ホットミックスジュース
都内某所の森林にて遺体発見の通報を受けた。不自然なほど身なりを整えた彼女の傍らに一本のストローが残されていた。警部補の山中は捜査をする事になったが、検視の結果思いも寄らない真実を突きつけられる。そしてまた新たな犠牲者が……
最低で最高の不快感をあなたに。
※食前及び食事中に本文をご覧になる際はご注意ください。
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アタシの名前はホミィちゃん☆
キミは好きな食べ物ある?
アタシはミックスジュースが大好き!
だってイチゴやバナナやチョコレート……全部楽しみたい欲張りさんにピッタリじゃない?
でもね? アタシ、もっと美味しくする方法を見つけちゃったのだ!
え? 知りたいって? しょうがないなぁ……
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俺の膀胱は破裂寸前だった。殺人事件の可能性の通報を受けパトカーに乗り込む直前用を足したにも関わらずだ。ある程度名前の知れた国立大の法学部を卒業し、国家公務員試験をパスした後警視庁刑事部捜査一課に配属された。三十歳という節目に見合いにて二歳年下の嫁をもらい、二人の子宝にも恵まれた。この世に生を受けて四十五年、誰が見ても順風満帆と太鼓判を押されるような人生を送ってきた。しかしどれだけ家計に貢献しようとも綻びができてしまうようで……
「あなたとこれから一緒に生きていく自信がありません。ごめんなさい」
メモと呼んでも差し支えない手紙と共に結婚指輪と離婚届がテーブルに置かれていた。俺の名誉の為に言うが不貞行為は絶対していない。彼女の実家に赴き、理由を尋ねるとすれ違いばかりで疲れたからだそうだ。警察官という仕事柄家族の事を後回しにしてしまうかもしれないが構わないか? と耳にタコが出来るほど質問したじゃないか。見合いの時も交際の時も婚姻届にサインする時も……でもお前はいつも笑顔で何とかなるから心配するなと自身の胸を叩いてた。あの言葉と行動は嘘だったのか? 子供達も俺に全然懐いてくれなかったしどこで育て方を間違えてしまったのだろうか。四十歳を過ぎてから慢性的な腰痛と頻尿に悩む日々だ。他人の人生はもとより自分の健康でさえ思うようにいかないとは……
「山中さん、顔色悪いですけど大丈夫すか?」
パトカーが交差点の信号で停止し、運転席から助手席に座る俺に美津田が話しかけてきた。はち切れんばかりの尿意を我慢するうち現実逃避をしていたようだ。
「もしかしてまた小便すか? コンビニ行きます?」
「馬鹿野郎。現場が優先だ。お前に気ぃ遣われる程落ちぶれちゃいねーよ」
「はいはい。あ、俺メシ買いたいんで五分だけコンビニ寄りますね」
「……勝手にしろ」
ふん、配属されて五年のまだまだケツの青いガキが。警視の息子だかで親の七光りなのが余計気にいらねぇ。しかも上の連中はその尻拭いを俺に押し付けやがった。親子ほど年の離れた俺にも生意気な態度をとりやがる。こんなヤツが日本の治安を守っていくなんて世も末だな。
現場に近づく程関係車両や野次馬が増えていく。制服の巡査の指示に従いパトカーを停車させると、テレビドラマでお馴染みの黄色い立ち入り禁止のテープを潜り抜けた。通報によると若い女の遺体を通行人が発見したらしい。男女の諍いで自殺したんだとしたら担当を降りたいところだ。
五月らしい鬱蒼とした森の中をしばらく歩くとおよそ六畳程の拓けた場所にたどり着いた。樹木はおろか雑草すら生えていない。ブルーシートの目隠しを潜り抜けるとそこには……
俺はなんと通報を受けていた? この二つの目には着飾った女が昼寝しているだけにしか見えない。指を組み、まるで自然を丸ごと取り込んでいるようだ。化粧も施され、長年刑事を続けている俺にでさえそれが死人だとわからない程だ。
「見事なゴスロリすね」
「え?」
「ゴスロリすよ。さすがに知ってますよね」
「馬鹿にするな。これでも娘二人育てたんだぞ」
