247話 突如現れる奇譚
太陽光を遮るだけのボロ屋。
そこに巨人とも思われる大きな男がいた。藁に囲まれた座椅子に佇み、怠惰にも身動きを取ろうとしない、まるで巨像。
木漏れ日のようにある光が僅かにそこを照らしている。まるでここに来る彼を歓迎するかのように鮮やかな光だ。
くすんだ黄色の髪の毛をした質量に大差のある青年――アレン・インベリジョン。背中には大剣を携え、彼の目の前に現れて直ぐにやりと笑みを浮かべた。
「おんやあ…………これはこれは……大坊主が来たか? いや、小坊主の方か?」
「久しぶりだなあ……巨人」
「ワイを知っているということは大坊主の方かい。ここに来たってこたあ、ワイに殺される気になったということかいのう?」
「バカを言えよ。今じゃもうアンタじゃ俺を殺せないさ」
アレンは、大剣を下ろすと巨人の前で胡坐を搔いて座る。
「ボへへへへ!! 剛毅になったもんじゃなあ、ワイの前で大ホラこけるようになったとあれば――死への恐怖でも失くしたか?」
殺気立った巨人の威圧に対しアレンは狂人のような笑みを見せる。
自分の殺気を前に腰を抜かないのに巨人は関心しているようだった。息を吐きながら殺気を収め、睨み付ける。
すると、アレンはほくそ笑みながら胸中に納めていたやんちゃな心を曝け出すようにして話し始めた。
「いい加減、ここから出たくなったんじゃないか? そろそろアンタも外を歩きたくなっただろ、それともこの生温い厩舎が馴染んじまって腰が重てえかい? なんなら俺がこの場所潰して出る理由を作ってやったっていいんだぜ……?」
「ワイに何をさせたいんだ、大坊主――?」
胡乱な目を見るに、巨人はアレンを怪しんでいるようだ。
「ちょっと邪魔な奴が出たんだ。例の檻から出た、面倒な鬼の話さ。俺はあいつを知らないが、アンタはあいつを知っているんだろ? 以前はアンタがあいつに勝ったって聞いたぜ」
「ボへへへヘ! 自分じゃ抑えられねえからとワイに泣き入りということか!」
「俺は別で野暮用がある。生憎、俺の瞬間移動は行ったことのない場所に移動できないし、移動した場所に長居ができない。優先事項があるんで、俺はそっちに回るが――それだと鬼の対処ができないから被害が数えきれない。だからアンタの力を借りたいんだよ」
「煮え切らんな……大坊主はそんな熱心に他を救おうとするような奴ではなかったと思うがのう?
やんちゃやんちゃで手に負えないっつーガキ臭さが今でも瞼の裏に映りよる。だからこそ、『ガキドウ』は自分にとっちゃ体のいい相手だと勘違いし食って掛かることはあるやもしれんと思うが――理由に納得がいかん。自分、本当に大坊主かあ?」
「生意気な奴がいるんだ。相当天狗になってやがるみたいだから、ここら辺で出た杭を打つ役が必要そうなんだ。その役目に一番適任なのが――俺だっつー話さ」
「ほほう……その話、小坊主だな! 顔を見れば一目瞭然だなあ。奴にかかずらうのは嫌なものだと認識していたんだが、違ったかい」
「いんや、正直俺も……あいつにちょっかい出すのは本意じゃないさ。けどな、ここまで来ると――もういない奴の遺言くらいは叶えてやらないと、って思う歳になったんだよ。歳をとったのさ。
まあ、それも俺ぐらいなものかもしれないけどな……」
「ボヘへへへ! 大坊主のくせして、歳を語るまでになったか! 人族は寿命が短いからいけない、勝手に時間の流れを勘違いしよる。だからか、ワイがまだ元気であると錯覚しとりゃあせんか?」
「なあに、アンタを一人で時間稼ぎして欲しい訳じゃない。何人か付けるさ、腕のいい奴をな。
ここに来た時点で、以前の風格は感じられなかったし確かに鈍ったのかもしれない。だが、せめて時間稼ぎくらいはと思えるようになった。
こっちが終わったら直ぐ駆けつけるからよ、帝国に手出しされる前にできるだけ時間をくれないか」
「何も貰わず仕事をする性分じゃないのは知っていると思うが?」
「ああ、わかってるよ。アンタの対価が高値であることも覚えているさ」
