4話 人造人間は未だに従順
次の日の昼――俺は一人でミシネリアから近くの街のカマナンへ来ていた。
カマナンは、俺とメノアがミシネリアへ行くときに紹介してもらった場所でもある。
あまり長居した場所でもないからどこに何があるかとかが分からない。案の定大通りを探してみても、お目当ての店は見つからなかった。
今日は、俺たちが助けたホワイトウルフに与える栄養剤――いわゆる使い魔用ポーションを買いに来た。
ここら辺では俺のことを知る者がいるかもしれない為、布切れ程度のローブに付いているフードを被り顔を隠しており、外に出てきているので、しっかり剣は腰に刺している。
ミシネリアでは使い魔など、まず飼っている者はいない。それどころか冒険者でも常時在住の者達ばかりなので高価なポーションを持っている者さえ珍しい。商品の流通もできないような土地だからこういうのを買ってくるのも長い道のりを歩かなくてはいけないし、魔物の巣窟を通らなくてはいけないしで面倒ではある。
しかし、俺も紋章の無い生活に慣れたものだ……。
最初は歩くのでさえ違和感があったのに今では走ればそこそこ速いと感じられる。といっても、並みの冒険者より速いくらいだけれど。
ここまで来るのに4時間ほど掛ったが、それでも速い方だろう。
カマナンへ来るのも結構久しぶりだな……。あの頃にはメノアの献身な介抱もあって少しは気が楽になっていたが、それも相まってあまりこの場所については覚えていない。というか、最前線からどうやって逃げたかも記憶は曖昧だ。
さて、俺はあまり買い物ってやつが得意ではないのだが……とりあえず金には困っていないわけだから、久しぶりなのもあるし、値切るのは無しにしよう。初心者では、それをやって火傷をする危険もあるからな。
そんなことを考えていながら歩いていると、住宅街の裏手にお目当ての薬屋の看板が見えた。
大通りに無いと思ったら、こんな住宅地近くにあるとは……。もしかしたら冒険者向けの場所ではないのかもしれない。
店に入り、多くの棚に様々な薬品が並べられていたのを見る。
ここの店の店員は一人しか表に出ていないようだった。用心に欠けているように思えるが、犯罪が少ないここら辺の街では普通なのかもしれない。
俺は店の中を徘徊し、お目当ての薬品を探し回りながら店内の様式に感心する。
へー、種別や用途などで分かれていて見やすい……。こういう事は、前はやらなかったし、この機会にお店の歩き方を勉強してみようか。
俺のお目当ては薬のポーションなどが置かれている下の棚にあった。それを手に取り、ラベルを見て確認する。
「……これだ」
使い魔用のポーション! つまりは、魔物に効く薬だ。
使い魔用ポーションを作ることができる薬草はミシネリアの森でも生えていなく、どちらかといえば山の麓あたりに生息している植物。だから流通が行き通っているカマナンまで足を運んでポーション自体を買いに来ることになったのだが、売り切れていなくて良かった。
昨日、あの後、ホワイトウルフはずっと眠り続けたままだったから栄養失調が原因だと思い、俺が出向いてきたというわけだ。
メノアには、ホワイトウルフを見てもらっている。また暴走したら危ないからな。
俺は使い魔用ポーション二つをレジで会計を済ませ、商品を腰の鞄に入れて店を出る。
ふふふ……。初めてのお店だったが一人で買い物ができた。これは目覚ましい成長ぶりではないだろうか? そうに違いない!
