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勇者に相応しくないと勇者を解雇されたので、辺境の地まで逃げることにしました  作者: 天空 宮
第一章 「勇者を解雇されたので、辺境で静かに妹と暮らしたい」
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14話 元勇者と勇者候補

 うつ伏せに倒れた俺が顔を上げれば、いつの間にか目の前に来ていたケンタが見下ろして立っている。日差しの影になって黒く見える表情は勝ち誇ったような笑みだった。


「案外大したことなかったな……あの神様が言っていたこととはイメージが違った。神様も万能じゃないってことか。

 だけど、個人的には楽に済んでくれて嬉しいよ、俺もあまり戦いっていうのは好きじゃないからさ」


 俺は、ケンタのスピードに驚いていた。いくらなんでも俺の想像を超えてきたケンタの魔法にどう対応すればいいか思い浮かばない。


「マジかよ……」


 明らかにパワーやスピードで段違いの性能だ。予想を超える逸材、俺にどうにかできるだろうか……。


 一瞬息を止めると同時にケンタは俺の腹を蹴り上げる。


「ウッ……カハッ!」


 俺は宙に浮く。腹を抉られ、内臓が危険信号上げる中で地面に落とされると四つん這いになって腹を抑えた。


 スピードだけじゃない、パワーも上がっている!

 急所は外れているが、これ以上やられるのは……マズい!


「クソッ、やられっぱなしってのは性に合わねーってのっ!!」


 俺は地面に無詠唱で土属性初級魔法の『クリエイト・ストーン』を使用し、ケンタとの間に土の壁を造った。

 このクリエイト・ストーンは、敵との間に壁を作るに適している。

 とはいえ、人間相手ではただの目暗ましのようなものに格が下がる。脆さはどうにもできないのだ。


「っ……」


 これだけの戦力の差がある、さっきの言いぶりからも分かるようにあのゾアスとかいうやつは手を出してこないはずだ。ていうか、そういう想定でなければ難しい!

 だから……コイツに、コイツだけに専念する! なんとしても負けたくない…………コイツが神の言う通りにここまで来たっていうなら俺は絶対に!

 ケンタは俺が創った壁を右のストレートで壊す。しかし、ケンタの視野に俺は映らない。


「いない!? ッ!!」


 俺は死角からケンタの顔を殴り返す。


「負けたくねェッ!」

 

 壁を利用してケンタに壊させて死角を作り、そこからのパンチ。不意を突いて入れた拳だったが、魔法で防御力も強化されているのか、倒れるまでに至らない。


 俺は今、コイツのこれほどの魔法は使えない……。だから、これまでの経験全部で対抗するしかないんだ!


 それならと、更に俺は中段に一発、再び上段に一発と続け様にパンチを左と右から繰り出し、ケンタを後ろに仰け反らせる。そこにすかさず――


「ファイア・ボール!」


 初級の炎魔法を掌から放出。掌サイズより一回り以上大きい炎の球がケンタへと直撃する。

 さっきのクリエイト・ストーン、今のファイア・ボールはどちらも初級魔法だが、普通より威力は高いだろう。初級魔法が俺の組み立ての基盤になってからはよく練習するようになっていたし、師匠と修行していた頃は初級魔法の類をよく使っていたから練度には自信がある。

 初級の炎魔法を顔面に受けたケンタは黒い煙を上半身に纏いながらも倒れていく。


 怒涛の攻撃だ。神の遣いだかなんだか知らないが、これを食らって起き上がれるか?


 その答えは無論と言わんばかりにすぐに分かった。ケンタは倒れると同時に後転して起き上がり、正面から俺の腹目掛けて頭突きをしてくる。

 それを悟った俺は一瞬身を引き、威力を抑えることに専念した。

 それは成功し、なんとかその場に踏みとどまることができるのだった。


 次にケンタは足を踏ん張り、前へ出ると右の大振りを仕掛けてきたが、俺はそれを左腕で受け、ケンタの顔に掌で叩いてからそのまま裏拳を入れていく。

 これだけの近接戦闘となると、身体能力系統の魔法を掛けた意味がなくなってくるので助かった。

 確かに普通ならただ身体能力を上げただけでも近接戦闘においても実力が跳ねあがる。しかしこいつの動きは素人に毛が生えた程度。組み立ては雑だし、反射速度に自信がある俺には子供の相手をするのと同じだ。まだ中距離から速度を引き上げて突進してくる魔物のような戦い方の方が嫌だっただろう。


 俺はケンタの袖と襟を掴んで投げる。


「うわぁあッ!」


 ケンタは背中を地面に強く打つと、もう魔法を保つことはできなかったようで魔法の気を霧散させる。

 この現象は素人の証でもある。ちょっとした衝撃で魔法を保つ事ができなくなってしまうのだ。これは俺自身の実体験による事実。


「筋は悪くないと思った、さっきの頭突きなんかは昔の自分を思い出したよ。でもな、俺のところに来るには早すぎたんじゃないか?」


 息を上げながら実力の差を説こうとした。


「くっそー! くそーッ!!

