141話 フラウとシャーロット(2)
何事もなく子供は生まれ、シャーロットが住む森の中の家へ行き世話をしてあげることが何度かあった。
子供は可愛いもので、あたしが触れると笑うユリンはすぐに懐いてくれた。シャーロットもあやすのが上手と褒めてくれ、この頃はより一層新しいシャーロットとの日々を謳歌していたと思う。
――しかし、それも長くは続かなかった。
シャーロットの家に行っても不在なことが多くなり、暫くシャーロットと会えない日々が続いた。
どうしたのかと心配したが、おそらく子供を育てるならば里の住宅樹の方がいいので一時的に引っ越したのだろうと考えた。
森の中は日差しが入りにくい箇所もあるし、のびのびと育てるならば里の方がいいのだろうと思ったのだ。
だが、住宅樹を見渡しても姿を見ることはなかった。
住民に聞いたところ、最近限変の大樹の方でよく見かけると聞いたので、そうかと納得した。シャーロットはアモーラ様と同じくらい偉いから。
あたしは、限変の大樹にまでは足を踏み入ることはできないと近くを徘徊する回数を増やして少しでも会うことは出来ないかと不安な気持ちでいた。
何故シャーロットは、あたしに何も言わずにこっちに引っ越してきたんだろう?
子供が生まれると他のことに目が行かなくなると聞いたことがあるし、今はあたしに構う余裕がないだけなのだろうか。
もしかしたら、あたしのことを嫌いになったとか?
いや、それなら今までだって何度も嫌いになる機会はあったはず……。
理由が解らない。
もう一度話がしたい……。
そうして限変の大樹に通いながら、もしかしたら来ているかもと伝説の大樹にも赴き、二つの大樹を往復する日々が続く中――
ある日、限変の大樹近くで話していたエルフの話が耳に入ってきた。
大樹の警備をする警備隊の男性達の声で、あたしは物陰に隠れながら聞き耳を立てる。
「今日の早朝、シャーロット様が現世に旅立たれたそうだ」
――シャーロットが旅に!?
聞き捨てならない言葉に聞き入る。
「そうか……。
寂しくなるが、ダークエルフと恋に落ち、子供まで授かってしまってはもう里にはいられないだろう。
もう、あの美しいシャーロット様を拝むことはできなくなるのか」
そうか! 子供を産むんだから相手がいたんだ!
それがダークエルフ? ダークエルフとは代々仲が悪く関係も良くないから関わりさえなかったはず……。むしろ暗黙の禁断だと思っていた。
そんなダークエルフの男とシャーロットが!?
「事前に気付いていれば、おろすこともできたのだろうが……」
「それが、アモーラ様は生まれる以前より知っていたという話だ。
シャーロット様を外界に追いやろうとしたのではないかと疑われているが、実際の所は判っていない」
「それは大問題なのでは!?
防げたのにも関わらず、プリンセスともあろうことかこうなるとわかっていたなんて……」
「だがまぁ、シャーロット様を慮ってのことかもしれないがな。プリンセスの考えは誰にも推し量ることなどできぬのだ」
あたしもこんなことをしている場合じゃない!
また現世に行ったというなら、あたしも行きたい! あたしも連れて行ってほしい!
でも、どこへ行けば……。どこへ行けばシャーロットを追いかけることができるんだ?
「そういえば、ゲートはどこで開けたんだろうな。
ダークエルフ側にもゲートはできるのだろう?」
「さあな。
だが、おそらく時期的には伝説の大樹の方面で唯一のゲートだと思うぞ。
昔、現世に行った時に時期関係を見ていたから確かなはずだ」
伝説の大樹の方にゲートが開いているのか!?
よし、行ってみよう! シャーロットと旅をするんだ!
あたしは、直ぐに行動を起こし、伝説の大樹の方へと走った。
「伝説の大樹か。皮肉だな、まさか多くの死人が埋まる場所とは……。
絶縁となるエルフにとってあそこ以上の場所はあるまい」
「おい、あまりそういうことは口にするな。シャーロット様の信者が聞き耳を立てているやもしれん」
伝説の大樹周辺には変な空気となっていて、その中心を探すのは難しくなかった。
不気味に渦巻く穴が伝説の大樹が見える範囲の木々の中で見つけた。まるで空中を穿ったようなそれは、あたしを考え無しに吸い寄せていく。
ゆっくりと近づく足並みで穴の中へと踏み込むと、気が付いたらどこか丘の上に立っていた。
後ろを振り返ってもゲートなどはなく、あたしは本当にエルフの里を出たのか疑問だった。
気を失った感覚があったが、倒れた記憶はなく、現実にあたしは立っている。
目の前に広がるのは疎らに魔物がうろつく先で在る見知らぬ建物が密集した場所。それを見て初めてエルフの里から出たのが現実味を帯びた。
あとでそこが『街』という場所なのだと知った。
あたしは、現世でエルフがいい立ち位置にいるわけではないと里でもシャーロットからも聞いていたので、その街に忍んで侵入した。
捨てられた布で顔を隠し、シャーロットを探し始めたが全然見つからない。
当時は子供を嫌悪する習慣があるのかとも思うほどで、時には大人に嫌な目で見られた。
そのうち、あたしが食い物に困る盗人と思っていたことを知った。実際そう言われたからだ。
確かに腹がすくときもあったが、あたしはそれよりシャーロットを探すのに夢中になっていたんだ。
シャーロットはどこだ……? もう遠くに行ってしまったのか?
エルフの里に戻ろうべきか?
