282話 生にしがみ付く径庭への残火
フクジョウジ……さっき倒したはずだ。殺せてはいなくとも、戦闘不能にしたのには変わりない。いったいどうやって――
「今だ! 立てる奴全員で突っこめ!!!」
「おう!!」
ミナミ、ガタキ、ラフト、カーミラ、カズナの五人が一斉にドゴウに攻撃を仕掛けた。
ミナミは魔法を唱え、地面から棘を射出する。
「ナチュラル・モリ・ブレッド!!」
四方八方から放たれる茨の弾丸をドゴウは蹴り弾く。
その隙に距離を詰めたガタキが頭上から殴りかかっていく。
注意がガタキに向いたのを察し、後ろからカズナが膝裏下を踏みつけ膝を曲げる。
「くっ――」
ドゴウは、ガタキに対して右腕を上げようとした。朱い魔力が腕に纏わりつき、ガタキを魔法で跳ね返そうとしているのが判った。
魔法を放つ前にその腕をラフトが腕を絡めて下げさせる。
ガタキのパワーに押され腕が戻りかけるが、
カーミラがワイヤーを取り出した。ワイヤーでラフトの腕ごと巻きつけて引っ張り、戻るのを防ぐ。
「お前達……! 猪口才なあ!!」
それでも尚、ドゴウは二人を薙ぎ飛ばす。
「ふっざ――」
「わああ!!?」
ラフトの背中がガタキにあたり、二人して吹き飛ばされる。
ドゴウは次に後ろから殴ろうとしているカズナを躱し、膝で腹を蹴った。
「うぉお…………っっっ」
「例え、全員が相手だろうと――俺を倒すことはできない! お前達は、俺の相手たり得ない!!」
ドゴウは吠える。
が、その彼の視点がゆっくりと一点に集中した。
今出てきたのは四人のみ。まだ倒していない相手を睨み付ける。
それは、ミナミとラムだった。
二人は、互いの魔力を搔き集め、一つの魔法を作り上げようとしている。
ふらついた脚と体を支え合いながら、一心に魔力を込める。
――考えがあったわけじゃない。
――だけど、何か今のアーシらにできる事を考えた。もう魔力はガス欠、頭くらくらして立ててるのはハスが支えてくれるおかげ。それでも、残りカスでも、死ぬ気で魔力を出し尽くさなきゃあのゴツ男はぶっ飛ばせないんでしょ!!
――体が悲鳴をあげてやがる。マジで死ぬか生きるかの瀬戸際じゃねえか……!
マジでふざけんなよこの世界! 全然簡単じゃない。俺がちょー強いなんてまやかしだった。ほんと、こんな所でこんな役回り――頭どうかしてんぜ!!!
魔力エネルギーが二人の翳す掌から現れる。形状が不安定な円形の魔力だった。
二人の魔力が混ざり合い、段階的に大きくなっていく。
「なんのつもりだ……ミナミ!!!」
「俺はあんたに勝てない。最初からわかってたことだ、ここにいる誰一人あんたを倒せなかった……。
でも、それは一人での話だ! あんただって俺たちの攻撃受けて体がバカみたいに唸りをあげてんだろ! 俺じゃ無理だけど、俺たちならあんたを超えられるって俺は信じる!!
行くぞ、楽夢!!」
「ラジャー!」
「《T・W・B》」
二人は、魔力を押し出すとそのまま倒れた。
二人の放った虹のようにカラフルなバスケットボールほどの玉は、数メートル進んで一瞬で大きくなった。かと思えば、更に数メートル進んで再び一瞬で大きくなる。
ドゴウに届く頃には、建物一つ飲み込んでしまえるほど大きく成長していた。
「なにィッ!!?」
ドゴウは、両手を前に出して跳ね返そうとする。
しかし、その魔力玉の力は凄まじく押そうとしても押し返された。
「な、なんだ……なんなんだ一体! こんな魔力、お前達の中には残っていなかったはずだ!!?」
くっ…………いや、だが――この魔法は安定していない。下から持ちあげることができれば……俺の勝ちだ!!
ドゴウは、魔力玉を持ち上げ始めた。
筋肉を膨れ上げながら、魔法に対抗する。
苦痛にあえぐではなく、嬉しそうに笑いながら力を入れている。
「ハハハハハハハハハハ!!! 死力を尽くそうと、圧倒的強者が笑うのがこの世界! 俺もやっとこの場に立つ権利を得た!!」
「うるせーよ……」
ラフトとガタキが立ち上がっていた。
「残ってなくても、ダメダメでも、最後に笑う。それが俺たちには必要なんだよ――ドゴウッ!!!」
「その通り!! 頼むよ、サクマくん!!」
「ああ、どうなっても知らねーからな!!」
「うんっ!!!」
ガタキは、最後の力を振り絞り自強化を施した。
すると、ラフトの体を持ちあげ、ドゴウへ向けてぶん投げる。
ドゴウは呆気にとられた。最悪、自分と共に魔法を受けるとわかっていながら向かってくる意味が理解できなかった。
……自分の命を捨ててでも、俺にこの魔法をぶつけるつもりか!!
