6話 ダンジョンに潜む影
俺とメノアはダンジョンへ遠征する為の準備として薬草を使ってのポーション作りや3日家を空けるということで畑の雑草処理まで念入りに行った。また、武器が1つだと心許ないと思った俺は、再びカマナンへ行ってメノアの分も含めて短剣を2本買い、今帰って来たところだ。
今回は誰とも会わなかった。
俺も警戒して前よりも隠密行動というのを遵守した。まだポロがいる可能性がゼロではなかったからだ。ポロなら俺が近くにいればすぐに分かるだろうから、おそらくもうカマナンにはいなかったんだろう。
これでもう準備に必要な物は揃い、明日の遠征を待つだけだなと家に帰ったが、メノアの姿は無かった。
また子供達と遊んでんのか? あいつのことだ、準備も終わっているだろうし心配するだけ無駄だな。
俺は一人納得し、リビングの椅子に腰かけて買って来た鉄の短剣を取り出す。
「もう少し何本か買ってくればよかったか?
つっても、ダンジョンの中入るのも久しぶりでどんなだったか覚えてないしな……」
買い物はあまり慣れていないから、どれくらい耐久性があるか分からないで買ってしまった。すぐに折れてしまわないか不安だ……。まあ、ダンジョン行くだけだし、とりあえずは大丈夫だろう。
そんなことを考えている時に家の扉が豪快に開かれた。
「誰だっ!」
俺は咄嗟に警戒し持っていた短剣を構えたが、入ってきたのはマトラとマスだった。メノアなら一度は扉をノックするはずだから、何者かと警戒してしまった。
俺は安心して「はぁ……」と一息付き、二人に注意を促す。
「……お前ら、そんな入り方するのやめろ。驚いただろうが」
俺が驚いて殺気を駄々漏らしにしていたから二人共怖がっていたが、走ってきたのか汗で髪まで濡らし、急を要する用事だったようですぐにマトラが話を切り出す。
「おにぃちゃん、早く来て! シロを追ってタティエラが森の中に入っちゃったの!」
「ん!」
マトラの話を強調するようにマスは一言、一文字で付け加える。
シロは、あのホワイトウルフに子供達が付けた名前だ。多分白いからシロとかそんな感じだろう。
またタティエラか……。あいつも懲りねーな。
「メノアはどうした?」
「タティエラを追って森に入っていちゃった……。あたしたちは、おにぃちゃんを呼んできてって言われて……」
マトラは心配しているようで今にも泣きそうだった。
そのマトラを心配するように視線を送るマス。
「――そうか、ありがとな。
俺も行って来るからお前らは家に帰ってろ、タティエラの親には少し遅くなるとでも伝えとけ」
俺は優しくそう言って、いつも持つ鉄の剣を腰に刺し、家を出て森へ向かって駆けた。
あいつ、武器持って家出てんだろうな? 無理してないといいんだが……タティエラの奴もなんで一人で無理するんだよ……。
シロも魔物だろ? 森の中入るのなんて普通なのに。
ギルドに申請を出さずに森へ入るのは、冒険者であればダメではないが、自殺行為に等しい。特にこれからの時間はどんどん暗くなっていくし、森は入る者の方向感覚を狂わせる。迷ったり、瀕死の状態になってしまったら誰にも探されずに野垂れ死ぬか、魔物に食い殺されるかされてしまうだろう。
しかし、そんなことは俺には関係ない。妹を助けに行くのにダラダラなんてしていられないのだ。いつも自分たちで何とかしてきた、今回も同じことだ。
俺は何の躊躇いも無く、一人で森へと入っていく。
◇
◇
◇
クソッ……。場所が分かんないから森へ来ても意味がなかった。
あいつらの誰かの気配が感じ取れればいいんだが…………紋章を持ってた時はこんなことなかったのに!
紋章は気配感知にも敏感で、結構遠くにいても人がいる事が分かった。しかし今回はそんなものはない。地道に探していくしかないのだ。
俺は周囲に誰かが通った痕跡がないか確認しながら森を進んでいく。
森の中は方向感覚が鈍る。俺は慣れているから他の奴ほど迷わないが、限度というのは弁えてきた。これからは日が傾いて徐々に暗くなっていく。早々に探し出さないと、身動きが取れなくなってしまう。
「あった!」
ある程度進むとメノアのハンカチの一部が捨ててあった。
俺に見つけてもらう為の物だろう。
それにしても、あいつやっぱ武器なしで来てたのか……。すぐに見つけて引き返せるとでも思ってたのか?
