表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/27

王都秘宝調査団の業務日誌 ~アイテム使いの聖女は、仲間と道具に恵まれる~

 大事にされたものには、特別な思いが宿る。


 では、それが神様が大事にした道具だったら――?


 フリーネは、神様の力がこもった道具、通称『秘宝』を使いこなす聖女である。

 子供の頃、おじいさんから聞いた秘密の物語には、秘宝達を使う『手順』が隠されていたからだ。


 普段は遠い記憶の中に、古い物語は埋まっている。けれど秘宝を前にした時、あるいはピンチの時、思い出の物語はフリーネに道具の使い方を教えてくれる。


 だがフリーネに物語を教えてくれたおじいさんは、多くの秘宝を残して失踪してしまう。

 孤独になったフリーネは、秘宝調査団と呼ばれる組織に入った。神様が残した秘宝を求めながら、おじいさんの手がかりを探すために。


 狼マスクの秘宝で獣人になった男。ゼンマイで動く少女。ユニークな仲間やアイテムと一緒に、聖女フリーネは神様が残した宝物を探す。

 私は困っていた。

 どれくらい困っていたかというと、羽ペンを持ったまま頭を抱えてしまい、純白の聖法衣にインクがつきそうになって慌てるくらい、困っていた。

 目の前の机には、ででん!と書状の山。カップに手を伸ばす。


「どうすっかなぁ……」


 ああ、季節のお茶はどうしてこんなに美味しいのだろう。

 私は湯気をたてるカップを口から離し、息をついた。春である。神殿の庭はすっかり緑に覆われて、あざやかな花や、羽色を変えた小鳥も、2階からよく見えた。

 もしおじいちゃんが今もいたら、果物のタルトを焼いてくれたかもしれない。


「聖女様ぁ!」


 はい、現実逃避は終わり。

 廊下から聞こえた声に、私はお茶を置く。


「どうぞぉ」


 途端、お盆に書状を山盛りにした女の子が駆け込んできた。足がぐるぐるに見える勢いで机に走り寄り、手紙の山をドン!と置く。

 何かを踏んづけたのか、


「いってぇ!」


 と吠え声がソファからあがった。でも一生懸命なこの子は、頬を上気させて、報告に忙しいみたい。

 抗議に気づかず、ぴしりと気を付けの姿勢をとった。


「聖女様、お手紙をお持ちしました!」


 もしこの子に耳と尻尾があったら、どちらもよく動いているだろう。

 私より3つ年下の、13歳の小柄な女の子だ。肩くらいの栗毛が揺れている。薄緑色の『秘宝調査団』の制服と、胸元の赤リボンがよく似合っていた。


 私が聖女――仲間内では『即席聖女』と呼ばれてから、1年ほどの付き合いになる。

 家柄がよくて、おまけに厳しい修行をして、やっと認められる聖女という称号。それをたった数日の修行で拝命してしまった私に、どれだけやる気をもたせてくれるか――そうハラハラしていたが、今日もラーニは元気いっぱい。


