王都秘宝調査団の業務日誌 ~アイテム使いの聖女は、仲間と道具に恵まれる~
大事にされたものには、特別な思いが宿る。
では、それが神様が大事にした道具だったら――?
フリーネは、神様の力がこもった道具、通称『秘宝』を使いこなす聖女である。
子供の頃、おじいさんから聞いた秘密の物語には、秘宝達を使う『手順』が隠されていたからだ。
普段は遠い記憶の中に、古い物語は埋まっている。けれど秘宝を前にした時、あるいはピンチの時、思い出の物語はフリーネに道具の使い方を教えてくれる。
だがフリーネに物語を教えてくれたおじいさんは、多くの秘宝を残して失踪してしまう。
孤独になったフリーネは、秘宝調査団と呼ばれる組織に入った。神様が残した秘宝を求めながら、おじいさんの手がかりを探すために。
狼マスクの秘宝で獣人になった男。ゼンマイで動く少女。ユニークな仲間やアイテムと一緒に、聖女フリーネは神様が残した宝物を探す。
私は困っていた。
どれくらい困っていたかというと、羽ペンを持ったまま頭を抱えてしまい、純白の聖法衣にインクがつきそうになって慌てるくらい、困っていた。
目の前の机には、ででん!と書状の山。カップに手を伸ばす。
「どうすっかなぁ……」
ああ、季節のお茶はどうしてこんなに美味しいのだろう。
私は湯気をたてるカップを口から離し、息をついた。春である。神殿の庭はすっかり緑に覆われて、あざやかな花や、羽色を変えた小鳥も、2階からよく見えた。
もしおじいちゃんが今もいたら、果物のタルトを焼いてくれたかもしれない。
「聖女様ぁ!」
はい、現実逃避は終わり。
廊下から聞こえた声に、私はお茶を置く。
「どうぞぉ」
途端、お盆に書状を山盛りにした女の子が駆け込んできた。足がぐるぐるに見える勢いで机に走り寄り、手紙の山をドン!と置く。
何かを踏んづけたのか、
「いってぇ!」
と吠え声がソファからあがった。でも一生懸命なこの子は、頬を上気させて、報告に忙しいみたい。
抗議に気づかず、ぴしりと気を付けの姿勢をとった。
「聖女様、お手紙をお持ちしました!」
もしこの子に耳と尻尾があったら、どちらもよく動いているだろう。
私より3つ年下の、13歳の小柄な女の子だ。肩くらいの栗毛が揺れている。薄緑色の『秘宝調査団』の制服と、胸元の赤リボンがよく似合っていた。
私が聖女――仲間内では『即席聖女』と呼ばれてから、1年ほどの付き合いになる。
家柄がよくて、おまけに厳しい修行をして、やっと認められる聖女という称号。それをたった数日の修行で拝命してしまった私に、どれだけやる気をもたせてくれるか――そうハラハラしていたが、今日もラーニは元気いっぱい。
「その……追加の書状ってこと?」
「はぁい! 次に探す秘宝の候補、こんなにあるなんて幸せですね!」
悪意のないニコニコ顔。お茶でふわふわになった心が、しわしわになった。顔までしわしわになっていないかしら。
「聖女フリーネ様のお名前が、また高まっているということですよ!」
私は微笑が引きつるのを感じた。
神殿2階にある執務机は、すでに書状で満杯だ。
「秘宝調査団には、他にも立派な聖女様はたくさんいらっしゃるはずよね」
「なにをおっしゃいます」
ラーニは腰に手を当てた。小さな体が書状の隙間から見え隠れする。
「フリーネ様は、わたしの村も救ってくださいましたし! 他にも助かった人、たくさんいるんですから! 自信持ってくださいまし」
微妙にピントのずれた回答。ただ書状はどれも私宛で、確かに一回は見ないといけないのだろう。
「むむ。せめて手伝ってよ」
「お任せです!」
よし、お手伝い確保。
まずは広げっぱなしだった一枚に、とりあえず署名する。
「追加分はその辺に……」
言いかけた時、手元が急に暗くなった。
狼の顔がこっちを見下ろしている。本物同然の、おっかない獣の顔だった。
「お前、また俺の尻尾を踏みやがったな!」
獣人ザルドの大声に私達は耳を塞いだ。
書状を持ってきたラーニに尻尾を踏まれたのは、やはりとても痛かったらしい。
巨体は黒々とした毛におおわれている。くわっと見開いた目がラーニを見下ろしていた。
「何度も何度も! お前、俺の尻尾を狙って踏んでねぇか?」
「ち、違いますっ」
「じゃあ聞くがよぉ」
私は咳払いした。威厳をかき集めて立ち上がる。
「喧嘩はやめて」
「へっ」
「……聖女として命じてるんですよ」
「即席じゃねぇかよ、お前」
狼顔を歪めて器用にせせら笑う。
『即席』という言葉にラーニが反応、手をまわして顔を赤くした。
「聖女様に失礼ですよ!」
「くはは、ゼンマイ巻かなきゃ力が出ねぇだろ」
ラーニはあっけなく巨体に羽交い締めにされる。
「もう……」
なんでこうなるのかな。
執務机の隣に、木の椅子が置いてある。魔法の力が込められた、特別なものだった。
――ヘーパイストスの椅子よ!