そうはさせん!!
ドゴウは、右手のみで魔力玉をおさえこもうとする。
左手は向かってくるラフトへと向けた。
「俺に魔力が残っていると計算しなかったのか、ラフト!!」
ラフトは笑っていた。
彼の額にはいつの間にかさっきの角が生えていた。
やっべえ……死ぬかも、これ……!
「死の淵に立たされて、昂ってんのかい。魔力が尽きてても、出してくるって俺は知ってたよ。でも、魔法なら、俺にだってあるんだけど!!」
「――しまっ……」
「沈め、鉄仮面!! ――恐竜雷滅!!!」
ドゴウとラフトの間で激しい稲光が起きる。
何度も雷音が鳴り響き、その度に恐ろしい竜の顔が光りとなって現れる。
それは、魔力玉が二人を飲み込んだ後も続く。
◇
◇
◇
魔力玉は、地面を抉り一地区の風景を様変わりさせながら消失した。
ガタキは安堵したのか崩れ倒れてしまった。
それでも、意識が飛びそうな中、なんとかラフトの無事を確かめようと這って魔力玉が通過した場所を目指す。
「ら、ラフト……」
すると、抉れた地面が少し動いたのに気が付いた。
ガタキは、それがラフトだと直感し笑みを綻ばせる。
だが、地面の中から出てきたのは赤い魔力の壁に覆われたドゴウだった。
「ふ、ふ、ふ……ふっざけんなあ!!!」
「ご苦労だったな。俺を倒せたと思ったようだが、俺の方が上手だったわけだ」
「どうやって……その魔法で無茶押し切ったラフトからも、南たちの魔法からも逃れたってのか!」
「そういうことだ、俺にダメージは皆無だ!!!」
「くっ……」
ガタキは立ち上がろうとしたが、その瞬間にドゴウに蹴り倒される。
「お前たちはよくやった。褒めるだけは褒めてやろう。しかし、弱者にしてはという注釈付きでの話だが?」
ドゴウの背後で物音がした。
振り返ると、カズナがなんとか立ち上がろうとしている所だった。忍んで傍まで走ってきたが、体が言う事を聞かなかったようだ。
震えながら関節と筋肉に力を入れている。
「倒すんだ。誰かがじゃない、僕が今、あなたを倒すんです! 倒さなきゃいけない、のに……なんで、どうして力が入らないんだよ!!」
「お前は……さっき完全に戦闘不能にしたはずだ。本来走るどころか立ち上がることさえ不可能なはずだ。お前にそれほどの自己治癒能力はない……フクジョウジの得意は影の薄さだ。仲間も含めてそこにまるでいないかのように振舞うことができる。それ以外があったとしても、既に出し尽くしているだろう」
ドゴウの視線がカズナの奥に立つナギサに向いた。
離れた所からカズナに向けて回復魔法を掛けている。
――あの女か! そういえば、先程から見えなかった。あの大男も、フクジョウジも隠れて回復していたということか!
回復役は直ぐに抹消すべし。セオリーだったが、それを読んでフクジョウジが隠していたか! 影にものを隠すのが上手い男だ、俺の視界に入らないようにしていたのだろう。最大の生命線を、俺を倒すという目的の為に出してしまったな!!
「復活の眼は詰む。まずはお前から殺すべきだな、女!!」
ドゴウは、カズナの横を通り過ぎ震えるナギサの下へと走った。
「千堂……逃げ、ろ……」
「ま、待て! 僕が――」
しまった……千堂爾さんが見えているんだ。もう僕の魔力も切れてる。
ダメだ……行っちゃダメだ――
「やめろ、やめろ――ッ!!!」
僕が守るって決めたのに、誰一人守れてない。
絶望が凍えるような冷たさを体に強要してきた。
追いたいのに、この体は誰かがなんとかしてくれるとありもしない幻想にしがみ付いて動こうとしない。
足を前に出した瞬間、体全部を崩壊させてしまいそうな夢を頭にぶち込んでくる。
これ以上を望んではいけない、とストップをかけている。
どうして……なにをしても、この手は誰の背中もつかめないのか!
