3話 傷付いたホワイトウルフ
森を出て街へ戻ろうとすると、街との間の平原で三人の子供達が騒いでいるのを見つけて疑問に思った。森の近くは冒険者以外の立ち入りはご法度なはずだったからだ。
「何して遊んでるのかな?」
こんな森の近くに子供がいるのはダメじゃないのか?
そう思うも、子供が街のルールを破るのはあってもおかしくはない事だと考える。俺もメノアも、昔はよく門限を超えて遊んでいたことがあったから。
「さぁ? 紙飛行機でもしてるんじゃないか?」
ここら辺では子供達も遊び事が少ない。家にある物で工夫している毎日だろう。前に紙飛行機を作って遊んでいたのを見かけたことがあったからそう思った。
俺たちは子供達が何をしているのか気になり、声を掛けることにした。どちらにしろ、この街に住む大人として注意くらいはしておこうと思ったのだ。
街で人気のメノアが子供達と面識がある為、話しかけやすかった。
「何してるの?」
すると、紅一点の赤い服を着た茶髪でそばかすのある女の子がこちらに気付き、子供達が眺めていたものを見るよう促してくる。
「あっ! おねぇちゃん、見て見て!」
この女の子の名前は、マトラ・ハース。メノアと仲が良く、この街で唯一の幼い女の子だ。
いつもはこの子が他二人の理性としていけない事はいけないとはっきり言ってくれるはずなのだが。
俺たちは誘われるように覗き込んでみた。すると、子供達の輪の中で一匹のホワイトウルフが倒れているのを確認した。
「この子……」
子供達に悟られないように言いたいことを誘ってほしいのだろうメノアが俺と目を合わせてくる。俺は、それを瞬時に悟った。
おそらくさっきのホワイトウルフの兄弟姉妹というところだろう。さっき見たのと同じくらいの大きさのホワイトウルフだ。
おそらく一匹が犠牲になり、一匹が生き延びてここにいるんだと想像を巡らせた。
「かもな……」
頷きながら答えると、メノアはまた寂しげな顔になってしまった。
「お腹が動いているし、死んでいないと思うんだけど……」
マトラが言うようにホワイトウルフは息をする度にお腹を動かしている。どうやらさっきのとは違って生きているようだ。
メノアの薬草と知識があれば救えるか……。
「コイツなら助けてやれるが、どうする?」
「本当かよ!!」
「助けてよ、おにぃちゃん!」
「……!」
すぐさま反応して強い眼差しを向けて来る子供達に驚く俺だった。
ここは、子供達の意見を尊重するのが大人としての役割かもしれない。偶には魔獣を討伐するのではなく、助けるというのも無くはないか……。
直ぐに助ける事を決めた俺は、早速メノアにこのホワイトウルフを助ける為の支持を出す。
「メノア、先に家に戻って準備してくれ。今日採った薬草も使えるはずだ」
「了解、お兄ちゃん!」
このやり取りは三年前に林の中で倒れていた子供を手当てした時のことを思い出すな……。あの時もメノアの医療の知識が役に立ったっけ。
メノアは先に走って俺たちの家へと向かった。
俺は屈んでホワイトウルフの状態を観てみる。そしてすぐに足に怪我があるのと疲れているのが原因だと見抜いた。
このくらいならメノアに任せれば、すぐによくなるだろう。
少しばかり家が汚くなるだろうが、それは考えないようにしよう。
俺は、ホワイトウルフの足を触らないようにして静かに持ち上げ子供達の意思を聞く。
「お前ら付いてくるか? 飲み物くらい出してやるぞ?」
「行くー!」
「おれもおれも!」
「……!!」
一人は男の子のタティエラ・コワルスキー、歯が欠けた黒髪のいつも半袖のシャツで行動する元気坊主。活発でよく悪戯をしているからこの街では有名だ。