合言葉を念じて、起動。
瞬間、ザルドがびゅんと飛び上がって、小さな椅子に腰かけた。手はちょこんとお膝に乗っている。
よくできました。
「な、なんだこりゃ!?」
「人呼んで『よい子椅子』。一番暴れている人を強制的に着席させる秘宝です」
私は役得として、調査・収集した秘宝をいくつか使わせてもらっている。
脱出したラーニは早速舌を出してザルドをからかっていた。
「……はぁ」
ちょっと冷めてしまったお茶を飲み、息をついた。
私が『即席聖女』というのは、悪口でもなんでもない。
だって1年前まで、単なる時計屋の娘に過ぎなかったのだから。
「……おじいちゃんのせいだよ」
部屋の隅に置かれた柱時計が、応えるようにぼーん、ぼーん、と鳴っていた。
◆
私、フリーネ・リンスベルクは時計屋の娘である。
両親が早逝して時計屋のおじいちゃんに引き取られた。
この国はそれなりに道具が発展している。けれど、世界にはそんな『今の』道具とは比べ物にならないアイテムがあった。
それが秘宝だ。
時間を止める。水を永遠に生み出す。荒れ地を畑に変える。時に神話みたいな効果を持つのは、実際に神様が愛用したものだから。
だけど『秘宝』は道具に過ぎない。
実は、誰でも使うことができる。問題は――使う『手順』がわからないこと。
使えないならまだいい。場合によっては思わぬ時に動いて、何も知らない人を巻き込むことがある。
いっぱい修行した人が、道具に魔法を使ったり、神様にお祈りしたりして、少しずつ使い方を解き明かしていくんだ。そんな理由から、秘宝は聖女しか使えない、ということに表向きなっている。
手順さえわかれば誰でも使える――そんなことが公になれば、使い道を知ろうとする人も出てくるだろう。扱いを間違えれば危険。だからこそ、一般人には使えないということにして、自然に差し出してもらえるようにしている。
でも私は――もともと知っていた。
秘宝達の使い方を。
なぜなら遠い遠い子供時代、おじいちゃんが物語を話してくれたから。その中には、どうしてか、秘宝にまつわる神様の物語もたくさん含まれている。
私はとある事件で命が危うくなり、なぜかおじいちゃんの家にいくつもあった秘宝を、片っ端から使ってしまった。騎士や村の人の前で。
透明な防壁を張る水晶。
大火事を雨で消し止める古杖。
地中に逃げ道を作ってくれる錐。
どうして秘宝が家にあったのかは分からない。それでも私は、大勢の前で秘宝をいっぱい使った以上、『聖女』でなくてはならなくなったのだ。
秘宝が誰でも使えるという事実を隠すために。
即席聖女というのは、まさに即席で聖女にされた私をからかう言葉である。
◆
結局、私が秘宝を使った夜、おじいちゃんは姿を消した。
どうして秘宝が家にたくさんあったのか。なぜ秘宝を使うヒントになる物語を話してくれたのか。謎のままだった。
時計の針が、チクタクと動いていく。
「……まだそいつは終わんねぇのかい」
椅子に座ったままザルドは爪で頬をかいた。
ラーニと手分けして、私は書状を読んでいる。次に秘宝を探しに行く場所を決めるんだ。
「わざわざ探さなくても、秘宝のハナシをここで思い出せば済むんじゃねぇか?」
「そうなんだけど……なんか、実物を見ないと思い出せないのよねぇ」
それに秘宝の実物には、おじいちゃんを探すヒントが隠れているかもしれない。だからできるだけ、この目で見たいのだ。
「道具を前にすると、色々考えるの。どういう神様とか、どういう人が使ったのかなって。そういうのが、思い出すのに必要なのかもしれないね」
古い道具を手に取る瞬間が、私は好きだった。
遠い昔の物語と自分がつながったような気がする。そんな気持ちが、思い出を呼び起こす原因かもしれない。
……まぁ、6歳とか7歳の時に聞いた昔話を、今すぐに全て思い出せればいいのだけど。
「道具か」
ザルドが自分の顎をなでた。隅っこで働いているラーニも、背中をさする。
この人達も、秘宝に関わった。ザルドは獣人の姿となるマスク、ラーニは不思議なゼンマイの秘宝に、それぞれ巻き込まれてしまっている。
「ったく――手伝ってやるよ、貸せ」
「お、ありがとうね!」
私がザルドの戒め解いた時、入り口が開いた。杖をついた、ご年配の男性が入ってくる。
この人も秘宝調査団だ。
神経質そうに鼻を鳴らして、ザルドの尻尾を踏む。また狼の耳がピンとなった。
今度はわざとだ、多分。
「――っ、てめぇ!」
「フリーネよ、お客さんだぞい」
この組織、種族とか派閥とかがあって、ぎすぎすしてるのが気になるんだよなぁ――。仲良くして欲しいんだけど。
つられて入ってきたのは、品のよさそうな老婦人だ。
「聖女様にご相談があるのですが……奇妙な羅針盤の話です」
曰く、船に積むとすべての方位磁石を狂わせてしまう。危うく遭難しそうになって、引き返したこともあるらしい。
しょうがないので船は使わず、陸路ではるばる運んで、今は王都から少し離れた港に置いてあるようだ。
「羅針盤……」
何かが頭に引っ掛かる。
おじいちゃんの物語にあった――
「いじわるな羅針盤?」
物語は、いつもタイトルからを思い出す。
みんなと顔を見合わせた。
「近いですよ! 行きましょうっ」
ラーニが目を輝かせる。私達はどやどやと準備を始めた。