「行かせないよ!」
ドゴウの前にカーミラが現れる。
しかし、彼女の右足は変な方向へ向いていた。その場に立ち、威嚇する以外なにもできない事を理解し、ドゴウはカーミラを払い飛ばす。
「退け」
「きゃあ――――――!!」
カーミラの悲鳴が遠く消えていく中、ドゴウが走り出そうとするのを足が何かにつっかえる。
下を見ると、脚が何者かの手に捕まれていた。がっしりと力強く握られている。
「ラフト少年……まだ立てる力があったのか。だが、お前の救いたかった少女は行ってしまったぞ?」
「お、お、れの……なかま……ァ……」
「縋りついたところで、人は願いを叶えることなんてできやしない。まやかしの幻想を見て、惨めに散る無力さを味わうだけだ。
――だから言ったんだ、死ぬべき時に死ねと」
ラフトの体は、ドゴウの蹴りに宙を舞った。
「さあ、もう邪魔な者は――」
すると――その腕を止める腕が、体を止める者が在った。
「行かせない!!」
ガタキが身体を押さえ、ミナミが腕を掴んでいた。
力は弱弱しかったが、それ以上前に進ませまいとする信念を思わせる。
「こざかしい!!」
しかし、ドゴウはこれを一瞬にして振り払った。
体を捻り上げると、二人を浮かして殴り飛ばした。
直ぐにドゴウはナギサの前に到達する。
「死ぬ覚悟はできているか、女――」
ドゴウの拳が立ち固まるナギサへと振り下ろされていく。
カズナ以外、意識を飛ばされ立ち上がる者はいない。当のカズナは、立つこともできない状態で追いかけることは不可能だった。悔しさに打ちひしがれて頭を垂れている。
ナギサは死を悟った。瞼を閉ざし、俯きながら敵の攻撃に備える。
わたしはここで――だけど、その分皆が生き延びる時間を作ることができる。大丈夫、まだ皆死んじゃいない。皆がいれば、きっと――大丈夫だよね……。
ごめんね、皆…………
ドゴウの拳がナギサの頭部に触れようとした、
――その拳が止まる。
「っ!!!?」
ドゴウの顔が険しくなる。
これまで何度も進む事を阻まれた。しかし、この拳はそれに反抗して一番の力を乗せたつもりだった。
それが――またしても何者かに阻まれた事実に憤りを煽られる。
横を見ると、少年が立っていた。
「――渚ちゃんに、なにしようとしてんだよッ!!!」
ケンタがドゴウの拳を止めていた。
「ケンタくん!!」
涙目になりながら歓喜するカズナを流し目に、ケンタはドゴウを睨み付けた。
それまでの成り行きを理解し、髪をかき上げ怒りを露わにする。
「お前――俺の仲間になにしたッ!!!」
ドゴウの拳を握っていた力が増し、咄嗟にドゴウは飛び下がった。
自身の振るえる手を見ると、骨が砕かれているのを悟る。
な、なんだ今の力は…………いや、力じゃない。今俺は、この少年から真向に受ける殺気に危機感を感じて距離を取った。
この俺が殺気に危機感を感じるだと……!?
「……ケン、ちゃん……?」
「遅れてごめん……怖かったよね。だけどもう大丈夫だから。俺がもうこんな怖い目には遭わせないから」
ケンちゃん凄い怒ってる。それも気付かせないように背中を見せて……。
やっぱりわたし、余計な事してるのかな。ケンちゃんに追いつきたいって皆の願いに、わたしは同意しちゃってる。わたしの本心にそれが含まれているから、戦場に出るっていう皆を止めようとしなかった。
できる事を増やしたかったけど、結局皆に痛い目を繰り返させているだけでどうにもできていない。わたしじゃ……役に立てない……。
「お前は何者だ!」
「それを知る必要はねえよ! お前に何かを考える余裕なんて微塵も与えるつもりはねえ……俺の仲間に手を出した罪を後悔しながら果てるんだな!!!」
「お、俺の拳を受け止めたからといって、いい気になっているのか知らないが、お前如き――」
「考える余裕はやらねえっつったろ――《超人類》!!」
「っ!!?」
一瞬にして目の前に現れるケンタの拳は光り輝いていた。
その拳が眉間に翳され悟る。
ただの小さな少年の拳。弱弱しいはずなのに、こんなにも大きく、それでいて聖なるものに思えてならない。
――死……。
「《天蓬・螺旋弾》!!!」
ケンタの拳が額に直撃し、頭蓋が割れた。
顔面の形が崩れ、意識を朦朧としながら空を仰いで殴り飛ばされる。
その瞬間、ドゴウの全身に宿っていたはずの昂りや強固な何かが崩れ去るのを感じていた。筋肉は収縮し、戦闘意志が遠のいていく。
いい勝負は、一人ではできない。必ず相手がいなくてはならない。
そこらにいる七人の中には、一時並ぶことはあったが、俺に届く者は結果としていなかった。圧倒的な勝利に酔いしれる事はなく、ただ勝ってしまうという寂しさを憂いた、はずだった。
しかし、その俺でさえ、突然現れた名も知らぬお前にとってカスだったという現実に何故か安堵してしまう。
これまで暗殺という仕事に身を置いて、勝負というものができなかった為に物足りなさを感じていた。だがそれと同時に俺より強い者は本当にいるのか、という疑問も生まれていた。
やはりいたのだな――お前が。俺よりも強く、そしてまだ先がいるという希望だ。
ありがとう。これでやっと、俺は俺を切れる。
なにか生きがいや期待がなければ自害をしてしまいそうだった。ゆえに、普段できない事を夢見る事で生きる意味を模索しようとした。それが俺にとっての闘いだった。
俺は満たされた。今後を生きる意味はもう無い――
※T・W・B:This World is Baka




