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桜下の棺、新月の鬼

「桜並木の右三本目、その下に──が眠ってるんだって」


 代わり映えしない高校生活の、とある朝。

 すれ違い際に聞いてしまったこの噂話が灯也(とうや)の日常を非日常へと描き換えていく。

 その日現れた美しい転校生はこの学校で繰り返されているとある事件を灯也(とうや)に突きつける。


 美しく咲き乱れる桜並木は、一体何を見てきたのか。


 散り舞う桜を紅く染める事件の真相は、日常の中にひっそりと息づいていた。

 高校二年の始業式なんてものは、何があるわけでもないのに、どこかそわそわと浮かれた気分が漂うものだ。

 だが二週間もすぎれば、その無意味な浮かれ気分も過ぎ去って、ただの日常が戻ってくる。


 そんななんでもない平日の何でもない月曜日。

 朝の騒がしい廊下を抜けて、教室に向かう途中。


「桜並木の右三本目、その下に──が眠ってるんだって」


 ホームルームに間に合わせようと一段とばしに駆け上がる学校の階段の途中で、灯也(とうや)の耳にクスクス笑いとともにそんな言葉が飛び込んできた。

 多分、今行き違った女子の誰かだろう。


 すれ違いざまに聞こえてしまったが、すぐには内容が理解できず、やっと理解が追いついて灯也が振り返った時には、もうそこには誰もいない。


「え──?」


 だから灯也は、その時肝心な部分を聞きそびれてしまったのだった。



   ✿   ✿   ✿



 学年ごとのクラス替えがないこの学校では、せっかく二年に進級しても教室は代わり映えのしない面子ばかりだ。

 年中同じジャージばかり着てる担任の川辺も持ち上がりで、モジャモジャの髪をボリボリと掻きながら出席を取っている。

 それに答えてる連中も見慣れた顔ぶりばかりで、灯也同様どこか気だるげに別のことをやっていた。


「ふはーぁ」


 いつまでも続く出席を聞きながらあくびを噛み殺した灯也は、いい加減毎日のこの繰り返しに飽き始めていた。


「あー、中間前に一度進路調査やるからなー」

「「えええええ」」


 出席を取り終わり、誰も聞いてない説教の途中で川辺が突然ボソリとそういうのにクラス中からブーイングが上がった。

 進路の話など、灯也にもまだ他人事のような気しかしない。

 周りを見ても誰も焦った様子はないし、親もまだ何も言ってこない。


 正直まだ進学するのかも決めていないし、かといって特にこれがやりたいってことがはっきりあるわけでもない。

 今の灯也には、どう頑張っても明日の宿題より先のことは頭に上がってこない。

 だから川辺がダラダラと続けるどうでもいい説教から逃げるように、灯也は視線を窓の外に向けた。


 ここも郊外の学校の例にもれず、校庭が無意味にだだっ広い。その広い校庭を左右に割るように、一本の桜並木が続いている。


 何気なくそれを眺めていた灯也の視線がふと一箇所に引き寄せられた。

 満開の桜並木の下、風に舞う桜の花びらを纏うように、一人の黒髪の少女がひっそりと立っているのが見えたのだ。


 どう見ても、うちの生徒には見えない。

 灯也がそう思ったのは、彼女が見たこともない制服を着ているからだ。


 それはあまりにも美しく、灯也は思わず目を奪われた。


 いや、遠目だから顔は全く見えないのだから「彼女が」というのではない。

 眩しい春の日差しの下、そのピンと筋の通った立ち姿、腰まで届きそうな長いストレートの黒髪、紺の制服と、風に舞い散るピンクの桜の花びらのコントラストが、まるで一枚の蒔絵図のように儚げで。

