2話 妹とスローライフ
今思えば、紋章の力は凄まじかった。本当にチートを超えた次元で自分が自分でないような感覚になる。体は軽く、丈夫になってあらゆる攻撃を躱すことができ、パンチ一つ見ても威力が段違いだった。
普通パンチを壁に当てても何も起きないが、紋章の力を発揮した状態で壁を殴るとクッキーのように砕けてしまう。なにか武器を振れば、その圧だけで相手を吹き飛ばした。
中でも『勇気』の紋章の特徴として炎属性と身体能力向上系の魔法が得意になるのだが、ある必殺技を使えるようになる。その必殺技が圧倒的で俺が独り相撲していた要因にもなっていた。
だが、離れてしまえば肩の荷が降りたというか解放されたような気がして少し気が楽になったかもしれない。俺が仲間を殺していた事実は変わらないけれど、心が折れてこうして密かに地道な生活をしながら過ごしているのも悪くないと思える。
今日も妹のメノアを連れて森に入り、冒険者業の一環である見回りを始める。俺はいつも軽装の皮の防具を纏っているが、森であってもそれは変わらない。
紋章が無い状態でこの街まで来るまでに自分の力は把握したし、師匠に習った技もある。魔物に遭遇してもなんてことは無いはずだ。ミシネリアの森の中は、故郷にあった森よりかは楽な道のりだし、道に迷うこともない。
俺たちは森の中を徘徊するゴブリンを見つけ、すぐに処理を開始する。ここに来るまでに適当に買った剣を構え、滑らかな動きで近寄り、素早くも音も無く俺はゴブリンの首を切り、倒した後は耳を切り落としす。後はギルドへ持っていくのが一連の流れで、切った耳は倒した証拠として評価される。
「お兄ちゃん流石だね」
見守っていたメノアが元気よく拍手しながら近寄って来る。俺は剣を納めると当たり前のように返した。
「このくらいなら普通だろ、次行くぞ」
「えへへ~♪ うん!」
メノアは俺の反応に嬉しそうにしていて、俺も微笑ましく平和な証拠に安堵する。
「あっ、ちょっと待って……薬草を発見したから!」
メノアは木の根の近くになっている薬草を発見したようで腰を下ろし、それを採取する。
森の中には薬草もあり、メノアはこういった知識が豊富なので見つけると度々採取するのだ。傷を治すのにも使えるし、病に効く物だってある。知識が豊富な妹を持つと俺の方が兄としての立つ瀬が無くなってしまうとも思うが、それで生活が助かるから感謝しかない。
「ゆっくりでいいぞ、急いじゃいない」
俺では採っている薬草の中では消毒に使えるシヤの葉くらいしか分からないからな……。
メノアは「フン♪ フン♪」と上機嫌に俺の隣をステップを踏んで歩いては、薬草を見つけて採取する。
森の中には川があり、薬草もそこらじゅうに生えているから足が進むのがいちいち止まる。心地良い森の中だし、急ぐ用事もないのでメノアには存分にさせてあげるのだ。
基本的に採取はメノアが、戦闘は俺がやる役回りだが、面倒な相手だと二人で戦う分メノア頼りになっているかもしれない。
「お兄ちゃん、あれ見て! 果実がなってるよ!」
メノアの指差す方向を見ると、川近くにある木の枝の方に意外と大きくて丸い緑色の果実が生っているのが見える。俺はそれを確認すると、手伝い気分で一言返した。
「おっけー、任せろ」
俺は剣を抜くと素早く振って斬撃を飛ばし、果実を途中の枝ごと切り離す。俺は切れた枝ごと落ちた果実のところへ移動し、手に取ると枝から実をもぎり取った。
「やったー! 今日はデザートありだよ、お兄ちゃん♪」
嬉しそうなメノアを見て微笑ましく思う俺は顔を綻ばせて答える。
「ふっ、そうだな。結構大きいし、明日までもつかもな」
「そうだね、食べ過ぎないようにしないと!」
「メノアは見た目と違って結構食うから心配だな~」
「もうお兄ちゃん! 乙女にそんなこと言うなんて、デリカシーがなさすぎるよ!」
メノアが可愛らしく弱弱しい手で俺の胸をポカポカ叩いてくる。
「あはは、ごめんごめん。冗談だって」
メノアのこの元気さには何度助けられたことか。落ち込んでいた事も忘れさせてくれ、できた妹を持った事を誇りに思う。
森の中はこうした食材も多くあるが、魔物の類が出る為に人が寄り付かないず、実にもったいない。
冒険者はよく森の中に入るのだが、メノアのようにこうした物の知識が無いと意味が無い為、大体は俺たちの獲物になる。
街の人々は魔物に襲われれば畑道具などで抵抗はするけれど、自分から襲われに行くようなバカな行動をする者はいない。
森の中に拠点めいた建物がない為、俺たちも森の中に長居するのはリスクがあるだけなので、いつも日が暮れる前に帰っており、採取も自分達の手で持てるだけである。
「今度、森の中に小屋でも作ろうかな。二人で持ち帰れる食材も薬草も限りがあるし、こっちで食べられる場所を作った方がいいかもしれない。薬草とかもこっちで置いておける場所にもなるし」
「いいアイディアだね、じゃあお兄ちゃん作って♪」
やっぱりこういうのは全ぶ俺の仕事になるか……助け合いだから別に構わないが、少しは手伝ってもらいたい。
「あ、ああ……。でも、メノアも少しは手伝ってくれよ?」
「ふっふっふ~。もう~仕方ないな、お兄ちゃんは~♪」
自棄に上機嫌だな、何かあったのか疑いたくなる。
それにしても俺たちだけで小屋を作るのは時間が掛かる。誰か他の冒険者も誘って自由に使っていいようにするか。
暫く歩いていると、遠くから獣臭がした。それも血の匂いと一緒で、それを鼻で感じた俺たちは二人して足を止める。
