マシカバ・マシィナリィ
少々向こう見ずだが、人一倍正義感のある小鍛冶のチカ。ある日鍋を売りに出た街中で、チンピラに絡まれた子供を助ける。チンピラは退却し、鍋も売りつくしたが、チカの頭にはチンピラが口走った『マシィナリィ 』という単語が引っかかっていた。泊めてもらった長屋の一室。その真実は突然押しかけた。
時は泰平、場所は江戸。
用足しに山を下れば五月晴れ。町には喧騒が満ちている。これほどめでたいことがあろうか。
しかしそんな素晴らしい日であろうと、
「邪魔するな!オレは探し物をしたいんだよ!」
「ゴタゴタ言ってんじゃねぇ! とっとと失せなチンピラ!」
喧嘩は江戸の華なのだ。
長屋の軒先。辺りを野次馬が押しかける。
中心には金髪に色眼鏡かけたチンピラ。そして、それを睨み返す俺だ。
チンピラの方が背が高く、見上げぜるをえないのがなんとも腹ただしい。
チンピラは叫ぶ。
「何度も言わせるな!『戦闘型マシィナリィ』が落ちたから、長屋を壊して調べさせろって言ってるんだ!」
「その……まし何とかは、ここにはねえっつってんだろ!」
こんな調子で、一向に埒が明かない。長屋の住人たちは、人影に隠れたままだ。皆酷く怯えている。
かくなる上は……!
俺は引いてきた荷車から金槌を引っ張り出す。
そしてチンピラの前に突き出した。
「とっとと失せな!さもなけりゃ、お前の頭かち割ってやらあ!」
煽ると相手も乗ってきた。黒光りする羽織から、小刀を抜いた。
「ガキが……舐めやがって……お前みたいなチビ助なんざ切り刻んでやるよ!」
チビ……だと?俺をチビと言いやがった?
この下郎が!
「上等だ……てめぇの性根、叩き直してやらァ!!」
俺は獲物を構え相手に飛びかかる……!
[ピロリロリン♪]
も、すんでで止まった。チンピラの懐から電子音が聞こえると手のひらほどの黒い板を取り出した。電子音もそれから出ているようだ。
チンピラは耳にそれを当てると、
「お世話になっております! はいっ! 捜索は続けております!範囲の変更ですか!? は、はい……」
そう言ってヘコヘコし始めた。
俺は珍妙な様子を目にし、ただ呆気に取られていた。
「はい、では失礼します……」
チンピラは懐に板をしまうと向き直った。
「う、運が良かったな!お前の相手はまた今度!あばよ!」
「あ、おい待て!」
制止するも届かず、チンピラは人混みをかき分けて逃げて行った。
静寂が訪れる。野次馬は去り、長屋の住人たちのみが10人ほど残った。皆、気まずそうに寄って来た。
「すまねぇチカ……お前が居なけりゃどうなっていたか……」
「別に構わねぇよ。お得意様が居なくなっちゃ、こちとら商売上がったりだ」
俺はそう言って荷解きを始めた。
名乗りが遅れたが、俺の名はチカ。山の上で小鍛冶をしている。鍋の修理と製造が主だ。決して喧嘩屋では無い。
さっきのチンピラは長屋のガキを脅してたから相手しただけだ。
だがアイツ、知らない言葉を口走ってたな。それに今思えば、格好も何もかも変わっていた。一体あいつは……?
「おい、チカ。頼んでた鉄鍋は直ってるんだろうな?」
服の裾を引かれた。チンピラのことを頭の隅に追いやり、向き直る。
「おう!バッチリだぜ!持ってきな!」
それから鍋は瞬く間に消える。積荷は残らなかった。しかし辺りはもう真っ暗だ。
このまま帰ろうにも生憎の新月。山道は暗く危険だ。野宿するかと考えていると、長屋の管理人がこちらへやってきた。
「おいチカ。昼の礼だ。うちの長屋の空き部屋に、一晩泊めてやる」
「そりゃありがてぇ。 恩に着るぜ」
部屋は手狭だが、人が一人寝るには十分な広さだ。ご丁寧に布団まで敷かれている。
「何かあったら呼べよ」
「おう! じゃあな!」
そう返事して扉を閉めた。そして所在なく布団の上に寝転がる。
一夜を越せる部屋は手に入れた。しかしここには炉がない。金床がない。することが無い。同時に俺はこんな時間に眠くなるほどガキでは無い。
することが無くなると、勝手に頭は冴えてくる。1度は忘れかけた面妖なチンピラ。あいつは一体……。
[ゴンゴン!」
「はっ!? 寝てねぇ、寝てねえぞ!起きてらァ!」
金属を打ち付けるような音がして、俺は飛び起きた。
目を瞑っていただけだ。決して寝てなどいない。
[ゴンゴンゴンゴン!!!]