「ガキドウは、グラン世代の最強格じゃあ。ワイも命を懸けなければならんだろうのう。それはそれで面白そうではあるが――此度の波乱、やけに風当たりが強い」
「へいへい、金なんかじゃ動かねえって言いたいんだろう。わかってるさ、面倒な演説なんかする必要はねーよ!」
「ならば話が早く済みそうじゃ。して、その対価は?」
「対価は俺の命。つまりは――俺のこの体、この寿命を全部アンタにやるよ!!」
「契約成立だ、大坊主!!!」
巨人は大きな口でにんまりと満足気な笑みを浮かべた。
◇◇◇
「こっち……速く! もっと速く走ってお姉ちゃん!」
「はいはい、もうそんなに急かさない急かさない」
弾んだ調子で駆ける少女、それに手を引かれて同じく走る少女の二人組。
白装束に身を包み、似つかわしくない街の路地の中、楽しそうに走っていた――
◇◇◇
ラルクアンシエル街。
漁業が盛んなこの街では海産物の売れ行きがよく、騒然とした人の波で賑わっていた。
そんな中、俺たちはまたもや遊びに出て来ている。
勿論、今回もフェルには内緒のお出掛けだ。おそらく許して貰えるだろうが、あいつに何か報告しなければ自由にできないという錯覚に陥りそうなのが嫌だった。
同行しているのは、ポロとメノアの二人、そして紅狼のみである。
今回ロゼはヴィスカの下に行っている。
ここはシュクリンゼルに出逢う可能性が高いが、ヴィスカの性格上貴族という連中とつるむのは嫌らしく、街のどこかで密かに夜を過ごしているらしい。その世話焼きにロゼは向かったようだ。
俺も一緒に行こうかと訊ねたが、メノアと買い物に行って欲しいと頼まれた。
メノアには以前と同じように服を買いたいと申し出を受けており、付いてきたがったポロと紅狼を連れてきたという形だ。
さすがに魔物を放し飼いにするのはダメだろうと指摘を受け、紅狼には首輪をつけている。こういう奴隷を連想させる物は使いたくなかったが、紅狼も嫌がらないので許容した。
「お兄ちゃん、昨日アミスさんと海で勝負してたでしょ」
「え、なんでわかったんだ!?」
突如、秘密なはずの昨晩の事を話題に出されて俺はおどけた。
アミスのあの性格だ、メノアにだってばらす事はないだろう。ならば、メノアは初めから俺が海でアミスと逢うことを知っていたのかもしれない。
メノアに「ないしょ」と笑われてそう思った。
「他の奴には言うなよ……?」
「どうしよっかなあ?」
メノアは相変わらず楽しそうだ。
厳重に注意を促したいところだが、こんな事を言ってもメノアだから下手にばらすことはないだろう。それに、本当は別に隠すほどの事でもない。ただ、誰かに知られるのが恥ずかしいというだけだ。
だから、これはちょっとした理由付けになるだろうと頭が回った。
「仕方ない、口止め料で高い服でも買ってやるか」
「ホント!? いいの?」
「ああ、メノアには色々世話かけて貰ってたみたいだしな。そのお礼とでも思ってくれ」
「ああ! ずるいのです、ポロも何か欲しいのです!」
今の会話を聞かれたらしく、ポロがむすっとした顔でこちらを見上げてきた。
ポロが強請ってくるのは珍しい。メノアとだけ話しているのに嫉妬したのかもしれない。
まあこれもいい機会だ。ポロにも日頃の感謝を物で表現するのも悪くないだろう。
「しょうがないな、またメノアに何か見繕ってもらうか」
「はぁ……はぁ……マスターはまた褒めてくれますか?」
「あ、ああ……当然だ」
ポロが怖いくらいに鼻息を荒くして訊ねてくるのでたじろいだ。しかし、これも長い間離れたせいと受け止め、俺は愛想笑いを浮かべて答える。
満足したのか、ポロは跳びはねて大喜びした。
「メノア、早く行くのです! マスターに褒めてもらうのですっ!」
「あはは……じゃあとりあえず、お店に入ってみようか。
ねえお兄ちゃん、どこがいい?」
「え、俺が選ぶのか!?」
「そうだよ~今回はお兄ちゃんもいるし、お兄ちゃんに選ばせてあげる。
なんなら、着せたい服を着てあげてもいいよ?」
メノア……なんか企んでいないか?
