169話 集まった六人
ロゼがエルフゾンビの倒れている元の場所へと戻ると、ヴィスカがドヤ顔をして待っていた。
衣類には焼け焦げた跡が残り、頬には炭が付いている。満身創痍もいいところで足や腕からは血が流れ出ているものの彼女の表情はそれに見合わない。
しかし、その態度を見てロゼはほくそ笑む。
「そっちも無事みたいね」
「当然!
まぁほとんど自滅みたいな感じだったけどな!」
あっちも薬のせいで自滅したみたいね……。
「でも、よくあんなバカみたいな効力のある薬を使った奴相手に時間稼ぎできたわね」
「まぁそりゃあ…………って! そっちもなのか!?」
ヴィスカは唖然した。
自分が戦闘で苦労したゆえに自慢話としたかったらしい。
「渋々使った感じだったけどね。わたしのことが余程怖かったんでしょうけど」
「はは……やっぱアンタ、かなり強くなってんだ……。
こっちは大変だったんだぞ! あいつ、狼みたいになりやがってさあ!
最初の大人しい弱そうなのは全然違ってビックリしたけど、生憎目が悪かったみたいでさ――」
ヴィスカが話を盛り上げようとした頃、どこからか異様な音が聞こえてロゼの視線が途切れる。
「なにこの音……」
空を見上げ、音の原因を探すようにふらふらと歩き始める。
「おい話聞けよ……」
「聞こえないの? この音……なんか嫌な感じがするんだけど……」
「そういえば……確かに」
ロゼの指摘でヴィスカも空を眺め始める。
月明かりが射し、木々の枝葉の合間に見える星々を観るように。
ふとゴウという激しい風音と共に突風が吹き荒れる。
その風に仰がれぬようロゼは光りの盾を直ぐに展開した。
「何、これ……本当にただの風!?」
「エルフの里じゃ当たり前なんじゃないのか?
それにしてもそれ便利だな。やっぱ魔法が使えるっていいよな……ウチもそれくらい使えればなぁ……」
「アンタ……何ただで守って貰ってんの――」
ヴィスカが吹き荒れる突風を前に仁王立ちするのをロゼが顔色を曇らせながら呆れ台詞を吐露しようとする。
その瞬間、真直ぐ二人の下へと向かって何かの個体が向かってくるのに気が付いた。
「何か来る!」
「嘘でしょ!?」
「ロゼなんとかしろ!」
「待ってよ! 今シールド張ってて、なんとかしろだなんて……」
緊迫する二人を他所に風に乗せられ、二つの個体が飛んで来た。
ロゼはなんとか盾の強度を上げて対応したが、直ぐにそれが人間であると悟る。
「わぁあああああああああ!!」
「あぁああああああ!!」
どんどん声量が上がる悲鳴が飛び、ロゼとヴィスカは目を丸くし棒立ちした。
風が止むと同時に二人は後ろを振り向く。
そこには樹を背に鈍痛にあえぐフラウとエルゼルダがいた。
「だ、大丈夫……?」
「いや、どうやったらこうなるんだよ……」
フラウは腰を痛めながらもなんとか立ち上がり、咳き込みながらも口を開く。
「えほっ! ゴホッゴホッ!
大樹で……敵が……おそらく敵の大将が、出た……!」
途切れ途切れで言い放たれるフラウの言葉にロゼの顔つきが変化する。
目が尖り、強張っていった。
その時、戦場に地響きが起こる。
「なに!?」
「また何か来るのか!?」
慌てふためく四人がきょろきょろと視線を動かし危惧する中、それはやつれた木々の頭上から顔を出した。
「ッ――!!?」
最初に発見したのはロゼとヴィスカだった。
二人共後退り、目を丸くしていた。
「な……なんだよ、アレ……」
「ど、どうしたんだ……何がいる!?」
フラウとエルゼルダもロゼたちのいる所まで駆け寄り二人の視線の先を見る。
そこには人間などちっぽけな存在とばかりに巨大な恐竜の顔が唾液を口から垂らして森の木々の上に佇んでいた。
「あ、あれは……まだ魔法の魔の字も知れていない遥か昔の古代、この世の生物を狂ったように狩り殺していた絶滅したはずの怪物――ディアボロス!!」
戸惑うようにエルゼルダから怪物の正体に関して吐露される。
「は……? 遥昔?
何言ってんのよ……じゃあ今ここにいるアレは幻か何かだって言ってんの?」
「そ、それはありがたいね……幻なら戦わなくて済む」
「ディアボロスは、神の天罰によって絶滅したとされていたようですが……逆に言えば、神に天罰を与えられるほど絶大的な力を持っていたとも解釈できます。
そんなのと戦うなんて、バカげてますよ……ははは……」
「ははははは……」
全員から正気を失ったような笑い声が漏れると、ディアボロスの目がギロリと四人へと向いた。
「な、なぁ……あいつこっち向いてないか?」
「というかこっちに来てるように見えるのだが……」
フラウの言う通り、ディアボロスは木々をなぎ倒し着実に四人へ目掛けて道なき道を進んでいた。
「……ちょっと、待てよ……」
「――倒すわよ」
押し殺すような声でロゼより出る。
それを危惧したヴィスカは直ぐに説得しようとロゼの両肩を掴んだ。
「ふっざけんな! あんなのに勝てる訳ないって!!
