チンピラに絡まれる話
「ふっふーん。いつの世も若き学生たちが思い悩む姿というのは非常に創作意欲を掻き立てられる……」
ぱたぱたと明らかに余っている袖を揺らしながら、中学生ほどに見える少女がぶつぶつと独りごちる。
「今の我輩は先生だからね〜。生徒たちの悩みは積極的に解決しなくてはならないのだよ。ふんふん」
ちん、と電子レンジのような音が鳴り少女の背後に設置してあるやはり電子レンジのような機器の扉がパッカーンと開く。
「できたあ!」
ととと、とレンジに駆け寄り中にあったフラスコをあちちと取り出した少女はにやりと底意地の悪そうなその外見に似つかわしくない表情を浮かべた。
「試作5号薬……次の被験体は誰にしようかにゃ〜?」
***
この世の春。
先月より俺は彼女持ちだ。
だからこそうざったい登校中のカップルも暖かい目で見ることができる。
なんなら参考にしようとまで考えている。
二人乗りって……青春っぽいよな。いいな。うん。
腕を組んでふむふむと頷いていると背中をバンと叩かれる。
「おはよ! ユウ!」
「ああ、おはよう士郎! 今日も爽やかな朝だな!」
「上機嫌だね? いっつも朝はこの世の全てを憎んでるみたいな顔してたのに」
「前に言ったろ? 俺もリア充の仲間入りしたってことよ! 今日も放課後デートの約束してんだって。そりゃあ朝から楽しみで元気にもなるわ!」
「……ふぅ〜ん? ゾッコンだねユウ?」
にやにやとこちらをからかうような視線を向けてくる士郎。
いつもはここで悪態をついて返す俺だが、今の俺には余裕がある。
「ああ、ゾッコンさ! 俺は姫ちゃんの為なら命かけられるね! ……ん、これかっこいいかもしれないな。今度言ってみよう……」
「へえ、そんなに愛しちゃってるんだあ」
手元を口に当ててくすくすと笑う士郎。
どことなく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「そんなに好きなら絶対手放しちゃいけないよ?」
「ばーか、こっちが愛想尽かされないように必死だっての」
「大丈夫だよ。ユウはかっこいいんだから」
「またそれかい。まあ、今の俺は懐深く受け入れるがなあ! ふはははは!」
上機嫌な俺を見て士郎も笑う。
祝福してくれる友というのはありがたいものだ。
主観客観ともに幸福であると自覚させてくれる。
そういやあ……今日はあれ来ねえな。
いつもの士郎への告白アタック。
そう思って歩いていると俺たちの前に影が飛び出してきた。
ただしいつもと様子が違う。
飛び出してきたのは、男だった。
もう気温も高くなってきたというのに黒の革ジャンに革パンツ姿の長身痩躯の男だ。どこか攻撃的なその雰囲気は体型も相まってカマキリのようなイメージを感じさせる。
そんな謎の男は鋭利なサングラスの下からギラリと三白眼を覗かせ、俺を睨みビシリと指を指してきた。
「よう、テメエ。灰崎佑哉だな」
「そっ、そうですけど……?」
そう答えるや否や男はずんずんと俺に近づき腰を曲げて俺の顔を真っ正面から睨め付ける。
「あの女から手を引け」
「えっ」
「テメエには相応しくねえ相手だ。別の相手を見つけるんだな」
「な、なんでそんなことっ」
「あぁん?」
言い返そうとするが眼光一閃で黙らせられる。
……仕方ないだろぉ。俺は女の子耐性も無ければチンピラ耐性だって無いんだって。
てか、なになになに。
姫ちゃんの関係者ってこと?
確かに姫ちゃん自分の素性あんま話してくれないけどさあ、俺やばいことに首突っ込んでる?
こんな形で俺は彼女を失うのか?
えーっ、そんなバカなことあるか!?
よくよく考えたら怒りが湧いてきた。
なにが悲しくてこんなチンピラの言うこと聞かにゃならんのだあ!
「おいコラァ! なんでそんなこと言われにゃあかんのだあ!」
「あ“ぁ”ん“!?」
「なんでもないです」
こえー。無理だよー。
人殺しの目だよあれ。
完全にいっちゃってるもん。
もう逃げるか。
逃げちゃうか。
あーでも待ち伏せされてたってことは通学ルート把握されてんじゃん!
これ詰み? 詰みじゃね?
「ユウ。こんな訳分かんないヤツの言うこと聞かなくていいよ」
ここで救いの完璧超人降臨である。
チンピラ相手にもビビらず俺との間に割って入って真正面からメンチを切り返している。
それにしても士郎結構怒ってんじゃん。
優しい奴ほど怒ったら怖いってのはまさに士郎のためにある言葉だぜ。
「はぁ〜士郎きゅ(小声)。……いやテメエはいいのか。裏切られたのによォ」
「裏切られた? 僕が誰に?」
「灰崎佑哉にだよ」
「んん!?」
俺が裏切ったって士郎を?
え、なにしたの俺。
もしかして、俺が彼女を作ったから?
いや、彼女を作らないのは士郎の勝手じゃん!
無限のチャンスとたった一つのチャンスじゃ巡り合う確率がダンチなんだぞ!
俺はそのたった一つのチャンスを掴み取ったというのになぁぜ裏切りなのだ。
「僕は裏切られたなんて感じていないし、それを見ず知らずの君に言われる筋合いはないかな」
「へっ、直に分かるさ。おい、灰崎佑哉! テメエは今のままの生活を享受してればいいんだ。高望みすんじゃねえぞ、分かったな! じゃあな!」
チンピラはそう吐き捨てると革ジャンを脱いで肩にかけながら去っていった。
やっぱり暑かったんじゃねえか……。何の見栄だよ……。
「ふぅ。変な奴だったねユウ。大丈夫?」
「んあー、こわかった……サンキュー士郎まじで助かったぜ」
「いいよ。親友でしょ? ……裏切ったなんて思ってないからね?」
「その点は心配してねーよ。何年付き合ってると思ってんだ」
「ふふ、そうだよね。安心した」
ああ、もう。
朝から嫌な体験しちまった……。
とにかく、あんなチンピラの言うことは聞かねえぞ。
折角手に入れた念願の彼女を失ってたまるものか。
でもこれからはあのチンピラとエンカウントする可能性あんのか〜。
ん、待てよ。姫ちゃんの前であいつに立ち向かえば逆にかっこいいのでは?
畜生、来るならきてみろチンピラめ。
お前をいちゃつくための踏み台にしてやるからな‼︎
***
一方そのころ暗い路地裏。
「ハァ〜……尊、尊、尊。てぇてぇなあ。やっぱ士郎×佑哉しか勝たんのよ……それなのにぃ彼女なんて不純物はぁよろしくないでしょうよぉ〜……。修正しなきゃ……私がふたりを正しい関係に戻さなければ……!」
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引き続きがんばります。