198話 向こう見ずな指針
スリット王国出立準備編
新エルフの里より1里離れた森の中、俺たちの望んだゲートが開いた。
ここはポロが戦った痕が今も尚残されており、眼下に広がる荒れた大地が再び悲愴感を煽ってくる。
ポロは――無事だろうが、寂しくしていないだろうか。勇者パーティから離れる時はそれほど気にしていなかったけれど、今はどうしようもなく心配だ。
眩しい朝日の下、送迎してくれる面々を前に俺はそんな事を考えていた。
タナテルにマンカシャオ、エルゼルダ、フラウ、シュバルクインの五人がここまで来てくれた。その中で一人だけ、タナテルのみが暗い顔で俯いている。
昨日、ケンタと勝負をした後にタナテルに今日帰ることを告げた。その時もかなり取り乱していたが、まだ冷めていないらしい。本当なら夜に出る予定を朝に変更せざるをえないほどに我儘だった。
「……寂しくなってしまいますねフラウ」
「まったくだ。共にいた時間が長かったわけではないが、バロウ・テラネイア殿には多くの事を学ばせて貰った。もっと色々と吸収できるものもあったと思うだけに残念でならない」
「俺がお前等に教えられることなんて限られてたさ。俺たちよりずっと長い年月生きてるんだろうし、これからもきっとそうなるだろうからな」
「ふっ……これまでずっとそう思っていたが、どなたも我等の想像を超える強さと意志を持っていた。負けたとは思わぬが、とても逞しく頼りがいがあったぞ!」
「なにを言う! エルフ族の信念、感服するところであった。逞しいというのであれば、そちらも同じ。俺たちはその恩恵を得て、戦いに臨むことができた。シュバルクイン殿もご壮健であるよう願っている」
「ふはは、そちらもな!」
シュバルクインとゾアスはやっぱり馬が合うようだ。握手を交わして男らしい別れをしている。
シュバルクインは、俺にも握手を求めてきた。気恥ずかしくはあるが、俺も男なので断るという選択肢は持ち合わせてはいなかった。
戦争の最前線は実質この人だった。うでっぱしだけじゃなく、皆も認める指揮能力は俺も見習わなくてはいけないほどだ。この人を含め、今のエルフになら俺の仲間のタナテルをしっかりと守ってくれるだろう。
「タナテルのこと、頼むぞ」
「道は険しいだろうが、やれることはやるつもりだ。私だけでなく、皆もそうするだろう。彼女にはそうさせるほどの度量があると私は見ている」
「それなら安心だな」
「バロウ様……一つ耳に入れておきたいことがあります」
マンカシャオが神妙な面持ちで前に出てきた。眉を顰めると、彼女は耳元に手を添えて小声を放ってくる。
「戦争中、我等側についたゾオラキュールファングの幹部の亡骸が見つかりませんでした」
ゾオラキュールファングの幹部の亡骸――デーバのことか。
「塵一つ残さないほどに粉砕されてしまった可能性もありますが、どうにも不安が残ります。杞憂だと嬉しいのですが、どうかバロウ様の頭の隅にでも入れておいてください」
「ああ……悪いな探してもらって」
「いえ……」
デーバ……もしかしたら生きているかもしれないんじゃないかと地面の中を探してもらっていたが、まさかな……。
タナテルがとぼとぼと俺の前に歩み寄ってきた。しかし何かを話そうというわけではなく、足を止めると固まってしまう。
俺もアモーラとの約束があるから自らなにかを言う気にはならなかった。ただゲートが閉まらなければいいと願いながら固唾を呑んだ。
「バロウ……」
「……おう」
「バロウと一緒にいられて凄く楽しかった」
「……」
「……悩んだり、助けたいって思ったり、気持ちを共有したり……バロウと一緒にいられた時間が全部楽しかったし嬉しかった」
「ああ……俺もだ」
「バロウ、人には言わなくちゃ伝わらないことってあるみたいなんだよ。けど、おれとバロウなら伝わることだってある……よな?」
見上げてくるタナテルの潤んだ瞳は、涙を堪えているように思えた。この場に縛り付けてはならないと努力しているように思えた。
