171話 血解
再びケンタと拳を交える間に火神は話しだす。
「【火山の魔神】を知ってるか?」
「知るかよ、んなもん!」
「何を隠そうこの俺が過去に呼ばれた二つ名だw
自慢て訳じゃないぜ? 人は誰しも恐れる対象か自分達にはできない芸当をする者に本物の神を差し置いて神と呼ぶ。日頃からある話だ。
俺等が神と呼ばれるのもそれに紐づく話だ。俺はその名残でアグニと名付けられたんだけどなw」
「だから、何の話だよ!」
ケンタが話す隙を作らせまいと猛攻を続けるが、アグニには一歩届かないようだった。
ケンタの拳は受け止められ、笑いながら話を続けられる。
「まあ聞けよ。俺たちはそのレベルを超えてるっつー話だ。
俺たちはな、本物の神と信じられ神と呼ばれたのさw
だからな、俺たちは人間としての神ではなく、神として神と呼ばれたってことよ」
「それがどうした!? 俺にはどっちでも変わんねーけどな!」
「ちっちっちw 大きく変わるぜこれは!
何せ人は心から俺を神と称し、そして、その神によって殺戮を受けたんだw
笑えるだろ? 助けを求める相手であるはずの神に悪魔のような仕打ちを行使されるw
希望から絶望に変わるその瞬間、俺は全てを超越したような優越感を感じたぞぉ……ww
フハハハハハハ!!!」
気味の悪い高笑いを前にしケンタは身構える。
「つーわけだ、バカ鳥にしては悪くない立ち回りに悪くない戦いだった。
だっただw もう過去の話。
こっからはもうお前に合わせる気はない。バーユの野郎がキレてなっちまったもんだからなぁ……俺も見せなきゃいかんでしょw」
そう言うと、アグニの雰囲気がまるで別の生き物のように一変する。
最初にここでこいつを見た時、少しだけ感じてしまったんだ。
今まで感じたことのない絶対的で異様な恐怖を……。
――それをまた思い出させられた。
アグニの体は燃えるような魔力に包み込まれていく。
すると、その炎の合間から白く人間の骨のような骸骨の顔が垣間見えた。
「あ゛あ……懐かしいぜw
判るか? この熱さをよw」
仮面越しの震えた声が通る。
ケンタは自然と後退りした。
炎がたちまち消え、中から現れる者に恐怖心を抱いた。
白骨で不気味な仮面をかぶり、髪は炎を帯びている。
落ち窪んでいる仮面の目奥では黄色の瞳が怪しげに光っていた。
炭のように黒い腕と脚に焼身の権化の容姿。
それを前にして、ケンタはまるで巨人とまみえているかのようなイメージを掻き立てられた。
「判るぜw
人が死を直感する時の顔だァ……w
俺はなァ……そうやって勝てると思っているヤツが絶望を直感した時のその顔が好きなんだw
人は誰しも自分より弱いヤツを見た目や種族で決める。俺も外見がヒューマンだ。当然のように下に見られた。
けどよw そいつら全員俺がちょっと殺気とばしただけでちびっちまってんだww
それがたまらなく好きなんだよw! だって笑えるだろww」
ふっざけんな!!
俺は、俺のこの力は……勇者の力なんだぞ!
使いこなせないと意味が無いって言われて修行もした。ホプと一緒に頑張ってきたんだ!
それが……それが何で、こんなにも通用しないなんて思わせられなくちゃいけないんだ……!?
「おうおぅw
怖すぎてちびっちまったかw?」
ケンタの足は無意識に震えていた。
何も言い返す気にもならないほどで、虚ろな目を下へ向けていた。
ケンタも見ただけで相手の力量が測れるようになっており、既にこれ以上を諦めかけていたのだった。
くそ……超人類なら勝てるって思ってたのによ……!!
◇◇◇
少し前――。
バロウは、デーバのスピードに翻弄されていた。
「くっ……!」
バロウの飛躍的なまでの成長を受け、楽しげな笑みを浮かべると徐々に速度を上げ始めた。
攻撃こそまだなものの、そのスピードに対しバロウは目で追うのが精一杯に。
やがてデーバが過ぎ去った後には黒い残像が残るまでになっていた。
少しは本気出す気になったのか……?
けど、やっぱ速いな……。
思考を破るようにデーバの魔力でできた黒い爪がバロウを襲うとするが、バロウはこれを紙一重で回避する。
髪を掠めて切られた数本の髪が舞う中、バロウは苦笑いする。
あぶねえ……。
「フハハハハハハ!!」
しかし、その刹那に目が合うデーバは不気味に笑い声を発する。
それに悪寒が過ぎるバロウは冷や汗を流す。
「っ……!?」
今の回避によってバロウの体勢は崩れていた。
その隙を狙うようにデーバは突き進んだ先で鋭角に二度曲がり、バロウの背後を突く。
「《暗闇殺》」
「《赤流陣》!!」
バロウは、地面へ向かって拳を振り下ろす。
すると、バロウの腕より円形状の波紋が放たれる。デーバはこれに爪を振るい、押し返される。
「んぐ……!」
再び向かい合う二人は互いに笑みを浮かべる。
「少しはやる気になってくれたのか?」
あいつの長い爪みたいなの……それ自体に攻撃力は感じないが、奴のあのスピードだ……何回も来られると流石に腕や脚の一本か二本、持っていかれそうだ……。
「さあな……」
パワーはあっちが一枚上手のようだな。
しかし……今のは付近での曲直攻撃だったからに過ぎない。リードを長くとればパワーでさえ俺の方が上になる。
「ふぅ……」
緊張の糸を切るようにバロウは力を抜いて息を吐く。
その様子を呆然と見るデーバは顔を顰めた。
「そろそろ……俺は準備運動終わりにしていいか?