もう一人の無口君はマス・コモンズ、黄色い服を着こなし、目が開いてるのか閉じてるのかくらい細く、いつも落ち着いていて大人びてる印象。マトラとタティエラとは普通に話しているようだから話せないわけじゃなく、ただ人見知りなだけらしい。親は氷職人で偶にコモンズ家にはお世話になっている。
マトラを入れたこの三人の子供達が俺たちの家に付いて来ることになり、俺は首を傾げて合図する。
「行くぞ」
「「うん!」」
「……!」
三人は元気よく返事をするとホワイトウルフを観ながら俺の横を歩いていった。
◇
◇
◇
俺たちの木造建築の家に戻ると、メノアが家の扉を開けて直ぐのリビング中央のテーブルにホワイトウルフを乗せる場所を作り、木の椅子の上に薬草や、すり鉢を用意していた。そこへ俺がホワイトウルフを運び、子供達を連れてやってくる。
「やれるか?」
「誰に言ってるの? わたし、これでも元は第一線で冒険してたBランク冒険者なんだよ? なめないで!」
「別になめているわけではないが……流石、頼りになるな」
いつもの強気なメノアの言葉に押された俺は、そんなメノアをカッコよく思った。
こういう時のメノアは本当にかっこよくて凛々しい。
甘えん坊から一転、頼りになる妹に変身だな。
俺がホワイトウルフをテーブルに乗せると、メノアが処置を始める為に腕を捲っていた。
俺は隣の部屋で子供達にレモンティーを出してあげることにして、隣の部屋へと移った。
「おねぇちゃん、お願い、この子を助けてあげて!」
「痛そうにしていて可哀想なんだ……」
「……!!」
「任せて!」
子供達は、自分たちの願いにメノアが強く頷くと心配そうな表情で俺が開ける扉からその部屋を出ていく。
俺たちの家は全体が木で出来ており、匂いも森にいるみたいな感じだ。俺が建築の時に関わったこともあって部屋も広く、天井も高く設計した。メノアの友達が来る時のためにこうしたが、今思えばここまで広くしなくても良かったかもなと思う。広すぎるのもスペースが余って困るから。
この子供達を通したこの部屋も応接室みたいになっているが、普段は全然使っていない。
俺が座る椅子を挟むテーブルの向かいのソファに子供達を座らせ、台所から持って来たコップ一杯のレモンティーを三人の前に出すが、三人はホワイトウルフが心配そうにしていて直ぐには飲み物に口を付けなかった。
「あの子……大丈夫かな?」
「きっと大丈夫だと思ぞ、あのねぇちゃんスゲーから」
マトラから小さく出る心配事にタティエラが直ぐに反応する。
「ははは……まぁ俺の妹だしな。あのくらいの怪我だったら余裕だ」
俺は自分の妹を誇らしげに胸を張って答えた。
「本当……?」
「もちろんだ。
それより、あの狼はどうやって見つけたんだ? 森の近くに子供は近寄ってはいけないはずだが?」
三人を弄るように俺は怪しげな表情で脅かす。
「げっ! それきくのかよ!?」
「ご、ごめんなさい!」
「ぼ、僕は……止めたんですけど……」
「別にいいだろ、俺たちだってここの住人だぜ? 近寄るくらい」
罪悪感からだろうかマスも珍しく口を開いていた。タティエラ以外の二人は正直に謝る気持ちがあるようだった。
俺も別に攻めようと思っているわけじゃないからな……。
ただ、大人としては年少のお子様達に注意の一つはしないといけないだろう。
「俺は余所者だし、ダメとは言わないが……魔物が森から出てくることだってある。
さっきのホワイトウルフだって魔物だ。そいつらが本来、危険な奴らだってことは知ってるだろ? 君らの親だってそれを心配しているんだ。
俺たち冒険者だっていつもは守ってあげられない、まずはそういう危険に遭わない努力をするべきだと思うがな」
嗚呼……なんか説教臭くなっちまった、こういうのは俺に似合わないのに。
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさい!」