「ああ、勿論だ」
そう答えると、タナテルは微笑みながら拳を見せた。最期の別れの挨拶ということだろう。
俺は、拳を合わせた。
「お前もエルフ達も、この先ずっと俺たちの仲間だ! なにかあったら俺を呼べ! そしたら絶対駆けつけて来るから!!」
「おう!!」
タナテルの朝日で燦然と輝く笑顔を見送り、俺たちはゲートへと向き直る。
「行くぞお前等!」
「お兄ちゃんったら、今になってそれ?」
「うるさい……お前もだろ」
不思議と涙が流れ出てくる。昔はこうじゃなかったはずなのに、最近は更に涙もろくなってしまっている気がする。
「まったく、格好が付かないんだから」
「バカ野郎……男が、涙なんか見せんじゃねえよ……!」
「お前もだロ、ケンタぁあああ……!」
「ラキウス…………」
頬から零れる涙を拭い、俺たちはゲートへ向かって足を進めた。
いつかきっとまた逢える。だからこれは最後の別れじゃない。だから寂しくなんかない。
それがわかっていても、今の寂しさは涙を消してはくれなかった。
◇◇◇
やっとスリット王国へと帰ってきた。エルフの里とは違い、以前のヨルムンガンド事件が嘘のように賑わっている。
街を歩けば、子供達が水路にひしめいて元『水の都市』としての残痕が垣間見えた。
「……帰ってきたな」
「うん、ようやくだね」
この国を築いた伝説の魔法師アルティナ像の前まで来ると、それがやっと実感することができた。ゲートを出た後は暫く森の中だったからあまり里を出たと思えなかったからだ。
「そう安心していられないんでしょ? これからまた新しい道を進むことになる。バロウはそれも決めてる感じするし」
「まあな……あっちで色々なことがあったし、数日休んだら帝国に行こうと思う」
「その時はわたしも同行するのですね」
「カナリも? でもお前……この国はいいのかよ。あれからどうなったかは判らないが、国王代理がまた国を離れるのはよくないんじゃないか?」
とはいえ、カナリには来て欲しい。俺たちにとってもはやカナリは必要不可欠な存在だ。味方にいてこれ以上ないくらい頼れる人はいない。
「魔王が動き出した話は耳にしてる。流石にこのまま目を瞑ってばかりはいられないのですね。
先にティラを城に向かわせたから、代理を退くのは時間の問題。だから他の代理を別で立てるようになると思う」
「カナリがいてくれると心強い。戦争の時にはメノアも守ってくれたし、これからも頼むぞ」
「…………うん」
カナリは、そっぽを向いたかと思えば背後に隠れていた尻尾がそわそわするように横振りされていた。
わかりやすい……。
「数日ってどれくらいだ? 俺たちもそこまでには合流するけど、時間が空くならまた別行動させてもらうからな」
「そうだな。バロウ殿達の邪魔をするのも気まずいゆえ」
「こっちはこっちで久しぶりに羽を伸ばせる時間を楽しむつもりだヨ!」
「そうだな……カナリの方も時間が掛かりそうだし、5日は見ておくか。帝国までは結構距離があるしな、十分準備を整えることも踏まえてそのくらいが妥当なんじゃないか?」
「わかった。でも、魔王って言葉が出てくるくらい俺たちも割と来るところまで来ちまったっつーか」
「なんだケンタ? 不安なのかヨ!」
「無理もない。ケンタのゴールはおそらくその魔王を倒すことであるからな。正式に勇者となり、魔王と相対する場に立つのはそう遠くないことだろう」
そうなんだよな……。けど、紋章を持つ者はまだ出揃っていないのが現状だ。
【勇気】の俺を初め、【友情】のアミス、【誠実】のシンセリード、【希望】のケンタ、【光】のロゼ、【知識】のカナリ、【愛情】のタナテル。枠はあと二つ……【純真】と師匠の後継である【闇】だ。
もしアイスエルフの王女が言っていたことが本当ならこっちはかなり出遅れている。俺の運命が魔王から切れない以上、早いところ見つけないといけない。
