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勇者に相応しくないと勇者を解雇されたので、辺境の地まで逃げることにしました  作者: 天空 宮
第六章 「嚮後占う絢爛な花婿争奪戦」
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237話 窮地を救う道

 アミスは息が上がっていた。

 先程ザイファによって飛ばされた場所から急いで戻ってきたようだ。体は濡れ、砂を所々に付けて髪も粗ぶっている。

 ここまで戻ってきたのは、アミスもデルタと戦おうとしてのことだろう。だが、今のバロウの実力は以前の比ではない。彼が驚くのも無理はないだろう。


「アミス……」


 アミスは既にバロウであることを認識している。しかし、今のパワーからは目の前の相手がバロウ本人であるとは信じられないでいた。絶句し、バロウを前に立ち尽くす。

 アミスに対してバロウは、顔を苦くしていた。ここで彼に会うことを避けようとしていたが、それが失敗してこの先の口論を予見してのものであった。


(時間がないぞ小僧、さっさと決めろ! 逃げるか、助けるか。逃げるなら女はここに置いていけ、何も手がなければどの道死ぬ運命だ)


 しかし、ユウの一言でアミスから視線を切るに及ぶ。自らのすべき事を思い出し、ザイファの下へと駆け寄った。


「絶対死なせない……もう二度と俺の近くで誰も死なせない!」


 バロウは、ザイファの体を抱き寄せた。


「ユウ、魔力消費を緩和できないか、せめて時間を遅らせたい!」

(無理だな、今のオレには小僧以外の魔力干渉はできない)

「クソ……」


 カナリならなんとかできるはず。だけど、今ここにカナリはいない。

 俺も魔法を学んでいた時代はあったが、初級から中級魔法が関の山で上級魔法にでさえ手が届かなかった。なんとか自分なりのエクストラ魔法を完成させはしたが、それ以上を求めず研鑽を積んだのは体術のみ。帝級魔法なんて全く理解の及ばない領域だ。

 いや落ち着け……考えろ。帝級つったって、魔法だろうが! なにか手はある。魔法陣付近で領域魔法を展開し、魔力暴走を阻害させられはしないか!?

 いやダメだ……爆発の範囲を少しだけ狭められる可能性はあるが、肝心のザイファがどうにもならない。干渉したいのはザイファの方なのに、全然いい案が浮かばねェ……!!


