131話 ダークエルフ王女と会談
改造の為とはいえ、ポロを置いて帰ることはできなかったが、ロゼがパーティのリーダーとしてこんな所で足踏みしている場合ではないとダンジョンの入口で待っていたタナテルとフラウにも手伝ってもらいシンジケータが開けた扉の先にあった宝箱の山から上物そうな装備類を持てるだけ持ち、ロゼとポロを置いてエルゼルダとの約束の場所に赴くことになった。
「これからダークエルフのいる里に向かうのか?」
「ああ……ダンジョンはクリアしたし――まぁ、ちょっとイメージの違うダンジョンだったけどな」
「それならおれも行けたんじゃないか!?」
「いや、その前は普通のダンジョンだったし、魔物も手強いかったしな。まだタナテルは不安だな」
「む……むぅ~!」
タナテルは頬を膨らませ俺を睨み付けてきていた。
自分もダンジョンに入りたかったと語っており、俺は諭すように続ける。
「……ごめん。やっぱ、お前にも傷付いて欲しくないからさ」
「しかし、あのダンジョンの中があんな風になっていたとは初めて知った。
こんなにダンジョン報酬があることも驚きだが、それを最奥まで行きつくことができたバロウ・テラネイア、ロゼ・ツァイドラー、ポロ殿たちが凄まじい。
これならばダークエルフも首を縦に振るだろう」
そうこう話しているうちにダークエルフの里へと到着した。
ダークエルフはエルフより人口が少ないらしく、住まう大樹もあちらほど大きくないようで、奥に佇む女王がいるらしい大樹も神聖な感じはしなかった。
俺たちに気付いたらしく日常生活を送るダークエルフたちが困ったような視線を送ってきていたが、タナテルはそれらを物珍しいように見つめ返していた。
なんにせよ、エルゼルダとの約束を守れたことに浮かれ、高らかに声を張る。
「エルゼルダ――! 来たぞ――ぉ!」
すぐさま至る所から殺気が飛んでくるものの実際に攻撃してくる者はいなく、とりあえず持っていたダンジョン報酬の武具などを三人して地面に置き待つことにする。
しかし、その手間は掛けまいと駆けてくる少女が遠目に見えて座るのを止めた。
「来たな」
顔を綻ばせながらそれを待つと、エルゼルダが焦った様子で駆けてくるのを視界に捉える。
「よぉ、ダンジョン報酬を寄越しに来たぜ」
エルゼルダは俺たちの前で足を止め、足元にある輝く武具を見て絶句していた。
どれも魔王軍と戦う勇者パーティが使っても申し分ないレベルの卓越された武具ばかり。その価値が判るのかエルゼルダは口をパクパクさせて俺の顔と地べたの武具とを見比べるように首を上下させ狼狽えていた。
「これは……我を騙す気か!?
さっきの今でこれほど早くダンジョン攻略など……それもあの最難関ダンジョンだぞ!? 数百年数千年ダンジョン内を進めた者さえいないはずだ!」
「――真実だ、この武具を見れば判るだろう。これほどの武具のオーラを模倣することなどできようものか。
むしろこの早さを以てして帰ってきたことを褒めるべきではないか?」
フラウが俺の言葉を代弁してくれるのをエルゼルダは悔しそうに下唇を噛み締める。
どうやらダンジョンをクリアすることさえ勘定に入っていなかったようだ。「ぐぬぬ……」と悔しそうな声を漏らし、再びダンジョン報酬に目を奪われている。
「これで、少しは俺たちの話を聞いてはくれないか?
了承するかどうかは後で考えてくれていい。今はとりあえず、俺たちの話を聞いてくれるだけでいいんだ」
訝しげな視線を向けるものの、少しの溜息を吐きエルゼルダは頷いてくれた。
「…………本気度は伝わった。
貴様の言う通り、とりあえず話は聞いてやる。
ただし、こちらの指定する部屋で! そのチビッ子エルフが足を踏み入れるのは禁止! ここでそのチビッ子の話をするのも禁止だ!
この最低限の条件は守ってもらうからな!」
エルゼルダはそう言ってタナテルを指差した。
意外とは思ったけれど、フラウもダークエルフには良く思われないとも言っていたので打倒なのだろうと思った。
タナテルがエルフと判って、髪色が異質。色々脳裏で考えてのことだろうが、流石にこれに従わない訳にはいかない。
「――分かった。
フラウとタナテルは外で待っててくれ」
「またぁ~……」
「これ終わったらなんかあげるから勘弁な」
不貞腐れるタナテルの綺麗な緑色の髪の上をポンと優しく二度叩き宥めるが、逆に唇が尖ってしまう。
「子供扱いすんな!