俺は、【闇】と【純真】のどちらかがもしくはその両方が実力者の多い帝国にいると思っている。この前帝国を通った時にまみえた奴等の誰かかもしれないと思うほどまでだ。
ケンタ達と別れ、カナリもアルティナ大図書館へと戻って行った。
俺はロゼとメノア、そしてヴィスカの三人を連れてカナリに確保してもらっているホテルへと帰ってきた。
各々の部屋で休ませてもいいと思ったのだが、これからの方針を決めるために俺が借りている部屋に集まって貰った。ロゼとヴィスカは一つあるベッドの上を取り合い、結局二人してベッドに腰を下ろすことに。メノアにはフカフカの椅子に座らせ、俺は床に胡坐になった。紅狼はというと、メノアの膝の上で撫でられている。
カナリが貸してくれている部屋なこともあって四人集まっても狭いとは思わない丁度いい空間なので小会議をするにはもってこいだ。
「本当にウチもまざっていいのか?」
「ロゼを守ってくれてただろ。そしたらもうお前も仲間だよ、できれば今後も力を貸してほしいと思ってる」
「どうせ行くところないんだから、一緒に来なさい。それに今更よ、まだシュクリンゼルの件だって片付いていないのに一緒にいない理由の方がないじゃない!」
「ま、まあ……ロゼが来て欲しいって言うならどこにでも行ってやらなくもないけどさ!」
頬杖をついてはいるが、顔を赤くして照れているらしい。人に頼りにされるのに慣れていないんだろうが、二人にはもっとこういう機会を増やしてもらいたい。過去の記憶がどれだけ汚れていたとしても、未来を明るくすることだって無理じゃないんだ。
「帝国に行くって言ってたけど、お兄ちゃんはずっとあそこにだけは行きたくないって言ってたから意外だった」
「ああ……もうそういう我儘はやめようと思ったんだよ。嫌な事から目を背けるのはただの逃げだ。なにもしないでこのまま魔王が目の前に現れるのは避けたいしな」
「でも、なんで帝国なのかしら? この前の事件もあったし、わたしやバロウにとっては危険な場所よ!? 帝国軍に目を付けられている状態じゃ、動き難くてしょうがないわ」
「こいつがアホなだけだろ。ロゼ、こいつは考えているようで何も考えてないとんちんかんだぞ」
ヴィスカにとっての俺の評価低すぎないか……。
「……自信があるわけじゃないが、帝国になら紋章を持った奴が一人はいるんじゃないかと思ったんだ。今後魔王と戦うなら、紋章の宿り主を一人でも多く集めなきゃいけない。帝国は地方からも多くの腕っぷしが集うし、冒険者の宝庫とも言われているんだ」
「お兄ちゃんもね、帝国じゃ勇者になる前から【新世代】っていう頭角を現した若手冒険者の一人だったんだよ!」
「へえ~……頭はアレだけど、腕は昔からあったってことか」
「言っとくが、昔の話だからな!?」
「じゃあバロウは帝国に詳しいってわけね。行ったことがあるみたいだし」
「まあ……何年か帝国で冒険者として活動してたわけだからな」
「顔見知りもきっと多いよね……」
「それが面倒なんだよな……中には俺を目の仇にして襲って来ようとする奴等だっているみたいだし」
帝国近くを通っただけで通り魔みたいに襲われたからな……。
「もしかしたら帝国内じゃ俺はお前等と別行動をすることになるかもしれない。俺のせいで動きにくくなるのは避けたいからな。その時は、メノアを中心に紋章所持者を探してくれ」
「ていっても、どうやって探すつもりなわけ!? 作戦はあるの!? いつから発芽したかはわからないけど、紋章が宿っていたとして自覚しているかもわからない相手の区別なんてつきようがないでしょ!」
「うぐ…………そうなんだよな……」
「やっぱりポンコツ勇者」
「あはは……」
これまで紋章を宿した奴を自ら見つけたことなんて一度としてなかった。せめて力を使ってくれればなんとかなるとは思うけど、ケンタもロゼもいきなりだったし、カナリが知識の紋章を宿していたなんて全然気付かなかったくらいだからな……。
課題は他にもあるが、これをなんとかしないと収獲無しで戻ってくる羽目になりかねないな。




