186話 大魔法よ誇りと共に
砂煙が晴れていくも沈黙の時間が流れた。
それがどれほど続いて欲しかったか。まだ、もっと、という思いがエルフの脳裏に過る頃。
ナーガは一気に体を起こし、怒りの表情を露わにした。
「このクソ野郎どもがァ――――ッ!!!」
しかし、ナーガは瞬間的に気付いた。唖然として見上げる先で、メノアの魔法は完成の域に達していた。
迫り上がるメノアの魔力が空中で大きな魔力溜りを作り、それが巨大な玉へと昇華されている。
暗雲を晴らし、空や大地を神々しく照らしていた。
「皆の想い、辛み、そして誇り。全てを乗せて過去との因果と共にこの戦いに終止符を!」
メノアの瞳に聖紋が浮かび上がっていた。
自分より小さく、されど全くの恐怖がないメノアと魔法にナーガは狼狽えた。
だが――
「くっ……いいぜ! 撃ってこい小娘!
この俺が不死身であることを証明してやる!!
エルフが、チビ共が、この俺を殺すことなどできないことをその目に焼き尽くせ!!」
ナーガは、迎えるように身体を縦に構えた。
まるで本当に耐え切るような口振りで、エルフたちはただの開き直りには思えなかった。
「まさか、これをも耐えるというのか!?」
「ただの妄言だ! これほどの魔力に耐え切る存在など、この世に存在しない!」
その騒然した場を静まらせたのは、メノアだった。
一言も発せず、魔力を高め、更に魔法の玉を一回り大きくする。
「もう……誰の傷つく姿を見たくない。もう……戦争や復讐や、支配はいらない!!
わたしは! わたしたちは! 平穏な暮らしをしたいだけ!
あなたがその邪魔をしようとするのなら……利己的に支配を強要し、不幸の連鎖を続けるというのなら、わたしはそれを止める!
これ以上、わたしの仲間や友達を傷つけさせない為に!!」
まるで吸い込まれていくようにメノアの体は魔力を辿って空にある魔法へと移動する。
「そうだ! 我々は、過去や現在の清算だけではない!
未来をも、こいつの好き勝手にはさせない為に、今こうして戦っているのだ!
心配は無用だ! 我々には、我々の魔法があるのだ!!」
エルフたちに希望が芽生える。
メノアの決意が自然と伝播し、広がっていった。
「黙れエルフ! 支配のどこが悪い? 己が欲望を果たそうとして何が悪い!
人間だっていつもそうだろ! 自分が良ければ他人などどうでもいい! 常識も良識も不都合なことを曖昧にする戯言さ!
結局は、自分の思い通りを描き、享受する! それがこの世の、お前等の自然の摂理ってやつだろ!
俺は、人間の姿でそれを間近に見てきた。滑稽だったよ……小さいことでも他を蹴落とし自分の利益を最大限にする。それが人間の浅はかさだ!
どうでもいいことに命や金、労働力を浪費し、ちっぽけな欲を満たそうとする。お前等もそうだ! 何の関係のない分際で、戦争に参加し命を無駄にしている。これほどバカなことはあるか!?
偽善者にしても、行き過ぎた考えだ。力に翻弄されている証拠だな!
だが、安心していいぞ。お前等がこれまで、そしてこれから描く愚かな人生を終わらせてやる。
もう、馬鹿な醜態をお前らは晒さなくて済むんだ! ありがたく思え!!」
「自分勝手な言い訳……。
確かに人には時に過ちを繰り返す。けれど結局、あなたは誰でもいいから人を殺したいだけでしょう。呆れ果てて、言葉も出ない」
「ふっ……ああそうだ! 俺は、自分の欲を満たすためにお前等を殺したい!!」
「させない!」
メノアが魔力を放とうと両手を広げる。
互いに睨み合う中、ナーガは笑みを崩さなかった。嘲笑うように未だ受け入れる姿勢を継続している。
「来い! お前のその魔法を俺が耐えきったあかつきには、てめェら全員、俺の餌だァッ!!」
ナーガの覇気にエルフたちは膝から崩れる。魔力の低下により、耐性が落ち込んで立つこともできなかった。
「わたしたちの全てを食らって朽ち果てろ外道!!」
――行け!
――ぶちかませ!!
エルフ達の声援を受け、メノアは魔法を放った。
空気に振動を与え、気流や重力を侵しながら進む。それは、ナーガに近づくにつれて地面の石や岩を引力と斥力の入り交じった力で粉砕した。
そして、高らかな音を響かせナーガの体へと衝突する。
圧倒的までの圧力にナーガの身は押されてよじれ、それまでの笑みを消し去った。
苦しそうな唸り声をあげる。脚を引きずり、どんどん森だった後方へ押されていく。
「ぐ……んぐぐぐ!! こんな……こんなものォ!!」
だが、ナーガもやっとのことで踏ん張りを強めると、それから動かなくなってしまう。
メノアは更に圧力を強めようとするが、想像以上にナーガの押し返しが強かった。
最初から力の限界値まで押し込んでいた為に余力がないメノア。それに対し、ナーガにはまだ力を残しているようで気を抜けばすぐに押し返されてしまいそうである。
様子を見送っているエルフたちも想像以上の出来事に目を丸くしていた。
「あれほどの魔力を、本当に受け止めているというのか……?」
「私たちの全てを掛けた魔法だぞ!? これ以上など、私たちにはない!」
「皆の者! メノア殿を信じるのだ!
