31話 紋章の力の制御
俺たちに背を向けているミノタウロスに背後から静かに忍び寄る俺とメノア。
ミノタウロスはBクラスの魔物の中でも大振りからの高い攻撃力が特徴的で、攻撃は全て回避が望ましい。しかしその分スピードがそこまで速くなく、メノアの俊敏性があれば優に避けることが可能だ。なので今回俺は攻撃に集中させてもらうことにした。
ある程度近づくと、先にメノアがサイドから攻撃を仕掛ける。ミノタウロスが俺へ向ける警戒心を失くすという作戦だ。なので俺は息を潜めながら攻撃のタイミングを見計らうようにする。
「ハァア!!」
メノアは腰の剣を抜いてミノタウロスの横腹にそれを突き刺した。
「ぶもぉおおおおおおお」
物凄い奇声があたりを揺らし、経験のない冒険者であればこれに驚くか最悪失神するかもしれない程であるのを感じる。
しかし、俺はそれを想定している且つ経験済みである為にそれに惑わされることなく次の一撃に集中できた。
メノアの剣はミノタウロスの発達させた筋肉によって抜くことができないが、それは分かっていたから直ぐにメノアは剣をそのままにしてミノタウロスから距離を取る。
メノアの距離の取り方も絶妙だった。俺のことを気づかせることのないのと、ミノタウロスの攻撃がギリギリ当たらない、自身が回避する場所の確保とロゼの攻撃の邪魔にならない位置を取っていた。
これでより目の前の敵相手に渾身の一撃を当てることだけに集中できる。
俺は剣を抜いていない。
今回は魔力を使って倒すと決めていた。実験にもなるからだ。
ここで俺は一月前にミシネリアの森で師匠に習ったことを思い出す。
◇◇◇
ミシネリアでの魔物襲撃の翌日――。
俺は森へ入って指導を受ける事になった。師匠が力の使い方を教えてやると言うからだ。
その言い回しは紋章と同じだったのを覚えている。
街から離れ、少し森を深く入って開けた場所へ来て懐かしい師匠の気と雰囲気を浴びて昔を思い出していた頃。
「いいか。お前に宿ったのは【勇気の紋章】だが、今それは完全にお前の魔力に溶け合った状態ではない。お前の魔力庫に押し込まれて一部分を占領しているだけにすぎない。
その為、普段のお前は魔力暴走なんてことを考える必要はなく、今まで通りの威力で自由に魔力を扱えるはずだ」
無感情のように変化のない面相から指導が始まる。
しかし、俺は慣れているのでそこは指摘しなかった。
「へぇ~、それはいい事聞いたな。昨日からこれから魔力をどうすればいいかって悩んでたんだ。
でも、あれ以来紋章は反応ないし大丈夫かな、なんて思ってたけど……力が使えないってのも困りもんだからな」
「……だからと言って安心するな。これまであったかわからないが、いきなり魔力が想像以上に出たことはないか?」
そういえば――ケンタとの勝負の時に一度あったな。でもあの時は紋章は無かったはずだぞ?
俺はケンタと戦ってた時の事を思い出してピンときた。
「それは紋章が外され、残った魔力がなんらかの形で表に出たということだ。残りカスほど扱い方が難しく、自分の魔力として打ち出すのはそうできないことだがな」
うーん……それならケンタとの勝負は俺の負けってことな気がする。
卑怯勝ちした感じだな、今度また戦って正式に勝ってやるか。勿論紋章は無しでだ。
俺が考え事をしている事を見抜き、師匠は近くの木を「どんっ」と軽く叩いた。
「そんなことはいい。私は早いとこ、お前にその魔力の使い方を伝授しなければならない、仕事が多いからな」
俺は少し後退りするも、気を引き締め直して師匠に教えを乞う。
「お、押忍! 始めてくれ!」
「率直に言えば――お前は紋章の魔力を使うな、ということだ」
「……は? それじゃあ教えることも何もないんじゃ……?」
「紋章の魔力は莫大で、制御するにはまず身体に魔力が馴染む必要がある。それは一度持っていたお前と言えど、すぐにという訳にはいかない。お前には紋章の魔力を借りるという形でそれの扱い方を覚えてもらう。
これからお前を待ち受けるのは更なる敵だろう。ゾオラキュールの牙にも目を付けられた上にシュクリンゼルをも相手にするのだろう? それなら、ある程度は力を使えるようでなければならないからな」
師匠の言う通り、確かに今の俺にこの紋章の力を制御できるとは思えない。昔と違って力の振り幅が段違いだし、今も紋章の意識に制御を任せている……。
俺は強くならなくちゃいけないのに、その方法があっても何もできないなんて、そんなのは嫌だ。
「――教えてくれ!」
「まずは覚えておけ、力を借りすぎるな。お前が借りるのはイメージ的に100分の1だ。約1パーセント、それくらいなら今のお前にもギリギリ扱えるレベルのはずだからな」
「1パーセント? それは引く過ぎじゃねーか!? 俺ならもっとできるって!」
「それ以上は看過できない。力が暴走してもその場に私はいない、止める者がお前の身近な者だった場合は、その者が傷つく事になるが。
まあ、どっちにしろ今のお前には無理だ。まずはやってみろ、これからは実践だ」
確かに……。俺のせいで誰かが傷つくのなんて見たくない!