「その……追加の書状ってこと?」

「はぁい! 次に探す秘宝の候補、こんなにあるなんて幸せですね!」


 悪意のないニコニコ顔。お茶でふわふわになった心が、しわしわになった。顔までしわしわになっていないかしら。


「聖女フリーネ様のお名前が、また高まっているということですよ!」


 私は微笑が引きつるのを感じた。

 神殿2階にある執務机は、すでに書状で満杯だ。


「秘宝調査団には、他にも立派な聖女様はたくさんいらっしゃるはずよね」

「なにをおっしゃいます」


 ラーニは腰に手を当てた。小さな体が書状の隙間から見え隠れする。


「フリーネ様は、わたしの村も救ってくださいましたし! 他にも助かった人、たくさんいるんですから! 自信持ってくださいまし」


 微妙にピントのずれた回答。ただ書状はどれも私宛で、確かに一回は見ないといけないのだろう。


「むむ。せめて手伝ってよ」

「お任せです!」


 よし、お手伝い確保。

 まずは広げっぱなしだった一枚に、とりあえず署名する。


「追加分はその辺に……」


 言いかけた時、手元が急に暗くなった。

 狼の顔がこっちを見下ろしている。本物同然の、おっかない獣の顔だった。


「お前、また俺の尻尾を踏みやがったな!」


 獣人ザルドの大声に私達は耳を塞いだ。

 書状を持ってきたラーニに尻尾を踏まれたのは、やはりとても痛かったらしい。

 巨体は黒々とした毛におおわれている。くわっと見開いた目がラーニを見下ろしていた。


「何度も何度も! お前、俺の尻尾を狙って踏んでねぇか?」

「ち、違いますっ」

「じゃあ聞くがよぉ」


 私は咳払いした。威厳をかき集めて立ち上がる。


「喧嘩はやめて」

「へっ」

「……聖女として命じてるんですよ」

「即席じゃねぇかよ、お前」


 狼顔を歪めて器用にせせら笑う。

 『即席』という言葉にラーニが反応、手をまわして顔を赤くした。


「聖女様に失礼ですよ!」

「くはは、ゼンマイ巻かなきゃ力が出ねぇだろ」


 ラーニはあっけなく巨体に羽交い締めにされる。


「もう……」


 なんでこうなるのかな。

 執務机の隣に、木の椅子が置いてある。魔法の力が込められた、特別なものだった。


 ――ヘーパイストスの椅子よ!


 合言葉を念じて、起動。

 瞬間、ザルドがびゅんと飛び上がって、小さな椅子に腰かけた。手はちょこんとお膝に乗っている。

 よくできました。


「な、なんだこりゃ!?」

「人呼んで『よい子椅子』。一番暴れている人を強制的に着席させる秘宝です」


 私は役得として、調査・収集した秘宝をいくつか使わせてもらっている。

 脱出したラーニは早速舌を出してザルドをからかっていた。


「……はぁ」


 ちょっと冷めてしまったお茶を飲み、息をついた。

 私が『即席聖女』というのは、悪口でもなんでもない。

 だって1年前まで、単なる時計屋の娘に過ぎなかったのだから。


「……おじいちゃんのせいだよ」


 部屋の隅に置かれた柱時計が、応えるようにぼーん、ぼーん、と鳴っていた。



     ◆



 私、フリーネ・リンスベルクは時計屋の娘である。

 両親が早逝して時計屋のおじいちゃんに引き取られた。

 この国はそれなりに道具が発展している。けれど、世界にはそんな『今の』道具とは比べ物にならないアイテムがあった。


 それが秘宝だ。


 時間を止める。水を永遠に生み出す。荒れ地を畑に変える。時に神話みたいな効果を持つのは、実際に神様が愛用したものだから。


 だけど『秘宝』は道具に過ぎない。

 実は、誰でも使うことができる。問題は――使う『手順』がわからないこと。

 使えないならまだいい。場合によっては思わぬ時に動いて、何も知らない人を巻き込むことがある。


 いっぱい修行した人が、道具に魔法を使ったり、神様にお祈りしたりして、少しずつ使い方を解き明かしていくんだ。そんな理由から、秘宝は聖女しか使えない、ということに表向きなっている。

 手順さえわかれば誰でも使える――そんなことが公になれば、使い道を知ろうとする人も出てくるだろう。扱いを間違えれば危険。だからこそ、一般人には使えないということにして、自然に差し出してもらえるようにしている。


 でも私は――もともと知っていた。

 秘宝達の使い方を。

 なぜなら遠い遠い子供時代、おじいちゃんが物語を話してくれたから。その中には、どうしてか、秘宝にまつわる神様の物語もたくさん含まれている。


 私はとある事件で命が危うくなり、なぜかおじいちゃんの家にいくつもあった秘宝を、片っ端から使ってしまった。騎士や村の人の前で。


 透明な防壁を張る水晶。

 大火事を雨で消し止める古杖。

 地中に逃げ道を作ってくれる(キリ)