でも、戻り方なんて分からない。
あたしはどうすればいい? どうすべきなんだ……?
シャーロット、あたしは今、どうすべきなんだ……。前みたいにあたしに答えをくれないか。
そうだ! シャーロットは、今のあたしと同じように苦悩していたと言っていた。冒険の話でそう言っていた。
あたしも同じようにすればいい。シャーロットが教えてくれたことを自分でやってみるんだ。
まずは食料だ。確か――
『お金がない時は、偶にいい人に食べ物を恵んでもらったりもしました。ヒューマンの中にも心優しい人がたくさんいるんですよ』
と言っていた。
しかし、今はそんな人はいないし、みじめに縋るのは嫌だ。
他だと――
『あの時は周りに街とかもなくて、魔物の肉を食べることもありました。たぶん、小さい子供の魔物なんかならフラウにでも捕まえられると思いますよ』
これがいいな!
シャーロットから聞いていた冒険の話を思い出して参考にし、食べ物から寝床まで自分の力でなんとかした。
そうして自分でしていることが自分の冒険であることには当時は気にも留めずにシャーロットを探し続けたのだった。
何日から経った麗らかな昼間――。
元々森の中にいるのではという仮説は立てており、その甲斐あってとある森の中でシャーロットと再会した。人間の民族衣装を着て、魔法だろうか人間の耳をしたいびつな二人。
一緒に色黒で白髪のダークエルフもおり、シャーロットに抱かれているのは成長して少し大きくなっていたユリン。産まれたての時は坊主だった髪が生えており、それはまるで少し前までの自分と同じ緑色をしていた。
色々なことに驚いて、探しに来たというのに始めに口を開いたのはあたしではなかった。
「……フラウ…………?」
戸惑って引きつった笑みをしていた。
どうやら森の中の川の畔にある作り立てのようなベンチに腰掛けて和んでいたらしい。ダークエルフの男の方は時が止まったように座ったまま唖然していた。
あたしは、初めてシャーロットが二人でいるところを見て、逢えたら喜ぶと思っていたのに気まずくなってしまった。
おかげでシャーロットに初めて愛想笑いを見せてしまったのだ。
「ごめん、追って来ちゃった……」
「――あらら……こんな遠くまで。一人で大変だったでしょう。
ですが、フラウはこっちの世界はまだ早いと思います。こちらには危険の方が多いくらいなので。
できるだけ早くエルフの里へと帰れるようにしますけれど、ゲートを開けるまではわたしたちの家でゆっくりしてってください」
「あ、確か近々この近くでゲートが開けるはずだから、すぐに戻れると思うよ」
「あ~、そういえばそうでしたね」
「うん、だから安心していいよ」
「あ…………うん」
変わらないシャーロットと優しそうなダークエルフの会話に幸せそうな一面が垣間見え、来てはいけない場所に来たような感覚になる。
ユリンもダークエルフに抱かれても笑って楽しそうなのが見れた。
今やあたしが二人の隣にいる時間は卒業なのだと気付かされた気がした瞬間だった。
三人を第三者として見ることで帰ることを決めた頃――。
空が掻き曇ったかと思うと雨が降り始め、あたし達はシャーロットたちの家へ避難することになった。
家の中は質素なもので物があまりなく、玄関直ぐのリビングには暖炉と証明、三つの椅子、子供用のベッドくらいしかなかった。まだ住み始めで物が少ないんだそうだった。
「急に降ってきましたね」
「……そうだね」
「ユリンは、なんとか大丈夫――」
とは言うものの、ユリンは雨が降り始めてから泣き出しており、
「泣いてはいるけどね」
苦笑しながら付け加えていた。
「ではタナテルさん、ユリンをお風呂に入れてください」
「うん、わかった」
「風呂が家の中にあるのか!?」
エルフの里では、風呂は外にある。住宅樹は木でできている為に火を起こす風呂は外に設置するのが一般的である。
なので、あたしにとって家の中に風呂があるのは驚くべきことだった。
「はい。火を起こす木材は外の小屋の中に入れてありまして、同じく外から回ってお風呂の火を起こし温度を調節します。
中から見ればお風呂だけが中へと入っているように見えるというのが面白いところなんですよ」
「すごそう……!」
「フラウは、後で一緒に入りましょう」
「うん!」
相変わらず興味を惹かれる話であたしの調子も戻っていった。
ゲートは朝になれば開けるというので一晩ここで過ごすこととなり、あたしはタナテルというダークエルフとも普通に話せるほどになった。
ただ話しているだけというのに、時間が経つのは早いものでいつの間にか外が暗くなっていた。
外は昼間降っていた雨が強くなっており、明日の帰り道に不安が過るほどであった。
「あ、そろそろ木材が切れてきたな。
小屋の方から持ってこないと暖炉が機能しなくなる」
暖炉の前では昼間着ていた服を乾かしており、冷える体も温めていた。
あたしの服は、シャーロットが手芸の早業で毛糸でヒューマン製の服を手作りしてくれたのでなんとかなっている状態だった。
木材が切れそうということで、あたしは面倒になっている身を想って手伝いたい衝動に駆れた。
「じゃあ、あたしが持って来てやるよ」
「え、いいよ。雨降ってるし、すぐそこだし――」
「なら楽でいいじゃないか。分かりやすいし、少しは役に立たせてよ」
「――なら、任せましょうか」
「うーん、じゃあ任せようかな」
葛藤するようにしてようやくタナテルの許しを貰い、あたしも嬉しくなる。
あたしは、いそいそしい足並みで一人で家を出て小屋の方へと駆けていった。