「あの魔法の発動主はその女か?」


 アミスがいつの間にかバロウの所に歩み寄っていた。

 バロウは、暫時間を空け端的な応答を口にする。


「ああそうだよ……」

「ならば殺すしかない。このままでは国が滅びる、文字通り消えてなくなることになるぞ」

「はあ?」

「どうせ貴様にはできないだろう。代わりに俺がやってやる、のけ」


 アミスは抜剣していた。バロウの肩を掴みどかそうとするが、バロウは憤慨した目付きを向けた。


「お前、本気で言ってんのか!?」

「っ……気持ちはわからないではないが、もはや手遅れだ。あと数分もせずに俺たちの頭上で魔力爆発が起こる。この規模の魔法ではおそらく全て――」


 バロウは、剣の刃を掴んだ。


「なにを……!」


 右手から血が滲み出し、ぽたぽたと砂の上に落ちる。その行動に対しアミスは呆気に取られていた。

 バロウの本気の意志を受け、アミスは困惑する。

 自身の判断は間違っていなければ、バロウの行いは破滅を呼ぶものである。しかし、その気迫は自分の行動が間違っているものなのではないかと錯覚させられるほどだった。


「こいつは俺の仲間だ。誰にも俺の仲間は殺させねェ……!!」

「正気か!? そいつの命一つでこの国の何千何万という市民の命が救われるんだぞ!?」

「いや、そうはならない。あの魔法陣は帝級魔法だ、通常の魔法とは違って使用者を殺しても消滅することはない。ザイファを殺したとしても意味はねェよ!」


 確実じゃないが、ザイファの持つ魔力と空にある魔法とでは魔力の質が違う。もう魔法自体がザイファから離れたところにあるのは事実だ。おそらくこの解釈は当たっている。

 しかし、そんなことよりもだ。アミスがそんな提案をしてきたことが残念だ。


 アミスは、憐れむように剣を落とした。バロウの判断の理由を悟ったからである。


「我が娘は死ぬのか……」


 デルタが海の中から戻って来ていた。右半身がボロボロで立つことがやっとというところ。右足を引きずり、水を出てすぐに四つん這いになった。


「…………――ああそうだよ!! てめェが望んだとおり……国諸共道連れにして……」


 クソ……クソ……クソクソクソクソ…………今はこんなに近くにいるじゃねェか……! それなのに俺は……俺はなにもできないのかよ!!

 こうして手で触れらる。抱き寄せられる。守れる距離なのに……また俺は仲間を失うのか……!!

 紋章があったて、勇者だろうが関係ない。どれだけ強くても、どれだけ強敵を倒したところで、人を救うことは俺にはできない……!

 アモーラを失って、二度とこんな事、起こさないって約束したのに……同じ過ちを繰り返そうとしている。俺じゃ……どうしようも…………っ!!


 バロウの目から涙が零れる。自らに絶望し、ザイファの前で項垂れた。






陰門いんもん陽門ようもんの柱、暴食イラほう、飄々として奇譚きたん、魔を食うはなり!!」


 デルタが左腕を空へと掲げ、自らの魔力を魔法陣へ向けて放った。


「な……いったいなにをしてんだ……?」

(これは――女のほぼ完成された魔法に介入する為の戒言かいごんか!? 正規ルートを横から奪い去る荒業。そんなのほとんど成功したことがないのはもちろん、試みる機会すらほとんどない)

「こ、これを続けたらどうなる!?」

(魔法を横取りするものだ。女の魔法を奴が制御しようとしているのだろう)

「て、てめェ! ザイファの魔法を使ってまで――」

「勘違いするな愚か者が!!」


 デルタの神妙な面持ちにバロウは動くを止めた。


「ま、まさか……」

(今更ながらに自分の子供を救おうとしている、と?)

「な、なんでだよ!? さっきまで……さっきまで殺そうとしていただろ!!」

「帝級魔法とは諸刃の剣だ。魔界こちらでも使用を禁止するほど難易度が高い。失敗すればこうなることを見越していた。我が娘は魔法の出来はいいが、気を抜くところがあるからな……」


 じゃ、じゃあ……こいつは一度もザイファを殺そうとしていなかったって言うのか。魔法を止めようとしていたっていうのか!? あんなやり方で!?


「まさか信じるつもりじゃないだろうな」

「わかない……わからない…………けど……」


 ザイファを救うには魔法とのリンクを外すのが最優先だ。カナリのいない今、敵だとしてもこいつの親心に賭けるしかねえ……!


「頼む……」

「おい! こいつはお前も、この女も殺そうとしていたんだぞ!!」


 アミスはバロウの胸ぐらを掴んで問いただそうとする。しかし、バロウは冷や汗を流しながらも目には覚悟が浮かんでいた。


「わかったら邪魔せずじっとしていろ!」


 デルタは、魔力伝導に注力し始めた。


「どういうつもりだ……本気であんな者の言う事を信じるつもりか!? 聞いているのか、バロウ!!!

 この選択一つで国一つ、更には幾つもの人々を死に晒すリスクを背負うことになるんだぞ!!」

「どっちにしてもそのリスクは消えないだろ。お前にはどうにかできるのか、あの帝級魔法をどうにかする方法がお前にはあるのか?」

「なに?」


 アミスの表情が曇る。そんな方法などありはしなかったからだ。

 そんな方法があればとうにそうしている。そう思いつつも、口に出すことは憚られた。

 バロウはアミスの手を振り払った。


「考えなしに怒鳴るしかできないなら、さっきと同じく端の方で傍観決めてればいいだろ!