 どうして秘宝が家にあったのかは分からない。それでも私は、大勢の前で秘宝をいっぱい使った以上、『聖女』でなくてはならなくなったのだ。

 秘宝が誰でも使えるという事実を隠すために。


 即席聖女というのは、まさに即席で聖女にされた私をからかう言葉である。



     ◆



 結局、私が秘宝を使った夜、おじいちゃんは姿を消した。

 どうして秘宝が家にたくさんあったのか。なぜ秘宝を使うヒントになる物語を話してくれたのか。謎のままだった。

 時計の針が、チクタクと動いていく。


「……まだそいつは終わんねぇのかい」


 椅子に座ったままザルドは爪で頬をかいた。

 ラーニと手分けして、私は書状を読んでいる。次に秘宝を探しに行く場所を決めるんだ。


「わざわざ探さなくても、秘宝のハナシをここで思い出せば済むんじゃねぇか?」

「そうなんだけど……なんか、実物を見ないと思い出せないのよねぇ」


 それに秘宝の実物には、おじいちゃんを探すヒントが隠れているかもしれない。だからできるだけ、この目で見たいのだ。


「道具を前にすると、色々考えるの。どういう神様とか、どういう人が使ったのかなって。そういうのが、思い出すのに必要なのかもしれないね」


 古い道具を手に取る瞬間が、私は好きだった。

 遠い昔の物語と自分がつながったような気がする。そんな気持ちが、思い出を呼び起こす原因かもしれない。

 ……まぁ、6歳とか7歳の時に聞いた昔話を、今すぐに全て思い出せればいいのだけど。


「道具か」


 ザルドが自分の顎をなでた。隅っこで働いているラーニも、背中をさする。

 この人達も、秘宝に関わった。ザルドは獣人の姿となるマスク、ラーニは不思議なゼンマイの秘宝に、それぞれ巻き込まれてしまっている。


「ったく――手伝ってやるよ、貸せ」

「お、ありがとうね!」


 私がザルドの戒め解いた時、入り口が開いた。杖をついた、ご年配の男性が入ってくる。

 この人も秘宝調査団だ。

 神経質そうに鼻を鳴らして、ザルドの尻尾を踏む。また狼の耳がピンとなった。

 今度はわざとだ、多分。


「――っ、てめぇ!」

「フリーネよ、お客さんだぞい」


 この組織、種族とか派閥とかがあって、ぎすぎすしてるのが気になるんだよなぁ――。仲良くして欲しいんだけど。

 つられて入ってきたのは、品のよさそうな老婦人だ。


「聖女様にご相談があるのですが……奇妙な羅針盤の話です」


 曰く、船に積むとすべての方位磁石を狂わせてしまう。危うく遭難しそうになって、引き返したこともあるらしい。

 しょうがないので船は使わず、陸路ではるばる運んで、今は王都から少し離れた港に置いてあるようだ。


「羅針盤……」


 何かが頭に引っ掛かる。

 おじいちゃんの物語にあった――


「いじわるな羅針盤?」


 物語は、いつもタイトルからを思い出す。

 みんなと顔を見合わせた。


「近いですよ! 行きましょうっ」


 ラーニが目を輝かせる。私達はどやどやと準備を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第15回書き出し祭り 第4会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は5月7日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] 書き出しがすごく上手です。 たった数行で「ああ、本当に困ってるんだなあ」というのがヒシヒシと伝わってきました。 からの現実逃避が巧みで、思わず心理的に「うんうん、そうなるよね」と頷いてし…
[良い点] キャラが立ってますねー! キャラ好きとしてはもうほくほくしてしまいました。セリフが軽快で読みやすいなぁ。四人それぞれの方向性が違っていて素敵です。 姿は見えないのだけれど、キーマンである…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