武器を持っていれば、木に傷を付けて知らせたはずだからこういう想定ができた。武器を持っていないとなると、魔物が出た場合に対処するのに選択肢が限られてくる。傷を負って動けなくなっているかもしれない……。
更に進むと、一定の間隔でハンカチを千切った物が捨ててあり、ある程度の方向が掴めた。
これ以上は俺とメノアも来たことがないはずだ。でも、だいたい道も一直線だったし大丈夫だろ。
森の中を突き進むに連れてあたりが暗くなっていく。俺はそれにつれて初級魔法の『ライト』を使った。
生活魔法の光属性魔法で、小さな明るいの玉を出現させる。その明かりを頼りにメノアのハンカチを探していった。
もうどれだけ走ったんだ……? まだ見つからないとなると、今日中に帰るのは厳しいかもしれない。明日の荷物も持ってくりゃあよかったか?
◇
◇
◇
探し回って辿り着いたのは漆黒に包まれた深い森の中で異様な空気を吐き出しているダンジョンらしき洞窟だった。
「ははは……まさかな。この中とか言わねーよな?」
洞窟に近づくと、入り口がダンジョン特有の靄があるのが分かった。どうやら本当にダンジョンのようだ。
嫌な予感が当たった時の不快感を感じずにはいられなくなる。
「……多分ここ……明日から遠征するつもりだったダンジョン、だよな?
確か、神隠し的なことが起こるっていう……」
バートンに聞いた通りだとダンジョンは洞穴型だったはずだ。つまり、ここが目的のダンジョン。というか、ダンジョンが近くにいくつもある事の方が珍しいから十中八九ここしかない。
つまるところ、この中には溢れるくらいの魔物が発生しているということになる。
そんな事を考えていると、洞穴の前に少し土をつけた最後のハンカチの角の一部が置いてあったのに気が付いた。
やっぱりか……行くしかない! 待ってろ、メノア!!
中にメノアがいると確信した俺は、洞穴の中へと息を呑んで入っていく。中はジメジメしていて暗く、一定の間隔で人工物の明かりが続いている。
おそらく前に遠征した時に街の住人が作っておいたものだろう。俺はそれを頼りに足を進めていく。
同じ風景が続いていたが、ダンジョンの割には全然魔物が出てこなかった。
結構来たはずだけど、全然魔物が出てこない……メノアがやったのか?
メノアは武器を所持していないはず……。ということは、魔法を使って進んだはずだ。魔力切れになっていないか心配だな。
極端に魔力を減らすと、魔力切れという状態になって暫く動けなくなってしまう。もし、そんな状態になってしまったら魔物に襲われて死だ。早く見つけないと手遅れになってしまうかもしれない。
「タティ!」
走ってダンジョン内を探索していると、奥の方からメノアの声が反響して聞こえてきた。切迫しているのではと思考を巡らせ、急ごうとするも道が三つに分かれており、どっちに行けばいいか分からない。
メノアの声だ! そんなに遠くない……のに…………くそっ! 道が分かれてる!!
「どっちだ、どっちに…………落ち着け、俺がこんなことで気を散らすな!
俺はメノアの兄貴なんだから。俺がメノアを守るって誓っただろ!