「どうしたのお兄ちゃん、早く行こ!」
メノアは、俺の手を取ると急かすようにして俺を引っ張った。
とても楽しそうで、俺も嬉しかった。
「ほらこっちだよお兄ちゃん!」
「行くのです紅狼! マスターに付いて行くのです!」
「うぉん!」
上機嫌な二人と一匹を連れ、俺はどこかお店を目指して人通りの多い道を駆けた。
ドン!!
すると――
「いたっ!」
「うげ!?」
俺は横から体当たりを受けた。
こちらもそうだが、相手側も走っていたらしい。脇腹に頭突きを受けた。
相手側から女の子の叫声があがり、ぶつかった相手が女性であることがわかった。
メノアが手を放し、「いつつ」と俺は腹を押さえながら振り返る。
地面に頭を抱えた少女が尻もちをついていた。
「いたた……」
と声を漏らす少女の後ろにもう一人、彼女を心配する女の子がいた。どうやら二人組らしい。
黒髪のツインテールをした方が俺とぶつかった相手だ。
狐目をした活発な印象を受ける顔のパーツをしている。日頃から美しい女性を目にしているが、彼女もまた眉目秀麗な容姿をしている。
もう一人、そんな少女を労い頭を撫でてあげているのは、とても穏やかで世話焼きに映るこれまた美しい少女。まだ十代半ばだろうが、下目なこともあってか既に大人びているように思えた。
彼女もまた黒の長髪で、ヘアピンで前髪をとめていた。だからだろう、ふとメノアに似ていると思った。
二人は、顔は似ていないが髪色とその装いは瓜二つ。
まったく色褪せていない白い正装。新品だろうかその白さは輝き、この通りで一層目立っている。
また、その正装は宗教的な意味合いがあるように思えた。まるで教会の信徒のような造りだ。
どこかの教会のシスターか……?
「悪い、大丈夫か?」
俺は、申し訳なく謝罪しながらもぶつかった少女に手を差し伸べた。
しかし、彼女は「フン!」と不愛想に俺の手を叩いて拒絶する。
「どこ向いて歩いてんの、このおバカ!」
おバカって……初対面なのに言葉がきついな……。
「あなた、マスターに向かってバカとはなんなのですか!」
怒るつもりはなかったのだが、ポロが代わりに逆上した。
小動物の威嚇のような唸り声をあげながら今にも手が出そうだ。それを危惧し、俺はすっとポロが俺より前に出ないよう防ぐ。
「申し訳ありません、こちらの不注意でしたのに。ほら、ミーアも謝って」
「嫌、なんでこんな奴に……!」
――こんな奴……?
待て、この子達とは初対面なはず。何故俺はこんな奴呼ばわりされているんだ?
まさか一目で俺の事、勇者のバロウだとバレたのか……? ならこの子は勇者を嫌悪する者の一人ってことか。
まあ、長い事皆前線から離れているし、嫌悪感を抱く者が現れても不思議はないが……。
こうして街中を出歩いている事に罪悪感を感じてしまうな。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんは頑丈だし。むしろその子のおでこの方を心配してあげて?
ごめんね、お兄ちゃんちょっと硬いから痛かったよね?」
「……ふ、フン! 心配無用よ、ほらもう行ってよ! あなた達のせいで人の目に付いちゃったじゃない!」
「あ、ああ……悪い」
「そんな事を言うものではありませんよ? そうです、お詫びに昼食をご馳走させてください!」
「はあ? ちょ、なに言ってるのお姉ちゃん!?」
急な申し出だな。
やっぱりこっちの子は嫌そうだ。恨めしそうに俺を睨みつけてる。
よし、これは断ろう。嫌われている相手と一緒に食事だなんてこっちも息が詰まるからな。
「いや、それは――」
「ホントなのですか!? 奢ってくれるのです!?」
あ……。
お断りする前にポロががっついてしまっている。目を輝かせてまるで餌を前にした犬……というか紅狼に似てるな。
「お任せください!」
「やったのです! これで食事のお金を考えなくてよくなりましたねマスター!」
ポロ……タダより高いものはないんだぞ……。




