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勇者に相応しくないと勇者を解雇されたので、辺境の地まで逃げることにしました  作者: 天空 宮
第五章 「ゾオラキュールの牙VSチグハグ軍団」
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175話 愛情覚醒

 なんだコレ……声が聞こえる……!?


(――ユリン……)


 誰の声だ?


 ドクン……ドクン……ドクン……。


 鼓動もうるさい。

 アモーラが死んで、悲しんでいるのか……?


(いいえ、わたしが……ユリン、あなたに宿った影響です)

「だ、誰だっ!?」


 タナテルは、左右を見回し声の主を探した。

 しかし、エルフの里の荒んだ様以外は空中で水晶相手に呆気に取られているバーユの姿のみ。


 聞き覚えがある。

 いや、さっきまで聞いていたはずの声。

 弱弱しいのと鮮明でない声で上手く比較しにくいけれど、これは――


(わたしですよ、ユリン。

 ――アモーラ、です)


 ありえ……ない……!!


 タナテルは突っ伏し、泣きながらぎこちなく笑った。

 どんな感情をしているのか、自分でも判らず困惑した様子だった。


「おま……おまえ、生きてたのかよ……。

 良かったぁ……!」

(生きている、と言うには齟齬がありますが、今こうしてあなたと話せているのは勇者に宿る力――紋章の力のおかげです)


 アモーラの温かい声で徐々にタナテルの相好が整われる。


「けど、どこにいるんだよ? おれには声しか聞こえない」

(……申し訳ありませんが、わたしはもうこの世界で生身で活動することはできなくなってしまいました)

「……それって――」

(はい、こうして声を届かせることはできますが、もうバロウ様に抱き着くことは出来なくなってしまいました……!!)


 斜め上の返しに状況に似合わず表情は苦くなる。


「こんな時に何を言っているんだよ! おまえ状況わかってんのか!?」

(すみません。あまりにも残念で……)

「そんなにバロウが好きなのかよ」

(好きですけど、なにか?)


 たく、死んだと思ったら……。これじゃあ心配しようにもしきれないじゃないか。


(さて――それでは説明している暇はあまりなさそうなので、簡潔にこれからのことを説明します)

「お、おう……」

(まずは、あなたには今バロウ様やロゼ様たちと同じ勇者が持つべき力――『紋章』が宿っています)

「…………はぁ?」

(ユリンは手にしてまだ数分程しか経っていない状態……。ですが、おかげでわたしがユリンの体を使って能力を使うことができます。

 なのですみませんが、暫くの間わたしに体を貸してください)

「……まぁ、それは別に構わないけど……一体どうするつもりなんだ?

 おれの力を使ったってあいつには歯が立たないことくらい、もうさっきので判り切ってるぞ」

(わたしたちが宿す紋章は『愛情』。その特性は回復です。

 そして、それは人に対してだけでなく、物質に対しても有効なのです)

「……」


 タナテルは理解ができないように表情を歪ませる。


(ま、まぁ……わたしに任せていただければなんとかしてみせます)

「わかった……。

 皆には、ここはおれたちに任せろって言ったからな。あいつを倒せるなら、やってくれ!」

(その気概だけは好きでしたよ)

「今そこ言うかぁ!?」


 エルフの里にタナテルの大きなツッコミが響いた。









 どういうことだ?

 これまでずっと何の反応も示さなかった水晶が奴の死をもって息を吹き返したように光り出した。

 これには何か意味がある気がする……。


『その大樹を含め、貴方が盗み出したそれはエルフにのみ与えられたもの。けしてあなた方が扱えるようにはできていません』


 バーユは先程のアモーラの言葉が引っ掛かっていた。


 まさかな……。

 これは、リーダーが欲する何かに関係していると見たほうがよさそうだ。


「さて」

「ッ――」


 背後から声を掛けられ振り返る。

 しかし、そこにいたのがタナテルという幼子なのが判り、肩透かしした。

 タナテルは下方に風魔法を放つことでバーユのいる空中にまで浮いて来ていた。


「またテメーか。残念だったな、何者も死を抗うことなどできないことがこれで証明された訳だ」

「何を図に乗っているのか……。

 ――そろそろそれは返して頂きます」

「ガキが……口を慎めよ? そう生き急がなくとも、俺が直ぐに殺して――」


 バーユの言葉を遮るようにタナテルの魔力が急激に上昇する。


「改めて、ご挨拶しましょう。

 ――アモーラとユリン・タナテル・シャーロット……これより先、最後の【愛情】の紋章を宿す継承者です」


 その瞬間、タナテルの背に愛情の紋章が浮き出た。

 バーユの目にはタナテルが一瞬アモーラに見える。

 有り得ないような光景を目の当たりにしてバーユは呆然と立ち尽くした。


「(――愛情アモーラ覚醒)」

「これは……さっきのエルフ女の魔力だというのか……!?」

「さぁ、ここから反撃開始です」


 タナテルは手を伸ばし、バーユに触れようとする。

 気味が悪そうにバーユは風を巻き起こし、近づかせまいとする。


「どこを見ているのですか?」


 しかし、いつの間にかタナテルはバーユの背後を取っており、バーユの背中に触れた。

 その手を媒介にしてバーユの魔力が一気にタナテルへと流れ出る。


「ドレインタッチ」

「ふぐっ……!!

 っ――寄るなァ!!」


 バーユは振り返り様にカマイタチを飛ばす。すると、タナテルの体はいくつにも刻まれてしまった。

 しかし、その影はうっすらと薄くなっていき、やがて消えてしまう。


「……どうなっている……?」


 何が起こっているのか、理解できないようにバーユは困惑の色を強めた。


(すげぇ……おれの魔法があんなに強そうなヤツに効くなんて……!)