父さんと母さんに……心配させないように俺がしっかりしないといけないんだ!!」
俺は壁に手を付き、目を閉ざして集中する。
ダンジョン内でも洞窟だから音が反響する。視覚にとらわれずに聴覚に集中することで、どっちにいるか探ろうと考えた。
◇◇◇
一時間前――。
メノアはシロを追うタティエラを追い、不気味な森の中を走っていた。
「タティー! タティエラ! もう……どこいったの!?」
さっき見た時はこっちの方向に走っていった気がしたんだけど、わたしが追い付けないなんて……。
「あ……ここ、もしかしてバートンさんが言っていたダンジョン?」
行きついた先にはダンジョンの洞窟があった。
メノアは中の様子を見てみると、薄暗くて息を呑む。
ゴクリッ。
こっちの方向にはここしかなかった。多分この中に……いるはず…………。
……お兄ちゃん早く来てね、わたし何も装備していないから。
メノアは、防具さえ身に着けていなく、革の衣服だけだった。
ポケットからハンカチの一部を取り出して捨て、中へと足を進めていく。
中には魔物が湧いていて戦うほかなかった。
ほとんどがコボルトという低級の魔物ばかりで助かったが、それでも襲ってくる以上は反撃しなくてはいけないわけで――
「シャイニング・スピア! シャイニング・スピア! シャイニング・スピア!」
光る小さな槍を出現させると、現れる魔物へと放ち瞬殺していく。
中は狭く、奥が続いていて先が見えない。いるかもわからないタティエラ探しに準備せずにダンジョン探索へ来ていて、メノアは嫌になっていた。
魔法を使うしかなかったけど、これだけ乱発してたらいずれ魔力切れになっちゃう……。なんでダンジョンの中になんて来るの? 狭いから逃げずに進むことができないじゃん!
お兄ちゃん、ちゃんとわたしの事見つけてくれるよね? ちょっとここはわたし一人じゃ厳しいかも。
暫く進むと、道が三つに分かれていた。
どうしよう……。あまり時間はないはずだし、道を間違えるわけにはいかない。
ここのダンジョン、空気はジメジメしているのに地面がぬかるんでいるわけじゃないから足跡もない。となると、勘だより…………よし、こっち!
メノアは自分で決めた左の方向へと走って進んでいく。
こっちかどうか判らないから急がないと!
普通、ダンジョン内で走るのは急を要さない限りあまり行わない行為。罠やどこから魔物が飛び出してくるかわからないからだ。
いつもはお兄ちゃんがいて、わたしはこういうのはあまりしてこなかった。どちらかと言えば探して来てもらう方で泣きながらお兄ちゃんを待った経験が何度かある。
今度はわたしが助けにいかないといけないんだ。
進んでいくとメノアは広い場所へと出た。
分かれ道より前に人工物の明かりがあったが、この空洞の中にある明かりはまた別物のように思えた。明かりの強度がこちらの方が強かったのだ。それがこの空間を囲むように何個もずらずらと壁に付けられている。
このフロアの中央では倒れているタティエラと威嚇するシロがおり、奥には魔物であるミノタウロスが戦闘態勢に入っていた。
フロアがかなり広く、タティエラがどんな状態かメノアには直ぐに判断がつかなかった。
しかし、それよりもメノアには気掛かりな事があった。
「グルルルルルル……」
理性を失った野獣の目付き、飢えているのか口の横からは涎が垂れている。茶色い毛皮に覆われた二メートルを優に超す強靭な肉体表れる大きい体。牛のような硬そうな角を持ち、木を切って作ったような先端が太い棍棒を持ったそれは、まさしく旧最前線で目撃していたミノタウロスそのものであった。
嘘……こんな場所にミノタウロスなんて、Bクラスの魔物がなんでこんなところッ!?
ここはダンジョンではあるが、あまり有名ではないダンジョン。有名ではないということは、それだけ強い魔物が出ない傾向がある。
Bクラスといえば、魔王軍と戦う最前線でようやくよく見るくらいになる魔物だった。
でも、そんなことよりもタティ君をなんとか逃がさないと……そっと近づいて――。
メノアは足音を立てないように静かに、けれど素早く近づいていくが、メノアの気を知らずにシロはミノタウロスへ向かって行く。
「ガルッ!」
バカ! あなたがそんなのに勝てるわけないでしょ!!
ミノタウロスは手に持った棍棒でシロに反撃する。
「キャン!」
シロは腹を叩かれ、逆に吹き飛ばされてしまった。
地面を滑り、呼吸が荒くなっている。それを見たメノアはシロが生きていると分かったが、同時に状況が悪化する方向へ進んでいることを悟る。
「……タティ君、大丈夫?」
そのうちにメノアはタティエラの下へ来ると抱き上げ、呼びかける。
「う、うーん……」
返事はあるけど起きない。意識を失っているんだ。
シロとタティ君の両方を逃がすには、シロが協力してくれないと難しいけど……。とりあえずタティ君にはこのまま意識は戻さないでおこう。怯えて立ち上がれないのが予想できるから。
メノアは静かにミノタウロスに気付かれないようタティエラを地面に下ろしていくのだった。