「……ごめんなさい」
決めつけは良くないだろうが、おそらく今回も先導したのはタティエラだろう。いつもこいつが何かしらやらかしているからな。
この前はギルドの裏側にペンキで落書きしてたっけか。その前は向かいの婆さんの入れ歯を外に持ち出していた……。改めて考えると、ろくでもない事をよくやるよな。
「……だが、今回は内緒にしてやる。次はやめとけよ? 三人共、互いに互いが間違いをしてしまいそうになったら止めてやるんだぞ」
「はい!」
「うん!」
「う……うん」
言えばわかる奴らでいいね、子供はこうでなくちゃな。
俺が子供達に説教紛いな事をしていると、俺の後ろの扉の方からメノアの悲鳴めいた声が聞こえてくる。
「きゃっ!」
子供達は互いに目を合わせて心配になったようだ。
「……どうしたんだろ?」
「何があったんだ!?」
ホワイトウルフの目が覚めたのかもな……。ここは兄の出番みたいだ。
「ちょっと見てくるからお前等はここにいろ」
俺はすぐに立ち上がり、扉を開いてリビングへと向かう。
リビングに入ると俺は立ち止まった。テーブルの上でホワイトウルフがメノアに威嚇していたのだ。
とりあえずは盗賊が来たとかではなくて良かったが……。
ここら辺に盗賊が来ることは無いと思うが、昔は野営中に襲われることがあったから少しだけそれを危惧していた。
俺はゆっくりと足を進めてホワイトウルフに近づいていく。興奮状態の相手にいきなり戦闘態勢で対応したんじゃ他に危害が及ぶかもしれないからだ。
「…………」
メノアは俺に気づいても何も言わないでいてくれる。ホワイトウルフが暴れるのを防ぐためだ。
ホワイトウルフは俺が近づいてくるのを見てゆっくり俺の方を振り向き、威嚇し始める。俺は更に足を遅めて重心を低くし、摺り足くらいの感覚で近づいていく。
「大丈夫だ、怖くない……俺たちはお前を助けたい…………怖がらなくていい……」
ゆっくりと発する俺の言葉を聞いて安心したからかホワイトウルフは一気に疲れ果てたようにテーブルの上でパタリと倒れた。
「……お兄ちゃん、ありがとう」
メノアの緊張の糸も切れ、安堵すると俺にお礼を言う。
「こういうのは俺の方が得意なのが意外だよな」
「わたしは助け合えていいと思うから、いいけど?」
少し拗ねているようだ。昔から動物と心を通わせるのが上手かったのが女の子のメノアではなく、俺の方だった。昔、友達になれたテンタキュラス達も俺が心を開いたのが切っ掛けで仲良くなった。まだ子供だった頃の話だ。
メノアは、一息つくとホワイトウルフの足の取れかけた包帯を巻き直し始めた。
「起きていきなり暴れたんだ、だから助かったよお兄ちゃん。お兄ちゃんがいなきゃもっと怪我してたかもしれない。
…………これで良しっと」
ホワイトウルフの手当てが終わったようだ。それより俺はメノアの腕から血が出ているのが見えて気になった。
「腕、怪我してるぞ?」
「え? ああ……さっきこの子が起きた時にちょっとね」
「消毒用の薬草はまだ残ってるか?」
「それならまだ磨り潰したやつ残ってるから……」
「貸せ、俺がやってやる」
俺はメノアが指差す薬草が入った皿を見つけると、それを手に取りメノアを椅子に座らせる。
「できるの?」
「メノアこそ俺をなめてるんじゃないか? これくらいできるって」
「……そ?」
俺はメノアの腕を擦りつぶされた緑色の薬草で消毒し、包帯を巻いていく。その間、メノアが心なしかはにかんで頬を赤く染めている気がした。
妹の面倒を見るのも懐かしい感じだ。紋章を宿してからは戦いのことばかりで、あまり気にしてやれなかったからな……。
こうして最前線から退いたんだ、これまでよりもこいつのことを見てやる時間を増やしていこう。