覚えてろよバロウ、この借りはきっちり返してもらうからな!」
「あ……ああ……」
俺の手を振り払い、サーナタンの事もあり投げやりに言い放つタナテルの言葉には嫌な予感もあったのだが、話がまとまり俺はエルゼルダと共に場所を移動することになった。
装備類は後で回収するということでその場に残し、フラウとタナテルは踵を返すのだった。
◇◇◇
俺は、エルゼルダによってとある一室に案内された。
大樹の中ではあるのだが、それにしては広く紅いカーペットが床に敷かれ、奥には複雑な造りが施されている網掛けの座椅子に腰かけるダークエルフがいた。
エルゼルダとは違い大人びていて厳格そうなのが表情で読み取れる。床にまで散らばるほど長い白髪はカナリを見た時と同じ光景で、白く長い睫毛は凛としていて美しい。
格好は、他とは違って白装束なので髪と服の境目の見分けがつかない。
「この方が我等ダークエルフの王女、クラウディエット様だ」
まさか地位の頂きに佇む者と会談させてくれる場に来れるとは思っていなかったので呆気にとられながらも丁重にお辞儀しながら挨拶する。
「……バロウ・テラネイアと申します。この度は私のような者の前に姿を現して頂き感謝のしようもございません」
慣れない口調でできるだけ礼儀正しくを意識した。
拙い演技レベルの口調だというのは理解しているが、礼儀を欠いては何も事は進まないだろうと頭を下げた。
「顔を上げろ、人間の礼儀などどうでもよい」
重い言葉が背中が乗っかった気がしておずおずを頭を上げると、エルゼルダが俺に呆れたような目線を送ってきており、口が歪むが、王女の催促で目線を戻すことになった。
「それで、話とは?」
「近々、エルフの里で戦争が起こります。
しかし、俺たち余所から来た者達はここへ攻めて来る敵自体と戦わなくてはなりません。
敵全員を相手どれるか、相手の戦力がどれほどか見当が付いている訳でもなく、このダークエルフの里へと敵が来る恐れがあるかもしれない。その時、自分の身は自分で守れるよう他のエルフ達と協力して頂きたいのです」
身振り手振りで簡潔に説明を終えるが、クラウディエットの顔は微塵も動きを見せず、内が見えない。
「ここがどんな場所かお分かりか? 余所者の勇者には見当付きかねるのは承知だが、ここはエルフの里――そちらはアモーラ殿のそそのかしで付いてこられたのだろうが、余所者がここへ訪れることなどありはしない。
その凡庸な野蛮人どもがこの里へ来ることはないのだから、かような心配も無用である」
俺を元勇者だということ、俺が勇者の使命を預かった者であることは理解しているようだ。
それでいても、俺の言葉を信じることはしない。エルフの里の特性に対する絶対的自信が警戒心を削いでいるらしい。
「それは承知しています。
失礼ですが、今から数年前……もしかしたら何十年も前にこの里に人間が人知れず侵入していたのはご存じですか?」
「エルフの里へ人間が最後に訪れたのは百年近く前のことだろう。
名前は忘れたが、お主と同じ勇者であった」
前の勇者がここへ来ていたのか? 誰が? 何のために?
いや、今は考えないでいいだろう。論点があらぬ方向へ行く必要は無い。
「それよりも後、ダンジョンという抜け穴から一人の人間がこの地の土を踏んでいたんですよ。
名前はシンジケータ・ゲン、いけ好かない研究者ですが。ですから、特段エルフの力を借りなくともこの地を訪れることはできる訳です。俺自身、アモーラの誘いは受けましたが、一緒に来たわけではありません。
この地に他種族が訪れることが一切無いと可能性を切り捨てるのは、あまりに軽薄ではないでしょうか」
「貴様! ダークエルフの女王を前にしての無礼か!?」
横のエルゼルダが形相を豹変させ、今にも攻撃してきそうな殺気を解き放っていたが、それを抑えるようにクラウディエットは手を上げる。エルゼルダはそれを見てお辞儀し、直った。
「それが偽りでないのだとしたらお主の言っていることには耳を傾けなければならないだろうが――そのような者が入った、見たなどという報告は入ってはいない。
お主がここに来る以前にそれが証明されていないのであれば、それを立証することはできないのではないか?」
――確かにな。
身体はないが、あのダンジョンへ連れて行けば少なからずの立証はできるだろうが、それも俺たちが用意していたのだろうと言われればすり抜けられてしまうかもしれない。
「ユリン・タナテル・シャーロットという人物をご存じでしょうか」
「――貴様!!」
とうとう殴りに掛かってきたエルゼルダをあっさりと避け、動じずにクラウディエットの方へと視線を戻す。すると、クラウディエットの瞳の奥が開け放たれるのを感じた。
「我との約束を破ったな……もう終いだ!
クラウディエット様、この者は早急に里の外へと追い出しますので!」
「待てッ!!」
エルゼルダが俺の腕を掴み部屋から出ようとすると、怒気混じりの大きな声が響き、エルゼルダは縮こまるようにして黙り込む。
クラウディエットも俺を睨み付けるだけで直ぐには口を開かなかった。
「その名を持つ者がここへ来ているのか?」
「外にいる。ここへはいれないようエルゼルダに言われたからな。
あいつは未来を見ることのできる。あいつも、エルフの里に敵が来ると予見したみたいだ。もう足踏みしている暇はない」
俺は、もう礼儀も何もないと思い口調も戻し言い放ったが、クラウディエットは指を額に当て、悩むような面持ちになった。
すると暫くの静寂の後、溜息を吐いて口を開く。
「その者をここへ連れてこい。話はそれからだ」
とりあえずは話を聞いてもらえるようで、俺は「了解した」と一言を残しタナテルを連れてくる為に踵を返すのだった。




