楽しいを知る
美味しくない毒芋の芽で僅かな飢えを満たした後、シオウは貧民区の住み家に戻っていった。
ただし住み家といっても城壁の崩れた小穴である。
その小穴の先にはシオウが手間をかけて掘った小さな空間が広がっており、大人一人入ることはできないが、8歳くらいの痩せ細った子供であれば十分丸くなって眠れる程度の空間はできあがっていた。
そして、そんな穴の入り口にはボロボロの板が扉代わりに立てかけられており、遠目からみればただ板が立てかけられているだけの様に見え、劣化などは見られない普通の城壁があるように見えた。
そんな小さく狭い穴が、シオウの住み家であった。
「ただ~ま」
小穴の中に潜ると、シオウは唯一の持ち物であるボロボロの布に抱き付く。
それ以外にこの穴の中に持ち物はなく、それ以外はここに何も持ってこないようにしている。
とても良い隠し場所だと思っていても、シオウの住み家はいつ崩れても可笑しくない劣化した壁の下。
地震でもおきれば崩れて生き埋めになってしまうだろう。
そんな危険な場所に大事な物を置いておいて、もしも自分が出かけている時に崩れて埋まってしまったらとても悲しいので持ってこないようにしているのだ。
勿論自分も生き埋めになり死んでしまう可能性も考えていない訳ではないが、そんな事でこの場所を離れる気など毛頭なかった。
シオウにとっては人目につく道端で眠るよりも、いつ崩れるかわからないこの場所の方が安全だと知っているからだ。
日が沈み真っ暗な夜の世界が訪れる時刻。
シオウにとってダンジョン内の魔物が活発になるよりも、己より身体が大きく、そして暴力的な同族の大人達が活発になる方が脅威だった。
無意味に暴力を振るう大人はどこにでもいる。
日頃の鬱憤を晴らしたいと抵抗できない弱者に手を出す者はどこにでもいる。
どこかに連れて行かれて帰ってこなかった子供が多くいることも知っている。
遠目で、見かけたことがある人が、次の日には冷たい死体となっているのも見たことがある。
故にシオウは、身を潜めることができるこの場所を好んだ。
死ぬにしても怖い人達の手で殺されたくない。
死ぬならまだ自殺紛いの方がいいと思っているからだ。
ただ、それでも死にたいわけではない為、いつも眠りにつくときは明日も朝日が見れますようにと願いながら瞳を閉じる。
それがシオウの日課であった。
『暇だな・・・クリッカーでもするか』
「・・・・・?」
無駄な体力を使う意味はなく、お腹が空いた苦痛から逃げるために眠ろう。
暗くて怖い夜から少しでも逃げるために眠ろうとしたのだが、不意に頭の中に声が響いた。
この声は脈絡もなく頭の中で独り言を呟く。
別にシオウの頭の中にもう一人の誰かが潜んでいるという二重人格者ではない。
ただ声が聞こえてくるだけだ。
初めは気味悪がったが、先程の毒芋の時のように、大抵シオウの助けになるときに声をかけてくる。
なので、今では便利で、寂しさを紛らわしてくれる変な声としかシオウは考えていなかった。
『やっとレベル100まで到達して、やっと一度目の転生か・・・はぁ~クソ指イテェ~。レベル50から精神的に持たなくなるな。自動化ねぇし、タップのレベルも上げられねぇのに、途中から一万タップしねぇとクリアできねぇとか、マジ鬼畜すぎるだろ・・・・・チュートリアルお疲れ様・・は? まだチュートリアルだったのか? このクリッカー、俺の精神をゴリゴリ削ってくるぞ』
「??・・・・・・くりっかー?・・ビクッ!?」
頭の中に響く言葉の中で、聞き覚えのある単語を聞き取ったシオウは、疑問符を浮かべながらクリッカーと言う言語を口にする。
すると、シオウの呼びかけに答えるように目の前に半透明の画面が浮かび上がった。
ステータス画面とは違い中央には小さな水色の最弱モンスターと認知されているスライムが一匹浮かんでいた。
行き成り目の前に現れたスライムにシオウは身体を強張らせていたが、スライムはプニプニと上下運動を繰り返しているだけでその場から動かない。
「・・・・・・・・・??」
ジッと見つめていても全く襲ってくる気配が無かったので、危険が無いと判断したシオウの身体は、徐々に強張りがとけていった。
(・・・・なんもしてこない)
スライムは最弱の魔物であるが、それでも魔物であれば有無を言わさず人に襲い掛かってくる。
なのに何もしてこないスライムに、疑問を覚えてシオウはスライムに手を伸ばした。
「・・・・つん・・ビクッ!?」
人差し指がスライムに触れる。
なんか思っていたスライムの感触とは違い、木の板を触れているような固い感じがしたが、スライムに触れた瞬間、スライムはなんだなんだ!? と驚いたように大きく身体を震わせるだけだった。
行き成りスライムが身体を大きく震わせたことで、シオウは驚き手を引っ込めつつくのをやめてしまうと、数秒後には驚いていたスライムは、なんだ気のせいか。びっくりしたな~もぉ~、と言わんばかりに、元の上下運動するスライムへと戻った。
「・・・・・・・」
シオウはしばらくスライムを眺める。
眺めて眺めて眺め続けて、本当に何もしてこないことがわかると、シオウはまた手を伸ばし、優しくスライムをつついた。
「・・・・えへ、かわいい」
つっついても何もしてこず、ただ驚き慌てるだけのスライム。
そんなスライムの動きが可愛く見えたシオウは、そのリアクションを見るためだけに何度も何度もつついていく。
孤児で更に貧民の子供がこの日初めて楽しいと言う事を学んだ日であった。
ただそれだけの事だったのだが、
『ステージクリア! ステージ2に上がります! くわえて貴方の全てが上昇します!』
「・・・ビクッ!?・・・・あっ、スライム増えた」
その楽しいがシオウの人生を変える一歩となることに、彼が気付くことはなかった。
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