(ええ、これも紋章による魔法への補助効果があるおかげです。ユリンがあの図書館で学んでいた魔法がこうも役に立つとは……わたし自身驚いていますよ)


 しかし、これらは全て付け焼刃の浅知恵でしかありません。

 紋章に慣れていない分の魔力を補うことには成功しましたが、それでもどれほど時間を稼げるか……。


「そこか!」


 バーユは下へ向かってカマイタチを飛ばす。

 すると、タナテルの姿が飛行し始める姿が現れた。


「前後左右を錯覚させる魔法に実像分身か。こざかしい真似をしてくれる!」

「まだまだこれからですよ!」


 本物のタナテルの姿を消すようにバーユの周りに分身が十数体出現した。


「この俺にまだそんなちんけな魔法が通用すると思っているのはお笑いものだな。

 今一度格の違いを思い出させてやる!」

「掛かりましたね!」


 分身それぞれへ向けてカマイタチを放つが、分身達はそれを避ける素振りを一つも魅せなかった。それどころか、受け入れるようにしていた。

 それは、アモーラの罠だった。

 カマイタチによって分身達が消えると同時にそれぞれ爆発を起こした。


「煙幕のつもりか!」


 その瞬間、パァンと手を合わせるような高い音が鳴る。

 タナテルが領域魔法の準備に取り掛かっていた。


「領域展開――《祁封濫纏殊ぎふうらんてんしゅ》!!」


 バーユの周囲が一気に暗くなる。


 これは……領域魔法か!

 今更なんのつもりだ? 未だこの手にテメーが欲するブツがあるというのに、バカなヤツだ。


 余裕を持っていたバーユだったが、その瞬間に全身を縛る黒い何かが纏わりつき始めた。

 縄状の物や帯状の物、錠や輪といった拘束具が次々とバーユの体を束縛そくばくしようとする。


「こんな物……」


 バーユは魔力で吹き飛ばそうと力をいれるが、それができなかった。


「この領域内では、わたし以外魔法はおろか魔力でさえ操ることはできません」


 すると、漆黒の闇の中からタナテルが姿を現した。


「無駄な事だな。魔力などなくとも、この程度なら力でどうにでもなる」

「それはこの拘束具たちの耐久力が底をついた時の話」

「何?」

「いくらあなたが力で破壊しようとも、わたしの回復能力で耐久力を引き戻します。ここからはあなたの力がわたしの回復力を超えることができるのか、勝負です」

「ふん、こんなもの時間稼ぎにもなら――ッ!!?」


 力を入れるも、体を縛る無機物はビクともしなかった。


「ただの物と思っていませんか? これはこの領域内で生成され、更にはあなたを容易に縛ることができた魔力で構成された拘束具ですよ?

 それと言い忘れていましたが、当然の如くわたしの魔力の方があなたの力よりまされば、あなたを縛り絞め殺してしますからね」

「テメー……誰を相手にいい気になってやがる!!

 この俺に殺すだと!? ふざけるのも大概にしやがれッ!!

 ハァアアアアアアアアアアアア!!!!」


 渾身の力を籠め、バーユは黒に塗れた拘束具を粉砕しようとする。

 反対にタナテルは拘束具に手をかざし、破壊されぬように端から回復をしていった。


(く……やはりこの人、強い……!)

(諦めんな! なんとしてもここはおれたちで踏ん張るしかねーんだ!

 何が何でも引き剥がされるんじゃねェ!!)

(わかってます!)


 まったく……バロウ様に言われている気がしてしまいますね……!


「やぁああああああああああ!!!」


 びちびちと千切れそうな音が鳴る。それも回復により戻そうとする。

 更には領域魔法は次々と拘束具の上から更に拘束具を付けたし始めた。


 この領域魔法は一世紀前、先代が魔王相手に行使し一時の時間を稼いだほどの技。そう易々と振りほどかれては困ります!


 バーユは血管が浮き出るほどまでに力を籠め、もう序盤に付けられた拘束具は破っていた。

 しかし、どんどん増える拘束具によってあと一歩及ばない。


 ふっざけるな……俺の力は絶対だ……!!

 何人も俺を束縛することなどありはしない!!


「小娘がぁああああああ!!!」


 怪物のような雄叫びが響き、タナテル自身の膝が崩れそうになるがなんとか耐える。


 ここでおれが倒れてたまるかよ!

 この戦争の中核を担った責任は、少しは果たせなきゃ皆に合わせる顔がないだろうが!

 このくらいできないで、次につなげられっかよっ!!


「まだまだ……終わりじゃねェえええええええ!!」

「ぐっふっっ……!!?」


 タナテルが奮起したことにより、回復力が向上した。それにより、バーユを縛る力が増した。


(いいですよユリン! このまま押さえ込みましょう!!)

(当たり前だ!!)


 力を緩めたつもりはなかった。

 しかし、力と力のぶつかり合いになった瞬間、魔力と力を同時に受けていた拘束具の方が限界を迎えてしまった。


 嘘……だろ?


 しまった……!!

 ただでさえ馴染み切っていない体で無理をし過ぎてしまった! これでは!


 一気に解き放たれたバーユは一目散にタナテルへと向かい走る。

 そして、腹を容赦なく蹴り飛ばした。


「ごふっ……」


 魔力を使うのに全力を尽くしていた反動か、タナテルは直ぐに対応することは不可能であり、直撃を受ける。

 瞬間的に領域魔法は消えてしまった。

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