寝起き直ぐの寝ぼけも今のでなんとなく取れたしな」
「……ほう? 今までのが準備運動だったと言うのか?」
「まあな。けど、こんなのはまだまだ俺の本気じゃないことは判ってただろ」
「……」
静まり返る戦場でバロウから噴き出るような風が張り詰めた空気をも吹き飛ばす。
魔力の高まりに合わせるようにバロウの口が綻んでいく。
「《真紅の閃》――ッ!!」
バロウより湧き出る真紅いオーラが途端に右腕に収束する。
「フン、何かと思えば学のない。さっきと同じ魔力でできた拳なだけか。
失望させてくれる」
「あんまり甘くみない方がいいぜ? こいつは、お前でも避けられねェぞ!!」
「ありのしないことをペラペラしゃべりやがって」
バロウは千鳥足で左足を前に出し、オーラを纏う右腕を振りかぶる。
「俺の速度にお前が付いてこれるはずがない。
速度型と攻撃型では、前者の方に圧倒的に分がある。パワーがどれほど高かろうが、その攻撃が当たらなければ意味がないからだ。
それを知っていての妄言か!」
「行くぜユウ……まずは挨拶代わりだ!!」
(何も知らない黒の小僧を脅かしてやろう)
バロウは力を込めて踏ん張る。
すると、バロウの右腕がより一層の迫力とオーラの昂りを見せた。
赤黒い稲妻を迸らせ、周囲を真紅に染める波動が暗い森を騒がせ、波打っている。
「――《竜の牙》!!」
振り抜いた拳より押し出す風と共に出でる赤竜。
目力と迫力のあるその拳に悪寒の過るデーバは逃げるように走った。
しかし、空を駆けるようにバロウの拳より放たれた竜はそれを追随する。
瞬く間に速度を上げるデーバでも、宙を飛ぶ拳からは逃れることはできなかった。
逃げて直ぐに背後から覆いかぶされる。
「くっ……」
デーバの背中に直撃すると、骨を軋ませる音を響かせ、仰け反らせる。
更には押し寄せるようなその竜の勢いに弾かれ、空を無造作に舞った。
「スピーダーだか、なんだか言ってっけど、そんな尺度で人を見るからこうやって隙を突かれるんだぜ」
悠然と空を漂うデーバを下から眺めながらバロウは呟く。
すると――静寂を続けていたデーバの瞼が開く。
その瞬間、遠くより凶悪なまでの殺気を感じる。
デーバからのものではなかったが、背後から迫るような尖った殺気にバロウは思わず振り向く。
「あいつらが……本気を出したみたいだな」
デーバの声で再び前を見た。
着地したあとに顔を上げるデーバは、バロウへ向けて不敵な笑みを見せつけていた。
「俺たちはただのヒューマンではない。産まれ持ってこの力を有した限られた人種だ。
普段はその力を抑えてはいるが、やろうと思えばこんなちんけな里など直ぐに崩壊させることのできる力を有している。
それを最初にしなかったのは、この里にあるという水晶と樹を我々のものとする為だ。
しかし、お前たちもなかなかやれるらしい。あいつ等が本気を出すなど、まずないことだ」
「本気だと? あの無表情と仮面の野郎か」
「神の名を貰った俺たちは、通常状態より先の状態がある。
たとえお前たちがいくら強かろうが、それに勝つことは不可能だ。相手にならないだろう。
俺は寛容だ……ここまではお前を特別視してどのレベルかと観てやっていたがな。
もうあっちが終わるというのだから仕方が無い。俺も仕事で来ている身だ。
せめて選別として俺もそれになり、お前を殺してやろう……」
狂気めいた殺気の昂りにバロウは身構える。
「――血解」
デーバの種族がなんだとか、なんであんなに強いんだとか考えたことなんてなかった。
今思えば、確かに気にかかる点だ。
それが更に上の力があると言う。
しかし、俺はそのくらい想定してここへ来たつもりだった。
ここまで戦って【疾風】らしい速度を見たかと言えば、まだだ。
目で追えている以上、俺も成長したなと実感はできたけれど――その程度でないことは判っていた。
こいつはきっと俺の想像を遥かに超えるくらいの力やスピードを持っていると、俺は確信してここへ来た。
どよめくデーバから噴く魔力が月明かりすらも抹消するように光りを発つ。
その現象を見て、バロウからは冷や汗が滴った。
マジか……。
姿形がどこか変わったわけでもない。
なのに、何故こんなにも尻込みしてしまうんだ……。
バロウはデーバから漂う絶対的なまでの魔力量に息を呑んだ。




