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クリッカーの転職物語  作者: タヌキ汁
第一章 能力がその子を変えるまで
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思い知らされる現実


 仕事を終えたシオウは、そのままどこにもよらずに真っ直ぐ住み家へと帰った。

 できれば今日稼いだお金で食べ物を手に入れられれば良かったのだが、流石に陽が落ちる前に住み家に帰らないと危ないと思い、真っ直ぐ帰ってきたのだ。

 そして住み家に戻り、いつものように丸くなりながら息を潜めているのだが、どうにも落ち着かない。


 その理由はシオウの手の中にあるお金のせいだろう。

 たった52シルバー。

 安いパンが一つ買える程度のお金だが、シオウにとっては大金だ。

 お金があればパンが食べられる。

 それを今日知ってしまった故にこのお金と言うのを取られることに恐怖していた。


「・・・・・・・」


 誰にも取られないように握り締め、抱えるようにしながら目を瞑る。

 だがすぐに閉じられた目は開かれ、握っているお金を一目見ては、クリッカーでスライム達を呼び出し数分程つつくと、飽きたのかまた目を瞑り、そしてまた開き、また同じようにお金を見てはスライムをつつくと目を瞑る。

 そんなことを繰り返しシオウは眠れぬ夜を過ごした。


「・・・・・・・・・」


 これどうしようと思いながら、シオウは必死に頭を悩ませる。

 必死に働いて稼いだ大事なお金。

 お金はご飯と交換できる凄い物なのだが、どうにも落ち着かない。

 失くしてしまわないかと不安で仕方がない。

 いっそなくなってしまった方がいいのではないかと考えるほどだ。


(ご飯に変えてくればよかった)