我々の力が竜などに屈指などしない! 我々の誇りは屈指などしないのだ!!」
「そうだ! メノア殿、頼む!」
懇願を受けるも、メノアは既に全力だった。押し返されないよう踏みとどまる以上にできることはなかった。
汗がびっしょりとし、歯を噛み締めている。未だ終わっていない勝負の中で、負けた顔をしないと努力し、引きつった表情をしている。
もっと……もっとわたしに力があれば……!!
「そのまま全力を出すのですね!」
「カナリさん!?」
その時、メノアの下にカナリが飛行してきた。
手を貸すようにメノアと共に魔法への圧力を強め始める。
すると――再びナーガを押し始めた。
「んぐ!? な、なんだと……!?
俺の力を更に上回っている!? んく……ざけんじゃねェ!!」
ナーガは踏みとどまろうと地面を抉り、つっかえようとした。
「もうあなたは終わり。
知識の紋章を持つわたしと、聖女の力を持つメノアに勝るとは思わないことですね! メノア!」
カナリの呼び掛けにメノアは答えるように頷いた。
「聖廻・レグレッション・バースト!!」
急激な圧力の上昇にナーガの身が浮いた。
その瞬間、魔力玉が膨らんだかと思えば爆発的な光線を放つ。
急激な魔力爆発の影響で衝撃波と余波が流れ、エルフの里一帯に魔素が充満していく。
影響を受けたエルフたちは、衝撃波に耐えられずに吹き飛んでしまった。
爆発の余韻が静まるが、音を失くしたのは魔力の反動によるものだった。
メノアもカナリも地面に落下し、倒れている。音の波が変に入って音による状況判断ができていない。
目をしぱしぱさせ、二人は立ち上がった。
状態を把握したカナリがメノアに触れ、蝸牛を直す。おかげで再び音が元に戻った。
パラパラとした土が空から地面に落ちる音がしていた。エルフたちは騒然としていて、それが何故なのか直ぐに判る。
ドシンという大きな足音が再びしていたからだった。
「うそ……」
「っ……」
悔し気に曇らせる顔をまた嘲笑うかのようにナーガは煙を纏ってやってきた。
「ククククク…………いいぞお……。
その顔が見たかった……!」
前半身は火傷などで皮を崩しているが、それに関係なくナーガ自身は悠々としている。
エルフたちは項垂れ、諦めを覚悟する。
もはやあの巨体を倒せる技も魔法も存在せず、死を待つように目を逸らしていった。
「だから言っただろう? 努力しても、足掻いても、死を否定したとして、運命を捻じ曲げることなどできやしねェ!
人は、生き死にを自分じゃ選べねェ。この俺がお前等の死を、絶望を、裁定してやる! 感謝しやがれ屍共!! クハハハハハ!!」
「貴様なんぞに選ばれる運命を私たちはしていない!!」
シュバルクインは違った。一人、剣を掲げて立ち上がり、戦闘意志を示している。
「彼の言う通りです。わたしたちは、わたしたちの望む未来を、運命を掴み取るまで、何度でも立ち上がります。
それが、古来より培ってきたわたしたちの業なのですから!」
「我々も同じだ。
エルフは、戦いを前にして背を向ける愚か者ではない! 先陣切って常に身を投じる英雄の若子なのだ!!」
マンカシャオとクラウディエットもシュバルクインの下へ集う。
三人は、道を開けるようにして一人の少年の道を作った。
「ふぅ……」
息を整える為か、またはそれ以外が理由か。
バロウは、脈動するような魔力を宿し、歩いて来ている。
「バロウ……」
「お兄ちゃん……」
バロウは、三人の前でカナリとメノアの二人を見向きもせずにナーガを見上げた。
強く、そして睨み付けるように怖い顔だった。
それに対し、デーバは演技がましく嘆く。
「嗚呼……勇者、バロウ。なんて勇ましく、そして人の業を背負う者だ。
また懲りずに俺の前に現れ、復讐の為に命を燃やすのか? それでまた俺を殺せず、俺に人を殺させる。
屈辱とは思わないのか? 俺と戦ったが倒せず、俺はお前の後ろにいるバカなエルフ共を殺すんだぞ? 俺なら、自分の行いを恥と思ってもう何もやる気がしないねえ。
だが、お前はそうじゃない。どれだけ痛みつけられようと、俺の前から消えたりなどしない。
なんて馬鹿で傲慢なクソ野郎……!」
「口喧嘩がしたいのか? それがお前の望みか?
悪いな。俺は――お前を倒す為に今ここにいる!!」
バロウの右拳に赤く、強い魔力を集約した。
「死にぞこないのお前に何ができる? 俺から奪った魔力もちっぽけで、俺を倒すまでには至らない雀の涙。
お前一人に何ができる!?」
「俺が一人? 俺は、一度も一人になったことなんてないぜ」
そう言うと、バロウの下に集うように次々と仲間が集合した。ロゼ、ヴィスカ、ゾアス、ラキウス、デーバ、フラウ、エルゼルダの七人が。
それぞれが逞しく胸を張って同じようにナーガを睨み付けていた。




