5話 ギルドマスターからの依頼
ミシネリアへ戻り、数日が過ぎた。
ホワイトウルフの子供は、マトラ達と草原で走り回るにまで回復していた。すっかり心を開いて仲良くやっているようだ。
メノアも万が一を思ってだろうが、子供達とホワイトウルフが遊んでいる時に見に行っているらしい。俺からすればもう大丈夫だと思うが、メノアは面倒見が良くてかまってちゃんでもある。子供達とも仲がいいから自分も混ぜて欲しいんじゃないだろうか。
メノアには、カマナンでポロと会ったことは秘密にしている。
あの後、ポロがどうしたのかは俺にも分からない。だが、きっと俺のことをパーティに戻って報告しに戻っているはずだ。その方が俺もありがたい。
ポロと会ったこともあって、ここ何日かは昔のことがより身近に感じる気がする。
俺としては、ポロに会ってしまったことはカマナンへ行った時にやってはいけないことに入ることだったのだろう。後になって胸がドキドキしてしまった。もしあれがアミスやシンセリードだったらと思うと…………考えたくもない。
そんなことがあって今はあまり何をするにもやる気が出ない。
今もこうやって家の寝台に横になりながらメノアが読んでいた薬草の種類の本を読んでいるのかいないのかの瀬戸際でだらだらとしている始末だ。
家の玄関扉の叩く音が聞こえて現実に引き戻された。気が付くと昼が過ぎていたようで窓から刺す日の光が傾いている。
寝てしまったようだな……目がしぱしぱする。
「ふぁ、ふぁーぁい……」
俺は扉を叩く者に返事をしようと声を上げる。
誰だ? またタティエラがなんかして俺を呼びに来たのか?
つい二日前も、タティエラがマトラと喧嘩してマスが俺を呼びに来ていた。だからまたタティエラが何かしたと思ったのだ。
俺は結局あまり読まなかった本を寝台に置くと、寝起きのおぼつかない足取りで玄関へ向かう。
そういえば、昔は盗賊に襲われるかもしれないと思って武器を持って扉を開いてたっけ……。いつからか紋章を持つようになってからはこうやって何も持たずに扉を開けるようになった。全てが素手で済んでしまうから。
もう紋章はないんだから、次からは初心に戻って何かしら武器になるものを持つようにした方がいいか……。
「誰……?」
俺が扉を開けると、そこにはここミシネリアの冒険者ギルドのギルドマスター、通称ギルマスである髭じじ……ではなく、バートン・コロナドがいた。
後ろで結った白髪に白く長い髭。濃い皴は年配者の圧を感じる。
「誰ではないわい!」
バートンは俺の家へ入るなり、全盛期は半径5メートルはある大木を粉砕したという硬い拳で俺の頭を殴る。
「ゴンッ」と鈍い音が自分の頭から聞こえた。
「いって――――――――っ!!! なにすんだ、髭じじ! ……じゃなくてギルマス……」
俺はギルマスのいないところではその髭のもじゃもじゃ感からギルマスのことを髭じじと呼んでいて、それがつい癖で出てしまった。
「髭じじだとぉ〰〰〰〰〰?」
髭じじの形相が変わっていくのを前にした俺は、ただ言い訳するしかなかった。
「今の違う、幻聴! 幻聴だよ!! もう一回は無し、もう一回は無しっ!!」
再び「ゴンッ」という音が自分の頭から聞こえて痛い思いをした。たんこぶが二重にできた感じだった。
俺は涙目になりながらも、とりあえず髭じじをリビングの椅子に座らせて話を聞くことになった。
「貴様、ここ数日は家の外に出ていないようだな?」
「……メノアに言われたのか?」
メノアもここ数日の俺を心配していた。メノアに言われたから来たんじゃないのかと思案を巡らせる。
「…………」
……まぁこんな情報、身内の話でも髭じじなら話さないだろうな。
髭じじは黙り込み、無言の肯定をしてきた。
冒険者にとっては無言は肯定と同義だ。しかし、肯定はしていないと言い張る事もできる。
俺は今の自分の質問は無かったことにし、さっきの髭じじの質問に別の形で答えることにした。
「そんなことないだろ? 一昨日あたりに外に駆り出されたし」
「……それだけだろ?」
「……まぁ……」
髭じじの言葉に対する言い訳が出てこなくおずおずと図星をくらったような様子を見せてしまった。おかげで髭じじは呆れた様子でため息をつく。
今思えば確かにやる気が出なくて、ここ一週間は今日の今までと同じような生活になってたかもしれない。
「はぁ……貴様はそれでも元勇者なのだろう? ……なにかあったのか?」
俺が元勇者だということは髭じじにはバレている。髭じじはこの街で数少ない別の街まで行ける元高ランク冒険者だし、俺の顔を知っていても仕方なかった。
ここまで逃げてくるまでにそれぞれの街でギルドに顔を出すことがあり、偽造した冒険者カードでどうとでも俺のことはうやむやにできたんだが、ここに来る前に失くしてしまった。
ギルマスみたいな冒険者の目利きができるくらいの者とは鉢合わせしてこなかったのでバレなかったが、この街には住むことになったからそりゃあギルマスの目から逃げ遂せることはできなかったのだ。この街ではメノア以外が俺のことを知っている唯一の人物だ。
「メノアには言っていないけど……この前カマナンへ行った時に昔のパーティの仲間が俺のことを探しに来ていて、ばったり会ってしまったんだ。それで昔を思い出したっていうか……」
「……そんなことか、心配して損したわい!」
気持ちが沈む俺を他所に髭じじは逆に元気に戯言を言うので次第に憂鬱になる。
「なっ……!」
真剣に悩んでんのに!