 食べ物であればお金よりも不安はなかった。

 失くす前に、奪われる前に食べてしまえば良いだけなのだから。


 貯金などという考えはシオウにはなく、そもそも教えられていない。

 いや、貯金の大切さを教えられていたとしても、今の環境では貯金のしようがないので宵越しの銭を持たない方が利口であろう。


「・・・・・あっ・・そうだ」


 お金を持っていることにちょっと後悔しながら、たまにクリッカーで呼び出したスライムをつついて気晴らししていると、不意にある考えが浮かびあがる。

 それは至極簡単な結論ではあるが、自身以外の人を手放しで信用しなければならない案だった。

 下手すれば全て奪われるような考えであるのだが、シオウは己の考えが良い案であると思い、安心しきった感じでスライム達を消すと、目を閉じ今度こそ眠りについた。







 翌日、シオウは早朝から優しいミラ達がいる小料理屋へと足を運んだ。


「あら、シオウ君いらっしゃい」

「おはよぉ」


 扉を叩くとミラがいつものように優しく出迎えてくれた。

 そんなミラの優しさにシオウは小さく頭を下げながら朝の挨拶をする。


「昨日シオウ君がお仕事見つけたって聞いて気になっていたのよ。大丈夫。ヘンなお仕事じゃない?」

「文字を書くだけのお仕事だからヘンなお仕事じゃないよ」


 貧民区に住む子供というだけで騙されて、良くない仕事をやらされる子はいくらでもいる。

 下手すれば替えのきく肉壁とも、餌とも思われており、心無い探索者達の道具として扱われたりすることもある。

 ミラはそんな人達に絡まれていないか心配していたのだろう。


「そう、良かった。けど文字を書くお仕事か~。それってアウルーズ魔法書店のお仕事かしら?」

「うん、今日もそこでお仕事貰えるの」

「あら、それは凄いじゃない。あの書店でお仕事貰うのはとっても大変なのよ」

「そうなの?」


 大変というわりにはすんなり仕事を貰えていることにシオウはよくわからないと首を傾げた。


「そもそも、文字をかけても綺麗に書ける人は少ないからね。そう考えるとシオウ君の字は認められるほど綺麗だったということよ。凄いじゃない」

「えへへ、そうかな」

「そうよ。自信もっていいわよ」

「えへへへへへへ」


 褒められ慣れていないシオウは、緩まる頬を抑えることができず、だらしない笑みを浮かべる。


「それで今日もパンを買いに来てくれたのかしら?」

「あ、うん。それもあるけど・・・えっと、お願いしたいことがあって・・・これ預かって欲しいの」


 そういうと、シオウは大事に握り締めていたお金をミラへと渡した。


 一瞬なぜお金を渡されたのかわからなかったミラだが、すぐにシオウの現状を理解し、何が言いたいのか把握した。

 小銭とはいえ貧民区の子供がお金を持っているのはあまりに危険。

 ただ奪われるだけならまだしも、殺される危険性まである。


 その為、手元にお金を持っておきたくない、どこかに隠すか預けておきたいのだろう。

 どこかのギルドに登録していればギルドに預けられるのだが、登録するにもお金が必要だ。

 そして登録するには最低でも1万シルバー必要で貧民区の子供からしたらそんな大金持っている訳もない。

 なので、知り合いである大人にお金を預けに来たのだろう。


「・・・私でいいの?」


 契約書などはなく、ただの口約束。

 証拠も無ければ、貧民区の子供への信用は世間一般的に皆無である。

 渡されたお金を使ったとしても、知らぬ存ぜぬを通せば罪に問われることは無く、逆にシオウが詐欺で捕まることになる。

 泣き寝入りする可能性が極めて高い事をわかっていないとは思えないミラはシオウに尋ねるも、


「うん! ミラさんがいい! ミラさんが今まで会った中で一番優しい人だもん!」

「そう・・」


 優しい人であると言われることに嬉しさを覚えない訳でもないが、ミラからすれば私程度の人間をそこまで信用できる環境にいるシオウが心配になる。

 世の中には笑顔で人を騙し、優しい言葉で心を操る人などいくらでもいるのだから。


「・・わかったわ。なら私が責任をもって預かります。必要になったら言うのよ」

「うん! ありがとう!・・・えっとね。それでね。今日もお金貰ったら預けに来たいんだけど・・いい?」

「勿論いいわよ。けど表で渡されると色々と面倒ごとを呼びそうだし、これからは裏に回ってもらってもいい? 扉を叩いてくれればわかるから」

「うん! わかった!」


 扉を叩いたところで気が付くわけもないが、そこは今日から数日気にしておけば、おおよその時刻が予想できると思い、ミラは気にしない。

 まあ、恐らく今の話を娘のシェミに話せば自分達が気にしなくとも、ご主人様の帰りを待つ子犬のように入り口付近をうろうろしていそうだと考えている。


「あとね。ぼくね。今日の朝ご飯がほしいの。だからパンを一つください」

「えぇ、わかったわ。ちょっと待っててね」

「うん!」


 ニコニコと笑みを浮かべながら、聞き分けの良い子犬のように待つシオウ。

 ウチの娘とそう変わらず、なんとも可愛らしい子だと思いながら、ミラは店に戻り注文されたパンを袋に詰める。


「シオウが来たのか?」

「えぇ、昨日シェミが言った通りお仕事しているらしいわ。アウルーズ魔法書店で働き出したみたいだから、このまま頑張って欲しいところね」

「だな。頑張って貧民区から抜け出してほしいものだ・・・・・・パンだけじゃ病気になる。コイツも入れといてやれ」


 ユクランはそういうと朝の仕込みで作っていたスープを木筒に注ぎ、ミラに渡す。


「スープ代は貰ってないわよ?」


「少しばかり作り過ぎただけだ。いいから入れといてやれ」


 言わずとも照れ隠しなのを理解しているミラはクスクスと笑い、木筒を受け取ると、紙袋にしまった。

 そしてミラがシオウの元へと戻ろうとしたとき、イヤな声を耳にしたユクランは、シオウの元に向かうミラを引き止めた。


「どうかしたの?」

「・・・まだいくな」

「?? なにか入れ忘れたかしら?」

「いいから行くな」


 夫が何を言っているのかわからず、首を傾げるミラだが、不意に何かが家の壁に当たる音を耳にした。


「??・・・・はっ!」


 何故夫が自分を引き止めたのか予想が付いたミラは夫の手を振りほどき、店の外へと出た。

 そしてそこで目にしたのは店の壁に叩きつけられながら、何度も蹴られ続けるシオウの姿だった。


「何をしているの!」

「あぁ? あんだてめぇ! なんか文句でもあんのか!!」


 文句も何も、幼く力の無い子供を一方的にいたぶっている時点で、止めに入るのは普通のことであろう。

 だが、現状男のしている事を咎めることなどできなかった。


「・・・・・・・・」


 子供をいたぶる行為は非難されるが、貧民区の子供をいたぶる行為は咎められない。

 身分の無い者を守る法律が無いからだ。

 だから男は道端の石ころを蹴って遊んでいるだけ、ただそれだけの事だと判断される。


「なんか言ったらどうなんだ! クソアマ!」

「・・・・・・・」


 襲い掛かる暴力から少しでも逃れるように、丸くなるシオウの姿を見ることしかできない己に、ミラは悔しそうにしながらただ口を噤む。


「けっ、邪魔しやがって」


 地面に唾を吐きながら、何も言ってこないミラからシオウへと視線を向けた。

 そして日頃の鬱憤を晴らすためにまた蹴りだした。


「・・・・・・・・」


 それを止めることができず、ただミラは蹴られ続けるシオウを見続けていた。




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