39話 それぞれの会談
どことも知らない場所に黒い服を着た者達が集まっていた。
そこは廃虚なのか屋根もなく、そこらじゅう瓦礫が散在していて燃やされた後のように炭になった木がほとんどだった。雨が降った後のようで、そこにいる人達や足場が濡れている。
一人の少年の右の頬には火傷の痕があり、それを見たトゲトゲした長髪の男が冷たい目で指摘する。
「狂犬、その火傷の痕はどうした……誰にやられた?」
「……知ってるんでしょ……勇者だよ。魔王軍幹部を殺したっていうあの勇者バロウ。アレに勝つのは、僕には無理って感じだったよ……」
「ハッハーw! それで逃げ帰ったっつーことかぁ? 狂犬の名を貰っておきながらよーぉ?」
笑った仮面を顔に付けた男が二人の所へやってくる。
「うるせー……」
「……俺は寛容だ、お前が間違いを犯しても何も言わん……。代わりに次に同じ間違いをすれば殺す。これは俺が寛容だからしてやれることだ」
「天さん……」
そこへ赤髪で長髪の男が上から宙を浮いて降りて来る。
「なんで~、デーバが狂犬ちゃんの処遇を決める流れになってるのかな? こいつは俺んトコのなんだけど?」
「俺は寛容だ、お前の殺意にも目を瞑ってやる。しかし二度は無い、間違いを二度繰り返すのはバカのすることだからな」
「あっれ~気づいてなかったんだ~……? 俺は君にずっと、殺意以外のものを向けてこなかったけど~?」
「おっほーぅw やれやれ! デーバと暁紅神がやり合うぞ!」
「俺は寛容だ、喧嘩なんていう馬鹿なことはしない」
「それは俺も同意さ、こんなところで金にならないことはしないからね。でも、狂犬ちゃんに命令するのは俺だけだ。君も自分を寛容だと思うのなら、寛容らしくしたらどうだい?」
「…………」
四人のところへぞろぞろと人を引き連れてくる鉄の様に硬そうな長い黒髪を持つ黒いコートに身を包んだ男がいた。
「もう終わったか? ならさっさと議会を始めろ、俺はこんな猿真似に興味は無いんだ」
「水神が来たか。なら、始めようか?」
男の後ろから眼鏡を掛けた妖艶な女性が前へ出てくると、手に持った書類を読み上げる。
「それではこれより、ゾオラキュールの牙の非公式会議を開始する。裏切りは死を持って償い、ここでの会議の内容を外へ漏らした者はそれに該当するうんたらかんたら~……。
ではまず、前回の任務の結果報告から……狂犬、話せ」
狂犬は跪き、目を閉じて話し始めた。
「剣聖を発見し、戦闘していましたが途中で消えました。おそらく、時空移動系魔法を使って逃げたものと思われます。
次に硬像の任務に合流し、勇者バロウと交戦。一度は虫の息にしましたが、勇者の力を使われ惜敗しました」
「…………」
「次に火神様――」
「ハッハーw 俺は狂犬とは違って現場には出ていないが、進行は順調らしいぜ? システーマはシュクリンゼルの依頼通りサーナタンへの納品完了だろ? あとは、魔獣狂人剤の実験も順調だw 低級魔物は安定して制御可能、中級から上級に至っては安定はしていないが効果自体は発揮できる」
「…………」
「風神様――」
どこからか出て来た青い髪の男がアーバスの後ろから答える。
「エルフの里は現在調査中だ。当てはある、気にするな」
「前回の任務の結果報告は以上になります。来月の依頼はありませんので、継続中の任務はそのままということです。それと、月神の才能を持つ者が現れたそうです。
その者が近いうちにこちらに合流するとのことです」
「開き穴が埋まるってわけ?」
「いいねw」
「いつもの適当ぶりで助かる。要件は終わっただろ、俺はもう帰るからな」
黒いコートに身を包んだ男がその場を去って行くと、後ろにいた者達もそれに付いて行く。
「俺も帰ろっと。行くよ、狂犬ちゃん」
「はい」
全員、一人として隙が無い。笑って誤魔化しているけど、あのアグニでさえ気に喰わないが全然歯が立ちそうにない。
しかし、先は見えている。僕が幹部に成り上がる未来はそう遠くない。
そう……この世界を転覆させる靄も鮮明になりつつあるんだから……。
狂犬は、自覚すらなく誰の人知れずに不気味な笑みを浮かべていた。
◇◇◇
勇者パーティ一行は最前線で難航を余儀なくされていた。
現魔王軍と同様な状態、攻めもできなければ守る事もままならない。そんな状態が続けばストレスも溜まってくる。
明かりが月明かりしかなく、暗い夜に魔王軍によって滅ぼされた廃村で野宿を行うことになった勇者パーティ。そのリーダーの愚痴がここに来て爆発した。
「なんで僕がこのパーティのリーダーなんだ……!」
シンセリードが大木に腰を掛け、頭を抱えてぼやいていた。
「お前はずっとリーダーだったろ、今更何言ってんだ」
アミスが来て近くの木に座り、シンセリードの不満を軽くあしらう。
「僕はリーダーに相応しくない、現にもう戦闘では戦力になっているかどうかさえ怪しいじゃないか……。そもそもバロウが失踪してからおかしかったんだ、なんでバロウを探しに行こうとしなかったんだ!」
アミスは立ち上がり、シンセリードが繰り返し出す話題に飽き飽きしたようにしている。普段からシンセリードの口から上がる話題であったためだ。ゆえに、アミスは溜息まじりに返していた。
「それは散々言ってただろ、いなくなった者をわざわざ探しに行くような余裕はないってな」
「それは君がバロウに何か言って追い出したからじゃないのか?」
「――そんなこと、あるわけないだろ」
「バロウがいなくなったおかげでパーティの最大火力であるポロちゃんまでいなくなってしまった。おかげで今火力不足になっている。これは由々しき事態なんだだぞ……!
