1話:プロローグ2 間違った勇気
夜になって自分の寝床で眠ると夢を見た。その光景は以前に見た事があり、それが俺が8歳の時に見た夢と同じ場所だと理解するのにそう時間は掛からなく、夢である事に気付いた要因にもなった。
明るいだけで辺りを見渡しても何もなく、気が付けば一人の青年が俺の後ろに立っており、その存在に気づいて振り返って顔を見るが、その青年には見覚えがなかった。
前回ここへ来た時、ここにはお爺さんの神様がいたはずだった。白髪頭の腑抜けた爺さんだった。しかしここにいるのは中分けの青髪で頭に金色の草を乗っけた細く尖った目の俺と同じくらいに見える若い男だ。白い布を纏っているものの中肉中背の体を所々で露わにしている。
俺は、不審に思って腰を落として構え警戒した。
「誰だ? 神様はどうした、あの爺さんの――」
「ふん、あやつはここにはおらぬ」
愛想の無さそうなその男は、俺をゴミを見るような目で見ながら偉そうに一言。
「我も神である、崇めよ」
いや、神様はあの爺さんのはずだろ。
まさか神様は一人じゃないのか? 俺はそういう宗教的な事は全然だが、それならば何故面識のあるあの爺さんではなく、この男が俺の前に出てくるんだ? どう見ても俺と同い年くらいだし……。
「意味がわかんないんだが……」
「残念ながら、お主は勇者の立場から退いてもらう」
困り顔で応答し、唐突に出てくる言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。
「は? 何言ってんだよ……てかあんた誰?」
疑問が錯綜して俺の頭は収拾のつかない事になっており、自然と体から力が抜けていく末に警戒を解いていた。
毎回だが、ここに来ると全く意味の分からないことを誰かに言われるようだ。前は、『勇者候補になった』。今回は、勇者の立場から退け? 矛盾してるぜホント。
「お主は身勝手に紋章を扱い、『間違った勇気』で仲間を殺した。勇者には相応しくない」
喋り方だけは神っぽさがあるが、こいつの言ってることが何一つ頭に入ってこない。何も理解できない。
俺は冗談を言われたのかと思って苦笑いを浮かべながら酒の勢いをそのままに自信満々につらつらと話し始める。
「間違った勇気? 意味わかんねーよ。
これまで俺は良くやってきただろ。魔王軍幹部を倒したのも俺のおかげだ。俺がいなきゃ、百年倒せなかった幹部を逃がしていたはずだ。俺無しでこの先のパーティがどうなるか、あんたに想像できんのかよ」
「――いいか? 我等は魔王を倒せる者を必要としているのであって、死にたがりを勇者にすることはできないんだよ。
なぜなら、魔王へ辿り着く前に貴様は死んでいるからな」
「お、俺が死にたがり? さっきから何意味わかんないこと言って――」
「貴様は、良く言えば単騎で大勢の敵相手に殲滅できる力を持っている。今まではそれで他の者も付いて来たであろうが、これからは違う。
もう子供の時間は終わりなのだ、仲間を死なせる勇者では魔王を倒すことはできぬ」
何故か目の前の男と話している内にこれまでの人生を落ち着いて考えるようになっていった。言葉がすんなり頭に入っていくようになった。
心当たりなんていくらでもあった。散々アミスに言われていたけど、俺はあいつが嫌いだからまったく頭に入ってこなかった。何を言われても戦果を出すことが全てだと考えてきたのだ。
最初は妹と冒険者をやって、どんなピンチでも紋章の力で薙ぎ払ってきて、それを見た奴等が仲間になってくれて、その勢いのまま突き進んできて――そのせいで死なせた奴もいる。
今までは死ぬのは仕方のない事、弱いせいだと言い聞かせてここまで来たけれど、それは先陣切っていった俺のせいだと記憶が駆け巡った。
俺は、段々状況を理解してきて焦りからか冷や汗を搔きながら何かに押さえつけられているような感覚に陥っていた。
「ま、待ってくれよ……。そしたら俺の紋章はどうなんだよ? 勇気の勇者がいなくなれば、魔王軍との戦いも遅延するだろ」
男は俺に背中を向け、現実を促すようにゆっくりと述べていく。
「もう少しなら我等も待てる。紋章はまた選定を始め、真に相応しい者へ行きつくだろう。
お主はお払い箱だ、精々力を失った抜け殻で魔王軍から逃げて生きるといい」
なんだよそれ……俺はお払い箱って納得いかねぇよ……。
俺がこれまでどれだけの事をしてきたと思ってんだ。何のためにここまで俺は頑張って来たんだよ……。俺は誰のために――
目を覚ますと、俺の全身からビッショリと汗が吹き出しており、胸を確認すると俺の紋章は消えていた。更に何かが俺を押さえつける感覚も残っていた。
その後、直ぐに荷造りして朝のうちに俺は泊まっていた宿舎を飛び出した。装備は申し訳なさから身に着けていた装備全てを置いていった。俺の相棒だった長槍『ノーチュラス』、空気防御壁を作り出せる指輪、意識持つマントなどをだ。
怖かった。俺が仲間を殺していたと思うと、申し訳なくて誰の顔も見られる気がしなかった。
何かの糸が切れたように俺にはもう自信というものが無くなっていた。
俺はひたすら見えない何かを恐れて走った。最前線は危ないと置いてきた妹のメノアがいる街に戻り、妹を連れて放浪の旅を始めた。いままで来た道を隠れながら戻る旅、知っていることも多く来た時より楽に戻ることができた。
妹は優しく俺の話を聞いてくれ、俺の意志を尊重してくれた。何度メノアに助けられたことか……。
俺の力が失ったことは旅路を戻る途中で嫌という程味わった。剣には威力がなく、魔法は初級魔法より上を使えず、重宝していた身体能力向上の魔法は一切使えない。その上ステータス自体が下がっているので動きが悪く、最初は走るのも頭のイメージが身体に追いつかないことが多々あった。これでも八から十二の歳になるまで師匠に教えをこいて鍛えて来たのに俺が弱いただの一般人と変わらない事が現実として俺を襲って更に自信を無くし、気づけば最前線から大分離れた街のカマナンまで行きついていた。
そこで食つなぐ為の依頼を受け、こんな辺境の地まで流れて来たわけだ。
金には困っていなかった。魔王軍を倒してきた功績で得たお金を使っていなかったのでその資金が残っていた。おかげで一軒家も持つことが出来た。
ここでは何も隠すことがなくていい、俺を知る者はいないから最前線へ連れ去られることもない。
ただ、今でも俺の心には棘が刺さっていて、二度と抜ける事は無いだろう。せめてひっそりとここで妹と暮らしていければそれでいい。
幸い出てくる魔物や魔獣は、普通の冒険者でも倒せるゴブリンが大半だった。偶にオークみたいな大きなやつも出ることがあるが、それでも今の俺でも楽勝だ。冒険者業が終われば、最近始めた家の庭に作った畑で野菜を育てている。野菜を見ている内は、全てを忘れられるから最近のマイブームになっているかもしれない。近所のおばさん達にも教えてもらいながら見様見真似でやっている感じだ。
俺は産まれて間もなく、孤児でメノアの両親に拾われた。バロウという名前は、拾われた時に一緒に入っていた紙に書いてあったそうだ。
メノアとは二歳ほど離れており、ずっと一緒に育ってきた。俺の義理の親にしてメノアの実の親は殺されてしまったから、今では唯一の家族。だがら故郷はなく、こうやって逃げたら戻る場所なんてなくて放浪するしかなかったのだ。




