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勇者に相応しくないと勇者を解雇されたので、辺境の地まで逃げることにしました  作者: 天空 宮
第六章 「嚮後占う絢爛な花婿争奪戦」
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250話 決意・改

「もうミーアったら、そんなに邪見にしてはいけませんよ。この方々は我々を助けて下さったんですから」

「そうやって油断させるのがこいつらの手口なの! もっと他人を疑いなよお姉ちゃん!」

「ミーア、そろそろ黙らないとお姉ちゃんだって怒るんだからね……?」

「うっ……」


 それまで愛想がよかったリィンが静かに怒ったのがわかった。にこやかな表情の奥で笑っていない目がミーアを睨んでいるように思える。

 ミーアは後退りながら彼女の怒気で口をつぐんだ。

 リィンは俺と違って妹に振り回されるだけではないようだ。やはり女性は末恐ろしい。


「その守護団ってやつは二人を探しているのか? もしそうなら、ちょっと面倒そうだ。フェルにとっても、そっちが行方不明として目立つのは奴等――勇者宗教の目を引く原因になりかねないしな」

「それなら大丈夫だと思うよ。聖女が街に出ると最初は守護団による捜索が始まるのは恒例行事なんだ。だから今回もまたか、という感想で終わるだけじゃないかな」

「お前等、そんなに何度も抜け出してんのか……?」

「退屈なのよ、どいつもこいつも……ちょっと神様の声を聞けるだけで崇め奉るバカばっかり。息が腐る……!!」


 本当に嫌になっているようだが、それがミーアの方もなのか。

 おそらく姉が聖女だから妹のミーアへの待遇も同じようなものなんだろう。ミーアはリィンの心の声を代弁してくれているのかもしれない。


「神様の声って、今までどんな事を言われたんだ?」

「だーかーら――…………」


 再び反抗しようとするのをリィンが止める。

 しかしリィンは、今度は叱るのではなくミーアの頭を撫でて宥めた。

 彼女の優しい微笑みがこちらへと向くと、柔らかい口調で話し始めた。


「神様の声を聞いたのは今迄いままでで三回だけです」

「三回? それだけなんですか!?」


 それだけなら俺たちと大差ないな。

 たぶん聖女が神の声を聞けるというのはそういう役割というだけで、特別聖女に神の声が聴けるという能力があるわけじゃないんだろう。

 まああの適当そうな神達の事だ、回数が少ないのは想像できる。


「初めはわたし達がまだラルクアンシエル郊外の孤児だった頃です。わたしとミーアは姉妹揃って捨てられた身でしたが、教会に拾われなんとか生きていました。食事は質素なもので、一日二度、一斤のパンを二十人でつまんで食べていました。

 劣悪な環境であったのは間違いありません。時たま共に生活していた子供がいなくなっている事がしばしば。少しでも使えると判断されるとシュクリンゼルという組織に売られていたのです。その教会が勇者宗教派閥に属しており、有無を言わさず落ちるところに堕ちるというのが当たり前でした」


 奴隷派遣組織やつら、周辺の教会の孤児にまで手を出していたのか……。

 いや、規模を考えればそういう場所もいくつかありそうだが、そんな事今迄考えたことがなかった……。


「そんな中、神様は見捨てないでくれた――わたしと妹を救う策を渡してくれたんです。

 教会の中にいる間は自由。それほど知能もないと判断されていたのか、監視はあまりありませんでした。教会の中には抜け道があって、そこを使いラルクアンシエル街へと出ることができた。時間、場所、全て神様の言う通りにミーアと一緒に行動しました。

 そこにはガンマ・トールという男性が待っていました。まるでわたしとミーアがそこに来るとわかっていたかのようで、彼はわたしとミーアをレイフォード首長国へと逃がしてくれました。

 彼は言いました。わたし達が次の【聖女】であると――」


 師匠が二人の亡命ぼうめいに関わっていたのか!?

 前々から何度か思ったことはあったけど、やっぱり師匠は神の声を聞いてその通りに行動していたってこと、なのか……。


「とても辛い想いをしてきたんだね……」

「フン、同情なんてされたくないわ! あの時のあたしたちの友達は――先代の勇者が立ち上げた、勇者宗教のせいで死んでいったんだから!!」

「――え? 勇者宗教を先代の勇者が立ち上げた……!?」

「あいつ等とおんなじのあなたたちは、どうせおんなじなのよ! 人を人とも思わない害悪を作り出す。それもさも自分のせいじゃないみたいに言い訳してあたしたちのような無力な人間を放っておいて先に死んでいくんだわ!!」


 顔を顰めたミーアはテーブルを叩きながら立ち上がり、憤りを露わにした。

 アミスなら取り留めもない妄想であると斬り伏せるだろう。俺も先代の勇者が今の勇者宗教を作っただなんて信じられないし、もしそうなら師匠がなんとかしたはずだ。二人を助けるよりも前に教会が勇者宗教と共謀してシュクリンゼルに身売りしていたそのシステム自体を崩壊させるか、勇者宗教を壊滅させたはずだ。師匠ならそんな事、訳ないはずなんだ。

 だから信じられない。信じられないが――俺はこれまで先代の勇者自体を信じられたことなんて一度もない。なのに、先代の勇者だった師匠を俺は信じられることができるのか……?