「分かった……」
「イメージしろ、お前の魔力庫の中にある紋章の力。【勇気】の力だ」
俺は目を閉じ、体内にある魔力庫を探し出す。
中の魔力回路を辿り、それは直ぐに見つかった。
「あった、魔力だ!」
「その奥へ行け」
魔力庫の奥へ入り、明らかに俺の魔力とは違う力そのものの存在を俺は感じとった。
形の無い魔力の中に赤くて巨大な力、どこまでも続いていて先が見えないものが円形状に顔を出している。
手を伸ばして自分の手と比較すると、その力の根源の果てしなさが判った。
「……あった、ヤバそうなやつが……」
「そこから100分の1だ。取り出して、自分の手へ移動させろ」
「100分の1……取り出して……自分の手へ……」
俺は師匠の言う通り、それを実践する。
自分の片手で少し抄うくらいの感覚で取り出し、現実の手へとイメージしながら移動していく。
しかし、やってみても魔力は手に現れないのを目を開いて見た。
「あれ?」
「集中を途切れさせるな、お前の手にはもうあるぞ」
それを聞いて俺は手の感触に集中する。すると、師匠の言う通りだったのが分かった。
確かに目には見えなかったが、俺の手にはあたたかい何かがあるのを感じる。
「今取り出しているのはほとんどがお前自身の魔力だ。取り出せたのは1パーセントではなく、0.1パーセントもないくらいだな……。
やり直しだ」
「そんなこと言っても、俺は魔力制御とか本当に弱いんだって」
「……めげずにやれ。一度や二度でできるとは思っていない。(最初からできるとも思っていなかったがな)」
呆れるようなその言葉で俺はもう一度始めから同じことを行う。
魔力庫をイメージで再現、力がある場所まで入り、そこから取り出し作業を行ってから手へ移動させる。
さっきは少なすぎたんだ。1パーセント……多すぎず、少なすぎず、俺の扱えるギリギリを――
こんな緻密な魔力制御はほとんどやったことがなく、俺自身できるなんて思っていなかった。
しかしさっき取り出すという実践だけは成功させることができた感覚があり、後はその量を調節すればいいと思えば、そこからはなんとなくだった。
なんとなく俺の掌一杯位の赤い魔力を現実の掌に顕現させた。
「これは、成功か? でも変だな、さっきと違って魔力が見えている? さっきの感じだと、魔力は見えないものだと思ったんだが……」
「うん、だいたい1パーセントというところか、いいだろう。魔力に色なんかはありはしないが、紋章の力は別物だ。魔力であって魔力ではないような曖昧な定義しかできないものだからな。
だが、クフフフフ……。魔力は普通そのまま表へ出すことはないし、それができる者も少ない。だからお前が最初できた時は思わずお前の才能に笑いかけたが……クフフ、まさか二度目で成功させるとは思わなかったよ。クフフフフ……」
師匠は口を手で覆って笑っているようだった。変な笑い方だ。
その笑い方が久しく、また珍しいこともあって心の中で驚いた。
師匠が珍しく半笑いをしている……?
てか、この鬼畜、普通できないことをやらせようとしてたのか!?
「でも変だろ、俺は魔力制御が苦手なはずだ」
「これは魔力制御でも難しいことはやっていない。お前がやっているのはただの放出で、そこに魔術式を組むという工程を失くしているだけだ。
だから普段から魔力をそのまま飛ばすような訓練をしてきたお前ができても不思議はなかったということだな。
いや、お前が魔法より魔撃を得意としていて助かったよ」
魔法より魔撃……。
確かに俺は魔法を使うより魔力を込めた拳や武器なんかで攻撃するのが多いが。
「それで、どうすればいいんだ?」
「今お前は力そのものを取り出したことになる。それは、そのままでかなりの威力があるはずだ。
それで相手をぶん殴ればいい。きっと、相手はお前をなめる事を止めるはずだ」
そうして、この日から俺は紋章の力に慣れることを始めた。