 風に煽られた彼女の長い黒髪が、束になって紺のブレザーの上を滑るのが遠目にもよく見えた。


「──おい、岸田(きしだ)、聞いてるか?」


 と、突然担任に名前を呼ばれて灯也は飛び上がった。


「お前、もう二年になったんだから少しは落ち着け。授業じゃなくても失点つけるぞ」


 からかうようにそう言った川辺の言葉に、クラス全員がクスクスと笑いながらこちらを見る。

 悪友のマサがこちらを指差し、わざとらしくマヌケ顔をして灯也をからかってくるのが目の端に見えた。


 マサに小バカにされるようなヘマやるなんて。


 それが見えて思わず灯也は顔を赤くした。


 そこでコンコンと部屋の外から扉を叩く音が響く。

 それに「おっ、いいタイミングだ」と呟きながら川辺が教室の扉を開いた。


「まあ、春休みボケのお前だって、これを聞けば目も覚めるだろう。喜べ、転入生だ」


 一瞬、さっきの彼女が来るのかと灯也が期待したのは仕方ない。


 だが残念ながら、そこに立っていたのは結構な美人だが彼女ではなかった。


「失礼します」


 そう言って堂々と教室の前まで歩いてきたそいつは、女子ですらない。

 切れ長な目にすっと真っ直ぐに伸びる鼻筋、色素の薄い瞳は窓から射し込む陽光に輝いている。

 背の半ばまでありそうな長い黒髪はサラサラで、後ろで結われていなければ本当に先程桜の下に見えた少女と見間違えていたかもしれない。

 どこからどう見ても純和風のかなりな美人顔だが、その体格や喉仏が、残念ながらこれが間違いなく「彼女」ではないと強く主張する。

 教室の前にしっかと立つその美貌に目を奪われ見惚れていたのは、多分、灯也だけではなかった。


「自己紹介してくれ」


 担任がそう言って促すと、その彼が真っ直ぐ前を向いて綺麗なボーイズ・ソプラノで告げる。


「日比野弥生(やよい)です。高校は今日が初めて、元不登校生です」


 悪びれもせずにそう言って微笑んだ少年のその目が、なぜか真っ直ぐに灯也を見ていた。



「岸田、さっきよそ見してた罰に今日一日日比野を案内してやれ」


 ホームルームが終わると早々に担任の川辺がそう言って、全てを俺に丸投げして教室を出ていった。


「あー、えっと日比野……くんだっけ?」


 ホームルームが終わった途端、バラバラに教室を出ていく生徒を見送りながら川辺に捕まっていた灯也は、仕方なく自分の与えられた席に荷物を置いた美少年に尋ねてみる。


弥生(やよい)でいいよ。岸田くん」


 綺麗な笑顔を作ってそう答える弥生に一瞬たじろいだ。

 別に同じ男子高校生相手に緊張する必要などないはずなのに、これだけの美人顔だと変に気がソワソワして気まずい。


「んじゃ俺も。みんな灯也って呼んでる」

「トーヤだね。宜しく」


 ニッコリ笑いながら弥生が灯也に手を差し出してきた。


 なんの躊躇もなくそれを握り代えした灯也は、手が触れ合った途端、ドキリとして視線を逸らした。

 灯也の手を握った弥生の手はやけにひんやりと冷たく、野郎のソレとは思えないほど柔らかかったのだ。

 思わず振りはらうように手を離した灯也は、なぜか弥生の顔を見るのも恥ずかしくてそのまま背をむけ、次の教室へと足をむけた。

 弥生がついてきてるのを確認しつつ、次の教室前まで来てやっと気がつく。


「あ、悪い、お前専攻は理系でいいの?」


 灯也の問いかけに、弥生は自信なさそうに視線を迷わす。


「ああ、全部君と同じはずだよ」


 その答えが少しおかしい気がした灯也だが、続く言葉で理解した。


「職員室で専攻聞かれたけど別にどれでもいいって言ったから」


 ああ、そうか。

 そう言えばコイツさっき不登校だったって言ってたっけ。


「なら今日は俺と同じの出とけば。どうせ変更利くだろうし」


 どうやらコイツは俺以上に将来が決まっていないらしい。


 そう思った灯也は、少し親近感を持って弥生を連れて次の授業のある階段教室へと向かった。



「おう、灯也遅いぞ、一緒に迷ってたんかよ」


 昼休み、いつも灯也たちがたまり場にしている美術室に弥生を連れて行くと、先に来ていたマサが、昼の弁当を突つきながらこちらに声をかけてきた。


「いや、ここ来る途中で矢野ちゃんに捕まってたんだよ」

「あー、お前今週ノート未提出だったもんな」


 ほぼ同じ教科を選択してるマサが思い出したように言った。だが、遅れた理由はそれだけではなかった。

 弥生を見かけた美術部の三年生たちが灯也を捕まえて色々聞いてきたのだ。


 やはり弥生の見た目はかなり目立つ。

 校則違反間違いなしの背の真ん中あたりまで伸ばされた髪はサラサラで、ゴムで乱暴に結ってあるにも関わらずやけにカッコいい。

 同じ制服を着ているにも関わらず、その襟元の首の細さがやけに目立って艶めかしい。

 切れ長な眼差しは憂いを帯びて見えるし、薄い唇がやけに赤くて妖艶だ。


 これが女だったら俺だって惹かれていたんだろうな。


「それで灯也は?」

「あ?」


 そんなことを考えながら弥生を見ていたせいで、二人の会話を全く聞いていなかった灯也は、次の瞬間話を振られて焦って聞き返した。


「ごめん、聞いてなかった」

「だから、週末の肝試し。なんか今回はヤバイって噂になってるやつ」

「そうなのか?」

「お前まだ寝ぼけてるのか? 先週から町田が行方不明だろう」

「あ、ああ。それか」


 町田は先月から行方不明になっているクラスの女子だ。

 灯也はあまり接点がなかったが、どうやらマサはそれなりに付き合いがあったらしい。町田の両親から夜電話が来て行方を尋ねられたと言っていた。


「だからって、なんで肝試しがヤバイんだよ」

「出るかもしれないだろ、町田が」


 そう言ってマサが誰が見ているわけでもないのに周りをキョロキョロと見回した。


「だってあれ、町田が彼氏と一緒にいるのを見かけたやついなかったか?」 

「いや。去年もこれくらいの時期にもう一人いなくなってたらしいぞ。川辺が言ってた」


 川辺は悪い教師ではないが、なにせ脳筋で頭が軽いから口も軽い。

 灯也たちにのせられれば平気で教員情報を漏らしてくれた。


「もし本当に死んでいるのなら、どこに死体があるんでしょうね」


 と、突然弥生が静かな声で灯也たちの会話に口を挟んだ。

 驚いて振り返れば、弥生の半分笑ったような、煽るような、不思議な色を宿した目と視線がぶつかる。


「桜の木のしたかな」


 その瞳に見つめられた灯也は、無意識に窓の外の校庭を眺めてボソリと呟いた。

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[良い点] おおー、ちょっとドキッとする耽美なキャラですね。弥生さんといいたくなる弥生くんが登場してからぐぐっと引き込まれていきました。容姿もさることながら謎めいた言動に心が揺れますね。ひゃー! ドキ…
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