合わす。
「俺もそう思った! だから」
「衛生士として身体が動くまでは保護を求める。あとは船長判断だ」
「うん。ありがと、ナリージャ」
「礼は船に乗れてからだね」
ナリージャがふいっと顔をそらしてうそぶくので、レオは笑って頷き無線機の前に陣取った。
「動かせないこの子を運ぶには本船に来てもらわなきゃいけない。あたしが出る時、船長はもう航路を西から東へと反転させていたよ、どうするんだい」
背後からの少し焦った声に、レオは大丈夫、と舌で唇をぬらす。
「船長は絶対にここへ来るよ。俺がこの子と戻ってこれた話をすればね」
レオはよみがえるあの光景に静かに息を吐くと、ゆっくりとつまみを回し周波数を合わせていった。