元嫁と娘達が引っ越す時に見かけた覚えがある。こんなヒラヒラな布ばかりの服なんて動きづらくないのか。私が好きなんだからあんたに関係ないでしょ。それもそうかもしれないが。
「山中警部補。遺体の近くにこんなものが」
鑑識課の生方に呼び止められ、ビニール袋に入ったそれを美津田と共に確認した。
「ストロー……?」
「ゴミじゃないのか?」
「こんな焼け野原みたいな現場でそんなものが落ちているなんてありえますかね」
「うるせぇ! わかってんだよ、そんな事くらい!」
一言多いんだよ。しかし美津田の言う通り現場にストローだけのゴミが落ちているなんておかしい。ここの周辺は週に一度地自体のボランティアがゴミ拾いをしていると後から聞いた。仮にポイ捨てしたとしてもプラスチックのコップや蓋がある方が自然だ。ストローだけ落とす理由なんて……俺は一つの仮説を立てると、周囲の野次馬を宥めている美津田を呼び止めた。
「おい、お前さっきコンビニで何買った?」
「サンドイッチと野菜ジュースすけど……なんすか、いきなり」
「今のうちに美味いメシ味わっとけよ」
「はぁ?」
こいつの間抜けヅラがどれだけ保つか見ものだな。
被害者の名前は白ノ雪姫乃。ふざけたような名前だが本名らしい。都内住みのフリーターで年は二十一歳。両親は健在だが彼女が高校を卒業すると同時に家を出て以来音信不通だったそうだ。
数日後、鑑識課から被害者の検死結果が知らされた。その書類に目を通した瞬間、俺の勘が正解した事に喜ぶと同時に恐怖に震えた。
「もう遺体の検死終わったんすよね? どうでした?」
昼休憩から戻った美津田の手にはその也にふさわしくないウサギ柄のランチボックスがあった。俺の視線に気づいたのかヤツは小馬鹿にしたような表情をした。
「また同期の女の子に貰いましてねー。今度デートする代わりに材料費いらないって言われちゃいまして」
「どうせお前の肩書き目当てだろうけどな」
「やめてくださいよ。ただのお遊びですって」
この尻軽男が。いつか女に刺されるんじゃねぇのか。ま、俺の場合は万に一つもなさそうだが。こんなショボくれたジジイに執着する物好きなんているわけがない。心中で悪態をつくと改めて検死結果を美津田に見せた。
「頸に二箇所やけどのような跡有り。つまりスタンガンで気絶させたんだろうな」
「ふむふむ」
「首には細い紐のようなもので締められた跡。直接の死因はこれだな。そして鳩尾部分に穴が開けられていた」
「胃の中身が空っぽだったんすよね?」
若造の予想外の反応に呆気にとられてしまった。しかも余裕しゃくしゃくと署内にある自販機で購入したであろうフルーツミックス牛乳をゴクゴク飲んでいる。
「え?」
「だって山中さんメシをしっかり味わえって言ってたじゃないすか。って事は気持ち悪くなるような事件って事すよね。いや、殺人事件に気持ち良いものなんてありませんけど」
「チッ。可愛げのねーヤツだな」
「それに不自然に現場からストローが見つかれば嫌でも勘ぐりますって。どうせそのストローから胃の内容物が見つかったんでしょう?」
その通りだ。俺から付け加える事がなくなってしまった。同じキャリア組でも身内に警察官がいるというだけでここまで違うのか。今でも検死結果を興味津々に横目で見ながら美味そうにフルーツミックス牛乳を味わっている。……きっとその様子が異様だったからで決して結果に驚いた訳ではない。急に吐き気がこみ上げてきた。
「あれ、山中さんまた顔色悪いすよ? 頻尿って大変すね」
「うるせぇ。お前だって俺くらいの年になれば悩む日が来るさ」
俺は一目散にトイレに駆け出した。捨て台詞のようになってしまったが言われっぱなしは性に合わない。男子便所唯一の洋式トイレに内容物を吐き出している間あいつより先に犯人を捕まえる闘志を奮い立たせた。
○
なーんだ。教えてあげようと思ったのにもうバレちゃったのかぁ。
甘い中に酸っぱい味が口の中に広がって最高なんだよね。
あの子の名前もおとぎ話みたいで可愛いでしょ?
次は……
キミにきーめた♡