あのデカさを見ろ! あの皮膚を見ろ!
魔物と戦ったことがあんならもう判ってんだろ!? あんなのどうやったって魔法が通らねーよ!
例え魔法が効いたとしても、消耗戦になるのは必死! ここにいる四人だけじゃあ逃げるのが得策に決まってんだろ!」
同意するようにエルゼルダは横で頷いていた。
しかし、ロゼはヴィスカの腕を払い、前に出る。
「バロウなら逃げないわよ」
「バロウって…………おい!」
「なんで今ここにあんなのが現れたのかなんて判らないけれど、このまま進まれたら、この先は限変の大樹。
あっちでも今アモーラたちが戦っているんでしょ? だったらそれを邪魔させないようにするのが、今のわたしの仕事よ。
あそこにはカナリさんもいる。メノアもいる。さっきケンタも向かった。だから、大丈夫。
まだ戦いは続いているの。なのに、わたしたちだけ逃げてそれで状況悪くして、それで勝てたとして――アンタたちは胸張って祝えるの!?
色んな場所で戦って、疲れてるってことは判ってる。だけど、そんなの覚悟してこの戦争に来たんじゃないの!?
自分たちの役目以上のことを全うすることが、この戦場で皆に求められる必須条項でしょ!!
――わたしはやるわよ。
戦えるから戦うんじゃない。怖くないから戦うんじゃないわ。
――少しでも早く笑った未来が来てほしいから戦うのよッ!!」
ロゼの覚悟に後押しされるようにフラウがロゼの隣に並んだ。
「元よりあたしはここの戦場で命を投げうつつもりだった。
しかし、あなたたちのリーダーにそれを阻まれ永らえてしまっているのでな。
それに、未だ名状しがたい怒りの矛先を迷っていたところだ。それをぶつけられる相手を見つけたというのだ。
あたしは付き合うぞ」
「フラウ……。
――はぁ……仕方ないですね」
溜息をもらしたエルゼルダは肩を落とすも苦笑いを浮かべながらフラウに並ぶ。
「フラウが行くのでしたら、わたしも行くしかないじゃないですか」
「オラたちもやるヨ!!」
すると、互いに肩を貸しながら歩いて来ていたゾアスとラキウスが木陰から声を挙げていた。
装備や衣類もボロボロにしながらも漢らしい笑みを見せながら親指を立てていた。
「きっと向こうでも皆が戦っているのである。
なぜ俺たちが休んでいられようか。否、進む道はどんな時であろうと敵ある所よ!」
「そういうことだヨ! それに、女にばっかりいい格好させてたら後でケンタの野郎にボコスカ言われれちまうだロ!」
二人の強がりのセリフを聞き、ロゼはほくそ笑む。
心が折れたヴィスカはそれでも嫌な様子を見せる。頭を抱えてジタバタした。
「だぁ――――!!
クソ――! なんでウチはこんな所に来ちまったんだァ!?
わーかったっての! ウチもやるよ!
たく、ロゼの面倒を見るのも大変だぁあ!」
かと思えばおらつくように蟹股でロゼの右隣へと移動する。
「何よ、別について来てなんて言った覚えはないけれど」
「うるせー!」
「なら、今度はわたしから頼むわよ。
せいぜいわたしに付いてきなさい。悪夢なんて生易しいものよりもっと強烈な夢をこれから見せてあげるから」
「…………この野郎ぅ……」
ロゼは嘲笑うかのような笑みをヴィスカに見せつけた。
顔が引きつり睨み返すヴィスカの心の内を見透かすかのように。
「来ます!」
六人となったチグハグチームを陥れようとする地鳴りとも言える足音がすぐそばまで迫って来ていた。
エルゼルダの警告に反応するように急いで位置につくゾアスとラキウスは弓と鎌を構える。
ディアボロスの図体に押し倒されるかのように視界を遮っていた木々が倒れてその容姿がやっとのこと露わとなる。
二足歩行で巨体に合わせた発達した筋肉と尖り月光輝く爪。
既に判っていた巨大な体格とトカゲのような鱗を携え。恐怖を煽る悪魔のような大きく鋭い牙と背中の方へと伸びる二本の角。空腹を表す止めどない唾液がおもむろに開く顎よりまろびでる。
それを見たゾアスとラキウスは息を呑んだ。
「腹を括りなさい!
こんな所で怖気づいて命捨てるような真似をするなら、代わりにわたしが刈り取るわよ!!」
「うっせーヨ!」
「誰がそのような……ありえん!!」
「そうだヨ!」
「行くぞラキウス!」
「おうイエーイ!!」
「イエーイ!!」
ゾアスとラキウスが魔力を装備に込めるのを皮切りにそれぞれが四方八方へと散るように走った。
ロゼは再び紋章を現し、羽を出現させて空へと飛んだ。