「そんなもの、貴様の気持ち次第ではないか! わしにできそうなことはなさそうだ」
そんなことは分かってっけど…………なんかムカつくな。
「貴様は今、この街でも指折りの冒険者の一人。いつまでもそんな顔をされてはギルドマスターとしての沽券に関わるのだ」
「……そうかよ」
結局自分のことじゃんかよ。そりゃあ俺くらいの冒険者がいるような街じゃないのも分かってるし、髭じじには関係ないけど、悩んでる奴に言う言葉かね。
「それで、これからが本題なのだが」
「この髭じじ、まだ何かあんのか!?」
「なんだと?」
げっ……。
俺はまた殴られる。でもあれだけの言いようをされれば、これくらい許して欲しいものだと思っても仕方がないと思う。
「それで本題なのだが」
「いつつ……」
「大丈夫か? 誰かに殴られでもしたのか?」
楽しそうに含み笑いしながら冗談まじりにそんなことを口にされたが、俺には冗談に聞こえない。
誰がやったと思ってんだ!
「毎年行っておるのだが、この街の冒険者達で森のダンジョンの魔物討伐をする遠征を今年もすることになった。貴様もそれに参加しろ、メノアちゃんには既に了解を得ている。この街で最も成果をあげている貴様らが参加するとなれば全体の士気も上がるだろう」
「へー」
やっぱり森の中にダンジョンがあったか。場所が特定できなかったし、何日も森の中を彷徨うのは得策じゃないから後回しにしていた。ダンジョンの攻略ができれば、森の中での魔物討伐が楽になる。行かない理由が無いな。
俺の生返事にイラついたのか髭じじは、俺を脅かすような話を不気味顔でしてきた。
「昔からあのダンジョンはな、人が消えるダンジョンとして有名なのだ。
この毎年催されている遠征でも、数年前に奥に進み過ぎた者達が帰らなくなったのだ。神隠しというやつだな。
その点、貴様ならば問題なかろう?」
ふ~ん……それが事実かどうかはまぁ判らんけど、ほどほどに面白そうだな。
「いいよ、行ってやるよ」
「フン、恩がある儂の頼みを断る事ができないことは知っていたがな。貴様の性根が腐ってはいなかった事を証明することができたな」
……試してたってのか? 相変わらず食えねー髭じじだこと。ギルマスじゃなかったら一発お返しするところだ。
「出発は一週間後、三日間に渡り執り行う。目的はダンジョン踏破ではなく、あくまで溢れ出してくる魔物の量を減らすための遠征だ。実力があることは知っているが、あまり先に進み過ぎずに遠征リーダーに従うようにしてくれ」
「分かってるさ、メノアも行くんだろ? 俺が無理するようなことにはならねーよ」
「うむ、バロウもこの街の住人として板についてきたように見える。この街のモットーは助け合いだ。それを忘れるでないぞ?」
「それも分かってけど……そろそろ殴るのはやめて欲しいね」
「ハッ、それも貴様次第だろう」
くそ……なんかいいように使われている気がして納得がいかない……。
本当にそれが本題だったらしく、髭じじは直ぐに笑って俺たちの家から出ていった。
あの髭じじもあんなことを言いながら俺のことが心配だったのかもしれない、と思ってもないことを考えてしまった。今こうやって次にやることを見出してもらったおかげで気持ちをシフトすることができたせいでもある。だが、あのゲンコツだけは心からやめてほしいと思う。
身長縮んでないだろうな……?