「お兄ちゃん……」
俺とメノアは山育ちだったから五感には自信がある。
おそらく魔獣が何者かと争っているのだろう。しかも血を流す事態にまで発展しているところ、もう決着がついているかもしれない。
「ああ……少し近づいてみよう。危なければ逃げるから、一端ここに薬草とかは置いていけ」
「うん……」
薬草の類が集中していると匂いで相手に感ずかれる危険性がある。戦闘が起きていれば気付かない可能性もあるが、できれば楽に済ませたい。
メノアは包みに採取したものを全て入れて近くの木の枝に括りつける。
俺は気配を窺いながら聞き耳を立て匂いがする方へ移動する。
まだ争っている可能性もあるし、もしそうならどちらも興奮しているはずで、住民に危害が及ぶかもしれない。害があれば無理してでも倒した方が賢明だ。
争っている音はしない為、とりあえず近づいてみることにする。可能性としてはもう決着してしまっていて、争いは終わっていることが挙げられるが。
それならとりあえず負けた方に証拠となる物がないか見に行く必要がある。ギルドに報告する為だ。
ある程度近づいた後、メノアは音を立てずに木に登って確認してくれるようで上を差すジャスチャーを見せてから移動した。隠密行動の様な動きはメノアのほうが向いているからこうした事はいつもメノアがやってくれている。
確認したメノアは、木から降りてくると見た事の報告を俺に耳打ちする。
「遠ざかるオークが一体、負傷している白い狼がその場に倒れているかんじ……」
オークか、それなら俺が一人で倒せる。時間効率と危険を減らすため、メノアには狼の部位を獲ってもらうとしよう。
「よし、俺はオークを倒してくるからメノアは狼の方を頼む」
「一人で大丈夫?」
心配そうな表情をするメノアの問に俺は自信あり気に答える。
「オークだぞ、心配すんなって」
「……うん」
メノアはあれ以来、心配性になったように俺が一人で戦いに行くのをあまり許してくれなくなった。相手がオークだから今回は許してくれたが、ミシネリアに来るまでの道のりでは、ずっと近くにメノアがいる前提で戦って来た。
実際、俺も戦いをするのがあまり好きではなくなった。前ほどの自信もなければ、昔を思い出してしまうだけだからだ。
◇
◇
◇
オークを見失わないように俺は木の枝を跳んで渡り、オークに追いつく。
しかし、オークはこちらに気づいていないようだった。
背後を取った俺は、木の枝から音もなく降りるのをそのままに腰の剣を抜き右から左へスライドさせ首を両断する。
すると、ドサッとオークの頭部が重そうな音を立てて地面に落ちた。
「ふぅ……やっぱ後ろから一発の方が効率がいいな」
昔ならば暗殺めいた所業はせず、正面切って正々堂々と戦っただろう。それが楽しかったのかもしれない……。でも、今はそんなことをする自信も度胸もない。
歳を取っている気分だが、それが普通なのだろうと納得している。
俺はオークの爪を剥ぐと、メノアの下へ移動を始めた。
こんな辺境の地じゃオークを倒しても価値になるのは爪ぐらいだ。まぁ金には困ってないからいいけど――ただもったいない気はしている。
そういえば、オークがEクラスに対してホワイトウルフはDクラスくらいだったはずだ。
クラスはDクラスの方が高く、HからSSSまで高くなっていく仕様だ。
ホワイトウルフが子供であればやられる事もあるかもしれないが、素早さで有名な魔物だから逃げるくらいなら容易なはず……。オークは頭が良くないから罠のようなものを張ることもできないはずだ…………どうしてホワイトウルフはオークに負けたんだろうか?
もしかしたらホワイトウルフと戦っていたのはオークではなかったのかもしれない……。近くにオークがいただけで、また別にDクラス級を凌駕する魔物が潜んでいる可能性はある。一応の警戒はすべきだな。
色々な想像を巡らせながらメノアがいる所へ戻ると、メノアが白い狼の前で俯いて座り込んでいた。
この白い狼は、ホワイトウルフという種族だ。ここら辺では珍しく、かなり強い部類のはずだが……オークに敗れたのが本当ならまだ子供だったのだろう。しかし、ホワイトウルフが子供か大人かを見分けるのは俺には不可能だ。そこまで詳しくはないからな。
「どうした、何かあったのか?」
俺は自分でメノアに問いかけて直ぐにその答えに直感し眉が動く。
「キュアちゃん……」
この名前……キュア。
それは、俺たちが故郷で可愛がっていた幻獣のテンタキュラスという魔物に付けた名前だ。その親のキュウは俺たちにとって命の恩人でもある。
白い狼の顔と身体で、体長は5メートルを超える。鋭い爪を持ち、風を操ることが出来た。
見る事自体珍しく、人里にはあまり降りてこない警戒心の強い魔物で、だからこそ幻獣と呼ばれているのかもしれないが、クラスが判定出来ない程に強いとされている。
今はどうしているかもわからないが、メノアは少し昔を思い出したのだろう。かつての友と姿が重なったのかもしれない。
「この狼は埋めていこう……」
「……うん」
メノアは頷くと寂しそうに立ち上がる。
ホワイトウルフはもう死んでいる。助けることはできないが、せめて弄らずに埋めてやることにし、俺たちはその場にホワイトウルフの亡骸を埋めて家へと帰っていった。
この生活は結局昔を思い出してしまう。親の死に様、魔族と戦っていた日々、いい気になっていた過去の自分……。
忘れる為の旅でもあったけれど、全てがなかったことになるわけじゃないのを俺は知っている。