再び音がした。今ので玄関の戸を何かが叩いているのだとわかった。しかし、やけに重い音だ。一体なんの音だろうか。
俺は玄関に近寄る。周期的な金属音とともに、
「おたの……モウ……しマス」
と、掠れた女の声が聞こえた。
ひとまず玄関を開けてみる。
「おう。どうしたんでぇこんな夜分に?」
俺の目の前には何故かまた壁があった。声の主の腹の位置に俺の目があるようだ。どんな巨人だよ。
「おい旦那、屈め屈め。そんな背丈じゃ入れねぇぞ」
俺がそう言うと少し間を置いて、
「……御免」
そう言ってぬっ、と入ってきた。顔はよく見えなかったが。
「まぁ入んな。今茶でも入れて……」
ソレは、俺の体のすぐ脇を掠める。ぶっ倒れたのだ。
鉄の塊でも倒れたかのような鈍い音をたてて、ドスンと土間に突っ伏した。
「ひゃあっ!?」
俺はしばし硬直する。一体こいつはなんなんだ!?
突然の訪問者、奇っ怪な声、明らかに人体から発せられる訳のない音。
コイツは……何者なんだ?まさか人間じゃあるまい。
俺はそれらに気が付いてないふりをした。理解したらきっと、俺は途端に何も出来なくなってしまう。目の前のコイツを見捨ててしまう。そんな人間になることが、目の前の化物より怖かった。
「ちょいと引きずるぞ!ふんっ……!」
両脇に腕をまわし引き上げる。……人の重さではない。鉄か何かの塊だ。
ズルズルと板の間に上体だけ載せると、ようやく家の中に全身が収まった。
ピシャリと戸を閉めて、備え付けの灯台に火をつける。
「な……なんだぁコレ?」
うつ伏せになっていたのは、ぼろ切れを被せただけの鉄の『人形』だった。どういう理屈でこれが動いて、ここまで来たか見当もつかない。
のっぺりとした鉄の面が顔の代わりに着いている。重々しい四肢は球体関節で、継ぎ目には管やら線やらが露出していた。
それだけでは無い。骨のような体には額、両肩、両肘、両膝の合計7つの柄が生えている。刀が四肢と頭に格納されているようだ。
「一体何者だお前……」
触れた瞬間、目が光った。
「ななっ!?」
『システム再構築中……強制起動開始……』
無機質な呪文と共に、奴は動き出した。上体をゆっくりと起こすと、俺の前で仁王立ちになる。
「遭難中とはいえ、押しかけてしまった。相済まぬ」
柔らかな、女の声だった。
「お、おう! 気にしなくていいぜ!」
俺はその辺にあった木の板の影に隠れて応対した。
遭難って……まさかあのチンピラが言っていた……ましかば……?
「『マシィナリィ』にござる」
「そうそう!そんな名前で……って何ぃ!?」
頭の中を読まれたのかと言うほど、バッチリと答えてきた。何者だこの骸骨……気味が悪い。
「骸骨に在らず。名はムサシと申す」
「は……はぁ!?」
さらに読まれた……!?
歯の根が合わない。腰が抜けたようだ。俺は腕の力だけで必死に後ずさりした。
ムサシを名乗る骸骨は続ける。
「しかし……ここまでリンクが有るなら好都合。 間違いなく適合するだろう」
「だ、だからなんなんだお前……っ!?」
背中が壁にぶつかった。逃げ場は無い。俺は為す術なくムサシを見上げる。
「説明したいところだが……時間が無い。単刀直入に申し上げる」
ムサシは太めの針を手渡してきた。
ずっしりとした重さがある。かんざしのような大きさだ。
「これを鼻の穴に押し込め」
「……はぁ!? 死ぬに決まってんだろ! 」
「ソレガシはマシィナリィ。それから伝わる人間の魂無しには動けぬのだ!」
「魂……?」
「ソレガシが人でないことなど当に分かっているだろう!? 早くしないと追っ手が!」
[ドドーン!!]
昼間と見間違うほどの閃光とともに、爆音、爆風、遅れて木っ端が俺の顔に吹き付けた。玄関先が粉々になったのだ。
「見つけたぜ! 昼間のガキも一緒だ! 」
件のチンピラと知らない女がその光の中に立っていた。チンピラが顎を小さく上げると、横に立っていた女はこちらへと向かってきた。
「くっ……仕方ない!」
ムサシは針を投げ捨て、左肘から刀を抜いた。
即座に突風が吹いた。
ムサシは俺の目の前から消え去り、玄関先の女と鍔迫り合いをしている。
いつの間にそこまで移動したんだ!?女の方はいつ刀を抜いた?まるでついていけない!
「早くそれを使ってくれ! ソレガシの力だけでない! お前の力にもなるのだ!だから……ぐっ!」
ムサシは明らかに押し負けていた。懸命に踏ん張っているがこのままでは押し切られるだろう。つまり……ここの長屋の奴らを死なせるのだ。
それは……嫌だ。
「どりゃああっ!!」
「──ぐぁっ!?」
頭の中で、ムサシに投げろと言われたのだ。
放り投げた金槌は、吸い寄せられるように女の左脛に命中。
俺は鼻血を拭いとり、ムサシの横に立つ。
「立てるな?ムサシ」
「無論。それより……覚悟をしてくれたのだな?」
「ああ。バッチリと」
俺は跳ね返って戻ってきた金槌を構え、チンピラを睨む。
「てめえらの性根……叩き直してやらあ!」