 人の命が掛かってんのは俺の方がわかっている! なにもかも自分の正解を求めたきゃ、その心に媚びへつらってればいい。俺が今ここですべきは……できることは……俺の仲間であるザイファを信じるってことだけだ!

 お前が、俺が、どれだけ強くて敵を倒せるとしても、人を救うことができるわけじゃないってのを心に刻んどけ!! 俺たちには知識ちからがないんだ……!」


 バロウの訴えにアミスは黙るしかなかった。それゆえに拳に力が入ってしまう。


「何故貴様はこんな……敵の言う事を信じられるんだ!!」

「信じられるかどうかじゃねえんだ。信じたいから信じる。俺は、奴の心の中にまだ親としての気持ちが残っていて欲しいと夢を見てんだよ」


 一欠けらの希望を呟くバロウは既に確信しており、なによりもザイファを助けたい気持ちが強い。アミスはそう思った。


 誰だ……この、男は……。バロウ・テラネイア、なのか……本当に。

 1、2年前とはまるで別人だ。バロウという男は、仲間というものにさほど関心がなかった。俺やシンセリードは別として、仲間ができていくことにあまり喜ぶ方じゃなかった。

 バロウの根源は、仲間ではなく自身の妹だけにある。どれだけ仲間が傷付いても、妹のメノアが傷付くことに怒る奴だった。なのに、今のこれはなんだ? まるでこの女を妹同然のように見ているかのように思える。仲間を、あのバロウが親身になって助けようとしているというのか?

 以前のバロウならこんな賭けはしなかったはずだ。以前のバロウなら……。


「お前はいったい誰なんだ……?」


 アミスの強い眼差しにバロウは顔を苦くしていた。

 しかしその時、魔法の制御を試みていたデルタの体に異変が生じる。


「ぐっ……!!?」

「っ……どうした!?」


 デルタの体は既に限界を超えていた。体を縦に保てないほど全身が砕けていた。

 バロウが駆けつける時には肩で息をし、四つん這いでも辛そうに憂いる眼差しをザイファへと向ける。


「魔力が足りない……だけではない。体がもう……限界に近い……」


 まずい……ハイヒールを掛けて回復している暇がない。魔法がいつ自棄を起こしてもおかしくない状況だ。


「しかし、娘との魔力リンクを解除することには成功した。時間も幾分か稼いだはずだ……。

 兄の弟子よ……即刻我が娘と共にこの国を出ろ…………。娘は、時間が立てばなんとかなるはずだ」

「あんた……本当にどうして……」

「フハハ……我ながら理由など見当もつかん。ただ、兄を憎んでも娘だけは憎み切れなかっただけのことか。いや、そう思いたいだけかもしれんが……今となっては気まぐれとも言い切れん。

 さ、さあ……早く連れて行け……!! 我の気が変わらぬうちにさっさと我の前から煩わしい顔を消せ!!」

「っ……!」


 バロウは、ザイファの下へと走った。デルタの覚悟が予想以上に強く、背中を押された。

 しかし、ここで思わぬ出来事が起きたことに悪寒が過る。

 安定していなかった周囲の魔力の流れが静寂を取り戻し、かつそれまであったはずのデルタの部下の気配が消えていたことに今更ながらに気付かされた。


「ぐふっ……!!」


 デルタの嗚咽に振り返れば、嘲笑が目に入る。


「あんたがバロウ――で、合っているかい?」


 目に飛び込んできたのは、デルタの体が背後から三本の剣に貫かれた悲惨な状況。その後ろに立つ異質な笑みを浮かべた何者か。

 彼の問と行いにバロウは言い知れぬ怒りを覚えた。


「――なに、やってんだよ…………なにやってんだよッ!!!」

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