 この魔法を使えば余裕で勝てると思ったのに! アンタに勝たなきゃダメなのにィ――ッ!!」


 ケンタは叫ぶと、地面に鬱憤うっぷんを晴らすように拳を振り下ろし、悔しがっている。


「修行が甘かったんじゃないか、おっさん……。アンタもやるか?」


 ケンタはもう既に戦闘不能と判断し、ゾアスの方を振り向く。


 ……今思えばこのおっさんも結構な髭だな。もしかしたら、髭じじより濃いかもしんない。


「……これはケンタの戦い。我は何としてもケンタに勝ってもらわなくてはならない、それが仕事であるからな。

 しかしバロウ殿の実力を甘く見たのは確かだった、そこは反省しなければならないだろう」


 腕を組み、強者のオーラを纏うゾアスは、俺の挑発に乗ってこない。


「それで、やんのか? やんないのか?」

「言っておるだろう、バロウ殿の相手はそいつ以外いないのだ!」


 俺はその言葉を聞いて振り返る。何か昔を思い出す、悪寒のようなものを感じたからだ。

 見ると――ケンタが立ち上がり、俺としては言わずと知れた狂気のようなオーラを纏っているのを感じる。さっきとはまた違う絶妙に嫌な感じ。

 俺が昔、稽古中に師匠相手にこんなことになった記憶がある。何不利構わない、ただ自分の勝利を追い求めた先に行きついてしまう勝利飢餓状態だ。


 やっぱりコイツ、昔の俺に似てるわ。


「オォオオオオオオオオオッ!!!!」


 目がうつろになり、目の前が見えているのか分からない。俺を敵と判断しているのか俺と目を合わせて離さなかった。

 俺は咄嗟に剣を拾いに行く。この状態の相手に素手で対応するのはあまりに愚策に思えたからだ。

 あの状態になると、異常にステータスが上昇する。素早さにおいてはさっきの魔法が掛けられた状態と同じかそれ以上になると踏んだ。だから途中から俺は剣へ跳び付き、手を伸ばす。


 何とか手が届いて拾うことができ、直ぐに振り向くと、そこにケンタがいて拳を突き出しているのが見える。俺は瞬間的に剣の刀身で受けるが、剣にぶつかるケンタのパワーは凄まじく、剣を持つ俺の手がしびれてしまう程だった。

 勝利飢餓状態の身体強化の影響か刀身にぶつかる拳は魔力を顕現させるような光りを放ち、どんどん重く押し込んでくる。


 コイツ……パワーやべェッ!!


 剣を握り締め、そのパワーで剣を離さなかった俺は何とか耐えて押し返そうとする。


「ンギギギギギギギギギギギ…………――うらァア!!」


 俺はそれを何とか押し返して立ち上がるが、引くということを知らないのかまた直ぐに来るので、一息付く間もない。

 ケンタに腹に蹴りを入れられると顔、胸、肩、腕、あらゆる箇所を殴られ続けた。急所などは剣でガードしたが、防御しきれず攻撃を受け続ける。


 おい、この状態の俺をどうやって師匠は抑えつけたんだ!!?


 最後に一発顔面を殴られると、俺は地面を転がって倒れる。

 至る所の骨にひびが入り、打撲もあるだろう。頬は拳で切ったようで血が流血し、瞼はどんどん腫れていく。満身創痍まんしんそういもいいところだ。


 体験談だからわかることだが、あの状態は長くはもたない。だが、あと30秒でさえ持たせられれば、それだけで厳しい。


 魔法で攪乱かくらんし、時間を稼ぎつつ隙を見て倒しに行くしかない。


 俺はなんとか起き上がり、剣を前に構える。

 腕がひしめき、構えるのも一苦労だったが、俺のプライドに掛けても立ち上がらなければならなかった。


「いいぜ、もっかい来い……――来てみやがれッ!!」

「ウォオオオオオオオオッ!!」


 ケンタは俺の挑発にのり、拳を振り上げて跳躍ちょうやくした。

 この状態の時に弱点になるのが、どんな攻撃でも全て決めきる気で攻撃を行うことだ。だから攻撃時には大きな隙ができる。そこを狙う意外方法はない。


「ニトロパージ!!」


 俺はエクストラ魔法のニトロパージを展開。剣より炎を出して纏わせる。

 相手の位置を確認すると俺は上から下へ剣を振り下ろした。すると、剣に纏った炎がケンタへ向かって放出される。


「くらえ、馬鹿野郎バカヤロー……ッ!!」


 今の俺は身体中の骨が軋む程の打撃を受けた後だ。エクストラ魔法と言えど、威力はそれほど出ないだろう。それを分かった上でこれを目眩ましとして使った……はずだった――。

