127話 ポロの覚悟は往々に増して烈
懐かしい声が部屋中に響き渡るように聞こえてきた。
忘れもしないミシネリアの洞窟の中、メノアを殺そうとしていた男の声。
おそらくゲルシュリウム研究所の研究員だろう男。
「バロウの知り合い?」
ロゼは警戒しながら訊ねてきた。こんな場所にいる知り合いなど良い者ではないと確信しているようだった。
「お前がこんな所で生き延びているとは思わなかったぜ。
一体どうやってあそこから抜け出したんだ?」
どこにいるかは判らず、声を張り天井に向かって話しかける。
確かに俺の魔法で核を破壊し、老化して息絶えたのをこの目で確認したはずだ。
なんでこんな所でまだ生き延びている!?
「生き延びてなどいないさ。
お前と出逢った時、確かにワタシの肉体は朽ち、あの世へと旅立った。
だが、それ以前にワタシ自身の脳をコピーし、コンピュータ内に住まわせていたのだ。つまり、今こうしてお前達に語り掛けているワタシはもう一人のワタシ。
おっと、前回は名乗る必要もないと名を教えていなかったな。
ワタシは、君が想像する通り元ゲルシュリウム研究所の研究者の一人――シンジケータ・ゲン」
姿を現すように声が聞こえる方向が変わる。
奥の機械から声が聞こえるようになり、モニターにあの男の顔が映り出された。
チリチリの栄養が通っていないような黒の長髪に頬骨が出た痩せ細った顔が。
「――その名前には覚えがあるのです! 研究所の名前の中にありました!」
不気味に感じながら警戒し、俺たちは機械の方へと移動する。
「今頃になって、お前みたいな亡霊が一体全体何の用なんだよ」
「何の用とは……こちらのセリフなのだが?
ワタシの下を訪ねたのはそっちの方なのを忘れたのかい?」
「…………じゃあなんでお前がこんな、人間の来るはずのないエルフの里にあるダンジョンの中にいるんだよ」
「まぁいいだろう、久しぶりで懐かしい客人だ。少しばかり昔の話をしようじゃないか。
ワタシは、ゲルシュリウム研究所が帝国によって活動を永久停止させられたあと、帝国でワタシが創り出した魔道具を売り出し金儲けをしていたのだが……役所などを通していないうえ裏取引を主にしていた為、帝国の兵に追われる身となってしまってな。
最初は魔道具でなんとか逃げ延びて商売を継続していたのだが、そのうち帝国から出ようと思い立ち、近場のダンジョンに逃げたのだ」
なぜ……?
「ふっ、何故、とでも言いたげだな」
こちらの顔まで認識できているようだ。
ロゼは何を話しているのか判らずキレそうだったが、前に出ないように腕を出して止める。
「ワタシの体力では直ぐにはそう遠くまで逃げ延びることはできないと判断し、ダンジョンならば冒険者は来ても帝国軍が来ることはないと考えたからだ。
そのダンジョンこそ穴場だった。どこかへ誘われるようにしてダンジョン内を数日駆けて徘徊していたのだが、その先で異空間性を持つダンジョンと出くわした訳なのだよ。そのダンジョンは知っているだろう?
常人ならばそこに居続けるということはしないが、ワタシならばそれを活用できると確信した。
手短なもので調査をし、なんとか法則性を見つけ、一度ゲルシュリウム研究所の機材を取りに戻り、また同じダンジョンへと戻ってきた。
ワタシのラボは研究所からダンジョンへと変わり、ダンジョンの移動先の調査にも手を出している内にこのエルフの里にも行きつけたという訳だ。
エルフ族以外が出入りすることができないと言われているこの地に踏み入れることができたのは好都合だった。
ここには人間は誰もやってこない。帝国軍も同じくな。
よってワタシの記憶諸々の補管場所として最適と判断したのだ。
そこからはワタシと肉体を持つワタシは離れ離れとなったが、いつでも通信はできるようダンジョンの場所を特定しておいた。おかげで本物のワタシの体験はワタシの体験でもあった。
ダンジョンコアを集めながら不老不死を成し遂げられそうというところまでいったというのに、バロウ・テラネイアという害悪に阻まれてしまったのも含めてな……」
「どうでもいいけど、結局また死にきれなくてこんなダンジョンの奥深くに居座ってるってことでしょ!?
てことは、わたしたちには関係ない。さっさとここのダンジョン報酬をわたしたちによこしなさい!」
長々と語ってくれたのはご苦労としか言いようがなく、本当に俺たち、ポロも含めて関係なさそうだ。
「そうだな。おい、このダンジョンの報酬あるだろ、よこせ」
「お前達は礼儀が成っていないな」
シンジケータは呆れるような顔をモニターに映し、やれやれと首を振る。
少々イラッとくるが、それも報酬さえあればどうでもよかった。
「確かにここにはこの場のダンジョン報酬どころか、このダンジョンを見つけるまでに盗んできた様々なダンジョンの最奥に眠る宝箱がある」
おぉ……それならダークエルフも渋ることなく同意してくれる!