しかし、長居するのも不安だ。今日はこれくらいにしてさっさと帰ろう。
俺は顔をあまり見られたくなかったので早々に帰路に就こうとした、まさにその時――後ろから聞き覚えのある女の子の声が聞こえてくる。
「やっと見つけました!」
俺が振り向くとそこには誰もいなかった。変に思った俺は当たりをキョロキョロ見回す。
「あれ……? 呼ばれた気がしたんだが……」
「こっちです! 下なのです!!」
声の主に言われた通り下を見てみると、そこには知った顔があった。
マトラと同じ位の小さい背丈に日差しに照らされて綺麗に輝く蒼いショートボブが外にはねた髪をしている幼い少女だった。
「……お前なんでここに!?」
少女は頬を膨らまし、怒った口調と大きな声で返してくる。
「マスターを探しに来たに決まってるじゃないですかぁ!!」
この小っちゃい小動物みたいな少女はポロ。
ポロは、俺が一年前までいた勇者パーティの仲間で、とある研究所を訪れた際に俺が目覚めさせた人造人間。その為、俺をマスターと呼んで敬っている。
兵器として製造された機械人間であり、魔王討伐でもかなりの戦力となると思って俺は最前線に置いてきた――のだが……。
「ポロ、なんでここにお前がいるんだ? 魔王討伐はどうした?」
「マスターがそれを訊くのですか!? それは、ポロがマスターに聞きたいことなのです!!」
今思えば、ポロがこれだけ感情を表せられることがすごい事のように思えてきた。これが本当に機械なのだろうか? 昔はこういうものだと思って何も考えなかったからな、本当に不思議だ。
俺がポロを観察しているのを見て、ポロは更に怒りを増していった。
「き・い・て・い・る・の・で・す・かっ!!?」
声が大きかったので驚き、耳を塞ぐ。
「……お前うるさいぞ、近所迷惑も考えろ」
「うっ……。マスターにそんな常識ばったことを言われる日が来るなんて……ポロ、反省します」
しゅんと縮こまるポロは、頭を下げて謝ってきた。
また、俺の顔を窺おうと上目遣いでチラッと見てくる。
「うん、偉いぞ」
俺は聞き分けのいいポロの頭を撫でてあげる。
こうして考えると、ポロも俺の妹のようなものなのか? メノアと同じような親近感みたいなものがあるように感じるな。
まぁこの歳くらいの女の子であれば群を抜く可愛らしさがあるから、何故戦闘に参加させる事になんの抵抗も無かったのか不思議に思えてくるな。
もしかして俺って、前はかなりバイオレンスだったのか……?
「えへへ! マスターは褒め上手になられましたね。ポロはこういう部分をマスターに欲していた気がするのです!」
ポロは撫でられている俺の手に自分の手を添え、照れながら頬を赤らめている。
さっきとは違った嬉しさによる表情の変化のように思え、母性のようなものが掻き立てられていた。
――場も落ち着いたところでポロを返すか。シンセリード達がポロがいなくて困っているだろうしな。
ポロは、間違いなく最前線で一番の火力だろう。口から放つ光線弾の威力は群を抜いているし、長期戦になれば人造人間としての解析力で相手の穴を見つけることができる。冒険者パーティ全てに一人は欲しい人材だ。そんなポロがこんな辺境の街の方まで来ているのは、普通に損害だと思う……。
シンセリード達にどんな事を言われて俺の所まで来たのだろうか? しかし、それを聞くのは怖くてできないな。
「よし、ポロはそろそろシンセリード達の所へ帰れ。お前は強いんだから役に立たないとダメだろ?」
「……な、何を言ってるのですか!? ポロはマスターをお迎えに来たのですよ!」
俺の言葉でまたさっきのように前のめりに声量を上げてくる。眉が垂れ下がり寂しそうでもあった。
「いや、俺はもう戻らねーよ……」
「ど、どうしてそんなことを言うのですか? ポロはシンセリード達からマスターを連れ戻すように厳命されました。
ですが……ポロが今ここにいるのは、誰かにそんなことを言われたからではなく、ポロがマスターとまた一緒にいたかったからで――」
「――俺はもう力を失ったんだよ」
どんどん感情を昂らせていくポロの言葉を俺が無理矢理に遮った。
これ以上聞くのは、俺には耐えられないと思ったからだ。
その瞬間、ポロはショートしたように動きを止めた。
「俺にはもう紋章がないんだ、クソみたいな神に剥奪された。
だから、俺はもうお前のマスターじゃない。お前より弱い俺は、お前のマスターにはなれない……相応しくない」
ポロにとっての主人の基準に自分より強い者をマスターとする、というものが無いのは判っていた。これは俺の気持ちの問題だ。
ポロは尻もちをついてただただ唖然し、俺の事を見上げ続ける。そこに心はなく、ただの人形のようになっていた。
俺はそのうちに離れようと、そそくさと背を向けて街の出口を目指した。