 しかし、俺の予想とは外れる威力を持った魔法をケンタは正面から受けて吹き飛んで行く。


「…………あれ?」


 焼きつくすように燃え盛る炎は、俺の目の前を見えなくするほどの業火となり、魔法を解除した後も熱く燃えたぎっていた。

 巻き起こった炎の勢いが止むと、魔法が地面を抉った痕が残っていた。その延長線上にケンタが倒れている。


「なぬ!!?」


 ゾアスも俺も驚いていた。


 なんだ、コレ……。攻撃を受け続けた今の俺でなく、普通の状態でもこれだけ威力のある魔法じゃなかったはずだ。

 前のダンジョン事件の時もゲルシュリウム研究所の研究員に使ったけど、あくまでダンジョンコアを破壊しただけに過ぎない。

 基本魔力量が跳ねあがっているのか……? 紋章を失くしているんだぞ、有り得ない。

 なんだ……俺の体に何が起きているんだ!?


 戸惑いながら自分の掌を眺めるも、次にケンタの様子を見に行く。


 ケンタは火傷を負っていたが、まだ意識があるようだった。地面に手を付き、膝に手を付き、呼吸が荒い中で立ち上がってくる。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。

 なんだよ……それ…………」


 どうやら、勝利飢餓状態からは解放されたようだった。先程のような嫌な気を感じない。


 こいつも勇者候補なだけはある。俺も予想していなかった威力のエクストラ魔法を受けてもギリギリ立ち上がってくるなんてな。


「もう終わりだ。お互い、戦えるだけの気力はないはずだぞ」

「バカ言ってんじゃねェ! はぁ……こちとら早く元の世界に……うちに帰らないといけないんだ!! こんなところで一日一日を無駄にはできないんだよッ!!

 ここでお前を倒す、それは俺の今の絶対条件だ!!!」


 すごい気迫だ。絶対に勝つという意思がビシビシ伝わってくる。

 だが、これ以上続けるのは本当にお互いの為にならない。コイツには勇者としての将来があるだろう、どう見てもゾアスという奴もラキウスという奴も回復系には見えないし、この街には初級の回復魔法を使う人はいるけれど、それほど万能ではない。できれば怪我をしないのが鉄則の街だ。


「ッ――」


 『ダメだ』と言おうとしたその時、俺の背中で爆発を感じてすぐさま振り返ると、炎が立ち込め、段々と黒い煙が空に昇っていくのが見えた。


「な……なんだ?」

「……」


 ゾアスもケンタも気づいたようで、俺と同じ方向を見ていた。

 遅れて爆発の衝撃が伝わってきた。


 爆発音がしなかった為に魔法の可能性もあったが、距離が遠すぎて聞こえなかったという事もある。

 爆発であれば、誰かの仕業という事も考えられる。悪寒に駆られた俺は、現場に向かおうと脚を動かす。


「くそ……! もう終わりだ!」


 一方的にそれを告げた俺は爆発が起きた現場へと駆けていく。


「あっ! 待てっ……くそっ……」


 ケンタは俺の魔法による怪我で動けないようだった。腕を抑えて体勢を沈ませる。

 しかし、それはケンタだけに言えた事ではなく、俺も同じだった。


 足が重い、折れた骨がギシギシ言っているのが聞こえる……。

 それでも、何かが起きたなら俺が行かないわけにはいかない。

 爆発はギルドの方か? ……いったい、何が起きてんだ!!


 火が出ている所へ走って行くとメノアが合流してきて並走する。


「お兄ちゃん!」

「メノア、お前大丈夫だったのか?」

「舐めないでよね、わたしアイツに勝ったから! お兄ちゃんはヤバそうだけど……大丈夫なの?」

「そのことは後だ、今は何が起きているのか確かめないと」

「……そうだね、犠牲者が出ていないといいんだけど」

「どうにも嫌な予感がする……。せめて、魔法の誤発動によるものだと嬉しいんだが」

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