「しかし、ただというのはお前とワタシの間では有り得ないとは思わないか?」
「……何が目的だ?」
俺の問に対し、まるで待っていたかのようにシンジケータは不敵に笑った。
「ふっ、先程言った言葉を撤回しよう。いや、撤回した方がいいのかもしれん。
ワタシは――今ここに存在するワタシは、お前を待っていた。
我々が創り出したHsph-Mk02――ポロ。遥か昔の欠陥品をな」
シンジケータがそんな事を言うので警戒せずにはいられず、眉を顰めるポロの前へと庇うように移動した。
「ポロに何かしようってんじゃないだろうな?」
「これは、お前にも利がある話だ。
ポロ、お前とワタシが作ったもう一体の人造人間と命賭けの戦闘をしてもらう。もし勝てたなら、お前をワタシがアップグレードしてやろう」
「な……」
「そんなのやる訳ないだろ。
お前の企みに俺の仲間を踏み入らせるものか」
俺の後ろでポロは唖然するような反応を示していたが、主人として俺が代弁する。
しかし、俺の言葉は待っていないのかシンジケータは笑い顔を止めず口を開かなかった。
「すみませんマスター……」
力の無い謝罪の言葉で振り返り、鋭い目付きをモニターへと向けるポロを見つけた。
ポロは、俺の手を優しく下ろさせ前へ出て行く。
「ポロ、やってみるのです!」
「なっ、ダメだ! こいつ、何を考えているか判らないクソ野郎なんだぞ!
前にちゃんとした人間のこいつと会ったが、その時だってメノアを含め俺だって殺されかけたんだ。普通の思考をしてないんだよ!
こいつもゲルシュリウム研究所の研究者だったんなら、ポロの弱点だって知っているはずさ! 戦闘なら完全に後手に回る可能性しかない!
これ以上――」
苦しむお前を見たくない、そう言おうとした俺の言葉を上から被せるようにポロの声が響いた。
「ポロは!
――負けませんからッ!!」
どこかイラついているようで拳が握り締められ震えている。
口も歯がキリキリと噛み締められ、横顔から覗ける目はより鋭い怒りを孕んでいる。
その声と表情に俺は何も言えなくなってしまった。
「もうあんな想いをするのは嫌なんです。
もうマスターを負けさせる自分でいたくないのです。
例えリスクがあったとしても、ポロはマスターを救えるポロになりたいんです!
ポロだってマスターを守りたいから……マスターの隣でも前でもどこでも支えられる唯一の存在に成りたいからッ!!」
「……良い心掛けだな。
そうでなくては実験にならん」
「てめぇ……」
相変わらずの口ぶりで強い憤りを感じるも、ポロが足を踏み出すのに邪魔をする訳にはいかず、悔しさ混じりに立ち尽くすことしかできなかった。
シンジケータの本体がもういないということにも悔しさがあった。この感情の吐け口がないのだから。
「身構えるのは勝手だがな、勇者バロウ。
ワタシは別にお前を敵に回したいなどとは、もう思っていない。
むしろ感謝して欲しいくらいだよ。もし君の仲間のチビが勝てば、これ以降に起きる敵との戦闘においての戦力アップに貢献してあげるのだからな」
今にもモニターに映るシンジケータを殴ろうかという時、機械の配線が繋がっている隣の部屋から足音が聞こえてきた。
「人の足音……」
「お前と戦う相手だ。
ポロ、ワタシはお前に試練としてアレと戦えと言うが――本当のところはアレを破壊して欲しいのだ」
「……なんであろうと構いません。
ポロは、マスターの為に勝ち続けるだけなのです。
見ていてくださいマスター――ポロの覚悟をッ……!!」
神妙な面持ちでポロは隣の部屋へと入っていく。
その背中は話しかけられるような雰囲気ではなく、今までこんな姿を見たことがなかった俺は、シンジケータが映るモニターを壊す気も失せてしまっていた。
「わたしたちも行くわよ」
ロゼが固まった俺の手を引く感触があり、自分が取り残されているような感覚を覚えていたことに気が付いた。
「大丈夫よ」
「え?」
「あの子なら、アンタがもがいていた一瞬一瞬も同じようにもがいていたはずだわ。だから負けるはずない。
自分の仲間は信じられるって解ってんでしょ。だったら、疑わずに応援してやりなさい。それが、今のアンタがするべき事なんじゃないの?」
「…………そうだな」
メノアがこの場にいても同じようなことを言われるような気がした。
俺は、不意に笑みが零れ、バレないように足を進ませる。
「――ありがとな、ロゼ。
俺が踏み入っちゃいけない領域は、お前等もあるよな。
せいぜい見届けさせてもらわねーと。ポロの覚悟、久しぶりに見たくなってきたしな」
「……まったく、世話の焼けるリーダーだこと」
ポロがいないぶん自分が俺を守ると宣言するようにロゼは俺と腕を組み、見上げながらにしたたかな笑みを見せつけてくるのだった。