「二度目は、こちらから語り掛けました。『必要な時以外神に語り掛けてはいけない』とレイフォード首長国に実在する【聖女のおしえ】という写本に記された規約があるのですが、それを破って語り掛けたのです。あの時は、自覚がなかったんだと思います。

 神様は言いました。「聖女の役割を果たしなさい、そうすればいずれこの世界を救う道を開くことができる」と。

 聖女の役割とは、同じく聖女の教えに記述がある聖女のすべき事でしょう。世界を救うとはどんな事なのか、訊きたくてもその時はまさか声がまた聞こえるとは思っていなかったようなので、驚いてしまって……。

 ですが、それで証明されてしまいましたし、皆も聖女であるのを求めていますので断ることはできませんでした」


 抽象的な指示だな。どうせ声を届けたのは俺から力を奪ったあの偉そうなやつだっただろうな。やれ、やれ、言うばかりでその意味もどうせ教える気なんてなかっただろう。


「三度目はごく最近の事です。今回は初めの時のような明確な指示でした。

 レイフォード首長国を開国し、ラルクアンシエル公国の庇護下に入る事。その伝手はセイラ・イヴ・シュリアス公爵、そして――…………この他に二つ、秘密の言伝を申し付けられました。ですが、これだけは言えません」

「それは――僕等、つまりは勇者パーティを名乗る者達には言ってはならないという指示を受けたと解釈していいのかな?」

「いいえ、神様の御指示ではなく、わたしたちが言えないのです。とにかく今はまだ……」


 言えない……か。これまで師匠やアモーラといった親しい者達でさえ知っている事を俺たちには時期が悪いとはぐらかされるか、教えるつもりもないようだった。俺は今迄それはそいつらの勝手な都合とばかり考えていたが――師匠も隠していたのではなく、言えなくて言わなかったのだろうか。


「…………そうか、わかった。ならばこれ以上いう事はないよ、苦しい話だっただろうに、ありがとう」

「いえ、あなた方には知って頂きたかった。それがわたしの想いです」

「――奴隷派遣組織シュクリンゼル、そして勇者宗教。俺は、そのどちらも壊滅させるつもりだ。

 また同じような運命を背負わせてしまう子達が今この時も生まれているかもしれない、そんなのはダメだ。まだ助けられる子がいるかもしれないから、まだ間に合うかもしれないから俺はそれを叶える為に絶対成し遂げてみせる……!!」

「今更よ…………事及ぶまでに何人も犠牲を出した。苦痛に喘ぎ、死んでいった子達がいる。もう手遅れなのよ」

「ですが、まだ手遅れでない人達はきっと一杯います!」

「ああ、こっから先――同じような人は絶対出さないように俺がなんとかしてみせるから、信じて欲しい!」

「…………なら、これまで救う事の出来なかった人達がいることも忘れないで!!」


 ミーアに強い眼差しを向けられた。

 これまで何度も同じ境遇の子達を見て来たのかもしれない。それが許せなくて、やるせないという気持ちが伝わってくる。

 服の裾を握り締め、過去の記憶を重ねて俺に訴えかけてくるのだ。


 俺は思った。

 ミーアはただ俺を、俺たち勇者を恨んでいるのではない。それと同時に自分も恨んでいるんだ。

 近くにいて、知っていて尚何もできない。何かをしようと思った瞬間に全てを見透かされてしまって姉妹を巻き込むことも恐ろしいから。

 結果的に逃れることはできたが、それまでに何人もの犠牲を出した事を思えば自分を恨んでいても不思議はない。それ故の深く行き場の無いやるせなさ。

 答えなければいけない。

 どんなに危険でも、どんなに恐ろしくても、目の前の苦しんでいる子がいて何もできないなんて俺は嫌だ。

 決めたんだ……ミシネリアでロゼを救うと決めた時にシュクリンゼルを崩壊させる。この俺の命で足りるなら、何度でも。

 二人もロゼと同じような境遇になりかけ、目の前でロゼと同じ道を歩んでいった者を見たはずだ。もうこれ以上、こんな悪循環は要らない!!


「――必ず、救ってみせる!!」

「あなたならできると信じています」


 リィンは、激励とばかりに顔を綻ばせてくれた。

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