もう僕はこのパーティから降りたい。それを無責任というのなら、せめて戻るべきだ」
「火力不足なら分かってる。だからこうして一部の者には戻ってもらって人材を発掘しているんじゃないか……それにお前が辞めるのもあり得ない。戻るのもダメだ、勇者が魔王軍に負けたと思われる」
シンセリードは急に立ち上がってアミスの襟を掴んだ。
「いいか、よく聞けよアミス! 僕らは勇者じゃない……。勘違いしていただけなんだよ、魔王軍の幹部を倒せたのなんて奇跡みたいなものだったし、それをやったのもここにいないバロウだ。バロウが間違いだったなんて、成果をだせていない僕たちが言えた事じゃなかったんだ! 僕たちは、ただ! ここまで! 歩いてきた! だけなんだよ!!」
アミスは感極まってシンセリードを殴る。
「っ!!」
「頭を冷やせっ!! 俺たちはこの世界の天秤を握っているんだぞ、決して弱気になってはいけないんだ!! そのくらいのことは、お前が一番よく知っているはずだろ!!」
「君は何もわかっちゃいない……。天秤を握っているんじゃない、握らせてもらってもいない。握れるかもわからないのに、握れと命令されてるだけに過ぎないんだ!
君は人間だから分からないかもしれないが、ただ熟せばいいなんてことはありはしない。僕たちはもっと前に足を止めるべきだったんだ!!」
「それは差別視しているのか? お前が俺たちと違って妖精族だからか……っ!!」
「え、シンセリードって妖精族だったの?」
それまで二人だけだったこの場所に不意に現れた女性がいた――。
藍色の髪をポニーテールにした気の強そうな人だった。スレンダーな容姿に加え、童顔なこともあって幼く見えるが、この中では一番歳を重ね落ち着いている。
腰に鉈を二本持っている。胸周りに簡単な防具を着用しているが、軽装で肘や膝などの関節周りは肌を露出させていた。
目を丸めた女性は、躊躇いなく会話に割って入る。彼女が今の会話を聞いていたことにアミスは罪責感を想う。
シンセリードは普段は羽をしまっているため、人間と区別できなくなっている。シンセリード自身、一部の者以外に自分が妖精族とは教えていないからこのパーティーでは俺を含めて三人しか知らないが……今一人増えたな。
「……いつからいた?」
「最初からよ、今度はあんたたちが喧嘩を始めるの?」
「キルアさんはどう思う? 僕たちはかなりよくやった、今ここで進む足を後ろへ向けてもいいと思わないか?」
「……?」
キルアがこの討論に自分も参戦していいのかというようにアミスに目を合わせる。アミスはそれに答えるように頷いた。
「うちは、ここのところはシンセリードの意見よりかな、これ以上進んで何があるのかを知りたいくらいだね」
「ほらぁ?」
シンセリードらしくないアミスを煽るような顔がそこにはあった。
「……キルアは紋章を持っていない、俺たちみたいな使命感を持ち合わせてはいないだろう」
「だが、これを無視するのはリーダーとしていけないことだと思うけれど?」
「お前はさっきまでリーダーを辞めたがっていたじゃないか! 今更リーダーぶられても困る!」
「リーダーを辞めたくてもそれが無理だってことくらい分かる。ここにリーダーになれるのは君か、僕くらいしかいない……紋章を持っているからだ! これがなければキルアだって、トリンコンにだって任せたって僕は気にしないさ!」
「なぁ、落ち着いてくれよ。この世界じゃ俺たちが最後の希望なんだぞ?」
「ここに勇者と呼べる者は二人しかいない。九人いるはずの勇者が、勇者パーティと名乗っているこのパーティに二人しかいないんだ……。
これ以上は全てが足りない。今は火力不足だけが浮き出ていると思っているだけ……これからもっと色んなものが足りなくなる。人ではもちろん、回復役だって、まとめ役だって!
勇者探しをするべきだ。そして、このパーティのリーダーを交代するべきだ……」
「本気で言っているのか?」
「これ以上犠牲が増える前に、やるべきことをやってからここへ戻ってくればいいじゃないか。攻めるということにこだわる必要性はないと思っている」
アミスはキルアの方を向く。キルアの意見をもってして他全員の意見とするとアミスは心の中で決めたのだ。
俺一人の意見なんてパーティの崩壊をもたらすのみ。シンセリードだけでなく、他の意見を含めて決定とするのが定石だろうが……この決定いかんでこの先の方向性が決まる。キルアの言葉を他全員の言葉としよう。
「言っておくけど、勇者探しにはバロウも入っているのよね?」
「当然だよ、今は彼が必要だ。勇者でなくとも、紋章を持っているのならそれら全員が必要だ。もしこれ以上魔王軍と戦う道を選ぶのなら……だけどね」
「わたしは、シンセリードに賛成する。実はもう戦力だって少なすぎる程だった、バロウが消えてから犠牲が更に増えた。ここらが限界だってことは、皆がここ1年で思ってきたことよアミス」
「――分かった、これからの方向性はシンセリードに一任する。だが、制限期間を設けて欲しい。その期間が過ぎれば勇者全員が集まらなくともここへ戻ってくる。そもそも勇者全員が紋章を宿しているかも疑問だからな」
「決まりね。これ以上喧嘩はなしよ、それこそ時間の無駄だもの」
「うん」
アミスは自分の意見が全否定されたようで言葉にいつものような覇気がなかった。シンセリードの愚痴から始まった討論は愚痴側が勝利するという異例の結果に終わったのだった。




